よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■5月31日
塩谷、余市(忍路、蘭島経由)文学散歩です。
今日の白眉は、竹田先生のご案内による「伍助沢を歩く」でした。小樽の最上町から塩谷へ抜ける道路があり、これは幅広く綺麗な一本道なので、ちょっと馴れた人は国道なんか走らない。ただしこれは単なる抜け道・近道にあらず。国策で急造された軍用弾丸道路であり、日露戦争退役軍人であった伊藤整の父親なる伊藤昌整氏がそのなかほどの村落、伍助沢の分教場教員として住みつくことになったのは歴史的必然でもあったわけね。
もっとも私はそんなことを生半可に文字情報として知ってるだけだから、いつもバスでこの道、飛ばすときおしゃべりするだけ。車窓眺めても今でもまばらな農家とか、思いついたように小さく広がるラベンダー畑が目にはいるだけ。
きょうはバスから降りて、竹田先生が今日のために昨日一人で立て直したという(ビックリだ)「伊藤整・坂西志保ゆかりの分教場跡」の標柱の前で記念写真撮りました。デジカメ構えて後ずさりして2度水溜まりに足を突っ込みました。シャッター押したら電池切れてました。参加のご婦人が「みっともないわね」と囁いておられたそうな。(泣)
それからしばらく行きますと、今はほとんど行き交いのなくなっている旧軍用道路の一部に入っていきます。こっから先は、もう伊藤整の詩「蕗になる」や小説「生物祭」そのまんまですね。むせ返るような草いきれ。きょうは霧が濃くていつの間にか膚もしっとり湿るような。「この崖下の塩谷川の流れ、小樽でいちばん澄んでおります。私は『ヒトシの流れ』となづけました」。と竹田先生。後でお聞きしたら、前日ゴミが目に付いたので小樽市環境部に電話をなさったそうな(ビックリだ)。すぐに飛んできてゴミ撤去してくれたというのも、さすがわが小樽市(内心ビックリだ)。
案内私に代わったあとは、半ば付け足りみたいなもんでしたが、「文学」もね、たまには体感してみた方がいいです。バカにできないすよ、文学散歩。

追記;伍助沢まで同行された「小樽ジャーナル」さんが、今回の文学散歩の記事をアップしてくださいました。うーん、記念写真が最高だ!(私のは電池切れたからね)

■5月30日
27日の、「じゃんくまうす」太田諭さんの「絶版マンガ本の話」、とてもおもしろいものでした。やや意外だったのは、太田さんが弘兼憲史のファンだったことですね。「絶版マンガ専門書店」から受ける先入観、門外漢を受けつけぬマニアの聖域的なコテコテからは、太田さんも「じゃんくまうす」もほど遠い爽やかさ。ほとんどフツウのサラリーマンが、どこかのはずみでちょっと特殊な道を選ばれた、感じかな。
つげ義春、つげ忠男という強烈な兄弟には更に長兄がいて、その長兄氏と太田さんはサラリーマン時代の同僚だったという話もおもしろし。あんな弟たちもったフツウのサラリーマン氏なんて。それで「じゃんくまうす」で、つげ忠男氏の講演、サイン会なんていうのができたんですね。
私はつげ義春には高校時代『ガロ』の特集号(巻頭に「ねじ式」が掲載された伝説的なヤツね)で音を立ててハマり、「ねじ式」や「ほんやら洞のべんさん」や「李さん一家」のコマを画用紙に描き写す毎日でしたが、つげ忠男氏には私など近づきがたい荒涼、殺伐、暴力を感じたものであります。それだけ印象の強烈さはつげ義春氏以上。そんなつげ忠男氏が講演し、サイン会をする店なんですよ、「じゃんくまうす」。「もうできないでしょうね」と太田さんは言っておられたが。

そして太田さんが危機一髪で逃れた詐欺事件「真夏の夜の夢」。8月は本来古本屋の書き入れ時(これも初めて聞いた)。けれどもその年の8月は異常気象の蒸し暑さ。エアコンのない店を訪れる客もなし。気の知れた古本屋さんどうし電話する。「どおお、暑いねえ」「こっちも。さっぱりだよ」。そんなとき突然舞い込んだ一本の電話。
もうこのあたりの語りがね、太田さん淡々と、けれども実に上手くてどんどん引き込まれます。「旧家解体したら何だか古そうな漫画本がどっさり」「ずいぶんていねいに取っておいたようでね、ひとつひとつ和紙でくるんである。附録みたいなヤツまでね」。ああ、「附録まで」のくだりで、聞いてる方もドキドキだ。太田さんはやる心を抑えつつ「足塚不二雄の『ユートピア』って本があったら取っておいてもらえませんか」とさりげなく。このへんから「真夏の夜の夢」は途方もない非現実と現実の破局の色を帯び始める。

こんなおもしろい話に、いつものことがながらお客さん少なめなのはとても残念。というか、これはひとえに当方の努力が足りない。

努力が足りないなあ、と反省させられるのは昨日「かもめ食堂」って映画を観てね。映画はとっても気持ちのいい映画で。この「かもめ食堂」だけど、まんまウチの文学館。僭越承知で言ってるんだけどね。マリメッコのテーブルクロスも前まで使ってたしなあ。いやそんなディティールじゃなくてね。ヘルシンキの食堂「かもめ食堂」の主人サチエさんは、客が入ろうと入るまいといつも元気だ。テーブルもキッチンもピカピカだね。初めて入ってくれた客、トンミ・ヒルトネン君には敬意を表してずっとタダでコーヒーサービスしてるし。この映画のラストは「サチエさんの『いらっしゃい』は、やっぱりいちばんいいわね」というセリフで終わるのだが、私は自信ないなあ。でもね、元気良すぎず丁寧すぎず、いい感じで「いらっしゃい」って言い続けることが出来れば、ウチだっていつか「かもめ食堂」になれる。文学館なんてそれに尽きると思うのだな。マジでね。

■5月24日
7月1日から始める企画展「小樽・文学館物語」のなかの、さらに目玉企画!「私の小さな文学館」ですが、申込者殺到!というほどではありません。けれどもこんなのが。

「山中貞雄シナリオ文学館」「ネコの文学館」「エゾオオカミ文学館」「歌舞伎文学館」「かもめ食堂文学館」「ポストカード文学館」「ラッコ文学館」「田辺聖子と源氏物語文学館」「西洋古写本文学館」「昆虫文学館」。

おいおい、何でもありかよう、ってそれはそうです(きっぱり)。でもね、タイトル(館名)じっと眺めてみてください。イメージありありと現前しませんか。その文学館のある町、そこに住む無口な、あるいは陽気な人たち。館を訪れた日のお天気、気温、風。そこで働く学芸員や館長さん。

やりたい!オレも私もやってみたい!そう思いませんか。まだまだ、まだまだ受付させていただきます。どうかふるってご応募くださいな。

■5月23日
きょうは曇っており、風も冷たいのですが、昨日まで晴天がしばらく続きました。気温も平年よりはやや高め。ついうっかりするとこの時期、あっという間に過ぎていくのですが、小樽あたりでは一年中でいちばんいい時期だ。北海道は梅雨がない、といっても、6月も後半になると何となくすっきりしない日が多いのです。

初夏。初夏という言葉に熱気の予感の表面に薄く張った冷たさ感じるじゃあないか。そんな風が渡る5月。
こんな季節に、窓を閉ざすのはなぜ。大きなガラス窓を思い切り開放したい。煌めく日光を存分に浴びたい、ね。

文学館が設置されたここ、旧小樽貯金局って実はそんな建物だった。その職員でいらした一原有徳さん(登山家にして俳人にして、天才版画家)の展覧会を美術館と共同でやったとき、私、いちばんインパクト受けたのは(自分で展示したのだけれど)、一原さんたちが働いていた事務室の全景を壁一杯に引きのばしたパネルにしたヤツ。それが、つまりこの文学館の展示室だったのです。
展示と自然光の遮光のために窓をさえぎった壁もなかった。中央を分断する大ケースもなかった。それは実に広々とし、天井も遙々と高い空間。そして海側山側は腰の高さからその天井までの大窓ガラス。初夏は初夏の日光、秋は秋の風、それが吹き抜ける一大オフィス。そこに大勢のスタッフが白いシャツを腕まくりして立ち働いている写真。

仕方がなかったとは思う。遮光しなければ展示スペースとしての壁面立ち上げなければ、展示室にはなり得ない。ただし、そのことでこの建物の魅力の9割は消えた。

おととい、初めてサトウ君(JJ's Cafe のデザイナー)のショールーム兼工房兼カフェを訪ねました。といっても古ぼけた木造家屋を改装中。サトウ君も言うとおり、何もかもが中途半端。家具だって、ウレタン剥き出し。こっちの椅子はシートも着けてないですが。壁はセメント塗りたくったみたい。でも何、この居心地の良さ。座っているだけで頭のなかが澄み切ってくるような、この感じ。

そのサトウ君と話し合った。近未来における文学館のカタチについて。半ば現実的な、なかば現実にできうるかどうかかっ飛ばした夢みたいな。
「壁とっちゃえませんか」。え?。「壁とっちゃっても、展示って出来ないかなあ」。え?
うーん、絶対に不可能とは言えないかも。光は液体じゃあないからね。どんな時間でも、どんな季節でも陽が当たらない場所を保つことはできるだろう。その上で、壁面は最小限度にしてしまう。あの大窓をさ、もういちど剥き出しにするんだね。
「冬はその窓から『雪明りの路』見下ろせます」。そうだなあ、旧手宮線会場のね。何だか、凄いね。初夏は初夏の光、夏は夏の陰、秋は秋の風、冬は一面の雪か。そこは小樽の街のなかだ。そのなかで展示に触れるなんてね。

あのね、そんな「展示室」が出来たらさ、それって「革命」じゃあないか。どんな工夫をすれば可能かな。それってほんとに可能かな。
でも、そんなことを可能にする人って、世の中にはいるんだよ。それが「天才」だし、その一人を私は知っているわけだ。楽しみ、ですね。

■5月18日
こんどの製本教室のために、先日来「入力ボランティア」の皆さんに入力していただいた『並木凡平歌集』をプリントアウトして北間先生に渡したのですが、先生からダメが出てしまい、やり直し。

先生から間もなく電話。先生たちが本の修復ボランティアをやっている図書館へ届けるように、とのこと。で、カブを飛ばして図書館へ行き、ついでに渡辺淳一著『阿寒に果つ』を借りてきました。これもこれからの企画につなげるものね。いつになるか、分かりませんが。

図書館からの帰りに、行こう行こうと思っていた点字図書館へ。昨年、とてもおもしろい講座をやってくださった「朗読友の会」の大塚稜子さんと、ちょっとご相談。

このところずっと考えていたのですが、大人のための朗読の時間、てのをやってみようかと。ヒントは『天国の本屋』、そして札幌市・琴似のくすみ書房さんでやってる書店内での本の朗読。実際くすみ書房さんで読んでいらっしゃる鵜沼けい子さんが、先日ウチで小林多喜二の短編を読んでくださったのですが、あれも良かった。ハモニカ吹いたりなさってね。

大人(中高年だが)は読書に飢えている(と思う)。しかし目が霞んできた。活字の大きな本もあるじゃん、とのことだが、活字の大きな本は本全体の造作も大きいわけで、上腕二頭筋が痙攣するんだね。目が霞み、腕力衰え、何より気力が衰えているわけだから、本は読みたい、だけど本を取るのもおっくうだ。

あっちこっちで年端の行かない子どものための「読み聞かせ」というのが盛んだ。まあ、あれだって子ども本人より子どもにつきそってる大人が満足するみたいなところがなくもない。じゃあさ、もっとダイレクトに大人が読みたい本を、「お願い。読んでくださらない?」

夏ぐらいから始めたいな。タイトルもダイレクトに行こう。「大人のための読み聞かせ」。ジャンル?無論、それは多岐に渡るのですよ。

■5月16日
「ドラびでお」LIVE。とてもおもしろかったですよ。文學舎会員の粟津さん(古くからの映画ファン)、LIVE始まる前に「これ、昔の映画も入ってるんでしょ」とDVD求められたそうな。まあ、確かに昔の映画、入ってますけどね。中座されるかと思ったら最後まで客席におられ、終演後、またDVD売ってるところに来られ。DVD売ってた野田さん、返品されるのかなあ、と思ったらしいのですが、「このDVDはマツケンサンバ(正確には「マツケンテクノ」)入ってるの」。いえ、それはこっちの方です、と野田さん。「じゃ、こっちに替えてちょうだい」ということで。

いや、私が見ても、フツウのマツケンファン、TOKIOファンも買いかと。あと、のど自慢でオジイさんが唄った「ギザギザハートの子守歌」感動しました。一楽さん(「ドラびでお」)の意図はともかく、オジイさん、かっこ良かった。一楽さんの「アレンジ」で、オジイさんの「ギザギザハートの子守歌」がほんとにナイフみたいに尖ったんだね。

釧路芸術館でのLIVEは、140人集めたそうですが、私はその「後日談」を沼山さんからお聞きして、久方ぶりに、血が逆流しました。何があったのか、釧路地方の方はよくお分かりでしょうが、気が小さい私としては、釧路芸術館の担当学芸員を、断固支持します、とだけしか言えないのが情けない。

うん、「良識」は怖い。「良識」を嘲笑するのは簡単だけど、牙をむきだした「良識」の前に放り出されるのは。ほんとに怖い。伊藤整が何で「自分で自分を滑稽にする」ことにこだわったのか、今は実に良くわかります。これが牙をむいた「良識」に対抗する、ほとんど唯一の技なんですね。

■5月10日
文学館はゴールデンウィーク明けの振替休館に入っておりますが、台湾の雑誌社の取材があると聞いておりましたので、久方ぶりに館に出てきております。

何となく、机やカフェのカウンターのところに、私あての伝言や、メモがペタペタ貼ってある情景を想像していたのですが、何もないなー。
まあ、要するに私など一週間いなくても、とくに支障なし、ということであり、そんなことは解っているつもりでも、やっぱりサビしい。

ふとJJ's Cafe のカウンターにアガサ・クリスティーの「ひらいたトランプ」みつけました。これは小路君でも古本のなかから見つけてくれたのでしょう。「ゲームやろうぜ」という〈隅っこ企画展〉をでっちあげてから帰省しましたのでね。

なぜ「ひらいたトランプ」かというと、これは四人の容疑者が行ったコントラクト・ブリッジのゲーム展開が、犯人をつきとめる重要なカギになっているからです。というのは、巻末に高木重朗氏が書いている「ブリッジについて」の丸映し。この高木重朗氏は国会図書館の司書をなさっていた方で、マジックやカードゲームの研究者として随一の人。高木重朗氏や、松田道弘氏の執筆されたマジックやゲームの解説書は、趣味本の域を超え、それ自体が文学に達する表現力。マジックやトランプに興味があってもなくても、著者名にお二方の名前を見かけたら、迷わず買っておきましょう。

こんな企画をたちあげた私自身は、コントラクト・ブリッジはおろか、囲碁も将棋も麻雀もできません。私ができるのは、「ブリッジについて」で高木氏もちょこっとだけ触れている「セブン・ブリッジ」という、名前はコントラクト・ブリッジまがいで、内容は麻雀まがいの何ともニッポン的なシンプルゲーム。学生時代、友人と三人で何日も徹夜したことがありました。こんなゲームでも才能のあるヤツには何度やっても勝てないのね。数日間の徹夜ゲームで何度やっても勝てない二人が、腹立ち紛れに、最後にジャンケンで決着だ、などと理不尽なことを叫んだりしたのですが、それでも負けたというお粗末でした。

■5月2日
ゴールデンウィーク、小樽文学館は、3日から7日まで開館しておりますが、私は個人的用事(父親の法事)でこの間小樽を離れます。
この時期休みをとるのは、めったになし。やむを得ぬと言えばやむを得ぬ休暇。移動もいちばん安上がりのJRとフェリー。
ただし、正直、どこかでホッとしております。こんなことでも無ければ休まぬ。フェリーでも列車のなかでもやること何も無し。仕事が辛いとはほとんど思ったことありませんが、四六時中何かやってる、考えてもいる。
船に乗ってしまえば何かやりたくてもできないから、ぼーっとしてるしかないから、それがほんのちょっぴり楽しみでなくもない。
私の留守中は、小路君が私の定位置に座ってくれてることでしょう。カフェマスター(代理)みたいね。
7日の午後2時からは「夢喫茶」で、暇人クラブというのやってるはずです。参加できる条件は「ヒマな人」というだけのゆる〜いクラブですので、ぜひいらしてみてください。では。