よもやま日記

過去の日記へ

文責/市立小樽文学館・玉川薫
直接メールくださるときは、こちらへ。


■4月28日
本日の製本教室は、『左川ちか詩集』。私らの仕事は、比較的免れている方なのかも知れないが、ふつうお仕事の現場ではまず不毛な日本語飛び交います。それを以て「論議を尽くす」とかいう「論議」自体が不毛な日本語の最たるものね。そんな「論議」に堪能になったところで、頭のなかの温暖化、砂漠化が進行するばかり。

そこで左川ちか。冷たく硬く、けれども何て瑞々しいコトバのシャワー。眼と脳が洗われるようだよ。

 私はミドリといふ名の少年を知つてゐた。庭から道端に枝をのばしてゐる杏の花のやうにずい分ひ弱い感じがした。彼は隔離病室から出て来たばかりであつたから。彼の新しい普段着の紺の匂が眼にしみる。突然私の目前をかすめた。彼はうす暗い果樹園へ駈けだしてゐるのである。叫び聲をたてて。それは動物の聲のやうな震動を周囲にあたへた。白く素足が宙に浮いて。少年は遂に帰つてこなかつた。(暗い夏)

その『左川ちか詩集』(昭森社版は「日本の古本屋」で125000円也)を手作ってしまおう。しかもフランス装。グラシン紙カヴァという、たいへん豪奢な「製本教室」(参加費500円)。

とはいうものの、毎月毎月、なかみを作るのは私のお仕事。少し息切れ気味なのですが。

ええと、一冊の本、2ヶ月にわたって作っていただけませんか。「そうすると今日の作業は、表紙だけ。すぐ終わってしまうよ」とキタマ先生。私、ちょびっとムッとしまして、それなら来月はお休み、ということで、次回の教室は再来月。
でも言い終えてから少し後悔。高くもなく、低くもないテンションを維持していくって、けっこう大変。でも一旦そのほどほどの緊張を切ってしまうと、回復するのはもっと大変。ボランティアの人たちのお顔も、一瞬曇ったような。

けっきょく、やっぱり『左川ちか詩集』は、きょう仕上げてしまわれたのですが、終了後のご挨拶に出向いたところ、キタマ先生が「タマガワさんが、中味作るのたいへんだ、って言うからね。それじゃ来月は、中味のない本作ってみようか、って言ってたところ」。?。中味のない、って、表紙だけあって中味まっしろの、「束見本」(ツカミホン・業界用語です。ググってみましょう)みたいヤツですか?「あのね、折り本」。和装本とは違うので?「じゃばら折りになっているもので、昔からあるスタンプ帳なんかに使うの。今なら絵手紙を貼り込んだり、直に書き込んだりね」。なーるほど。中味作ってから製本するんじゃなくて、製本してから中味ができる。中味はそれこそ千差万別。造本者であり、読者でもあるアナタや、ワタシが創作者であるところの「本」。いーじゃないですか。すばらしーじゃないですか。(何より、ワタシがとっても楽じゃないですか)←警告・「じゃないですか」使用禁止令違反容疑。

ということで、来月26日(土)午後1時30分からの「製本教室」は、中味のない(無内容、の意ではない)「折り本作り」に決定しました。やってみたいなー、という方は、一週間前くらいまでにメールか電話ください。

■4月27日
オオスダさんに車を運転してもらい、簡単には(つまりリトル・カブでは)行きにくい歌碑・句碑の写真を撮りに。

これは6月2日からの企画展「オタル縦横文学碑めぐり」に使うためであります。相も変わらぬ零細企画展。タイトルは勢いあるからね。車で現地まで直行だ。ついでに道筋分かりやすいように、後部座席からビデオカメラ回しましょう。文学碑というものは、どちらかというと危険な場所にあることしばしば。オオスダさん、ごめんなさいね。危険な運転お任せして。私後部座席でのんびりカメラ回してて。

まずはオタモイの久末永霤句碑「観音よ地蔵よ夏至の海蒼し」というの。グラフチャートで表すならば、碑のユニーク度4(クライン・ブルーのような色を文字に埋め込み、英訳詩が横に刻まれております)、周辺の絶景度5、場所の危険度5。これでも、一昔前より、ずいぶん行きやすくなりました。でも未だ穴場中の穴場。(危険を冒しても)いちどは訪ねたい文学碑の最高位です。

うーん、絶景。「あそこの大岩、崩落しそうですね。念のために写真撮っておいてください」、とオオスダさん。どれどれ、と身を乗り出す私。「タマガワさん、あまり乗り出さないでください。そこの足場全体がオーバーハング、下は空洞だと思いますよ」。崩落するは我にあり?
暗いほこらの奥に鎮座する観音様といい、ミステリアス度も4.5ね。

一気に銭函まで車を飛ばし、すぐ背後を高速で車がビュンビュン通り過ぎる長谷部虎杖子句碑まで。ここは現代的危険度5だなあ。「車組むや一滴の油地に開く」って、自動車ビュンビュンの句碑にふさわしいじゃない。あのね、この車って、自動車じゃないですよ。自動車のオイル漏れではありません。大八車かなにか。そんなのを組み立ててるのんびりした俳句なのね、ほんとうは。

つぎは朝里峠までうねりにうねる峠道を走ります。そのてっぺんのトンネルの手前に、青木郭公句碑があるはず。この辺まで来ると左右にまだ雪残っていますね。「道路がシャーベット状だなあ。この車、夏タイヤじゃないだろうか」。一挙に危険度5+。
何とかたどり着きましたが、あれ全然碑が見えないじゃないか。「この雪山のあたりが怪しいですね」。かなり大きな碑なんですけどね。雪山の下かあ。写真撮っても、意味ないな……。

で、この急なうねりくねったシャーベット状の峠道を、夏タイヤの車で駆け下りるわけですね。危険度、10+だな(泣)。

いや、無事に文学館に着きましたよ。

■4月10日
ボランティア・リーダーだったコウジ君が北海道を去って、早2週間。
そのコウジ君の、首都圏における社会人第一歩は如何に。

そこで某ソーシャル・ネットワーキングサービス上に綴っているコウジ君の日記をかいま見る(覗き見たわけではありません)。
その初日。「感想」というタイトルで「難 厳 辛 思郷のこヽろ湧く日なり(BY.啄木)」。
ワハハ。パソコン環境がまだ整っていないらしく、ケータイで打ち込んでいるので、簡潔に、ということらしいが、たった3文字で言い切ったね。見事じゃないか。

なーるほどな。「難厳辛」か。私も時折くちずさませてもらうよ。53歳になっても、日々是難厳辛。ごめんね、勝手に引用させていただきました。

コウジ君の文学館でのルーチンワークだった古本整理。心配してもおりましたが、定規で揃えたみたいに綺麗に揃っております。これは4月に入って皆勤ボランティアを宣言してくださったヨコタさんが、宣言どおり毎日整頓してくださっているのですね。

ヨコタさんはボランティアメンバーのなかでも最年長。たいへん几帳面でマジメな方です。
ボランティアのお仕事のなかで、大切なことのひとつ。古本の整理とともに、その廃棄。
これがね、とても難しい。難しいことコウジ・リーダーも百も承知していた。だからリーダー・メモをもとにした『ボランティア完全マニュアル(未定稿)』をご覧いただきたいのだけれど、リーダーが設けた廃棄の基準は、外観に限定しておりました。無論、これが正解。

ただ普通、整理を進めていくと、人の常として中味の吟味もしたくなります。無理はないのね。

「タマガワ副館長(ヨコタさんは、必ずこう呼びます)」。はい。「これは廃棄すべき本と思うのですが」。はい、ええと。うん、これだけ汚れていたら仕方ないですね。これは、10年前の統計書か。こっちは8年前の受験参考書。うーん、そうですね。しょうがないかな。
このマンガは?「汚いので」。ん?そんなに汚れてますか。「いえ、絵が」。あ、いや。これは。あの熱心なファンも多い人なので、残しておいてくださいね(相原コージでした)。「そうですか」。
え、この『ガロ』は?「こんなエロっぽいマンガ雑誌は廃棄かと」。……(ヌマゲン特集号じゃないか)。あ、すみません。これはこれで、けっこう貴重なマンガ雑誌でして。「そうですか」。
これは。「警察関係の手引書かと」。別冊宝島ね。いや、これは、その、いわゆる社会の裏側のドキュメントみたいなもので、こんなのもファンが少なからず。「そうですか」

うーん、ちょっと困ったな。「内容に立ち入らないで」と言えばいいのかも知れませんが。機械的に整理整頓さえしてくだされば、とはね。何か、冷たい。

北国の春いまだ浅き。桜も咲かず。先は長いし、のんびり行きましょ。つぎの暇人クラブでぬるーく議題にするか。『ボランティア完全マニュアル』は、このように読みましょう、って。

■4月3日
4月。
季節の変わり目であり、体調、なかんづく心の持ちように気を配りましょう。もちろん、自戒を込めて申しております。
年齢のせいかね、妙にたかぶっている人をみると、熱くなるなよ、と少し涼風を送りたくなります。いや、熱くなるのは勝手ですが、周りも自分とともに変温せよ、というのは恐ろしいエゴイズム。

あとね、公僕たるもの、ボランティア市民に対して高圧的な態度をとるな、何か注意、指示したいことがあるなら、まず己れが何者であり、何の資格をもって命ずるのか、明らかにせよ。
いや、古本整理にあたっておられたボランティアさんに向かって庁舎の職員が吐いたコトバを聞きつけたものでね、腹に据えかねるものあり。って、熱くなってるのは私か。

夕張市美術館。(とりあえずの)最終日に、源藤さんから呼んでいただき、シンポジウムに参加してまいりました。もちろん私などに所詮は他人事。夕張市(美術館)が面前しているリアリズムに、本来口も慎むべきなのだけど。それでも源藤さん、感謝してくださっている、それも心から。忸怩たる思い、というのは、このことだ。
もう一人のパネラー、旭川美術館の中村聖司さんは、まともに真摯。「財政破綻」が特別な状況であったとしても、バスに乗り遅れるな、の感さえある「指定管理者制度」。夕張市美術館も含め、それが肝要な一点であること、よく承知し、よく各地の実態を調べておられる。

中村さん、これは「楽屋」でサラリと仰っていたのですが、「自治体が管理を委ねた団体の職員に対し、その自治体職員が程度を踏み越えた指示、命令をするのは過ちではないか、という議論は、当の自治体職員からも出てきているのですよ」。
実は、これが言えない。私は、その議論を立てた職員はもとより、サラリと言及した中村さんを信用する。だって、これはダイレクトに公立ミュージアムの学芸員の行く末に関わることだからね。
自分を差し置いた議論や批判など、誰も聞く耳持ちません。もちろん自戒を込めて、申しております。

源藤さんは、それでも社会教育教育関係の部署に配属されるそうな。「やらねばならぬことは、いっぱいあります。とにかく美術館から、まず離れろ、と言われてるんですよ」。そういわれても、美術館があなたを求める。無理を承知でね。だって30年近く「関わってしまった」のだもの。望むと望まぬと、「責任」が生じてしまう。割に合わないけどね、苦笑するしかないけどね。

私は、シンポジウムで中村聖司さんが提唱された市民参加のプロジェクト。非常に感銘、共鳴しました。美術館のなかに、毎日、毎週、毎月、毎年、コツコツと「何か」を、作り上げていくもの。その「何か」の完成目標は、平成36年。負債完済の予定年であります。
最初は目立たぬその「何か」。徐々に変容し、美術館という「場所」と一体化していく。完成の暁には、美術館はまちがいなく夕張という街を形作る堅固な「場所」に再び生まれ変わる。絶対にね。