よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■6月23日
鵜沼けい子さんの「朗読と歌のひととき」。ちょっぴり危惧していたとおりお客様少ない。

鵜沼さん、札幌の「くすみ書房」さんでよく朗読なさっているそうですが、プロでも何でもない方だから、知名度とかってないですし、チバさんが作ってくれたチラシも「ありがとうございます。それでは10枚送ってください」。10枚?欲のない方だなあ。

午後4時すぎに入らして、リハーサル。前の朗読のときは合間にハーモニカ吹かれただけですが、今回はギターと唄入り。その「リハーサル」聴いていたのですが、うーむ。
チバさんが言うことには、「ミカヅキさんの唄っぽいね」。
テレビドラマ「時効警察」は、私もたいへん面白いと思っていたものの、寄る年波に勝てず始まる前に寝てしまったことが多く、残念ながら「ミカヅキさんの唄」も聞き逃していた(想像つくけど)。
確かに……、ハーモニカだけの方が、いいかも。(もの凄く失礼です。これ、あとで全部撤回しますから)

鵜沼さん、委細かまわず、淡々と朗読を始められます。渡辺淳一「タコ」と林寛子「三岸節子 修羅の花」。

私、お客さんが少ないから枯れ木も山の、のつもりで客席で聴いてたのだけど、しだいに「ん?」モードに。

いいのですよ。鵜沼さんの朗読。まず作品がいい。渡辺淳一さん、見直してしまった。食わず嫌いって、ほんとに良くないですね。でも「タコ」なんて小品、皆様、ご存じ?
夕張かも、って思わせる一昔前の炭坑住宅暮らしの二人の男の話。労災めあてで故意に指にケガする間抜けな男の話で、悲惨、哀れ、滑稽なのだけど、後味がとっても爽やか。大きなケガした方が、750のバイク、あさはかにも割に合わない小さなケガした方が125ccのバイクでズリ山駆け上っていくラストシーン、意表を突いてユーモラス。

合間合間に吹かれるハーモニカ、やや調子が怪しいのですが、これが何とも言えぬ効果かもしてる。

ふたつめの三岸節子の「聞き書き」もとっても良かった。画家としては、好太郎よりふたまわりは大きいな、と前から思っていたのですが、「語り」も実にいい。林寛子さんの腕かも知れませんが。
好太郎が死ぬ場面、「これで私は生き延びることができた。涙は出なかった」。これも悲惨の極地なのに、なぜか爽やか。この後、鵜沼さんはギターを取って「百万本の薔薇」を唄われたのですが、不覚にも(重ね重ね、たいへんに失礼。でもリハーサルの時と同じ歌と思えない……)「感動した!」

話、急角度に変えるようですが、昨今街角で若者が地べたに座ってフォークギター鳴らしてますね。まあ、たいていまっすぐ前を向いて通り過ぎるわけですが、ほんのときどき「ん?」と、足が止まること、ないわけではない。そういうのも上手下手ではないのでね。

鵜沼さんは、いってみれば「街角のフォーク若者」の団塊世代版(ご本人は、「もちょっと上です」とおっしゃってましたが)。そいえば、今は団塊以来のフォークブーム。

さすれば小樽文学館は団塊の街角?鵜沼さん、最後の曲は、オリジナルの「北海道サミット讃歌」(サミット決まる前に作った歌とのこと。本当のタイトル、忘れました)。これが、またとっても明るくて良い歌なんだな。北海道サミットなんて、警備しやすいとかで政府が押しつけたんじゃないの、恩着せがましくさ、などと斜めにしか見られない手合い(ワタシのことです)さえ、思わず、「いいじゃないか、がんばろうよ」なんて言ってしまいそう。

なんか、あちこちで失礼きわまりない書き方しちゃいましたが、とっても良い「朗読と歌のひととき」だったんです、ほんとに。

終始、淡々と帰り支度をなさっている鵜沼さんに、また来てくださいね、と声をお掛けしましたら「10月、やらしてもらえませんか」。そうか、スケジュールお決めになっているのだな。

いいな、こういう「団塊の世代」。

■6月19日
小樽は晴天。抜けるような青空。風が冷たいです。梅雨のない北海道は、この時期憧れの的ですが、実際のところ、きょうみたい気持の良い日は、そんなにはありません。エゾ梅雨なんて言葉もあるように、6月のお天気は必ずしも安定しておりませぬ。
でも今日は風が冷たい。だから「軽装励行」に抵抗して(というわけではないけども)、私は上着・ネクタイ着用です。

もっとも先日の東京、「全国文学館協議会総会」の日は、けっして暑くはありませんでした。ただ今にもの、雨もよい。歩き続ければ、汗が吹き出す。だから早めに会場の日本近代文学館へ。
小雨ぱらつく駒場公園で、ぼんやりと汗が引くのを待つつもりだったのに。
あの、どうしてどこにもベンチがないの?立派な公園だからベンチのような無粋なものは規制の対象?それともホームレスの方々の憩いの場になるのを事前にふせぐため?
いきなりイジワルをいうつもりは更々ないのだけれど、公園にたどりついてベンチがないと、心の底からがっかりするのですよ。この歳になると。

でも早く着いて良いこともありました。成田でなさる日本近代文学館所蔵の至宝展のプレ展示?拝見することができました。「日本近代文学館の至宝」=日本の近代文学関係資料の最高クラスのもの、ですが、あらためて実にささやか。六本木だとか金沢だとかの最新アート・ミュージアムとは別世界。でもこれが文学館なのだよ。それでいいのであるよ。

「至宝」中でもとりわけ地味な方だと思うが、35歳で自殺してしまった加藤道夫という作家が、亡くなる数日前に奥さんに出した手紙。奥さんの名前は加藤治子。NHK土曜ドラマ「こんにちは、母さん」良かったですね。あのドラマの呑気で明るい「福江さん」とカブって、泣けてしまいました。文面、よく憶えてないですが「苦労ばっかりさせてごめんね、来年こそもっと広い家をみつけるからね、来年はいいことがあるように、もっとがんばるからね」というような感じ。

ぼんやり見ておりましたら、近代文学館の原さんに声を掛けられる。ずいぶん昔からお世話になっております。
「タマガワさん、あのブログ、っての?あれ、まだ書いてるの?」。いや、ブログじゃないんですけどね。まあ、何となく。
「あれ、読んで力づけられた、って人がいましたよ」。はあ、そうですか。まあ、だらだらと続けることしか出来ませんし。
「継続できるって、すごいことよ」。そうかな。(内心、嬉しい)

「総会」そのものの感想は敢えて書きませんが、あいかわらず長かった。蒸し暑さが、次第にこたえてきました。終わってそそくさと帰ろうとしてたら、出口の方で原さんが別の職員の方と。「もう帰るの?」。ええ。「がんばってね」。ありがとうございます。

次の日は晴天。気温は30度近くになったようですが、いっそ真夏らしくて気持が良い。この日は日野まで足を伸ばしました。北間先生に作っていただいた、夭折した詩人の手作り詩集をご遺族に届けるために。
駅前も、ずいぶん様変わり。バスのなか、ご老人ばっかりだなあ。お宅のあたりもだいぶ変わってはいるのだけど、面影はあり。ちょっと迷って人にたずねる。

たどり着く前に、散歩中のお二人にばったり。
おひさしぶりです。奥様は、ちょっとけげんなお顔。小樽の。「ああ」。
御主人、先に歩いておられた。「あなた、ちょっと待って」。御主人、立ち止まられるが振り返らない。「7年前、また発作がありまして、言葉が不自由になりました。記憶も途絶えがちで、ちょっとお話は」。そうでしたか。それじゃ私がこの前訪ねたのは、7年以上前のことだったか。「お役には立てませんが」。いえ、この詩集を渡していただければ。
御主人、ゆっくりと歩き出されます。一度も振り返らないまま。

何もかも、モロモロをかっ飛ばし、独断してしまいますが、文学館の仕事、ってこういうことです。一年契約、三年で配置換え、って。そんなんでいいなら、最初から要らない。

いや、いろいろあって、別にいいんだけどね。

■6月12日
日本全国、約30度だそうで、こんな日も珍しいかもしれません。

こんな日に、朝から古本(リサイクル用の)運びです。超せまい階段、段ボール抱えて上り下り10階以上やってますから、むろん汗だく。
オオスダさんみたいにタオル、首にかけてくるんだった。

というわけで、クールビズもヘチマもないのですが、考えてみれば、私の学芸員人生、伊藤整旧家のガレージに山のように積み上げてあった旧蔵本(著者用に出版社から贈られた本ですね)運びから始まった。ご子息の礼さんと、二人でひたすら黙々と。

あれは作家旧蔵本、これはリサイクル古本って、本質は何も変わりないのです。
どなたの蔵本にも個性がある。ちらちらと見て想像するのは良い趣味ではありませんが。この方は幅広く本を楽しんでおられた。この方は国を憂いておられた。この方は占いに凝っておられた、などなど。

長く本を持っておられたお宅がどうして手放すか。愛読されておられた方が亡くなったのかもしれない。あるいはご健在なのだけど、ある日「もう、いいな……」と見切りをつけられたのかも知れない。本人とご家族の思いが幾重にも折り重なっていることにおいて、作家旧蔵本とリサイクル古本、何の変わりもありません。
しいて違いをさがすなら、作家旧蔵本は白手袋をつけ(わざとらしくね、いや失礼)、リサイクル古本は軍手をつける。もっとも私は伊藤家でガレージ作業をやったときからもっぱら軍手でしたけど。

というわけで、文学館の学芸員としては、健康な仕事だと思いますよ。

■6月10日
省エネルックは商売にはならなかったようですが、クールビズはめずらしくオヤジ系服飾業界を活気づかせたそうな。私はファッションショーに出されて悦にいっている政治家よりも、頑固に省エネ背広着続けているような人(羽田さん?)を信用するほうですが。

以前から冬は寒いからネクタイを締め、夏は暑いからポロシャツで仕事だったのですが、管理職たるもの服装にも気を配るようにと言われ、一年中ネクタイをするようになりました。
昨今、盛夏時にはノーネクタイ励行とのことですが、意地でもネクタイ外さなかったりして(こどもです)。

ただし、歩いて通勤を初めて見ると、やっぱり辛抱たまりません。辛抱たまらず上着を小脇に抱えたりすると、ポケットの中味がすべて滑り落ちてとっても危険です。

そもそも、スーツ、背広って何も「改まった身なり」でも何でもなくて、作業服がそれなりに洗練されたもの。女性に実感されることは少ないと思いますが、男性のスーツはまことに機能的、無駄なボタン穴、背中の切り裂きなど一見意味不明の装飾か、と思われがちなものが本来すべて機能を持っております。襟のボタン穴だって、本来は社員バッジや議員バッジをつけるためのものではない。そんな「ムダなもの」は、「作業服」にはないのであります。あれは、もともと襟を立てて、首元を締める防寒のためのボタン穴なのね。

まあ今はそんな着方してる人はおりませんが、それでも大小さまざまなポケットは、十分機能を果たしております。チェンジ・ポケットなんてのがあるくらいだから、小銭入れもいらないくらいですね。

だから「クールビズ」は、ワンポイントのアクセント、なんてのはどうでもいいが、「足りないポケット」をどうするか、が大問題。

そもそも常時持ち歩くもの、とは何か。
私の場合は、メモと、ペンとサイフと、うーん、やっぱりケータイかなあ。それが全部シャツかズボンのポケットに収まらねばならない。

そこでメモペンサイフケータイ。更に、ちょっと厳しいがこれは外すことができない。やむを得ず、これを足すことで、とりあえず私の「クールビズ」は何とかなりそう。

いやほんとうは、別に何にも持たなくても大差はないんですけれど。

■6月8日
さっき銀行の電光表示の温度計見たら23度。それがちょっと意外なほど、蒸し暑い。

きょうはヨコタさんが珍しく「欠勤」。ボランティアだから欠勤もヘチマもないのだけれど、あれだけ毎日来てくださると、おや、きょうは「欠勤」?なんて思ってしまいます。

代わりに、というわけではありませんが、カマタさんご出勤。80ン歳、最高齢のボランティアです。前はヨコタさんといっしょに本の整理などしてくださったのですが、さすがにヨコタさん(も70半ば超えておられるのですが)の勢いにはついていけない。

それでこないだから、先だって印刷所から出てきたばかりの「未完成封筒」折りをやってくださってる。折り目も印刷屋さんでつけてくれてますから、誰がやっても失敗しません。

カマタさん、JJ's Cafe でかけてるグレン・グールドのモーツァルトに合わせて、「タタタータタタータタタンタン」とトルコ行進曲を鼻歌で。
あとは文美室で勝手に仕事なさって、勝手にお帰りになるから、とっても楽。良かったなあ、ボランティアのルーチンワーク、一個ふえて。

「タマガワさん、明日から冷たいお茶を出すから」、とチバさん。ふーん、もう麦茶かい。「ジャスミン茶とかプーアール茶も冷水で出せるんだよ」。そう、初夏らしいね。

■6月7日
最近、本を読まないにもほどがあるなあ、と反省しているのですが、反省しつつ古本コーナーを眺めていたら、びっくりするくらい充実しております。

ヨコタさんが、種まきシーズンを終え、若竹、潮見台方面のお祭りを終え、また古本整理に皆勤しだしたからなのですが、とにかくマジメ。

それは70歳をだいぶ超えてもおられるヨコタさんと、大学生だったコウジ君、本そのものへの間心の度合いは比べられません。ただ、分かる範囲でだいたいのジャンル分け、またおおよそ著者名50音順、という程度の指示を非常に忠実に実行してくださる。

古本コーナーの書棚の半分は、もと下駄箱だから真四角のマスが縦横に並んだ状態なのだけど、そこに「経済」「法律」「料理」「占い」「北海道」なんてラベルを貼って、キチキチに本を詰め込んであるのね。

「法律」のマスには『六法全書』を中央に『民法概論』『刑法講義』『家庭の法律百科』なんてのがひしめいています。

「北海道」のマスの中央は、『北海道文学大事典』を『なしても北海道だべや』とか『北海道考古学の諸問題』らが包囲しております。

「詩集」マスにもアグネス・チャンのポエムがのぞいていて、楽しい。

「小説」に詰め込まれた作家も、「50音順」の勢い余って、ついに隙間にヒラにはまり始めました。こういうのが新刊書店では絶対に、ほとんどの古本屋さんでさえもできない醍醐味ですねえ。つまり「乱読にもほどがある」個人の書棚化しつつある。

古本集め以上に重要なのが(涙を呑みながらの)古本廃棄。それもヨコタさん、非常に熱心である。だいたい汚れた本は目のカタキにされます。これは、とりあえず外観を規準にするしかないね、と私もコウジ君も言ったからであり、むろん仕方のないことなのですが。

もちろん「味のある本」「渋い本」(市場的価値は別にしてね)が、汚れているだけの理由で廃棄されるのは忍びないので、私もできるだけ目を通すようにはしているのですが、これでもいろんなことに追われ、なかなか、古本整理のメインルームである文美室に足を運べない。

それで、たいへん申し訳ないのだけれど、亀井秀雄館長にときどき目を配っていただきます。
もっとも亀井館長は、外観も綺麗で内容も意味あるものは、韓国の大学などへ寄贈する分としてしっかり取り分けられますが、どんなに廃れた本でも、「これは捨てていいですよ」とは滅多に言わない。
だからヨコタさんは、館長の口ぶりや表情に注目します。

「タマガワ副館長、『小林秀雄全集』」。ああ、全集が入っていましたか。「あれ、どうしましょう」。?。
「先日、亀井館長に見ていただいたのですが」。はあ。
「いや、とくに何にもおっしゃらないのだけれど」。ええ。
「何となく……、どうでもいいような、ちょっと冷たい口ぶりで」。はあ?
「だから廃棄してもいいのかと」。ええっ!いや、とんでもない。
小林秀雄全集、今でも実際に読まれている全集(ツンドクじゃなくてね)としても上位にランクされるんじゃないかなあ。古本市に取っておいてください。必ずセットで売れますよ。「そうですか」。

亀井秀雄氏が小林秀雄氏に対し、何となく冷たいのは、それは分かります。前にもチラと書いたけど、いっとき集中して読み切ってしまったのだもの。
それは真っ向から相対し、プラスもマイナスも理解、消化し、そして乗り越える意味のある存在だったからですね。それが亀井さんの「批評」というものだ。そして、もうそれは亀井さんのなかでは「やり終えた仕事」なのですね。そういう「存在」には、素っ気なさが顔に出ます。亀井さんとはそういう人。

だからといって廃棄されては困る。それなら私が買いますよ。ツンドク、になるの目にみえてますが。

というわけで、全国の本好きの皆様、今、小樽文学館は狙い目ですよ〜。無料の古本アンドカフェコーナーを堪能なさったら、一歩奥の展示室(300円)も見てくださいね〜(切実)。

■6月3日
先日、函館の博物館と文学館に用事があり、まず博物館のある青柳町まで路面電車で行ったのですが、市電の停留所で降りて、さて、どっちへ向かうんだったっけ。
函館公園には博物館だけじゃなく、かつては図書館もあったので仕事で何度も行っている。

函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花
by 石川啄木

という静かな明るさがぴったりの公園だから、プライベートでも何度か行った。それでも思いだせないのは、なぜ?

だいたい「青柳町」で降りる人、ほとんどいないのだけれど、若い二人連れが私に向かってくる。うーん、彼らはアジア系の外国人だな。ちょっとまずいな。
「みにドウブツエン、ドコニアリマスカ?」。えーと、わたし、はこだてのものでない、わたしもさがしているところです。「?」。いや、我ながらわけのわからない答え方。
カップルが行ってしまってから、通りかかった老婦人に聞いてみる。博物館どこですか。「博物館?」。あの、図書館のあったところです。「ああ、公園ならあっちのほうだよ」。

公園にたどりついたら、ようやく思い出してきました。あれ、さっきのカップルがいるな。ミニ動物園って、公園のなかにあったのね。
図書館だった古い建物にはまだ図書館の案内板が貼ってあります。離れたところに、立派な新図書館できたらしいですね。私は行きませんでしたが。

博物館、正直いって廃れた感じ、否めない。壁にビニールテープで留めてある大きなエイの剥製、尻尾折れておりますが。お客様も、一人おられたかなあ。
でも全館に漂う空気、この静謐。これこそ「博物館」の品格。それは時代とともに進化するミュージアム、なんて軽薄に背を向けて、たたずんでいる。
歴史ひもとけばうなずけるのだけど、この「品格」だけは一朝一夕には身に付かないのです。だから私は言っているのね。小樽文学館は少なくとも200年続ける、って(笑わば笑え)。

話は戻り、記憶について。
ちょっと前のことは加速度ついて忘れています。歳のせい、にしてもヤヴァイのだけれど、気にしない気にしない。

でも昔のことならよく憶えてますよ。人のことはともかく、自分のことは、もちろん誰よりも私がいちばん分かっています。と思い込んでいたのだけれど。

「同級生にHさん、って子いたでしょ」。憶えているよ。中村メイコを小さくしたような、おしゃべりで、細かく動くような子だったね。
「音楽の時間、あの子が歌うとき、タマガワ君、いつも辛そうな顔してたよね」。?。
「私の気のせいかな、って、ときどき見てたんだけど、やっぱりHさんが歌うたんびにタマガワ君、辛そうな顔してた」。Hさんって、そんなに歌、ヘタだったっけ?
「(笑)とんでもない。とっても上手だったのよ。すごく高い声もきれいに出せるの。でも、ひょっとしたらタマガワ君、その高い声が苦手だったのかな、って思った」。
うーん、そう言われれば思い当たるフシがないこともないが。

私、驚いて、ちょっと考え込んでしまったのはHさんのことじゃなく、そのHさんが歌うたびに辛い顔してたっていう「少年T」すなわち「私」のことね。
中学校のころ、小学校のころ、子どもだった「私」も、私がいちばん知っている、はずだった。でも女の子のカン高い声にいちいち辛そうな顔をする(おもしろい)少年、その少年は私の知ってる「私」の範疇にない。

ここで思い至るのは、作家の「自伝」あるいは「自伝的小説」。社会、政治、また他人に対し舌鋒鋭い作家(知識人)でも「自伝」はまずダメ。描かれているのがリアル自分である、と思い込んでるのは書いている本人だけ。
私の知ってる限りでその弊を逃れているのは、伊藤整の『若い詩人の肖像』くらい。ある「知識人」が、『若い詩人の肖像』の主人公=伊藤整本人と思いこみ、「イトウセイは、若いときからヤなヤツだった」と書いているのをみましたが、それこそこの「自伝的」小説が、小説として優れている何よりもの証拠。自分を突き放して、「私」を描くことが出来た、ということだから。

「『私』なんて、どこにもいねえよ。他人からみえる『お前さん』がいるだけだ」と喝破したのは小林秀雄だったかしら。

伊藤整ならぬ凡人の、例えば私が「中学生時代の私」を描き出そうと思ったら、「私のことは私だけが知っている」なんてうぬぼれを捨てて、誰かに頼んで同級生全員に聞いて回ればいいわけだね。
「いたっけ」。「ああ、あれね(笑)」「憶えてはいるけど、思い出したくもないな」。……

いたたまれなくなりそうだ。