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文責/市立小樽文学館・玉川薫 |
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■2月15日 だいぶ前にメールくださっていたのは、ソウル大学の学生さん。「小樽運河保存運動のことについて、お聞きしたいので」。私に聞いてもしょうがないですよ、とお答えしつつ、お出でになるまでに多少勉強しておきますので、と、いつもながらのその場しのぎ。 あ、今日だったっけ。私、何にも知らないんですが、前の館長がこんなに膨大な記録を作っている、と本を持ってきたところ、「小笠原先生のご本などは、ひととおり読んでいるんです。私が知りたいのは半分埋め立てられた1986年以降のこと」。そうか。 それじゃいっそ、と、「小樽運河を守る会」の会長さんだった峰山冨美さんにお電話。90歳を超えておられるはずだが、声はとてもお元気。すぐにでも会ってくださる、ということでタクシーに学生さんお乗せして峰山家へ。 きょうは館も手薄なので、私、中座のつもりでおりましたが、峰山さんのお話、熱が入るにつれて席立てなくなりました。 文学館が運河と同じだ、って言うつもりはないし、運河よりは役に立ってますよ、などと言えないこともないのだけれど、機能論に徹すれば「無用」に違いはないのね。 ただね、ウチの街には図書館がありますよ、って話は続けようがありませんが、「文学館」がありますよ、なら、へえ、と返ってくる可能性少しあり。さらには、え、あの「文学館」?と返ってくる可能性も、僅かながらあるのですよ。 ■2月9日 つまりね、前に私が書いたこんなこと、おのずと為され始めているのです。突っ張らかる必要もなし。同時に、何だかずいぶん淡々としてきてしまったな、ワタクシ。 先日、小路君およびボランティアのおばさま達が、私を遠くから見かけたらしく、後ろ姿に中年の哀愁が漂っていたそうな。そうかな、やっぱり。 ■2月4日 「鉄道と文学」展、取材してくださった「小樽ジャーナル」の山田さんが教えてくれた、女優園井恵子さんの詩。まったく知らなかったなあ。この詩を刻んだ碑を、水天宮に建てようかという声があるそうな。「いいんじゃないかな」、と山田さんが言い、いいんじゃないですか、と私も言う。 昔はね、あっちこっちに石碑作ってもなあ、木柱なら朽ちて消えるけど、石はなかなか風化しないからね、などと軽く批判的だった私ですが。今はね、いいんじゃないかな。 「文学碑めぐり」などというのを30年もやっていて、ようやく気がつきます。「自然」や「風景」に意味など無し。意味をつけるのは人間であり、一人あるいは数人の深き思い、あるいは執念が「石」になってもいいじゃない。「石」を訪ねて、深き藪をかき分け、路なき路をたどり、荒れ果てた風景にたどり着いたとしても、忽然とあらわれた「石」と「碑文」が、「あるべき風景」「あるべき故郷」を現出してくれるわけです。 「小樽ジャーナル」の「石碑めぐり」には載っていて、文学館製作の『小樽の文学碑』には載っていない洋菓子「ルタオ」の社長さんが建てられた詩碑も、お寿司屋さん「多喜二」の店主が建てられた文学碑も、大いに意味あり、と今なら思う。 「小樽ジャーナル」さんとのコラボ企画、「オタル縦横文学碑めぐり」の詳細はいずれ(まだ何も決まってませんが)。 |