あんな店、こんな店、思い出す人たち、あの町。心に浮かぶコトバの切れ端を綴っていく頁です。ここはハンドル(ニックネーム)で、かまいません。どうぞごゆっくり。


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片桐保昭
2001年12月22日
グリークラブの「雪明りの路」

雪明りの路(イベントのほう)ですが、小樽商大の学生が歌う「雪明りの路」という歌が大変に素晴しいものです。伊藤整の詩にメロディーをつけたものですが、特に最終曲「吹雪の街を」は絶品で、冬の小樽の街角で聴くと感動がひとしおです。
密かに楽譜のコピーがでまわり、全国の合唱ファンに広く歌われています。

タマガワ(店主)
2001年12月22日
20年前に。

片桐さん、いらっしゃいませ。
20年ほども前になりますが、堺町の北一硝子三号館ができたころ、あのホールで、「伊藤整『雪明りの路』朗読と合唱の夕べ」というような催しをやったことがあります。2月で外は文字どおりの雪明りの路、でした。そのころの堺町はまだ静かな旧い問屋街の面影を残しており、冬の通りを歩くと「雪の降る街を」という歌がぴったりの風情がありました。この「雪の降る街を」という歌は、もの悲しげな曲調の歌ベスト?3のひとつにあげられたことがありますね。もうひとつが「トロイカ」で、もうひとつが何だったかしら。

と、こんな調子で短い会話をさらさらと重ねていければ、と思っています。片桐さんのは投稿ではなく個人的メールだったんですが、また無断でつかってしまいました。ごめんなさい。ノートの書き出しにふさわしい、さらっとしたきれいな話だと思いましたので。
のんびり続けていきたいと思います。投稿をお待ちしています。


齋藤洋一・札幌市
2001年12月23日
賢治全集・放哉全集

やっと出ました「賢治全集」16巻下。
何かこの本の出版を待ってるだけで随分疲れました。
外骨ん時もなかなか出なかったから、賢治さんもこの轍を踏むのかなと思ってはいましたけどね。
いい仕事だとは思うんですが、私の如き気軽に賢治が読みたいとの欲求しか持ち合わせていない輩にはチョト重いっす。
それで、鶴太郎の絵がなければとても美しい本「放哉全集」の第1巻2800句イッキ読み。目の前が暮れきってしまいました。
ここでやっぱり一服。ベルメールのエッチングと1965年のボブディランの歌で孤独に熱狂していたりするのです。
それで「ちょっとお茶して」に投稿です。


タマガワ(店主)
2001年12月23日
来年は、花巻、遠野へ。

いらっしゃいませ。齋藤さん。
「賢治全集」未完結のことさえ存じませんでした。賢治展が終わってしまったら急速に薄らいでゆく関心。100年目に盛り上がったり盛り上げたりしていた人たちを笑えない……。また、ちょっと興味が。16巻下、はどうしてそんなに遅れたんでしょう。内容が問題はらんでいたんですか?筑摩の事情?
私は吉田一穂も宮澤賢治も尾崎放哉も、盛岡在住の詩人吉田美和子さんをとおして、新しく知りました。来年の小樽文學舎主催の文学散歩は「盛岡・花巻・遠野」編です。もういちど賢治に出逢う旅。齋藤さんもぜひどうぞ。


もりやゆきこ
2001年12月27日
政村さん。

こんにちは、森谷です。
すいません、一方的に拝見してると、つい、いつも会っている錯覚に陥ります。先日メールをいただいて、返事も書いてませんでした。が、しかし、「こちら」の状況はなんとなくおわかりになるのではと思います。

アノ日、政村さんが玉川さんに電話した日、私はトラックの隣りに座ってました。
政村さんが電話し終わって私に一言、「あなた何か言っていたの?玉川さん笑ってたよ。」私は電話の向こうで玉川さんが「やっぱりかかって来たか」とにやにやしている姿を想像して可笑しくなりました。

その後、いろんなところでいろんな人に会い、たぶん政村さんは2月にやるであろうアレの宣伝をしまくっています。「言葉」も2月17日ということで、なんだか関係づけられるのならすごくなりそう。あ、レコードプレーヤーがあるんですよね。会社には政村さんのレコードがいっぱいあります。たぶんライブはやるんだろうと思います。「タチハラマサアキは嫌いだけど、文学から庭を攻めたい」、とかなんとか言ってました。どうなることやら。

数日前、政村庭園の忘年会がありまして、札大の石塚、田中夫妻も来ました。その時田中さんが興味深いことを言っていたのですが、山口さんは昔話をしないんだそうです。あんなに年取っているのに(というと失礼か…)あのころはああだったっていう話しを一度も聞いた事がない、脳が本当に若いんだね〜って…
過去を振りかえることが悪いことだとは思いませんが、振りかえりはじめると、もう脳みその容量が少なくなってきているのかな?なんて思ったりもして…(全体の容量からみて過去が多くなってきている?)

対する政村さんなんか逆にすごいんですが、20年前に行っていたアメリカの話をつい最近の出来事のように話します!ふんふんふんと聞いていて、もう20年前のことだけどね〜と言われるとガクッときます。(しかし、もう慣れた…)

だけど、それは基本的に政村さんの考えていることは20年前から変わっていないということかもしれません。
なんにしても、そのうち文学館におじゃまします。玉川さんも相変わらずおいそがしいみたいですね。寒さにまけずに…では。また。


タマガワ(店主)
2001年12月28日
政村さんのレイのイベント。

もりやゆきこさん。いらっしゃいませ。こんにちは。
政村さんのレイの、は2月9日土曜日に決まりそうです。携帯電話の向こうから、意気込みがビシビシと。コトバが意気込みに追いつかないみたい……。
タイトルとか内容とか、年明けて、1月8日くらいに政村さんが文学館に来てくださって打ち合わせ。あのステージとかピアノみると、またイメージふくらませてくださるでしょう。楽しみでもあり、コワくもあり……。もりやさんもぜひごいっしょに。


kouji yosifumi
2002年1月8日
漫画優先の現状は。

昨年大掃除で出た質の良い本(質の悪いものは文学館へ寄付)を行き付けの古書店へ売りにだしたついでに店主のおばちゃん(推定還暦ぐらい)と雑談をしました。
ま、だらだらと小説の話をしていたのですが、途中話が変わり、「今の若い人たちは殆ど小説やらの類を読まない。読むとすれば漫画の類だ」といいました。
おばちゃんはその後漫画を否定はしないといいましたが表情は複雑に見えました。
私も同感でした。私も否定しません(「三国志」とか「水滸伝とか」為になるし、分かりやすいし)。しかし「でも」という曖昧な、否定的な態度もとらざるを得ません。
玉川センセはどう考えます?この小説読まずに漫画優先の若者が多い現状を。


タマガワ(店主)
2002年1月8日
漫画と小説。

koujiさん、いらっしゃい。あけましておめでとうございます。
koujiさんは、ときどき古本を小脇に抱えて文学館に持ってきてくださる、コウジさんですか。いつもありがとうございます。
漫画と小説。私自身、漫画に読みふける若者を批判できるほどの読書家ではないので適切な批評はできないのですが。このようには考えております。漫画と小説は別の表現。つまらない小説と優れた小説があるように、つまらない漫画と優れた漫画がある。あたりまえですが……。いしかわじゅんが『漫画の時間』(晶文社)で、かつて柴門ふみが小説を書いたとき「漫画では表現しきれない」とコメントしたことを、厳しく咎めていました。それならすぐに漫画家を返上すべきだろう、と。私も同感です。
私自身の乏しい読書歴で、もっとも心を動かされた本として躊躇なくあげられるものの一つに松本大洋の漫画『ピンポン』があります。ほんとうに、あっ、と思いました。背中をドンと押されるようでした。
私は人に本を薦めるということはあまりしませんし、したくもないのですが、koujiさんが「中学生日記」のほうにくださったお便りから、この人に、松本大洋の「GOGOモンスター」「鉄コン筋クリート」を読んでもらいたいな、と思ってしまいました。文学館の「私の仕事棚」のほうに置きっぱなしにしていますので、いつでもお貸しいたします。もし読んでみたくなったら、声を掛けてください。


安達三千代・名古屋市
2002年1月11日
思い出の喫茶店は。

玉川さんこんにちは。先日は小樽論1の写真有難うございました。(もう去年のことでスミマセン)ときどき見返してはあの夏のじわーりとした暑さや文学館のソファにうもれて珈琲を飲んだことを思い出したりしてます。
「わたしの思い出の喫茶店」は、わーっと思ってたのですが、何をかいたらよいのかしらと記憶をうるかしていました。つれづれにかいてみます。

*小樽「はち」移転する前の稲穂にあったころ。しごとがお休みの日に小樽の町をぶらぶらして、はちにたどりつくって感じでした。しゅんしゅんというヤカン?かストーブの音。ふだんは読まない「銀花」とか読んだり。ボーンっていう時計の音で、もう帰らなきゃって思ったり。ともだちに「はちっていいよねえ」といったら「ダッフルコートきた恋人たちがいくって感じがする」といってたのも妙な思い出です。

*小樽「ミクマリカフェ」そのともだちに教えてもらってはじめていきトリコとなりました。感覚を満たされるような感じ。空間、オト、モノ、季節、人。今でもときどき手紙を送りたくなって出したりしています。片思いしてるような喫茶店。カフェ。

*札幌「サッポロ珈琲館」1年くらいアルバイトしていました。琴似にあって陶芸教室も併設してあってマダムや常連さんが沢山いました。好きだったのは珈琲豆を200gずつ袋づめにする作業。びっくりしたのは洗い物をしている目の前でお客さんが「私は絶対にこんなバイトできない」といったこと。
わたしがもし喫茶店をするとしたら、濃い珈琲があって、夏はかき氷、冬は甘酒も出したいです。古本や絵本、雑誌やこまこました小間物も販売している小さなスペース。ふらりと立ち寄ってはまたぶらりといってしまう、ほんのとまり木のような喫茶店。それではまたおたよりします。喫茶展たのしみです。


タマガワ(店主)
2002年1月11日
いい喫茶店と従業員。

安達さん、遠くからようこそ。いらっしゃいませ。
いい喫茶店。ほんとうに。空間、オト、モノ、季節、人。
そのへんに尽きましょうか。

ここで突然。ウエートレスさん、ウエーターさん募集。ただし賃金基本的にゼロ。期間約2か月。「ワタシはぜったいにこんなバイト、もといタダバタラキなんて、できない!」かな……。


SH
2002年1月12日
ボンゴ豆。

玉川さん,こんにちは。去年は2回ほど文学館におじゃましました。

*私はあまり喫茶店に行きません。私のなごみスポットはそれよりもバーですね。
 数少ない喫茶店の思い出と言えば,おととし岐阜に旅行で行った時,暑さしのぎに何の変哲もない喫茶店に入りました。
 そこで印象に残ったのは,コーヒーが非常に濃いので気に入ったことと,お茶うけにボンゴ豆がついていたことです。「これが噂に聞くおつまみか!」と嬉しくなりました(東海地区の喫茶店ではよくあることらしいですね)。


タマガワ(店主)
2002年1月11日
ボンゴ豆!?

SHさん、いらっしゃいませ。
バーですか。うーん、オトナ。いーですねー。喫茶店の話題ばかりじゃないんで、すてきなバーとか、こんどぜひその話を。もっとも私は、アルコールはビールオンリーですが。
ボンゴ豆。聞いたことがあるようにも思いますが。そもそもボンゴ豆がいかなるものか存じません。ボンゴ豆。なんだかアフリカな響き……。いつか私も出会ってみたいボンゴ豆。


小路嘉文
2002年1月16日
新田次郎と「面白倶楽部」

 昨日、札幌の古書店へ言って新田次郎の「銀嶺の人」を探したのですが、その本はおろか新田次郎の本さえありませんでした.(あるのは西村京太郎だけ)前は「武田信玄」とか歴史モノが少し陳列していた記憶があったのですが.
 諦めて本当の用事を済ませ小樽へと帰ってきたのですが、まだ小一時間ほど時間があったので行き付けの古書店へ行きました.そこへは前から新田次郎の本を探しておいてもらったのですが、店主のおばちゃんは私の顔を認めるなり新田さんは全く出回っていないといいました.別にあまり期待していなかったので全く失望しませんでした。
 それから雑談を交わすとこの店は今からおよそ80年前からやっているといいました.そしておばちゃんは入口の上の棚の左端の本に指差し、倉庫の奥から出てきたと説明しました. 
 その本は雑誌で二種類あり、背表紙には「宝石」、「面白倶楽部」という文字がありました.「宝石」はなんとなく分かるんですが、「面白倶楽部」って何?(確か藤子不二雄Aの「少年時代」に「少年倶楽部」という雑誌が出てきたがその系列なのだろうか?)今でいう「ジャンプ」か「マガジン」あたりかと思うんですがなんとなく気になります.
 今度売る本がたまった時にでも聞きにいこうと思いますが、玉川先生及び文学館のゆかいな仲間達はご存知ですか?


タマガワ(店主)
2002年1月16日
面白倶楽部

小路さん、いらっしゃい。
「面白倶楽部」は、ひとつは大正5年から昭和2年まで講談社から、もうひとつは昭和23年から35年まで光文社から出ていたものがあるのですが、小路さんがみたのは戦後の雑誌の方でしょう。いっしょにあった「宝石」も、もう少しあとに、同じ光文社から出ていたものだから。
で、なんとか倶楽部、という雑誌は明治のころからありまして、大正末期から昭和初期にかけては、クラブ雑誌、というのが娯楽雑誌の代名詞みたいになっていたようです。
もっとも、今この題名から想像するような、全編これ抱腹絶倒、ってゆうほどユカイな雑誌ではないようですが。


片桐保昭
2002年1月18日
札幌最小の喫茶店

札幌の喫茶店ですが、南14西14におそらく札幌最小の喫茶店があります。「喫茶店研究所」というスゴイ名前ですがマスターが私の友人でして、サービスは筋が通っているとは言いがたいかも知れませんが380円でそこそこ美味しいコーヒーを出します。マスターは詩も書きまして、店内に自作の詩を貼っています。(※以下40字削除)設計したのがマスターの父親で北海道を代表する画家(兼建築家)なんですが、北大の図学でデッサン教えていた人で、私の学生時代にその画家の授業課題を描くというとんでもないアルバイトをして糊口をしのいでいたことがありました。
奥沢十字街の「コーナー」は小樽潮陵高校の学生のたまり場だったんですよね。って私の事ですけど。いまもそうかは知りません。


タマガワ(店主)
2002年1月18日
これは入りにくそうな。

片桐さん、こんにちは。
ついに出ました。入りにくい喫茶店、ナンバー・ワン。
うーむ、こりは……。「入りにくい」の条件がここまで揃っている、とゆうのは……。
まず、店名。それから狭さ。さらに壁に貼られたマスターの詩!
そしてそして、これこそが最大の、って箇所(※の40字)は、あまりのあんまりなことに、周辺に及ぼす影響をかんがみ、ワタシの権限において「削除」せざるを得ませんでした(発行された当時の小林多喜二の小説みたい……)。もっとも片桐さんのは私あての個人メールなのに、かってに「お茶」に載っけてるわけですが。
でも!興味しんしん……。どなたか、他にいらした方お出でですか?


ミクマリ水分カフェー*miho
2002年1月19日
「札幌青春街図」と素敵なトイレ。

文学館hp内の日記の「札幌喫茶界昭和史」についての記述を読んで、こちらのカフェの1階に置いてある「札幌青春街図」を思い出しました。以前いらして下さった時に、私、玉川さんにおみせしましたでしょうか?

この本、ここのお客さんには「おおうけ」なのです。載っているのは私たちが街に出て遊びはじめた頃にはもうなかったお店が多いですけど、札幌の飲みに行ってた先の店をやってる上の世代の人たちから聞いていた店ばかり。最高です。
私はわりと上の世代の人との接触が多かったのですが、きっと彼らにこの「青春街図」をみせるとたのしんでくれるのだろうなーとおもって店に置いています。この本にも載っていますが喫茶「光」も先代のいた頃は(トイレが改装してなかった頃!)コーヒーの横に小さいお菓子がついてきて素敵でした。貿食のトイレも素敵でした(うろおぼえですが・・)。

「日記」の奥沢のコーナーって交差点のビルの二階の喫茶店ですか?お店に入ったことはないけれど夜通ると植物の陰が天上(通りから仰ぎ見るから)にきれいです。奥沢いいですよね・・。
小樽は街も人もいろいろ面白く興味深いです。この街も最高です。
またhp覗かせていただきます!


タマガワ(店主)
2002年1月19日
文学館のトイレもステキだ。

mihoさん、いらっしゃい。みんなのアコガレ、ミクマリ・mihoさん。
「札幌青春街図」、ワタシはみせてもらってないけど、あれかな、大阪で『プレイガイドジャーナル』とか出て、あっちこっちで呼応するみたいにタウン誌があいついで出たころの。ワタシも「上の世代の人」だからねー。懐かしいだろうな、きっと。
素敵なトイレ。文学館のトイレもステキですよ。小坂秀雄さんてココを設計された人は、トイレにとってもこだわったそうな。
残念ながら1階のトイレはいま改装中で、むかしの面影なくなりそうです。二階はまだ辛うじて当時の雰囲気。
で、小坂建築の神髄にふれたかったら、地下にいらっしゃい。カビとホコリとモノノケの彼方に「ホンモノ」の幻影が浮かび上がってきますよ。


片桐保昭
2002年1月19日
続・喫茶店研究所。

喫茶店研究所は南14西14の電車通り沿いにある赤茶色のマンションの南側路地(幅40CMくらい)を入ったところにあります。営業日には表に看板が出ています。定休日をしょっちゅう変えるんで、休みの曜日はわかりません。
5人入ると満席です(カウンター1席、ボックス席2人×2のみ)。

これもやばい話ですが。
A珈琲(M珈琲のお兄さんのお店)の主人が突然この店に入ってきて、「この店はいい!」と褒めてくれまして、また別の日に「ここのコーヒーにはこのミルクを使うといいよ」って高そうなミルクをくれたんだけど、パッケージを見たら賞味期限が切れていたそうです。


タマガワ(店主)
2002年1月19日
スレスレですねー。

またいらっしゃい、片桐さん。「入りにくい喫茶店」続編ですね。
きょうの話もちょっとスレスレ。いちぶイニシャルトークにさせていただきました。
知ってるよ、ここ、って人、ぜひ感想を。


SH
2002年1月19日
ボンゴ豆とバー。

玉川さん,こんにちは。
喫茶店展は楽しみにしております。ぜひ伺うつもりです。

ボンゴ豆ですが,下記の説明をWeb上で発見しました。
「ピーナッツをもち米の粉で包み、ピリ辛しょう油味で仕上げました。ビール等のおつまみにはもう最高です」というものです(言葉で説明してもよくわかりませんが)。

さて,バーについてですが,私は札幌在住のため札幌のバーに行くことが多いのですが,小樽にも気に入っているバーがあります。
「エーワン」というバーなのですが,カウンターに立つマスター及び奥様の人柄が実によく,しゃべっているうちに実に良い気分にさせて下さるのです。
バーには酒を味わう楽しみと,お店の方と語らう楽しみがあるのですが,喫茶店はどうでしょう?

私個人の経験では,飲食以外の楽しみ方としては,かかっている音楽を聴いたり,友人と雑談をしたり,読書をしたりというところでしょうか。
ギャラリー的な喫茶店もありますね。

ではまた。


タマガワ(店主)
2002年1月19日
音楽喫茶の効用。

SHさん、こんにちは。バーのお話ですね。ちょっとあこがれ、でも気の小さいワタシには少しシキイも高い。
名曲喫茶もジャズ喫茶もほぼすたれてしまったわけですが。こないだツレアイといっしょにタヌキ小路の「ウィーン」に入りました。うーん、何十年振りだろー。ツレアイは名曲喫茶なんて初めてだったみたいで、「落ちつくね、いいねー」といっておりました。
で、ワタシは音楽喫茶の効用をあらためて認識。ツレとしゃべらなくてもマが持てる。話題がねーなー、とお嘆きの皆さんにもちょっとおすすめ?



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