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文責/市立小樽文学館・玉川薫 |
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■5月26日 ガランとした店内を予想もしていたのですが、ほとんどそのまんまです。入り口や壁の飾り、椅子、テーブル、ガラスケース、飲み物、食べ物のサンプルまで。電源もはずされてるから、店内真っ暗。でも窓から地上の明かりが斜めに差し込む。紅色の椅子のビロードに濃い影を落とす。 店内ドアのガラスの弓矢のマーク。「これだけでも切り取って持って帰りたいのだけれど」と、奥様が笑われる。 惜しいのだけれど。とっても、惜しいのだけれど。これらの調度、できることなら引き取りたい。できることなら店ごと引き取りたい。 それって、もう私の「下心」越えてる。何で壊す、何で消えてく。こんな場所。もはや怒りにも似た気持ちが込み上げる。 ドアの上の文字「ENZEL」。私、初めて小樽にきたとき、あちこちにこの名前が目についた。スペル、間違っているんじゃなかろうか、って思った。 「10分歩けば店がある、ってあの人の夢だったんですよ。ほんとに無理しちゃって」、と奥様。いいじゃないですか、無理だったのかもしれないけれど、夢はかなった。夢は無理しないとかなわない。 「本屋さんの二階に出したお店、内装もいちばんお金を掛けました。あのとき初めて食事のメニューを作った」。「当時の喫茶店組合から、とても反発されましてね。食事は出さないから、『純喫茶』なんだって」。ああ、その話、亡くなった御主人からも直接聞きました。「それでも主人は譲らなかった。開店のとき、入り口でビラを撒かれたんですよ」。そこまで……。それは、知らなかったな。「でも主人は、いいました。オレが勝った、チラシ撒かれたのを見て確信した、って」。「私、ほんとうに思いました。この人は凄い、主人は偉いなあ、って」。奥様、また涙ぐまれる。 もう、私、後に引けないじゃないか。やるしかないじゃないか。「さよならエンゼル、ありがとう、オタルの天使」展をさ。 ■5月26日 ただ技術を誇示するだけじゃあないモノ。むしろ「枯れた技術の水平思考」(by 横井軍平)的な革新。それには心うばわれる。 いまのSonyは、ちょっとガッカリだよ、から抜け出せていないようなのですが、かの初代ウォークマン。超ミニサイズ(あくまで登場当時の話です。今の感覚だったら若い女性の弁当箱くらいにはみえる)のカセットレコーダーにすぎない。ただ単三2本ほどのバッテリーで長時間駆動して、超小型ヘッドフォン(あれは今でも十分つうじるセンスでした)標準でついていて、逆に本体にスピーカーついてない(ここが肝心)。 いくら直感しても、私は昔からケチだから、新品は買わないのですが、これは無理して買ったのかなあ。そして、今でも覚えております。もう日が落ちて暗くなった街、しかも雨がけっこう激しく降っていた。私は傘を差し、ヘッドフォンをつけて(けっこう思いきって)、歩き始めました。曲はフィーリーズだったかな。 でも、その日以来、ヘッドフォンつけて外を歩いた記憶がない。音楽人間でもないですし、今と違ってやっぱり目立ったし。けっきょくはもったいない買い物。やっぱりただの新しいモノ好きじゃん、と言われても仕方ない。 私は2週間ほどまえから「歩いて通勤」を始めました。運動不足にもほどがある、とようやく自覚したからであり、体育館などものぞいたのですが、奥様たちとボクササイズ、ご同輩と脱メタボ体操、うーん……。二の足、踏んでしまった。いやそりゃ、かっちょいいスポーツなどと生涯無縁はよくわきまえているのですが。 たまたま入った薬屋で眼に付いたパンフレット。「歩け、歩け、歩け」と大文字。それによると健康増進には走るの×、テニス×、ゴルフ△、水泳すら△、ひたすら歩くの◎なそうです。それも週に3回30分、60分なら週1、2回で十分らしい。ちょうど文学館から家までの距離じゃないか。 小樽ですからかなりの起伏がありまして、けっこうな運動量。20分歩いたところで、一直線の上り坂が15分。パンフレットによると20分歩き続けて、やっと体脂肪が燃え出すらしいのですね。ちょうどそこから15分。汗が猛烈に噴き出し、体脂肪が音を立てて燃えているのを実感(むろん錯覚)。 ただし飽きる。それで久しぶりに(さすがに初代ウォークマンは壊れた)iPod(むろん中古格安品)からイヤフォンつないで歩いてみました。 それにしても「三年前はまだ、若かった」(「裏窓」作詞;寺山修司)なんて聴きながら暗くなっていたのは22歳頃の記憶。「心なしか今夜波の音がしたわ」(「勝手にシンドバッド」)は30年前、「いつの日かこの場所で逢えるならやり直そう」(「みんなのうた」)で涙ぐんだのが20年前。 あのー、何にも変わってないんですが。この選曲、ウォーキングには合ってなかったかなあ。 おっと危ないじゃない。歩行者、ちゃんと確認してよ。ってアブナイのは薄暗くなってきた雨のなか、密閉型イヤフォンさして競歩みたく歩いている53歳のこのワタシか。 ■5月25日 ひがんでいても仕方ないので、私はひとりでリトル・カブにまたがり、近場の文学碑の写真撮り。 けれども観光ゾーンというより、ミヤゲモノ(あるいは「ボッタ」ぎりぎりのスシ・ラーメン・カニなどの店)通りと化した堺町通り。 何回か書いたように、私が30年前初めて訪れた頃、堺町の冬は「雪の降る街を」そのもの。それが、もはや誰も同意なさるでしょう、小樽でもっとも見苦しいエリアとなり果てました。 それは仕方ないのね。単純なメカニズム。同種のお店が並べば、少しでも目立ちたい。まずおずおずと「イエロー」な看板かかげてみます。くすんだ家並みに、それは意外なほどの効果。つぎの業者は、じゃもう一回り大きいの。それじゃあ、こっちは「サーモンピンク」で。あとはもうナダレ状態。 「景観条例」か何かの網はかけられるはずだけど、すでに無政府。連鎖爆発のごときエネルギーなら私も共振するものあるのですが、いったん陰り始めれば、ひたすらさもしいだけ。 歩いていても、足がどんどん重くなる。昨日の塚田先生の言葉がよみがえる。「危惧しています。小樽の人が気づかなかった、小樽にしかなかったおもしろいモノが、すでに半分失われました」。 じゃあさ、やっぱりウチが砦でしょ。って、ちょっと疲れて元気が足りません。 ■5月24日 かつて札幌の市場や、銭湯など、先生のご指導で生徒さんがなさったルポの『報告書』(それぞれ昔の東京の電話帳ぐらいのボリューム)をみて仰天したことがあるのですが、そのエネルギーいまだ少しも衰えず。 その塚田先生が、札幌以上に歩き回っておられるというのがこの小樽。 「商大に行く前に、小樽市役所の食堂で昼食とりました。タマガワさんもあそこを使われる?」。いや、その、私、味とか値段がどうのより、知り合いの人々が大勢おられるとどうも落ち着けず。正直、今まであそこで食事をしたのは、初任者研修のときだけ。つまり、30年前……。 そもそも、今回はどのようなことで。「まもなく生徒の自主研修が始まるんですが、毎年私は小樽に行かせてるんです。それで何も教えないで行かせると、けっきょく堺町とか運河沿い歩いて帰ってくる」。フツウの観光客と同じですね。 あの、それ、とってもおもしろいんだけど、高校図書館のなかでだけ、って勿体ない。ぜひ、ウチでやってほしい。生徒さんのレポートの成果をプラスして。つまり札幌の高校の先生、および生徒さんがみた、感じたオタルをこの文学館のなかで再現してみたい。 タイトルも、もう決まってしまいましたよ。もちろん、「オタル探検日和」です。えっ、そのままいただくの? ■5月23日 それでも、枕木の間、レールの隙間から、それこそ隙あらば雑草は延び、はびこっていきます。それでこそ雑草。 しかも初夏。風薫る、風光る、山笑う(これはもっと早い季節でしたっけ)初夏。雑草も可憐な花着けます。水色の、ベージュの、淡いピンクの。 名もない草花、などとつぶやいてみるわけですが、それはただの無知。ほんとに名もなければ新種発見ね。すなわち私らの目に入る草花にはすべて学名はむろん、和名、俗称、その地方でしか通じないようなのまで含め複数の名がつけられている。 名もない草花、名もなく貧しく美しく、それでいいじゃあないか。いいんですけどね、それじゃ話は終わってしまいますが。 なーんちて、昼休みのひととき、『北海道の花』(1977年初版)を小脇に、手宮線廃線跡に咲く可憐な花々を観察。この図鑑は花の色で分類するという画期的な方法で大人気。今に至るまで改訂を繰り返し、最新版も出たばかり。 目の前に細かい淡いブルーの花。図鑑の青い花のページを開き、似ているが葉のカタチが違う。これは私でも知ってる全然別の花。うーん、まちがいなくこれというのがなかなか出てこないな。あれ、青い花のページ、終わってしまいましたが。 うーん、最新版の値段みて、格安初版の古本に手を出したのが失敗だったか。出てる植物、少なすぎ。 けっきょく昼休み、初めての身近な植物観察。いきなり挫折してしまいました。しょせん、そんな柄じゃなかったのね、ときびすを返しかけ、あれ、このページの花、このちょっと妙なカタチ。さっきの線路端でみかけたような。 ■5月20日 「エンゼル」は、かつて小樽市内に5店舗ほどもあった、ローカルチェーン店のはしり。飲み物だけではなく、けっこうしっかりした食事も提供する「カフェ」の先駆者でもありました。いまどきのこじゃれたカフェとは対照的な、レトロ喫茶ではありますが。 私たちニッポン人にとって「喫茶店」とは何であったか。「エンゼル」ほどよく体現していたお店もない。これからもあり得ない。 そこはなにより応接間であり、ビンボーな私たちにとってのアコガレの居間だったのね。とうぜんその空間は、私たちがイメージするところの「ヨーロッパ」に満たされておりました。エンタシス風の柱、アールヌーヴォー「まがい」の壁飾り、石膏の裸婦像。お店の名前の由来にもなったエンゼルフィッシュ。現代カフェ的センスからみれば、すなわち「悪趣味」。 けれどもその悪趣味空間がもたらすこの安らぎは何?ハンパに洗練されたモダンファニュチュアのなかでは、しょせん落ちつかぬ私たち。 けれども、そのニッポン独特の喫茶空間は消えていきます。ぎりぎりまで持ちこたえた、この小樽の街からさえもね。 駅前どおりの拡幅で、エンゼル駅前店が閉店、解体されたのは5、6年前でしょうか。ウチが「小樽・札幌喫茶店物語」展をやってからそんなには経ってないころ。 駅前店閉店後、残った最後のお店が第三ビル地下店。そして第三ビルの再開発が決まり、エンゼルの最後のお店も閉店が決まった。 「ほんとうにお世話になって」奥様、涙ぐまれる。涙ぐまれるようなこと、私何にもしていない。私にあったのは下心。 ただ私、分かってもいるのであります。私は下心あって、涙ぐまれる奥様に「お店の思い出の品物を」とねだっているのですが、私を、この文学館をそのような行為に走らせているものがある。それがこの小樽の街にある。私のような小さいものは、その「街の力」に逆らわない。 「たいへんお世話になりました」。奥様、また深々と頭を下げられる。そんな喫茶店が、かつて小樽にあったということを、まず、ここに書き留めておくものです。 ■5月18日 気安いだけじゃあありません。実は豊かな可能性秘めた才能の宝庫であります。ウチの人も、もう少し足を運んだほうがいいんじゃなかろうか。 そこで7月7日から始まる企画展「昭和歌謡全集パート2 小樽編―流行歌にみる戦中・戦後」のアート部分、ぜひご助力いただきたい(ちなみに、パート1 北海道編のアート担当は彼の異能マンガ家根本敬さんでした)。 早川さんにお願いして良かったです。企画展のイメージ、すっとまとまった気がいたします。パート1が根本さん以外にありえなかったように。 話変わりますが、パラレルワールド(変わりすぎ)。ひとりひとりの人生には数限りない選択肢があります。 先日に続き、誰にもつうじぬ意味不明の独り言。まずいな、季節柄、気をつけないと。 ■5月16日 そんななかで、昨今とくに話題にもならない山田太一。ドラマじゃなくて、小説のほうだけど、うーむ、やっぱり「若い人たち」とは一枚も二枚も上手ジャマイカ。この時読んだのは、「弥太郎さんの話」というのです。 何となく、身につまされるわけです。フィクションとは言えね。 けれどフィクションはフィクション。山田太一的リアリズムでも、そんな「ささやかな事件」が我が身に降りかかることは、残念ながら、ない。 しかし〜。恐るべしネット社会。「事件」は起こりうるのです。あり得ないことが。と、書けるのはここまで。 ■5月8日 「窓ガラス拭いていきましたから」とオオスダさん。そうか、JJ's Cafe 一杯の窓ガラス。ほんとうに綺麗になりました。せいぜい年に一回のガラス拭き。翌日にはほんの少しでも汚れるわけだから、きょうは一年で窓がいちばん美しい日。しかも五月晴れ。そんな日に、朝からJJ's Cafe にいられる幸せ。公私混同と言わば言え。 言わずもがなのことですが、このガラス拭きの費用は1万ン千円。市費ではありません。小樽文學舎で行っております。私は市の職員。むろんその自覚もあるつもり。それでもJJ's Cafe のことは(文學舎の)「自前」でやる、というのが「何とかできている」というのは、とても嬉しい。誇らしい。 先日の古本市が無事終了した後のボランティアさんとの打ち上げ。私は、基本的に宴会嫌い、飲み会嫌い。それでもこの日の打ち上げは、とても楽しかった。長足の、とは敢えて言いませんが、確実に前進しています。ボランティアが動かしていく文学館。そのようなシステム作り。 光満ちるところに、必ず影あり。それも私は分かっているつもり。影を強引に排除すれば光もともに消滅する。それも私は知ってるつもり。克服できます。絶対にね。 忘れないうちに、きょうの話を一コ追加。地元の方ではなさそうな中年のご婦人。受け付け窓口の説明パネルを読んでおられましたが、「あの、これ使えるんですか」と、恐る恐るという感じで障害者手帳。「いいですよ、どうぞ」とウルシハラ君。 そんな「小さなこと」が、身に沁みて、嬉しい。 ■5月5日 亀井館長はいつも以上に楽しげ(北大教授時代や、「ブログ」の厳しい調子のときの亀井秀雄氏しか知らぬ人は想像できないかも知れないくらい、ウチではいつも楽しげなのですよ)。 亀井秀雄氏の「雑談」は、実におもしろい。物知り、というような次元じゃないからね。その知識のはしばしに、緊張した批評意識が漲っているのがよく分かるから。 そんな亀井秀雄氏がウチの館長をしているのは「勿体ない」のか「相応しい」のか。私は無論「相応しい」と確信しているわけですが、それを広く伝える努力は、うーむ、まだまだですねえ。 |