よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■3月17日
きょう、美術館では酒井忠康さんの講演会、それにカブってしまったのだけど、文学館では月に一度の「名作の時間(大人のための読み聞かせ)」。
例によってボランティアさん集合。でも、きょうはむしろ小路さんの卒業祝いと送別会(前にもやったけどね)。

だからJJ's Cafe でちらし寿司!とスパークリング××。え!?
小路君のほうが気にしてしまい、私に小声で「あの、やりすぎじゃないでしょうか」。
んー、まあ、空気を読んで、ということだね。みんな、十分それができるからね。一年に何回もない。いや、みんなの気持ちはわかる。

いきなり隣の「夢喫茶」から、オルガンの音色。踏み込むペダルも力強くて音色も際だっている。
このオルガン、弾ける人って何人もいないから。前に弾いてくださった中村さんは、特別中の特別。ピアニストは少なくはないけど、オルガニストは、そういません。と思って、覗いてみたらワダさんのお坊ちゃん、ケンタロウ君(だったっけ。この春中学生)じゃあないか。ちょっと、びっくり。

名残り雪(それにしては大雪)も、やっと収まったかな。いつまで雪が続くのさ、ってウンザリしているうちに、雲の陰にいた春の陽射しは、どんどん明るさ増してたんだね。青空がのぞけば、雪はあっという間に溶ける。

3月半ば過ぎ。今年も、その季節だ。

みんなの気持ちはわかる。少〜し、ほんの少〜し盛り上がりたい、盛り上がらせたい、その気持ち、よく分かる。

私はね、ケンタロウ君のオルガン、聴いてて不覚にも、(ほんとうに、ほんの一瞬だけどね)泣きそうになった。

「卒業」おめでとう。そしてほんとうにありがとう。小路君(3か月で帰ってくるなよ)!

■3月8日
先月、「ぴったんこカンカン」の取材を受け、高田純次さんと石原良純さんが文学館に来られたときの番組が、この間放送されたのですが、家のDVD録画機の調子がこのところ最悪の状態で、結局録画できなかった、とのことであります。

まあ、それは別にどうでもいいことですが、高田純次さんの芸、ええと、相手が素人でもそうじゃなくても、対話のなかから「笑い」を引き出す反射神経と執念、改めて感心した次第。「いい加減」という自らのキャラの設定をとりあえず受け入れた上でね、編集を念頭におきつつ、限られた時間をフルに使い切る。
この人と柄本明、ベンガルの出演、岩松了演出脚本の「東京乾電池」公演を私は20年以上前に札幌でみていて椅子から転げ落ちそうになった記憶もあり、今回の短い対面、たいへん愉しゅうございました。

で、録画の失敗、まあ仕方ないや、と思っていたところ、今朝、東京の小林多喜二の甥御さんから、私が出ている場面の写真が貼付されたメールが届いて、超ビックリ。この方ももう年輩でもあり、昨年お目にかかった折、「パソコンなんかもボチボチやろうと思って、メールのやりとりも勉強してるんだけど、難しいもんだねえ」などと雑談したばかり。
その方から初めてのメール。それもテレビ画面のキャプチャー画像つきなんて。

私、自分がテレビに映ったり何かに写真が載ったりするの、好きでも何でもないのですが、このメールは、本当に嬉しくなりました。いろいろご迷惑かけたり、心配かけたり、また喜んでくださったりもなさった方だから。そんな方からいただいた思いがけないメールだったから。「もしもしカモメさん」(笑)なんて、放映見た方じゃないと意味不明なクレジットはいった場面でしたが。

何だか小林多喜二づいていて、吉田美和子先生からは、知人の方の弟さん(若くして亡くなられたらしい)の遺作となったCDが送られてきたのですが、なかに「多喜二」という歌があるのですね。それは今夜、聴かせていただきます。

そして、最後に、小林多喜二に関する、世紀の大発見!もう秘密にすることでもないのですが、興味引かれた方は、ご自分でいろいろ捜してみてください(ネット検索は、ムダだと思います。古本関係の雑誌あたりをいくつか当たってみると、いいかな)。とても地味で静かな出方をしておりますので。これがあるべき姿だとも思いますが。

■3月6日
小路君は東京・川崎方面に貸部屋を探しに行っているはずですが、さきほど卒論が無事通ったとメールが(昨今は、学校からメールで通知があるのですね)。小路君の卒論が通るか、通らないか、最近のボラさんたちのあいだの話題の最たるものだったのだけど、就職も決まっている学生さんの卒論を落とすなど、よほどのことがなければありません。
小路君の口ぶりが、その「よほどのこと」に聞こえたので、本気になって心配(あるいは、少しでも長く小樽に残ってくれることへの期待?)をしてくださっていたのだろうけど、そして、「タマガワさんがいちばん痛手でしょ」、と別な方向への心配してくださりもするのだけど、何回も書いているとおり、私は覚悟の上であります。というか、若い人は、確実に「卒業」してもらわなければ困る。私がズルズル頼ってしまうからね。

「3月から日参」と宣言してくださった横田さん、きょうも朝から文美室の整理をしてくださいます。確かに古本リサイクルは、いまや文學舎の大事業。整理しても整理しても追いつかない状態ではある。でもボランティアのルーチン・ワーク。古本整理の他に何かないのかしら。
「凡平カルタ」の製作継続、が有力な案のひとつだったのだけど、いつでもぶらりと手すさび仕事、としては難易度高すぎ。ストレス募るんじゃ本末転倒。

あれこれ考えたあげく、思いついたのが、まことに伝統的な「手内職」。
小樽文學舎ではいくつかのオリジナル「文学館ミヤゲ」を製作販売しているのですが、なかでコンスタントに人気あるのが上品なレターセット。ただし製作コストと売価、利益を吟味すると封筒制作費が突出するのね。切ったり折ったりという、ふつう印刷屋さんではそこまでやらない仕事の部分。
そこで!こうしましょう。展開した封筒の図(郵便番号の枠とか「小樽文學舎」のロゴが印刷されている)の印刷だけを印刷屋さんでやってもらい、カット・折り・貼り・袋詰めをボランティアの皆様にやっていただく。

封筒貼り?江戸時代の傘貼り浪人か、裸電燈の下で小さな子供まとわりつく、やつれた長屋のおカミさんみたい、って言わないの。単調でジミだけどね、きょうは30枚できました。あしたは35枚くらいできるかも。って、けっこう達成感あるのジャマイカ。

きてくれたシマモトさん、小さな印刷屋さんですが、「それなら直線部分はギリギリまでカットしてあげるよ」。助かります。ゴミも出ないし。

これで一安心ですね。だってボランティアにとっていちばん辛いのは「手持ち無沙汰」(ワタシは手持ち無沙汰でも全然ヘーキ、という小路リーダーみたいなのは、やっぱりそうはいないのですよ)。

■3月3日
昨今話題の博物館といえば、「旭山動物園」。博物館じゃなかろう、というのは誤解であり、「動物園」は、博物館法で定義されるところの立派な博物館であります。
歴史も知名度もずば抜けた「恩賜」ミュージアムを入園者において抜きさり、さらに右肩上がりを続ける地方公立博物館なんて、奇跡に近い。

でも各地の動物園のご関係者には、「旭山プレッシャー」想像超えるものがあるのではなかろうか。二本足で愛嬌ふりまく風太君に、「レッサーパンダは習性として、しばしば二本足立ちいたします」というツッコミは冷たすぎます。

かくいう我らが文学館。「旭山みたいなアイディア、あればいいのにね」と言ってくださるお客様。老若男女、時を忘れて夢中で遊べるリテラリー・ミュージアム。うーむ、さすがにそれは。
宮沢賢治記念館があるじゃありませんか、って、それは作家が特殊中の特殊。

ヒンシュク覚悟でデタラメなアイディア羅列。
実物大の「蟹工船」模型(部分)。定期的に「嵐のシミュレーション」あり(ボツ。お金掛かりすぎ)
不意に声を上げ、動きだす作家のリアル・ロボット(ボツ。怖いだけ)
石山透さん(伝説の名作「タイムトラベラー」)や山中恒さん(「とべたら本コ」)が活躍した初期のNHK少年ドラマシリーズがいつでも楽しめるアーカイブ(惜しいがボツ。NHKの許可がおりるはずがない)
小樽に縁のある流行歌・映画のアーカイブ(同上の理由によりボツ。それにしてもこれくらいなら誰でも思いつきます。ヒンコンじゃない?)
有名作家の威を借るキツネ。小樽出身で、今、もっとも威のある作家ってどなただろう。京極夏彦氏? 水木しげるファンクラブの会長でもあるはずの京極夏彦氏の妖怪コレクション。妖怪箱に手をつっこんで「言霊遣い」の札を出せば、学業恋愛成就当選御礼確実、なんて都市伝説をでっちあげられればこっちのもの、なんて、自分で書いていても、さもしい……。落ち込んできました。

いやおうなしに自覚させられる「私の限界」。そこで、やったじゃない、おもしろかったじゃないか。「私の小さな文学館」。あれの若干拡張バージョン。ケース3本、壁面6メートル。それを2ヶ月自由に使って宜しい(ただし、面白ければ)。これなら、飽きられることはないでしょう。お客様倍増、は無理でもね。

■3月2日
こんな日記でありますが、更新サボれば、どうしたの、と聞いてくださる方がいる。具合はどう?と心配さえしてくれる人がいる。

私は、元気。こないだインフルエンザにかかったみたいですが、タミフルで熱はすぐに下がったし。
ただ、正直なところ、去年の入退院以来、体力、気力ともにボルテージのレベルが少し低めに経緯しているような気がする。あの、いまだにやや意味不明の「病気」は、単にシグナルに過ぎなかったのかも知れず、よーするに、人生において、そういう時期にさしかかっている、ということなのでしょうが。

半ば私事にわたりかけましたので、本来のお話。文学館。JJ's Cafe と古本コーナー、市内外の皆様に馴染まれてきています。それはカウンターにいて、眼にみえてわかる。古本市や「名作の時間」などの小イベントもとっても快調。一日400人、500人なんて入館者はこれまであり得なかった(無料コーナーだけどね)。

この(無料コーナーだけどね)が、対外的には無力に響くのね。〈何だよ、無料じゃん〉なんてね。でもね、私、とみに思いが募ります。お金払って珍しいもの眺める、ってそんなに面白い?などと、学芸員にあるまじき失言。そうじゃないでしょ、賢くなった、あるいは、感動をありがとう、でしょ。など言われても釈然としないんだね。

JJ's Cafe と古本コーナーはね、単なる(無料コーナー)じゃない。「ドネーション(寄付)」が定着した、それで回転できている、というのが画期(対外的には無力だけどね)。
だから、口には出さぬが、内心思う。切に思う。本編部分(展示室)もドネーションにしたい。出来ないだろうか、って、そこは市の施設だから抜け駆け出来っこないんだけど。

もしそれ(ドネーション方式)が可能なら、入館者も収益だってもっと増やす自信がある。自信があるけど、それは本質ではない(対外的には有力だけどね)。本質はね、おもしろかったら、おや、と思ったら、なーるほど、と唸ったら、思わず涙をこぼしたら、はい、300円。500円。投げ銭ライブかお捻りのノリ。スリリングじゃないか。もっとお客様喜ばせたくなるじゃないか。

まあ、これは妄想のタグイ。お捻り、投げ銭に合わせられるアドリブ学芸員(学芸人?こっちの呼ばれ方の方がカッコいいな)など、そうはいないだろう。私は憧れますけどね。

でここから現実的なお話。有料入館者を増やすためには何をどーすべきか、という身も蓋もないほど分かりやすいお話で、続きは明日だ。