よもやま日記

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文責/市立小樽文学館・玉川薫
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■5月21日
毎月1回、「小樽散歩」というものの案内をしております。
ご依頼の趣旨が、「『文学散歩』ではないものを」という、文学館学芸員にはきわめて酷な条件。
「喫茶店展」だの「市場物語」だの「町歩き展」だのやってきたムクイですが、苦し紛れにこんなプログラム。
「手宮線を歩く」「映画ロケ地を訪ねて」「奥沢の小さな町工場」「独特の文化・高島地区を訪問」「市場めぐり」
ほとんど思いつきであり、私はけっして物知りオジサンではありませんので、四苦八苦。四苦八苦して何とかクリアしても一ヶ月たつのはあっという間です。

「手宮線を歩く」ったって、私は鉄道のことなど何も知りません。博物館の石川さんに電話。本番前に、私にレクチャーしていただけませんか。って、キャリア30年学芸員の情けないお願い。と石川さんは「途中で博物館にご案内しても良いなら、私が初めから案内してもいいですよ」と、願ってもないお答え。
というわけで、ミエ、外聞、プライドなどというものを10年以上前に喪失している文学館学芸員は、嬉々として石川さんの後をついて手宮線を歩く。お天気も良くて、楽し(おい、おい)。
北海道の鉄道発祥と小樽の町の発展を、パネルまで用意して諄々と説いてくださる石川さんのお話に、いちいち感心。いやぁ、勉強になります(おい、おい)。

それにしても廃線歩き。楽しいですよ。わずか2.5kmの間、風景も小公園、さびれた裏町、生活の哀感ただよう軒先、小工場、さらには荒れ野原! と千変万化。町の歴史も個人史も、様々な物語になって噴出する。

奇妙なものをみつけ、へぇ、そうだったの、も続々発生。
例えば。

これ、何だか分かります? はい、私には分かりました。わざわざ残した木柱の電信柱、しっかり支える工夫ですね。小樽市、偉い!
「ちがいます!」と石川さん。え? 「これには、踏切遮断機の棒のスペアが入っているのです」。え?! もう、びっくりだらけ。

うつむきながら歩いても、左右きょろきょろしながら歩いても、毎日楽しい手宮線。博物館と共催で、年何回かやってみたい手宮線ウォークです。虫取りながら、雑草観察しながら歩いても楽しそうですね。(おまえは何をやるんだよ、って話だよ)。

■5月16日
SABU監督版映画「蟹工船」、試写会お招きいただいて(生まれて初めて)行ってきました。

傑作、というか、快作!
おもしろい、ということが評価の大きなポイントならば(当然、そうでしょうが)、原作はるかにしのいでます。ま、映画と原作を比較すること自体、オオマチガイなのですが。

唯一、なれど、かなり大きな不満点はプログラムの巻頭論文(?)
雨宮処凛さん。この映画、見てないですよね(もし、ご覧になっての文章だったら、もっとひどいけど)。それって、あり?
「21世紀の蟹工船」ってタイトルのこの文章、「そうして21世紀に蟹工船が返り咲いてしまったことを喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑な思いでいる」って締められております(これも、一種のネタバレ? だったらごめんなさい)。これって昨今の「蟹工船ブーム」論評の「定番結論」と思われるけど、あの、(ちょっと思い切って言いますが)失礼なんじゃない?
映画について、ヒトコトも言及していないことを、百歩譲って、それもありか、にしてみても、これは、「21世紀に蟹工船が返り咲いてしまった」〈現象〉のなかに、〈この映画もあるのでしょうが〉と言っておられるワケね(私の曲解ですか?)。
ものすごく失礼なんじゃない?(だんだん怒りが増してきた)

それにしても、何で「蟹工船ブーム」といえば、雨宮さんなんだろう。この人の「自己責任というバッシング」というハンコみたいな文句も、食傷気味です。いつも気になるのですが、「自己責任というバッシング」の具体例をもっと挙げてほしい。前後の文脈も、必要十分正確に入れていただいてね。ずいぶん前に書いたような気がしますが、「責任」って言葉、何だかえらく安っぽくなりました。

プログラム全体が悪いわけじゃありません。いちばん良かったのは美術(秀逸!)担当者へのインタビュー。
「(台本の)『ガッチャン! プッシュー! ガッチャン!』のト書きが印象に残った。それと「蟹」がどのみちやっかいやなぁと思った。予算を事前に聞いていたので、それにしても、これをまともにやれば負けるなぁ、というのが感想」。
いいねえ。

結論。(かよ?)。とにかくSABU式「蟹工船」〈カニコウセン〉。元気の出る映画です。「ウルトラミラクルラブストーリー」の次にね!

■5月9日
きのうは休みをもらって札幌へ。とはいえ、半分仕事。その半分仕事のひとつは、先日メールをいただいた喫茶店訪問。その喫茶店は、お店で小さな企画展などもなさっていてサイトをみる限り良い感じ。そのお店が、いちどウチと合同で企画をなさってみたいという話。

円山公園近くのお店。駅から4分というのでタカをくくったのですが、やっぱり迷ってしまった。
たどりついてみると、小さくて、おもしろいカタチのお店。古い住宅を改装なさったか。一階が豆を売るお店で、二階が喫茶店なのですが、二階にはどなたもいないから、一階の人に断って、外から二階に上がります。まもなく、さっき豆を売っていた方があがってきて、注文を聞いてくださいます。

うん。いい。小さいけれど、とても落ち着く。やはりこの近くの有名なお店ほどスキが無くないだけ、和める感じ。
でも一人じゃたいへんだなー。ご主人はどちらに? 「配達にいっております」。
こういう知る人ぞ知るお店、お客様が少ないからこんな風にやっていけるのかしら。お客が増えれば、和み度も下がるしねー。痛し痒し。

とはいえ、一人は大変。今朝は文学館美術館、人が手薄。永年勤めてて、給湯室の湯沸かしの点けかたも知らなんだ。ちょっと動揺して、事務室の日めくり暦、二枚いっしょに千切ってしまいましたよ。

私の椅子の上にある箱は何? ちらりと見えるいっぱいの松ぼっくり。何? 嫌がらせ? なわけないか。
ここで私はぴんと来ました。そういえば、数日前。古本みてらした初老のご夫婦。JJ's Cafe の棚とかみて、「あんたの作品もここに飾ってもらったら?」「いいのかね、あんなのもってきて」「汽車なんかよくできてるじゃない」。いいですよ、おついでがあればいちど持ってきてみてください。私は相変わらず八方美人ぶりを発揮しながら、内心かすかに「悪い予感」。

うーむ。的中してしまいました。松ぼっくり細工? と紙粘土人形? 「きのう置いていきましたよ。持ってきてほしいと言われたから、って」と岩田事務長。「私もこれはなー、と思いましたけど」。

うーむ、これはなー。ちょっとにも、ほどがあるなー。クルミのカラのヘルメットかぶった松ぼっくりのフクローが警棒もって、そのそばに「暴力反対・平和主義」「ガソリン値上げ反対」。? 何?
木彫りの桃太郎に、サル・犬・キジ。このくわえタバコで道路ならしてる土木工事のオヤジ人形は何? 

しかし! あんまりすぎて、並べて眺めてると得も言われぬユーモア感。

そこで私は考えた。以前サトウ君(JJ's Cafe 作者)に頼んで作ってもらった数本の白木の展示台(長さ180センチ、幅30センチ、高さ70センチ)。それ一本に限定した市民企画・創作作品展。それを週替わりで、「夢喫茶」内限定で。技術・美意識、主義主張、思想偏向いっさい問わず。その代わり、細長い展示台一本限定ね。

私も公務員のハシクレ、アナキズムにこの館を蹂躙させることはできぬ。が、活力とはアナーキーなもの。混沌を排除すれば、残るのはただのムクロ。

やってみましょうか。一本限定市民企画展。開催不定。告知もなしね。

■2009年5月6日
昨日、ささやかな「打ち上げ」の席で。最年少ボランティア(お仕事忙しくてめったにお出でになれませんが)のサカイさんが、「きょう文学館のお姉さん、いなかったですね」。え、誰? 「ほら、あの」。
と、小路君が、「オセロのマツシマに似た人でしょう」。マツシマ?? チバさん? 「そっくりよね」と和田さんも。
似てないでしょう、ぜんぜん、と私。そういえば、チバさん、昔、自分で、劇団ひとりに似てる、って言ってましたよ。
「ぜんぜん似てないよー」と小路君・和田さん。

何だか釈然としない私でしたが、きょう昼過ぎにやってきたチバさんの顔をみると、あら、最近のチバさん、ほんとにマツシマに似てるんですね。
私が如何に人の顔、ちゃんと見てないか、ということであり、女の人はときどき顔が変わる、ということですが、その上でなお考えてみるに、やっぱりチバさんとマツシマは似ていない。まだしも劇団ひとりに似てる、というべきである。
つまり人の顔は物理的に類似、の要素は「似てる」のごくごく一部であり、音声、しゃべりかた、所作、その他モロモロを統合して、初めて判断できるのであります。

こんな話は、学芸員の仕事とまったく関係がありませんが、そこで高山美香さん。
ちまちま人形がチマタの話題ですが、人形というのはたいへん複雑。顔や姿勢だけじゃなく、高山さんが凝りまくった小道具、そして愉快なエピソード満載のパネル。そんなこんなで、えー、こんな人だったけー、などの「論議」が人形囲んで始まります。
そもそも人形も、イラストレーター高山さんの「余技」でありますが、高山さんご自身は余技のさらに「余技」、とるに足らず、と思っているふしのある、「消しゴム版画」。
これを私は、「神技」とみる。一片の論議の余地すら無し。
私が言わんとする「似てる・似てない」の意味が、少しは伝わるか。何にせよ、この秋大刊行の高山美香作品集『ちま本』、乞うご期待ということでした。

■2009年5月5日
タイムスタンプ式時々刻々日記2日目。
11:19:36
端午の節句古本市、今はようやく客足も落ち着く時間帯です。
ボランティアもきょうはほぼ全員そろい。
この時期、お客様がいちばんたくさん来られる日だとわかっていながら、告知広報のチラシ類、何で用意しておかぬ。
ということで私は朝からちまちまとリソグラフでチラシ作りであります。

12:36:13
水口先生が古本市みがてら、9日の啄木祭協力お願い。
「ストックウォーキングの帰りなんですよ」。ほお、あれですね。スキーのストック突いて歩くヤツ。「僕もだいぶ弱ってきてね、20分も歩けば一休み。いやあ、老衰でしょう」。スキーのストック、つえ代わりにされてる方は、みかけます。一本杖よりずっと歩きやすいし、安全そうだけど、夏にストック突いて歩くのもなあ、と思いつつ、先生が抱えている小さなバッグに目がとまる。
これは、ひょっとしたらストックがコンパクトになるのかな?
「こんなとこで何だけど、お見せしましょう」。ほお、自在に伸び縮み。
「スプリングが仕込んであって、ほどよいクッションが効きます」。ほお。かっこいいじゃないですか。「ストックウォーキング」なんて洒落た名前だ。一人で歩くだけじゃないのかな。「小樽だけでも80人以上、愛好家がいますよ」。スポーツになってるんだな。「歩きやすいだけじゃなく、上腕のトレーニングになるそうです」。
これ、いいんじゃないかなあ。絶対にね、冬道安全です。私も、今のうちになじんでしまおうかしら。

12:51:31
亀井館長、古本市をのぞきに。がてら、今没頭しておられる池田寿夫旧蔵書のこと。
「これまで考えられていたより、ずっと旺盛に書いていた人ですね。変名、匿名、無署名論文も相当ありそうです。平野謙が目を通したのは、ほんの一部のようだ」「活動歴も分からないところが多い。案外、刑務所(非合法活動で検挙投獄されてます)にしっかりした記録が残っているんじゃないかしら」「東京に行ったついでにでも、刑務所で調べてきますかね」。!!!。
予感というより、ほぼ間違いないのですが「プロレタリア文学史」ではなく、書き換えられるのは「日本共産主義運動史」になりそうな勢いです。これができるの、やはり亀井秀雄氏以外には考えられません。

13:01:28
ボランティアのオカベさん。昨夕落とした手袋が、事務室に届いていて安心。「そんなこと」でも、人は落ち込む。人が落ち込むのは、小さな出来事が一つ二つ重なること。「軍手代わりにしてるようなものだから」といいながら、きのうは落ち込んでいるのが目に見えた。
「ほんとうに良かったです」と手袋で復活。「血行が悪くてね、手が荒れるの。これはね、ずいぶん長いこと使ってたの。手にすっかりなじんでたし、出てきてほんとうに良かった。ありがとうね」。私が見つけたわけじゃないですが。

14:39:08
古本市にいらしたお客様。常設のリサイクル古本ドネーションコーナーにもときどきお出でのようで「最近、スキマが目につくし、ちょっと変わり映えがしなくなりましたね」。そーなんですよ。常勤ボランティアさんがお出でになれなくなって、いちばんの悩みです。「私がやりましょうか」。!!!。
ついに。ヨコタさんの後継者出現か!!。
「だいぶ前まで朗読ボランティアを長くやっておりました。ただ入れ歯になってから、朗読は無理になりまして、何か他のことをやろうか、と考えておりまして」。
やっぱり。「古本市」は、ただの古本市ではありません。何かが変わる、きっかけであります。
チェンジ!と私は叫ぶ。古本並び替えるだけですけどね。

16:01:14
本日の「端午の節句古本市」。無事終了です。みなさん、お疲れ様でした。

■2009年5月4日
エディターのタイムスタンプを使って、時々刻々の「日記」にしてみました。最近、3分経過すると記憶が飛びますので。

10:35:25
小路君、マスクをして古本リサイクル本棚の隙間埋めを始めている。「うーん……ひどい状態ですね」とのこと。うん、「日勤」のヨコタさんが来れなくなったからね。てきめんに本棚が過疎化してしまったんだよ。

10:36:41
渡辺さん、「啄木列車、お昼頃までにはできあがるでしょう」。

10:43:27
古本リサイクルコーナーにシングルレコード(アナログ)数枚。なかに中島みゆき「わかれうた」。持ってきたのは小路君。
小路君が、「千葉さんにあげてください」と数冊。なかに『鴨川ホルモー』。これは私も読ませてほしい。映画、おもしろかったよ。金払う値打ちはあると思う。「ワシ、栗山千明が嫌い」と小路君。栗山千明(凡ちゃん)がみどころだよー、見直すと思うよ、と私。

10:53:00
ボランティア長南さん、古本市準備開始。第一研修室からテーブル運び。4月から機械警備はいったから、研修室とか無理矢理はいると警備員飛んできます。気をつけてくださいねーと私。「体育館とかもそうなっちゃいましたよね。9時半までは絶対に入れないって」と不満そうな長南さん。うちは融通きかせますけどねー。

14:00:20
古本市準備。ボランティアリーダーがいないと、いちばん問題なのはバランスがとれないことですね。さて、どうする。

14:03:57
啄木列車、完成! すばらしい!
「展示意図が分からなくありませんか?」と渡辺さん。だいじょうぶ。こんなキャプション作ったからね。

石川啄木が北海道にきたのは、最初が明治三十三年(このときはごく短期間)、二度目のいわゆる北海道漂泊が明治四十年から四十一年にかけてのことです。この時期は北海道の鉄道がめざましく伸展した時期と重なり、啄木の漂泊は、鉄道と人生、鉄道と叙情を、深くむすびつけることになりました。
 明治四十年九月、「小樽日報」の記者となった啄木がまず旅装を解いたのは義兄(姉の夫)で、中央小樽駅の駅長をつとめていた山本千三郎宅でした。
 啄木は才能に溢れた天才詩人でしたが、気性も激しく、上司と対立して「小樽日報」を退社、翌明治四十一年一月十九日に、小樽駅から釧路に一人旅立ちます。
忘れ来し煙草を思ふ/ゆけどゆけど/山なほ遠き雪の野の汽車
さいはての駅に下り立ち/雪あかり/さびしき町にあゆみ入りにき
※車内禁煙でございます。あしからずご了承くださいませ。

15:10:19
古本市準備終了。早い!

ボランティア活動における問題点は、それがいちばん活発なときにクリアしたい。さて、どうしましょうか。

ボランティア活動における問題点を、ちょいと整理。
つまりー、熱心であればあるほど「有能」であればあるほど、特定のボランティアさんが「特化」するわけね。ボランティアさんのパーソナリティにもよりますが、「他の人がついて行けない」現象が生じます。

そこで私など、よるとさわると、無理しないでくださいねー、誰でもできる簡単なお仕事ですからねー、を繰り返すのですが、「それは違う!」と賢人イズミさん。
「ボランティアはね、難しいことやりたいんだよ」「難しいことがこなせるようになれば、さらにがんばる。工夫もする。当然、『能力』の差も露わになるが」「それでいい!」
「つまりな。定年後ぐらい、面白い仕事を、〈自分の創意工夫で〉やりたい。それこそ、ボランティアのやりがいだ」「無理するな、できるだけ簡単にやろう、というのは、むしろ、定年までの〈本職〉のほうなんだ」「おおむね事務系の〈本職〉なんて、仕事を増やせば増やすほど本質見失う」
そーですかねー、私なんか、定年後やることなくなりそうなんだけど。
「それはね、タマガワさんの仕事が特殊なの」「タマガワさんの仕事は、ふつう趣味、とか、遊び、とかの範疇に入るものなの」「フツウの人は、仕事でそんなこと出来ないし、そっち方面に走って必要以上の仕事増やす、って、全体には害毒になりかねないの」
「だからさ、定年後ぐらい仕事に凝りたいじゃない。それが人情じゃない」「つまり、(定年後ぐらい)、みんな『学芸員』をやりたいんだよ。そんな面白い〈仕事〉なら、ボランティアでも全然かまわないんだよ」。「『学芸員』になるな、そんなにのめり込まないで、というのは傲慢だし、酷だよね」。

うーんー……。じゃ、どうすれば?
「〈棲み分け〉を考えるんだね」。はあ。

さて、どうしましょう。

■5月2日
インターネット日記も、とびとびながら10年近く書き続けていると、どうしても同じ話が繰り返される。ええと、たんに脳みその経年劣化にすぎないのでもありますが。
でも同じ話は、それだけ本人には「重要」と思われるわけだから、繰り返す意味はあるわけね(はた迷惑・苦笑・嘲笑はお構いなしね)。

今日の「繰り返し」は、今回の企画展「トポス(場所)の思想と創造─建築家・小坂秀雄と小樽文学館」でも正面に超拡大、バーンと貼りだしている小樽地方貯金局大事務室の写真。すなわち現・文学館展示室ですが、あの展示室全部がまったく仕切りなしのオフィスですから、これは気持ちよい。高い天井、その天井まで達する海側・山側に大きく開いた窓・窓。半袖シャツ姿のたくさんの職員に、初夏の風が吹き込んでくる(書類が飛んでたいへんでした、という笹田さんのリアルな話はいったん保留ね)。
みるたびに、心晴れ晴れといたします。

この写真はシロートが撮ったものではないらしい。手前から奥までずっとピントあってるからね。その気になれば、大勢の職員の一人一人の顔がわかります。

「あの写真」とお客様。「原版はありませんか」。もとの写真は、確か一原有徳さん所蔵のアルバム。お返ししたと思いますが、パソコンからプリントすることはできます。「私の父が写っているのです」。やはり。きっとそういう方が少なからずおられると思ってた。
ということで、しばしお待ちいただき、A4の紙にプリントしてさしあげる。
そのお父上は。「15年前に亡くなりました」。……。

このプリント刷っておりましたら、「いい写真だよねー」と、美術館の渡辺副館長。「何だかほっとするんだよね。昭和、って感じだね」。
へー、貯金局関係者別にして、これを「いい写真」っていってくれた人、はじめてですよ。
「明るくて、きもちよさそうだねー」「資料に、光あてたら良くないんだろうけどさ、何か工夫して、もとのこんな感じにできたら、いいだろうねー」。
!!!。

これは! サトウ君(JJ's Cafe 制作者)の、文学館大改造プランそのままではないか。(私ですら、未だためらっている)このミュージアムの常識くつがえすプラン。灯台もと暗し、いちばん身近に理解者がおられたとは!
渡辺副館長はこれまで数々の庶務実務、それも相当困難な現場をこなしてきた人で、ノンキな(失礼)文化芸術行政とは縁がなかったと思いますが、私思うに、そんな人のフツウの感覚こそ、ミュージアム関係者の廃れたセンスをくつがえす。

こないだサトウ君とウグイスカフェで話したときも、「アートステーション」構想なんて、まーどーでもいいじゃないすか、的に流され、「それより、やりましょうよ、文学館展示室の海側山側壁面はずし!」。ううむ。えー、まあ、そう簡単じゃあ……。

しかし! やってみれば、案外できるか。身近に強力な理解者、援軍得た感じ?

現実味おびてまいりました。史上初! 自然光と外気あふれる文学ミュージアム・プロジェクト、本日開始であります(早ッ)。

■5月1日
日記など、長々くだくだと書き連ねるものではない。
淡々とその日に起こった事実のみ記録するのが、吉。まれに他人様にも有効。
気分が乗ろうと乗るまいと、毎日欠かさぬ事が肝心。

と、何度思い定めたことか。それが、できないんだよねー。出来ないこと分かっていても、気分を奮い立てて、またやってみましょう。できるだけ(毎日)。

あいかわらず連休もヘチマもなく出てきており、いくつかのプロジェクトが進行中。プロジェクトったって、1人で、2人で、せいぜい5人くらいでね。

その1 啄木(ときに伊藤整、ときに宮沢賢治)列車完全版制作。
これまでに、何度か登場している車窓風景が流れるあれです。渡辺真吾さんが気合い入れてくれて、これまででもっとも凝っております。以下、渡辺さんが書いてくれた解説。

この座席は大正末期から昭和初期にかけてつくられた客車(三等車=今の普通車)の1区画を再現したものです。客車の室内はこのような木製ニス塗です。鉄道が長距離移動の主役であった昭和40年代までは、このような座席での長時間の旅でした。

ということで、「啄木の明治」ではありませんが、時代限定してしまうより、大方のヒトの記憶を喚起させつつ、というのが文学館らしいところ、と決めつける。

その2 高山美香さん「ちまちま文豪プラス偉人伝」書籍刊行! 版元は「あとりゑ・くれーる」(在小樽)。本格的書籍出版は初めて、とはいえ、こちらも気合い入ってます。ときどき入りすぎてます。行きがかり上、とゆうか、嬉々として深めに関わらせていただくつもり。秋の、「新・ちまちま文豪・偉人展 ど〜んと100体」に向け、大波にしたいな。本日、まずは収録人形の撮影完了です。

その3 どーなることやら(無責任)「アートステーション」構想。これについては、いやでもおうでも時々刻々と。
今のうちに明記しておきますが、「アートステーション」「平成の色内駅」は、私の造語ではありませんで、マルC 小樽市建設部建築住宅課ね。

以下、明日(本当か)。