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文責/市立小樽文学館・玉川薫 |
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■5月31日 追記;伍助沢まで同行された「小樽ジャーナル」さんが、今回の文学散歩の記事をアップしてくださいました。うーん、記念写真が最高だ!(私のは電池切れたからね) ■5月30日 そして太田さんが危機一髪で逃れた詐欺事件「真夏の夜の夢」。8月は本来古本屋の書き入れ時(これも初めて聞いた)。けれどもその年の8月は異常気象の蒸し暑さ。エアコンのない店を訪れる客もなし。気の知れた古本屋さんどうし電話する。「どおお、暑いねえ」「こっちも。さっぱりだよ」。そんなとき突然舞い込んだ一本の電話。 こんなおもしろい話に、いつものことがながらお客さん少なめなのはとても残念。というか、これはひとえに当方の努力が足りない。 努力が足りないなあ、と反省させられるのは昨日「かもめ食堂」って映画を観てね。映画はとっても気持ちのいい映画で。この「かもめ食堂」だけど、まんまウチの文学館。僭越承知で言ってるんだけどね。マリメッコのテーブルクロスも前まで使ってたしなあ。いやそんなディティールじゃなくてね。ヘルシンキの食堂「かもめ食堂」の主人サチエさんは、客が入ろうと入るまいといつも元気だ。テーブルもキッチンもピカピカだね。初めて入ってくれた客、トンミ・ヒルトネン君には敬意を表してずっとタダでコーヒーサービスしてるし。この映画のラストは「サチエさんの『いらっしゃい』は、やっぱりいちばんいいわね」というセリフで終わるのだが、私は自信ないなあ。でもね、元気良すぎず丁寧すぎず、いい感じで「いらっしゃい」って言い続けることが出来れば、ウチだっていつか「かもめ食堂」になれる。文学館なんてそれに尽きると思うのだな。マジでね。 ■5月24日 「山中貞雄シナリオ文学館」「ネコの文学館」「エゾオオカミ文学館」「歌舞伎文学館」「かもめ食堂文学館」「ポストカード文学館」「ラッコ文学館」「田辺聖子と源氏物語文学館」「西洋古写本文学館」「昆虫文学館」。 おいおい、何でもありかよう、ってそれはそうです(きっぱり)。でもね、タイトル(館名)じっと眺めてみてください。イメージありありと現前しませんか。その文学館のある町、そこに住む無口な、あるいは陽気な人たち。館を訪れた日のお天気、気温、風。そこで働く学芸員や館長さん。 やりたい!オレも私もやってみたい!そう思いませんか。まだまだ、まだまだ受付させていただきます。どうかふるってご応募くださいな。 ■5月23日 初夏。初夏という言葉に熱気の予感の表面に薄く張った冷たさ感じるじゃあないか。そんな風が渡る5月。 文学館が設置されたここ、旧小樽貯金局って実はそんな建物だった。その職員でいらした一原有徳さん(登山家にして俳人にして、天才版画家)の展覧会を美術館と共同でやったとき、私、いちばんインパクト受けたのは(自分で展示したのだけれど)、一原さんたちが働いていた事務室の全景を壁一杯に引きのばしたパネルにしたヤツ。それが、つまりこの文学館の展示室だったのです。 仕方がなかったとは思う。遮光しなければ展示スペースとしての壁面立ち上げなければ、展示室にはなり得ない。ただし、そのことでこの建物の魅力の9割は消えた。 おととい、初めてサトウ君(JJ's Cafe のデザイナー)のショールーム兼工房兼カフェを訪ねました。といっても古ぼけた木造家屋を改装中。サトウ君も言うとおり、何もかもが中途半端。家具だって、ウレタン剥き出し。こっちの椅子はシートも着けてないですが。壁はセメント塗りたくったみたい。でも何、この居心地の良さ。座っているだけで頭のなかが澄み切ってくるような、この感じ。 そのサトウ君と話し合った。近未来における文学館のカタチについて。半ば現実的な、なかば現実にできうるかどうかかっ飛ばした夢みたいな。 あのね、そんな「展示室」が出来たらさ、それって「革命」じゃあないか。どんな工夫をすれば可能かな。それってほんとに可能かな。 ■5月18日 先生から間もなく電話。先生たちが本の修復ボランティアをやっている図書館へ届けるように、とのこと。で、カブを飛ばして図書館へ行き、ついでに渡辺淳一著『阿寒に果つ』を借りてきました。これもこれからの企画につなげるものね。いつになるか、分かりませんが。 図書館からの帰りに、行こう行こうと思っていた点字図書館へ。昨年、とてもおもしろい講座をやってくださった「朗読友の会」の大塚稜子さんと、ちょっとご相談。 このところずっと考えていたのですが、大人のための朗読の時間、てのをやってみようかと。ヒントは『天国の本屋』、そして札幌市・琴似のくすみ書房さんでやってる書店内での本の朗読。実際くすみ書房さんで読んでいらっしゃる鵜沼けい子さんが、先日ウチで小林多喜二の短編を読んでくださったのですが、あれも良かった。ハモニカ吹いたりなさってね。 大人(中高年だが)は読書に飢えている(と思う)。しかし目が霞んできた。活字の大きな本もあるじゃん、とのことだが、活字の大きな本は本全体の造作も大きいわけで、上腕二頭筋が痙攣するんだね。目が霞み、腕力衰え、何より気力が衰えているわけだから、本は読みたい、だけど本を取るのもおっくうだ。 あっちこっちで年端の行かない子どものための「読み聞かせ」というのが盛んだ。まあ、あれだって子ども本人より子どもにつきそってる大人が満足するみたいなところがなくもない。じゃあさ、もっとダイレクトに大人が読みたい本を、「お願い。読んでくださらない?」 夏ぐらいから始めたいな。タイトルもダイレクトに行こう。「大人のための読み聞かせ」。ジャンル?無論、それは多岐に渡るのですよ。 ■5月16日 いや、私が見ても、フツウのマツケンファン、TOKIOファンも買いかと。あと、のど自慢でオジイさんが唄った「ギザギザハートの子守歌」感動しました。一楽さん(「ドラびでお」)の意図はともかく、オジイさん、かっこ良かった。一楽さんの「アレンジ」で、オジイさんの「ギザギザハートの子守歌」がほんとにナイフみたいに尖ったんだね。 釧路芸術館でのLIVEは、140人集めたそうですが、私はその「後日談」を沼山さんからお聞きして、久方ぶりに、血が逆流しました。何があったのか、釧路地方の方はよくお分かりでしょうが、気が小さい私としては、釧路芸術館の担当学芸員を、断固支持します、とだけしか言えないのが情けない。 うん、「良識」は怖い。「良識」を嘲笑するのは簡単だけど、牙をむきだした「良識」の前に放り出されるのは。ほんとに怖い。伊藤整が何で「自分で自分を滑稽にする」ことにこだわったのか、今は実に良くわかります。これが牙をむいた「良識」に対抗する、ほとんど唯一の技なんですね。 ■5月10日 何となく、机やカフェのカウンターのところに、私あての伝言や、メモがペタペタ貼ってある情景を想像していたのですが、何もないなー。 ふとJJ's Cafe のカウンターにアガサ・クリスティーの「ひらいたトランプ」みつけました。これは小路君でも古本のなかから見つけてくれたのでしょう。「ゲームやろうぜ」という〈隅っこ企画展〉をでっちあげてから帰省しましたのでね。 なぜ「ひらいたトランプ」かというと、これは四人の容疑者が行ったコントラクト・ブリッジのゲーム展開が、犯人をつきとめる重要なカギになっているからです。というのは、巻末に高木重朗氏が書いている「ブリッジについて」の丸映し。この高木重朗氏は国会図書館の司書をなさっていた方で、マジックやカードゲームの研究者として随一の人。高木重朗氏や、松田道弘氏の執筆されたマジックやゲームの解説書は、趣味本の域を超え、それ自体が文学に達する表現力。マジックやトランプに興味があってもなくても、著者名にお二方の名前を見かけたら、迷わず買っておきましょう。 こんな企画をたちあげた私自身は、コントラクト・ブリッジはおろか、囲碁も将棋も麻雀もできません。私ができるのは、「ブリッジについて」で高木氏もちょこっとだけ触れている「セブン・ブリッジ」という、名前はコントラクト・ブリッジまがいで、内容は麻雀まがいの何ともニッポン的なシンプルゲーム。学生時代、友人と三人で何日も徹夜したことがありました。こんなゲームでも才能のあるヤツには何度やっても勝てないのね。数日間の徹夜ゲームで何度やっても勝てない二人が、腹立ち紛れに、最後にジャンケンで決着だ、などと理不尽なことを叫んだりしたのですが、それでも負けたというお粗末でした。 ■5月2日 |