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文責/市立小樽文学館・玉川薫 |
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■6月8日 昨年度の入館者数がかなり落ち込んで、館長もめずらしく心配そうだったのですが、これの理由は明快そのもの。料金が100円から300円になったからであります。しかも70歳以上の市民は、無料から有料に。100円から300円は+200円だが、無料から150円は+150円では決してないのね。ま、いわば無限大だな。気が遠くなる。 きょうは、何だか賑やかだ。市内の中学生のグループ学習。こどもの入館増員はかるのも、これといった決め手がないわけで、などとボンヤリどたばた走り回っているこどもの様子を見ておりますと、ひとしきりグルッと回った後、「おっ、あったあった、これこれ。これを探していたんだよ」という感じで嬉々と。「小林多喜二」でも「石川啄木」でもありません。スタンプ。 嬉々としてスタンプを押しまくっております。おおスタンプ。なるほどスタンプ。大昔からミュージアム備品の王道だ。王道すぎて、私など何の関心もなかった。されどスタンプ。 考えてみれば、これほど文学館むきのモノってそうはないんジャマイカ(久しぶりです)。 ■6月7日 きょう見てきた文学碑にも、数奇な運命たどったものあり。二転三転して、この碑が今なぜここにあるのか、それこそ私が長広舌ふるわないと理解もできなくなったものあり。 そんなこんな考えあわせると、そろそろやらねばならぬ。アンド、私がやらずに誰がやる。もう少し若いころなら、元気はあっても、こんなこと思いもよらなかったろうが。 つまり、文学碑の映像ならびに音声、文字等の関連データの集成と記録。「文学碑めぐり」とは別に、季節、時間、天候その他の条件見定めて、ビデオカメラ、デジタルカメラで撮りまくる。まず文学碑にたどりつくまでの道筋をね。つぎに碑の周りの環境、碑そのものの裏表。タテヨコの寸法。碑を建てたころのこと知ってる人が一人でもいれば、コメント撮って後で編集しましょう。碑文の朗読も後で編集して挿入しましょう。イメージ画像やBGMも挿入して、DVDにして売り出そうか。その前に、「小樽の文学碑展」やらなきゃね。 前なら、絶対にやる気しなかった類の企画だけれど、今ならできるかも、「文学碑」にまつわるウラミツラミも含めた(200年経ってもサザレ石にもならないからね)深くて怖〜い展覧会が。などと考えている折もおり、突然鳴り響く電話のベル。「あの文学碑が建っている土地のことで、お話が」。ドキッ。 ■6月3日 読み始めて、嬉しい驚き。これはあの「1・2の三四郎」のその後の話?「1・2の三四郎」といえば、私熱心に読んだの高校生か大学のころかなあ、と思って、さっきちょっと調べたら軽いショック。昭和53年から『少年マガジン』に連載ですって。なんだ、じゃ東京の医学出版社に勤めていたころじゃないか。 東三四郎も今は30歳前後か。プロレス業界追われてさえない探偵稼業。それが妙な事件に巻き込まれていく1〜5巻の5冊完結。1と2巻が思った以上に面白かったので、探していた3〜5巻、先日レンタルコミック屋で見つけ、微熱の身体横たえながらまた読みふけってしまいました。 仕事休んで(今日は出勤しましたよ)マンガの話とは不謹慎な、とのことですが、この『格闘探偵団』の4〜5巻、「走れ!タッ君」のこと、どうしても書いておきたくなった。表紙カバー、ヘンなポーズのヒョウキンな男の子が描いてあります。右手で左の耳の穴をふさぎ、左の指を右の耳に突っ込んでいる。ン、ヘンな子どもとの珍騒動か、こりゃ。 けれども、泣ける。5巻の途中あたりから、どうしようもなく泣ける。青年がタッくんにタイヤキを買ってやるシーンなんかダダ泣き。さすがの私も小林まことで泣いた記憶は皆無なのだが。 さすが小林まことだと思うのは、「障害児というテーマ」などは微塵も感じさせないこと。主人公はどこまでも圧倒的に強く、どこまでも不運な東三四郎その人であります。でもそんなドタバタのなかで、三四郎以上の存在感を、タッくん示し始める。表現するものに偏見がまるでないからできる技なんだろうな。 ここまで読んで、じゃ3巻と4巻だけ読んでみよう、という方ストップ。「1・2の三四郎」から読んでとは言わないが、せめて「格闘探偵団」1巻から読んでね。絵柄とギャグセンスについて行けなくてギブアップの人は、そこまでね。 この学芸員は、いい年をして、マンガとゲームの話にすぐ持っていかれる浮薄さ、感心しないなあ、と後ろ指さされそうだが、これでもね、私の脳の片隅にはいつもあるのですよ、「究極のバリアフリーミュージアム」という大それた構想が。 ■6月2日 それは視覚に障害持った人たちが美術館の見学を希望されたときどのように対応するかというようなことだったのですが、盲導犬の同行など我々も慣れているわけではないので学芸員も不安げ。「それはよく訓練されているからね、使用者の側を離れたりすることはぜったいにないよ」「館側のサポートの人員を増やしてもらわないと」「作品に触ることはできないの?」「ありえないですね」「額縁にも?」「許可できない。札幌の美術館などでは各コーナーに監視員が座ってますが、作品に少しでも触れそうになれば、厳しく咎められます。なかには一定の距離内に近づけない作品さえあります」「それじゃ言葉で説明するしかないね。それも視覚を持たない人たちに理解できるような言葉で」「……」 うーん、はっきり言って、今の美術館の展示の仕方で、視覚のまったくない人たちに「鑑賞」していただく、というのは無理だろうなあ。ただ障害の度合いも幅があるだろうから、極度の弱視の人たちには対応の仕方がありそうだね。障害の度合いの異なる人たちが混在するグループだったらまた対応も工夫できるんじゃなかろうか。それにしても美術、とりわけ絵画を言葉で説明するってとっても難しそうだね。むしろご自身が弱視で、けれども高い感性持っておられて微かな視覚を言葉で再構成することができる方、そういう方に我々が学ぶ必要があるんじゃないか。 こないだたまたまインターネットで、視覚障害の方々のグループが、小樽市博物館を見学したときの学芸スタッフの対応に非常に喜ばれたという話を見つけました。博物館だって、設備として障害者への対応が完全にできているわけではない。そこはスタッフの対応でできるだけカバーするということですね。これは弱視者へのサービスですが、例えば展示物の細部をAV出力の端子を持ったデジカメをクローズアップしてモニターに映し出してあげる。なるほどね、こりゃ安上がりだし、デジカメだから機動力も抜群ですね。 ひるがえって再び美術ミュージアム。「クマの触覚」に太刀打ちできるインパクトを提供する、ってあり得るかな。この辺にギャラリーTOMの苦闘もあったわけですが、「美術って『視覚芸術』でしょ、視覚に障害もった方々に提供するって根本的な矛盾じゃないの」って身も蓋もない「突き放し」もむしろ正直。 冒頭の宮沢りえさん、モニターに映し出されたご自身が絵に興ずる姿を眺め、「初めてみましたが、ずいぶん嬉しそうな顔してるんですね」。宮沢さんは筆を使われない。パレットに拡げた絵の具を手でこねて、そのままキャンバスにこすりつけられる。「絵の具の感触とね、匂いが好きなの」「絵の具つけてから、ああ、綺麗だなあって」「何となく生き物になるの。だから目はつけます」「そういえば風景は描かないなあ」。その絵は、とっても魅力的でした。 ここで私は、プレイステーション的ミュージアム(視覚・聴覚に訴える部分をマニアックに追究する)からニンテンドー的ミュージアム(触覚的エロスを遊び=芸術の本質とするスタンス)への転換は歴史的必然であるという説を展開したいのですが、例によってこれの3倍くらいになりますので、割愛。 まず自分の担当部分を何とかしろよ、とのことですが、今のところあれだなあ、挽きたてのコーヒーの香りと、今度始める「大人のための読み聞かせ『名作の時間』」(正式名称決定です)くらいかな。 ■6月1日 私初めて見て感心してるくらいだから、能狂言には真っ暗。そのど素人目で申し上げ、ええと語弊、無礼を省みず申し上げるのでもありますが、この能楽堂、傷み荒みを差し引いても超のつくクラスのものとは言えないでしょう。解説パネルにもありました。岡崎氏は棟梁を東京にやって靖国神社の能楽堂を子細に見学させたって(腕は良かったんだろうけど要するに能舞台には素人だったのね)。 能楽堂はもとより、衣装や謡本の展示も、お金と手間暇かければかけるほど輝きましていくでしょう。それはもうきりがないくらいね。また語弊のある言い方すれば、そういうお金は「どぶに捨てるようなもの」。お金かけたから全国から観光客100倍増なんて絶対にあり得ません。だからこその、「贅沢」。 さらに語弊を連ねてしまうのだが、もし小樽の何処かに「かけるお金」があるとしたなら、私ならこの能楽堂の大修理にお金を「投げる」(急にどうしたんだよ)。だってこの小樽の何処かにまだ微かにでも「格好良さ」が残ってるなら、それは間違いなくこのころの商人の心意気だもの。(文学館はどうすんだよ) |