よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■7月31日
ヨコタさんが声をひそめて「副館長、古本のなかにワイセツな本があるんですが、廃棄したほうがいいですね」。
おそらく大したものではなかろう、と思いながら文美室に見に行きます。
ヨコタさん、本棚の裏のスミから取り出したのは「マル秘 発禁本 四畳半襖の下張り」とかいうもの。多分、『面白半分』が伝・永井荷風作というのを掲載して裁判沙汰になった後で、話題に便乗してハンランした文字どおりの通俗版。
たしかにワイセツには違いないけど、もちろん発禁になんかなりっこない。だいたい発禁本って表紙に書いてある発禁本はありません。おまけに「成人向図書」って書いてある。なんて良心的。懐かしささえおぼえます。

このあたりをたどっていけば、「チャタレイ」の藪小路にまた迷い込むことになるのですが、とりあえず文学館用に保存しておいてください。ヨコタさん、ちょっとビックリなさったかな。

文学にタブーなし、というような話ではありませんが、おとといあたりから桐野夏生の『グロテスク』読み出してます。タイトルに惹かれて、前に買ってあったのを娘に先に読まれてしまった。
内容、まったく知りませんでしたが予想どおり面白い。というか、読んでいて心地良い。
桐野夏生さん、読後感の良くない三大作家の一人、ということですが(あやふやだけど)、こういうヒンヤリした明晰な悪意を、たまには追体験しないと、(朝の連ドラみたいな)善意が体内で醗酵して、自家中毒起こす。まちがいなく文学の大きな「効用」のひとつです。あ、これも「異化作用」?

いつのまにやら話題の表面から消え去ってしまった感のある「イジメ問題」も、自分のなかの嗜虐性を意識(子供は抑圧できない)するところから始めないと何の説得力もないんだけれど、昔やった「マジ怖えぇ」という企画は、ちょっとそこまで踏み込めたかな、と思っているのだが、というところで、篠路高校の塚田先生がお連れになった小樽商大生の佐藤さん。「小樽の餅屋」のレポートなさった画期的商大生ですね。
「タマガワさん、憶えてないですか。私、マジ怖に参加した松中の佐藤です。怖くて途中でやめちゃいましたけど」。エーッ、あのアミちゃん!? お、大きくなったねえ。(続く)

■7月28日
札幌篠路高校の塚田先生といっしょに、潮まつりのウチワ集め。

どうすればいちばん効率よく集められるか、まず観光振興室のオバラさんに聞きました。
「出発するのが花園グリーンロードだから、そこで待機していて出発するグループに声かけるといいんじゃない?ウチワを沿道の人たちに配る担当もいると思うよ」。

それなら、そんなに難しくなさそう。本日、午後1時前に、先生とグリーンロードへ。

先頭は市長はじめ役員の人たち。一定の間隔をあけて、出ていくから、その場所でずうっと待っているのも、何だか時間ムダにしているような気がしてまいりました。

それで、4つほどのグループが出て行ってから、追っかけるようにパレードのコースを足早に。

途中、道新さんは入口あたりでウチワ配ってましたので、さっそく2種類ゲット。

この調子なら、早いんじゃない?そうだ、この辺り、銀行並んでるから、同じようにウチワ配ってるんじゃないかしら。おっと、この時間、もうCDコーナーしか開いてないや。

メイン会場に先回りして、用済みになったウチワをちょうだいする、というのも考えたんだけど、そこにいらした観光振興室のマルタさんに、「会社によっていろいろだけど、配っているところは一番街あたりじゃないかな」といわれて、また逆戻り。

でもね、ウチワを積極的に沿道でも配っているところって意外に少ない。NTT、あと小樽商大!(学長さん先頭に、事務の人たちも頑張っておられました。意識改革?)
せっかくの機会、安くて効果的なんだから、もっとどんどん配ればいいのに。

先生とも話してたんだけど、ウチワもらおうと待ち構えているだけで、いろんなものが見えてくるのね。企業の地元への姿勢。学校の取り組み。郵便局、病院、保護者とこども、商店街の意識などなど。

ウチワもらうのが目的ではありましたが、踊り、統率、総合でダントツ一位は小樽信用金庫。地元を大切にしたい、という意識がヒシヒシと伝わってまいりました。たくさんウチワ抱えている私に、「ウチワ集めてるのかい、じゃこれ持ってきな」って、声をかけてくださったのはただ1社(これがベストワンの最大の理由だけどね)。

ところで今日は、昨日と打って変わって、ヒジョーに寒かった。鼻水流れた。その寒さのなか、午後1時から、最後に近い北一硝子(ウチワ、ちゃんとゲットしました)見送ったのが午後7時。

いや踊るのも大変だと思うけど、最初から最後までほぼ全ての踊りを見た人も、そんなにいないんじゃないかしら。小樽に来て約30年、その間、このお祭りほぼチラ見(ごめんなさい、ごめんなさい)。きょうは一気に完全読破。

帰り塚田先生と顔みあわせて、「何だか、達成感ありますね」「ウチワもらっただけですけどね」。

さてとどんな展示になるかな。10月が楽しみだ。

■7月27日
中古オークションで買って、そんなに経っていないiBook(シェル型より新しいといってもG3。OS9とOSXで起動できる最後のタイプ?)。OS9の環境、シェルiBookからまるごと移してお仕事継続。
今朝、メール打ってる最中に、画面の様子がすこし変?横に縞々現れて、フリーズ。ためらうことなく再起動。ドキ。画面が。暗いまま。
あわてて再起動繰り返す。PRAMクリア、ってのもやってみる。何回かやってるうちに、スタート画面現れたけど、やっぱり縞々。さらに画面ふらつき、うわ全面ノイズ状態?
液晶モニター断線?すぐ頭に浮かぶン万円。へたすりゃ再起不能。

もうね、ほんとうに情けない。シェルも電源近辺おかしくなったけど、その他はがんばって動いていますから、仕事にほとんど影響なし。それでも、どうなの?このダメージ。
あきらめて、さっさと次の仕事に移ればいいんだけどね。

50半ばになろうかってオッサンが、パソコン漬けの仕事ってのが、そもそもムリある、と言われるかも知れないが、これでもMS-DOS世代。エプソンの98互換機(もはや知ってる人、ほとんどいない)から始まって、98、そしてakiaのMac互換機(Appleが互換機許してた時代があったこと自体、忘れられてる)と、常に底辺の機械を渡り歩いてきた。
もちろんワープロ専用機は、一行20字ぐらいしか見えないモニター?のからね。シャープの「書院」は優秀で、早い時期からDOSのテキストに変換できたから、その時代から含めれば、20数年に及ぶデータが蓄積し、継承されてきているわけです。このiBookにね。
未だにパソコンのイロハも知らなかったりするんだけど、そんなの関係ない。これがなければ、記憶の中枢(海馬?)失ったに等しい。

なんて、落ち込むこと自体がビョーキだってことぐらい、わきまえてるつもりだったのに。

気を取り直して、原点にもどろうね。「パソコンを捨てよ、町に出よう」というわけで、明日は20数年ぶりに潮まつりに行ってきます。

いや、おどりはしません。ウチワ、集めにね。(どんな原点だ?)。

iBookは、1時間ほどして電源入れ直したら、普通に起動しました。でも、何となく不安定。これって、os9とosx(かなり無理矢理に)同居させてることと関係ありますか?心当たりのある方、どうか教えてください。永遠の初心者に。

■7月23日
一年経っても、遠近両用メガネに慣れることができません。歩いていても、カブに乗っていても、日常茶飯の行動においても、とくに不自由ないのだけれど。何だか、遠くも近くもどっちつかずで、はっきりしない感じ。

それで前に使っていた近視用メガネを探し出し、装着。おお、夏の陽射しにきらめく木々の緑が鮮やかじゃないか!本読むときは、遠近でもどうせ外すんだし。
要するに、まだ遠近必要じゃなかったんだね。まだまだ若いな、私。

と、カンチガイをしたのはつかの間、あの、遠近の中間がね、よく、見えない……。例えば、壁に掲示してあるもの。すぐそこのテーブルの上にあるもの。何のことはない。文学館の壁面展示パネルも、ガラスケースのなかの展示キャプションも、よく見えない。

結果、ひっきりなしにメガネを取ったりつけたり。そのつど手に持つのも不自由だから、ちょっと持ちあげて額に。
ああ、これ新聞の四コマ漫画によくある風景。
「母さん、ワシのメガネしらんか?」
「お父さん、おでこ、おでこ」

ということで老化は確実に進んでいたのでありました。壁面展示も、ケースのキャプションも見直さなきゃいけないな。自己チューの学芸員が、まもなく54歳を迎えるにあたり、ようやく気がついた「気配り」であります。