よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■9月28日
昨日の、『本』のよもやま話第11講「古本の値段」。お気が進まないのを無理矢理講師お願いした岩田さん、申しわけございません、本当にお疲れさまでした。

岩田さんがお話なさったのは、古書店というのは新刊書店と違い、取次という仲介を通さず、購買者であり時に売却者でもある客と直接に売買をするたいへんシンプルな商売なので、値段は基本的に店主の主観と客の主観のせめぎ合いで決まるのである、ということだったと思います。
ただしここ数年で激変したのは、インターネットの普及で客(個人購買者)どうしがダイレクトに売買するというやり方(オークションなど)が広まり、それは古書の価格にも強い影響を及ぼし、また古書店の営業そのものにも変革を迫るほどになっている、ということでありました。

岩田さんのお話は、当然、古書店主としての「主観」からのものでありましたので、それに対して購買者は「古本の値段」にどのように左右されるのか、一人の、「本」に対する執着度において強くもなく、まあ薄弱でもないごく凡々たる、いや、つまり私をサンプルにしてみましょう。

私は先日「文学と植物」というテーマの文学散歩の案内をしながら、いかに植物について無知であるかを痛感し(おいおい)、さっそく初心者にもやさしく内容的にも信頼のおける植物図鑑を購入すべく(単純)、先日小樽旧マイカル(今の名前をすぐに忘れる)内の巨大本屋「喜久屋書店」で『北海道の樹』(北大図書刊行会)を発見、2500円かあ、ちょっと……高いな。

そこで家に帰ってからインターネットの古本検索サイト(全国740軒の古書店が参加してるという)「日本の古本屋」で検索。っと、800円!というのがあった。あれ、札幌の南陽堂さんではありませんか。それなら送料も節約したいなあ、そうだ、今度の休みに薫風書林さんに講座のチラシ持っていくついでに買ってこよう(薫風さんにもひょっとしたら売ってたかも知れません。ごめんなさい)。

南陽堂さんは二階が図鑑などの専門フロア、棚を眺めて行き、あった、あった。早速ご主人に(「小樽札幌古本屋物語展」のときに無理を言って出品お願いしたご主人だ、顔を忘れておられるな)、これ買います。1500円ですね。
あれれ、ネット販売は800円ではなかったか。これは版の違いか、それとも状態の違い?というのは、家へ帰ってから気がついたこと。もっともお店で気がついたとしても、私、ご主人とやりあう度胸はなかったな。

インターネット普及したとは言っても、ネット利用して古書購入、というスタイルがすっかり定着したとはまだまだ言えない。けれども私程度のネットの使い方は、まもなくごく当たり前になるでありましょう。でも結局私は南陽堂さんで、(あいかわらずちょっと怖いかんじだなあ、などと若主人をお見受けし)1500円で『北海道の樹』を手に入れ、それで大いに満足して帰路についたわけで。

すなわち何を言いたいのかと申しますと、ネットと、古本に埋もれたお店でよろめきながらお目当ての本を見つける、店主と言葉を交わす(あるいは顔色をうかがう)という昔ながらの「古本屋の楽しみ」とは自然に融合していくのではなかろうか、というたいへんお気楽な感想でした。店主さんたちには「何をノーテンキな」と怒られるかな。

■9月15日
道東文学ツアー、無事出発です。
準備段階で周到さが欠けていたせいで、私はひとまずお見送り、今夜帯広直行の羽目に。午前8時40分、館長が札幌駅で合流するまでは、ボランティアリーダー小路君が全責任負った添乗員。申し訳ない、どうかよろしく。

今朝新聞をぱらりと眺めたら、洞爺町で来秋、待望の美術館(名前は違っていたようだけど)オープンとのこと。明るいニュースです。
財政破綻で全国ニュースになってしまった夕張市の動向、気になります。とりわけ市立美術館。やはり新聞によると老朽化した図書館と一体になる計画だとか。それで(記事を間違って記憶しておりましたらご勘弁)図書館の数十万冊の本を手作業で美術館に運び込む「涙ぐましい」作業が始まった。そのように、図書館、美術館は市民文化を守る掛け替えのない施設であり、何としても存続させたい。けれども道の指導下、今後どうなるかは未知数である。
さらに未知数である理由として、「道内で市町村で美術館を持っている例は非常に少ないから」と記事中にあったような気が(記憶違いでしたらご勘弁)。記者さんに悪気は全くないでしょうし、夕張市や道のご関係者が実のところどのように発言し、どのように考えておられるのか正確には伝わっていないのでしょうが、とりあえず、「小さな市町村で美術館持ったら分不相応の贅沢なの!?」

私は夕張の国際映画祭が廃止になるのが残念で、映画祭がYubariをどれほど世界的に有名にしているのか、夕張市民はほんとうにご存じなのだろうか、などとたいへん失敬なことを一瞬思ったのですが、美術館・図書館の「涙ぐましい」努力を知り、映画祭など二の次三の次だなあ、と思い返しました。市民に切実なのは一に図書館、二に博物館、三、四抜けて美術館、もひとつぐらい抜けて文学館かな。いや、多少抜けても、文学館だって切実な文化施設になっておるのです。
ここからは「邪推」ですが、小さな市町村に美術館など分不相応などという発言があったとしたら、文化行政に無理解な部局ではなく、むしろ大規模ミュージアムの現場に近いあたりからかも、などと。つまり「かりにもミュージアムを名乗るからには、各方面でそれなりのレベルを満たさなければ」などとのたまう人たち(もちろん手を貸そうなどとは、決して仰らない)。

そこで誤解を恐れずあえて暴言。「ミュージアムなど」元気があれば誰でも(何処でも)できる!(by アントニオ猪木)。ただし、元気があるのが3人は欲しいところですが。

がんばれ!夕張市美術館、図書館(ウチもね)。

■9月13日
3連続文学散歩の一日目(二日目道東編・三日目恐怖の7km徒歩編)。「文学と植物」。テーマおもしろいのは分かり切っているのですが、準備してません。でもまあ、文学は置いといて(おいおい)「植物の世界」には浸れたからよろしいか。ヒットはやっぱり(私設)中野植物園。噂にたがわぬ。不思議の国に迷い込んだようです。

園長さんも、そのご家族もたいへん魅力的。中野植物園は明治41年の開園というから、再来年が開園100年目。そもそも園長さんの父上は因幡の国のご出身、北海道へ渡り手宮で蕎麦屋をなさっていて、いちどきに大勢の人数に対応できる調理法を考案、たいへんに繁盛しておりましたが、手宮地区の区画整理か何かを機会に商売からすっぱり足を洗い、清水町の広大な土地を手に入れ私設植物園を……、あれ、年勘定が合わないな。とにかくその行動は浅薄な合理性などで割り切れぬ「快男児」。
植物自体もアレですが、このような場所に誘い込まれると私はついついエキサイト。再来年の企画のひとつ、決まりました。「(私設)中野植物園開園百年記念 ヲタブン's アドベンチャー in ワンダーランド」。

野生状態なかば放置、が中野植物園の魅力なら、手宮緑化公園は人間社会のために生かされ管理された植物がテーマで、これはこれで大切な話。街路樹ゾーンなんてのがあるのですが、相談員の佐々木さんが小樽の街路樹としてたちどころに挙げてくださった、メタセコイア(生きた化石も街路樹になっていたのね)、ナナカマド、プラタナス……。プラタナスは和名を鈴懸(すずかけ)といいます。名曲「鈴懸の径」のね。文学館前の街路樹はプラタナスだから文学館は鈴懸の径にあったんですねー、などと私がバスのなかで数少ない豆知識を披露したのですが、佐々木さんはあっさりと「厳密にいえば街路樹のプラタナスと鈴懸は違うんですよ。葉も実もプラタナスより小さい。そして葉の裏に、プラタナスみたいなウブゲが生えていない。ホンモノの鈴懸って、今は新宿御苑くらいにしかないんじゃないかなあ」。そうだったのか。

「勉強なさるのでしたら、初心者でもやっぱりこれが」と見せてくださったのは『原色牧野植物大図鑑』、牧野富太郎博士自筆植物画のわかりやすさが今でも追随ゆるしません」。美しい。いいなあ、これ。こういうのだけ机に置いて、何日も眺めていたいものです。
北杜夫氏の『どくとるマンボウ昆虫記』のなかの、子供のころ入院していて昆虫図鑑を退屈しのぎに眺め続けていたという話を思い出します。退院して家に帰ったモリオ少年は、家のなかで空中に止まったように羽ばたいている小さな虫を見つけ、たちどころにその名前が口をついて出たのですね。何て虫だったかなあ。そのときの感激がね、森羅万象すでに名づけられている、名のない虫、名のない草など(ほとんど)無い、という世の中の遠くまで一挙にピントが合ったような身震いするような「知の実感」がね、忘れられない。

いいなあ、これ。え、『離弁花編』だけで3万5千円?!

■9月9日
文学館の建物、つまり旧小樽地方貯金局の設計者である小坂秀雄さんのことは、これまで何回か書いてきましたが、その小坂氏がいちばん得意だったのがトイレ部分だったことは知られておりません。そのトイレの何が「小坂秀雄的」であるのか。それはコソコソしていないことですね。階段をワンフロア上がるたび、正面にバーンと男女のトイレの巨大なドアがあるわけです。スリガラスと細身のフレームのね。オシッコをガマンして探し回る羽目にはぜったいになりません。

笑いごとではなくて公共施設、および巨大デパートなどでままあること、どんなに立派でキレイなところでもトイレ探してウロウロするうちに、やがて腹が立ってくる。いくら気取っていても、トイレがコソコソしているような建造物は、しょせん二流だと決めつけるのであります。

トイレが堂々としているのは小坂氏の育ちのよさでしょう。日比谷松本楼の御曹司、生粋の江戸っ子で声も体格も大きな人。大らかにして繊細。若い人が図面を引いていると、「おいおい、トイレがそんなサイズだったら、オレなら上からのぞき込めるよ」と大笑いしたそうな。

でも一般ピープルは、トイレ堂々どうしても困惑するのだね。だからハンパに間仕切りみたいなもので隠したがる。ウチもせっかくの広々としたドアを、半分掲示板で隠してしまっております。そんな小坂トイレのおおらかなスマートさ、さすがにサトウ君や千葉さんは気がついたらしく小便器の並ぶ男子トイレのなかを写真に撮ったりしておりましたが(おいおい)、その千葉さんが「このトイレのドアのフレーム、なかのドア(つまり大便所ね)と同じ色だったんだね」と言う。

なるほど、上から重ねたグレーの塗料が剥げ落ちて、もとの色が一部見えてる。その色は灰青色だ。この建物の壁面の大部分は漆喰のベージュだけれど、床から三分の一ほどが同じ灰青色に塗ってある。つまりこの建物を構成しているのはきわめてシンプルな直線と、わずかな色数に塗り分けられた壁面だ。まことに「It's Cool!」。

ただこの奥ゆかしい洗練は、いとも簡単に野暮な無神経に蹂躙されてしまうのですね。小坂建築は、贅肉のない大柄で明るいスポーツウーマンのようだ。そんな人に厚化粧ほどこすなよ。いちど強力なクレンジングクリーム?で何もかも削ぎ落としたくなる。もとのスッピンがどんなに素敵だったのか。美人はやっぱりスッピンでしょ?