よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■12月28日
いわゆる御用納め(ん、今の時代に「御用」はないか。仕事納めっていうのだったかな)。これでも客商売でありますから、どっちにしても、そんなの関係ねぇ、ですけどね。ネットなさりにくるリピーターも、年末関係ねぇ、ね。

あからさまに暖冬、そして曇天、軽くウツ。
わが抱く思想はすべて金なきに因するごとし秋の風吹く by 啄木
なんて。いや特別に自分のこととか文学館のこと(ボンビーですけど)というわけではありませんで、さすが啄木、いきなり普遍やね、という思いをすることが少し重なりました。
それなりにらしくなってたクリスマス飾り(ほぼきぃちゃんご提供)も撤収され、雪もなし、30年間やらなかった大掃除をいまさらやる気にも(ほんの少しなっていましたが、案の定5分で挫折)。

門松も立てなければ注連飾もしない。薩張り正月らしくないが、お雑煮だけは家内一緒に食べた。正月らしくないから、正月らしい顔をしたものもない。 by 啄木「日記」
うーむ、どうしてつぎつぎ啄木が。

そうしたところへ佐藤亜美ちゃん(ちゃん付けはないですね。もう大学2年生)。佐藤さん「パスを忘れましたので」と受付でお金を払おうとしている。パスって私が赤いウチワに祭って白抜きにした名刺サイズのやつ?あれは無くしそうだね。いいよ、立派な展示協力者だ。

きょうは?「お餅屋さんのコーナー、クリスマスヴァージョンのままだったから」。ああ、お正月飾りにしてくれるの。確かに、もちといえば正月、正月といえばもち。いや待て、成人式といえばもち、雛祭りといえばもち、卒業入学式にもち、端午の節句のもち、何だ餅こそ季節感そのものね。あんなシンプルな食べ物なのに。「それなのにお店によって味がぜんぜん違うのも不思議です」。奥が深いわけだね。

クリスマスヴァージョンをお正月飾りに変更作業に約10分。鏡餅飾りの意味まで図解して説明しておられる。橙、譲り葉、昆布までは知っていたが「干し柿(串柿)→夫婦(ふうふ)仲むつまじく(外に二つ、なかがわに三つずつ)」なんて初めて知った。夫婦仲むつまじくねえ、プチ反省(何のことだよ)。

佐藤亜美さん「どうもありがとうございました。またよろしくお願いします」と帰られた。
颯爽たる大学生。謹んで小樽商科大学に申し上げる。佐藤亜美さん、そして彼女が秘めたる餅および餅屋さんへの愛情、その奥を究めんとする志。貴学における至宝であります。どうか暖かく、健やかに育まれんことを。

そんなこんなで、お餅屋さんコーナーのみなれど、一挙に正月気分に。

なんとなく今年はよいことあるごとし元日の朝晴れて風なし
また啄木やないですか!

■12月21日
きょうは4時頃から先ほど6時30分頃まで、JJ's Cafe で小樽商科大学で3か月研修を積んでこられた中国人留学生、陳君さん(陳は姓で君がお名前)が、3か月の成果である論文「『蟹工船』はどういうふうに中国で読まれてきたのか」を発表。といっても聴衆は大学の荻野先生ら私含めて4人。テーブル二つくっつけて、ストーブそばに引き寄せて。
論文は労作。私は非常に感心しました。それに先日一人でお出でになったときにも思ったのですが、陳君さんのお人柄。真率で明るくて、無防備。そういう若い人の抱く疑問は、ときとしてあまりにラジカル。それにまともに対応できる先生方がどれほどおいでになるか。防御のテクニックはいくらでも身につけられます。願わくば、直観的にでも覚えた疑問、違和感、そうしたことから目だけは逸らさずに進んでほしい。

だいぶ前にニンテンドーDSのソフト『DS文学全集』を買い、鎌倉へ文学散歩の下見に行くフェリーのなかで夏目漱石の「門」を、その後「草枕」を、それから葉山嘉樹の「セメント樽のなかの手紙」と武田麟太郎の「日本三文オペラ」と近松秋江の「黒髪」を「読破」。

漱石はともかく武田麟太郎とか近松秋江なんて、「ポケットに入る100冊の名作」じゃなかったら一生読んでなかったかも。「黒髪」ってラストが唐突で気になり、ちょっと検索かけたらストーカー小説の嚆矢、なんて。えっ、この主人公って自分がとっくに振られてるのを気づかず認めずの哀れなストーカーだったの?その男に最後まで感情移入して、女の言動こそ不可解、ラストに茫然としている私って。

そりゃともかく(何なんだ)、国民文豪漱石先生といえど、「山道を歩きながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」なんてキーボードの調子確かめるときに打ったりするのだけど、読み通したのは初めて。ここで恥ずかしながら、っていった方がいいのかな。でもこの超有名作品、ほんとに読み通した人、百人中何人?

これね、DSで読むといいですよ。私のように老眼来てなくても、あえて文字拡大表示して読むといい。1000ページ超になってしまうけど、超速読の快感味わえます。
「草枕」は速読すべき小説。成立事情知らないが、漱石、これを猛スピードで書き上げたと直感す。読み手がインテリだろうと蒙昧だろうとお構いなしね。鼻持ちならなく思われようとお構いなしね。英文学、漢詩文の教養、審美眼、ついでに江戸前落語のべらんめえ、傍目構わず垂れ流し状態。

どなたかが「DS文学全集、注釈の無いのが残念」と申してましたが、
満腹の饒舌《にょうぜつ》を弄《ろう》して、あくまでこの調子を破ろうとする親方は、早く一微塵《いちみじん》となって、怡々《いい》たる春光《しゅんこう》の裏《うち》に浮遊している。矛盾とは、力において、量において、もしくは意気|体躯《たいく》において氷炭相容《ひょうたんあいい》るる能《あた》わずして、しかも同程度に位する物もしくは人の間に在《あ》って始めて、見出し得べき現象である。両者の間隔がはなはだしく懸絶するときは、この矛盾はようやく※[#「さんずい+斯」、第3水準1-87-16]※[#「壟」の「土」に代えて「石」、第3水準1-89-17]磨《しじんろうま》して、かえって大勢力の一部となって活動するに至るかも知れぬ。
こんな文章(もとの「青空文庫」テキスト)に
「了念《りょうねん》さん。どうだい、こないだあ道草あ、食って、和尚《おしょう》さんに叱《しか》られたろう」
「いんにゃ、褒《ほ》められた」
「使に出て、途中で魚なんか、とっていて、了念は感心だって、褒められたのかい」
「若いに似ず了念は、よく遊んで来て感心じゃ云うて、老師が褒められたのよ」
「道理《どうれ》で頭に瘤《こぶ》が出来てらあ。そんな不作法な頭あ、剃《す》るなあ骨が折れていけねえ。今日は勘弁するから、この次から、捏《こ》ね直して来ねえ」
「捏ね直すくらいなら、ますこし上手な床屋へ行きます」
「はははは頭は凹凸《ぼこでこ》だが、口だけは達者なもんだ」
「腕は鈍いが、酒だけ強いのは御前《おまえ》だろ」

なんてのがすぐ続いているような文体。いちいち注釈ひっくり返してたらもとの呼吸、リズムだいなしです。DSでビュンビュン読んでこそ辛うじて漱石の脳みそとシンクロ。意味分からないのはしょうがないじゃん。
調子に乗って島崎藤村「夜明け前」(この大御所も読んでないです・汗)を読み始めましたが、ちょいとシオリ挟んで(重宝)、「蟹工船」ビュンビュン読み、してみようかなあ。

あのね、この世に、何が何でも読まなきゃなんない本、なんて無いです。「蟹工船」振りかざして、今こそこれ読め、って叫ぶ方が無理を通り越してる。文革のときの毛語録じゃあるまいし。
ただ名作といわれるにはそれなりの理由あり。せめて世に言う名作をいつでも手に取りビュンビュン読み飛ばすは万人に認めらるべき権利なり。

青空文庫偉い!2000万台!売れたゲーム機用に文学全集開発したスタッフ偉い!著作権保護期間延長反対!(インターネット普及した時点で、著作権事実上崩壊しました。徒労の防衛あきらめて開き直っちゃいましょう。読まれて聴かれて観られてナンボ。じゃない?幾重に鍵かけて何とする)

■12月18日
22日にオルガンを弾いてくださる中村祐子さんが4時過ぎに飛び込んでこられ、「遅くなりましたが、まだ練習ができるでしょうか」。もちろん。お願いいたします。コートとかお荷物は。「そのへんに適当に」。はい。

チラシ裏面に印刷した中村さんのプロフィール。

国立音楽大学教育音楽科卒業。パイプオルガンを奥田耕天氏に師事する。後に渡英し、英国国教会オルガニストのジョン・ウェバー氏に指導を受ける。またAssociated Board of The Royal School of Music のオルガン認定試験最終級取得。在英中はケント州ブロムリーの教会オルガニストを務める。帰国後、長谷川美保氏に師事。小樽に転居後、小樽公園教会オルガニストを務める。

そんなにお話ししたことはないのですが、私はコンサートの前に何度か館にいらして、オルガンに集中しておられる中村さんのご様子をみているだけで、何となく幸福になる。
オルガンというのがまたね、貧しけれど心豊かなり、ってか。教会とか学校のイメージあるからかな。
そういえば、かつて宮沢賢治の「青森挽歌」に曲をつけるというたいへんなことをなさっていたアメリカ人の女性、とても美しい日本語を語り、また綴られる方でしたが、少女の頃、嵐の夜に泣きながら教会でたった一人オルガンを弾き続けていた、って、何のお話をしていたときだったろうか。帰国されてから、音信絶えましたが。

今JJ's Cafe のカウンターで背中越しに中村さんのオルガンを聞いている私も、貧しけれど、心豊か。

ついでながら、数年前に「壊れてますけど」といただいたこのオルガン。実はたいへんなもの。ちょいとGoogleで「西川オルガン」検索かけてみてください。その西川オルガンのなかでもロゴと製造番号から明治の製作間違いなし。真鍮の薄板からいきなりリード削り出す「神」職人がいたという伝説の純国産オルガンメーカー。
普通この種のオルガン、直すだけでピアノ一台買える?くらいのお金かかりそうですが、ヤマハの年輩の調律師の方、破れた風袋を簡単に直してくださった。博物館的オリジナリティーにこだわる向きにはヒンシュクされそうな直し方かも知れませんが、どんな時代物でもウチに置く限り、弾けてナンボ。であります。

文学館「夢喫茶」の、百歳を越えているであろう西川オルガンは、誰でも弾いて構わないのね。もっとも弾ける人、ほとんどいません。グランドピアノを朗々と鳴らされるシロートさんはけっこういらっしゃるのに。
前にコンサートなさった(もちろんプロの)ミュージシャン。やや気まぐれにオルガンで一曲。でも四苦八苦なさったらしい。踏めども踏めども空気が抜けるような。

でも中村祐子さんは仰る。「リードオルガンって、そういう楽器。こんなに古くてこんなに良く鳴るオルガン、私は他に知りません」。

つまり今のところ、百歳超のこの西川オルガン、一年に一回、中村祐子さんに弾かれることの幸せを待ちわびているのであります。

12月22日午後3時から、どうかお聞き逃すことなかれ。

チラシはこちら

■12月15日
二、三日まえから日本海側の低気圧が非常な勢いで発達しながら北上、北海道全域暴風雪という恐ろしげな予報。

昨日は例の「12月上旬4連続文学散歩」の最後の日であり、これまで3回安穏に終了できたことこそ不思議。ついに暴風雪のなかの文学散歩、「カインの末裔」か「東倶知安行」の世界ね。

と覚悟しておりましたら、悪天候はそのとおりながら、風雪ならぬ大雨。気温は6度超という異常な12月。その朝15センチほど降り積もった雪がグチャグチャ。最悪、には違いない。
水天宮から小樽公園の啄木歌碑案内し、そこから二手に分かれ、バスに乗るグループはワイン工場へ直行。って、きょうは全員ワイン組?まあ、これまで半分以上もワインに向かわずに着いてきてくださったことこそ不思議。きょうはさすがにそんな奇特な人、おいでにならない。おのずと道半ばにして文学散歩挫折の図であります。
私もワインバスに乗せてもらい(情けなし)2分間の「講話」?をし、文学館前でお役目終了。

うーむ。こんなことなら最初に文学館に無理矢理お連れすれば良かったな。10人そこそことは言え、この時期10人そこそこは大きな数字。

入館者数のみで計ることなかれ、とは言え、この時期、年間のうちで底の底、とは言え、うーむ、入館者少なすぎ。

朝、テレビを見ていたら、ペレットとかいう木屑を固めたものを燃料にするストーブを改良し、それが人気上昇中というお話。灯油の値上がりも止まりませんからね。寒い寒い北海道では様々なストーブが工夫され、ルンペンストーブ(差別語?)なんて何でもかんでも放り込める乱暴なヤツもありました。そんなのが改良、改善され新しい暖房器具となるのはけっこうな話。もう北海道は灯油・ガソリンに頼らない。ニッポンから独立しエネルギー自前で確保する自給自足王国宣言しちゃう、くらいの意気やよし(誰も言ってないか)。

話それましたが、ペレットストーブのあかあか燃え上がる炎は見ていて心地よし。それでちょいと思いつき。

日比谷育ちの小坂秀雄氏設計による文学館の建物は、ジミに見えるが実は都会的に洗練。サトウ君デザインのウインドディスプレイもそれにふさわしく実にクール。
クール、上品、私もそれに最大の価値を認めるところ。

だが然し、駄菓子菓子(なつかし)、この曇天、時雨、早い日没。のときにクールな文学館に入ってみよう、と思われる通りすがりの人はいかほど。

ならば、ウインドウに灯をあかあか燃やしつけたら如何なものか。

いやヤケになっているわけじゃあなくて。その方法は次回に。

■12月13日
小林金三さんが小樽の街なみを描いた素描、水彩画を受けとりに昨日、今日と、札幌市西区の山の入り口に近いような場所にあるお宅へ。そこはいったん雪が積もると、4月末まで車を乗り入れるのは困難とのこと。
先週、今週はどうやら今日まで天は降雪を思いとどまってくださった。だから90点近くの絵の搬入無事終了。

天気予報によりますと、現在太平洋側の低気圧が急速に発達しながら北上している様子。明日朝までに道央部で20センチの降雪の予想。危ないところでありました。

先週、今週と降雪はほとんどなかったのでありますが、道路にうっすら積もったり融けたりした雪が朝晩凍結し、ひじょうに怖いです。火曜日の夜は、その凍って暗くて足もとおぼつかない恐怖の坂道、のろのろ歩いて竜宮神社社務所まで。来年の榎本武揚没後百年記念事業の実行委員会。

ずっと3、4人で心許なげに相談してきたことが、このひと月ほどで急に動きが広がった様子。「まず文学展、講演会をぜひ成功させなければ」と実行委員長のお言葉、たいへん心強く拝聴。
ふだんから、書を捨てよ、街に出よう、などと声を上げているものの、振り返ってみれば、この30年、いわゆる部外の方から「文学展、ぜひ成功させましょう」なんて言葉あげていただいたこと、あったかしらん。青年会議所の方々も、「講演会、500人規模なんて言わないで、市民会館の大ホール使いましょう」なんて力強い限り。私など、得意の文学館展示室にパイプ椅子並べ方式マジメに考えていたのですけどね。会場費タダだし。

半ば以上、なりゆきではありますが、街との連携、自ずと成ってきたか。こじんまりと、しかし自由勝手に、が許されなくもなるわけで、プチトラブルも予想されますが、文学館節目の30周年事業としては、悪くないんじゃないだろうか。

実行委員会で、中央市場のガンガン屋台以来4年振りにサトウ・セイちゃん(現在観光振興室主幹)と同席。セイちゃん、求められて「小樽と榎本武揚」について熱弁振るっていましたが、こんなに詳しいとは知らなんだ。商店街振興という仕事上、を逸脱し気味にヒートアップ、マニアック。何はともあれ、小樽市役所側に「熱い人」が存在するのは結構なこと。
私なんぞは青年会議所やセイちゃんパワー、アンド、オオイシさんやイトウイチロウさんらの中高年パワーに安心して引っぱられてまいりましょう。

それより足もと気を付けなければ。

■12月7日
先日の月曜日、ひさしぶりの休みでダラダラしておりましたら、めずらしくピッチに電話。
はい、どちら様?「きょうの文学散歩、よろしくお願いしますね」。え?あ、そ、そうでしたっけ。
「1時30分に出発しますので」。げ、今12時じゃん。

そういえばだいぶ前に、12月上旬4連続文学散歩、なんてびっくりするような企画持ち込まれたような気がしてた。何となく気になりながら忘れておりました。月曜日、金曜日、月曜日、金曜日って。(何でこんなお仕事受けたんだろう……)。
だいたいね、12月半ばになろうという時期に小樽の街なか歩き回る文学散歩って、ちょっと考えにくいのだが、あわてて集合場所に行ってみたら10人近くお出でになる。まあ、よくお出でくださったというべきか。考えてみれば、もっとも散歩に不向きな時期に遠路来てくださる。ここぞとばかりご案内しなくて、ほかにどんな大事な仕事があろう。なんて考えて引き受けたのだったことさえ、忘れているのね。

それで今日は、その2回目。月曜日も今日も比較的寒さゆるやかで良かった。これが二日ほどまえの気候だったら、ほとんど罰ゲームね。

皆さん、喜んでくださってるのよく分かりますので、やって良かった、ということですが、それにしても今日は12、3人も。なぜこんなにお集まり。今度の月曜日(休みの日か……)、忘れずに主催者に聞いてみましょう、どうやって人集めたのかって。
あと2回。寒波にぶつからなきゃ、いいなあ。

うーん、鎌倉のカシワギさんの心境に至るまで、日暮れて道遠し、ってヤツですね。

■12月1日
現時点で積雪はないが、寒し。三輪バイク(ジャイロX)を一年ぶりに引っ張り出せば妙にカン高いエンジン音。エンジンオイルが切れているに違いない。バッテリーも上がりかけてますので、バイク屋さんに置いていく。ボロボロになったハンドルカバーと、フロントのスパイクタイヤも交換することに(小型バイクのスパイクはまだ許されているのです)。すなわち今冬も乗る気満々。なんてね。
ほんとは正直テンション落ちてます。寒い。暗い。萎える。落ち込む。鬱。なんてね。そこまでじゃないけれど。今の時期、テンション上げようもないですが。

朝ポツネンとしていたら、フラリと現れたどこかでお見受けしたお顔。「カワグチです」。ああ、ご無沙汰しています。もう3年近く前のことね。文学館の展示室に椅子を並べて人を入れたときの最大席数は250ということを立証した空前絶後!のイベント「伊藤滋氏の講演」を実現(2005年1月2月あたりの「日記」ご参照)した「影のクロマク」かどうかは知らないけれど、この人の叱咤激励が毎日何通もメールで届き、私を含めた有象無象があっちウロウロ、こっちでアタフタ。結果、「内容こんなにマジメでジミなのに、何でこんなにハデになる」イベントが最短期間で出来上がった。

役所側の中隊長(何だか分かりませんが)みたいだったヒガシダさんも民間に去り、最初から最後まで最も燃え上がっていた札幌市役所のホシさんは「今でもときどきメールやりとりします。あのときとは全然別の部署に移ったようです。あのときがいちばん幸福だった、みたいなこと言ってよこしますよ」。ふーん。
「ここはあの後も」。とくに変わりなし。こんなものですよ。
カワグチさん、フラリと館内一周。窓に夜の雪景色が延々と流れる「啄木の夜汽車」が気に入られたご様子。「夜行列車はいいですね。考える時間と空間を、いやでも与えられる」「ここに寄るとリフレッシュするようですよ」みたいなことを仰って、風のように去っていかれました。

薄暗く、まれに陽射しが注ぎ時間が流れ、チバさんが「タマガワさん、木ノ内さんの詩集の『ヴィオレット』って文学館にないの?」。ないよ。でも僕が貰った本がある。「今度、朗読に使いたいんだって」。そりゃ別に構わない。構わないけど難しいよ。どなたが読むのか知らないけれど。

ここで我に返り、年内に「何とかする」んだった。木ノ内さんの遺稿集。その中核が『ヴィオレット』の復刻。読むのも難しかろうが、打ち直すのは更に至難の業。率直に正直に申し上げ、それが出来るのは私だけ。というより、それをしなければならないのが、この私。
すでに、もうずいぶん前に、萩原幸子さんの水晶のような原稿と、山田芳生さんの出色のデッサン(木ノ内さんの横顔)を貰っているから、これをカタチにしなければ、天から許していただけない。
気を取り直して『ヴィオレット』入力開始です。