あんな店、こんな店、思い出す人たち、あの町。心に浮かぶコトバの切れ端を綴っていく頁です。ここはハンドル(ニックネーム)で、かまいません。どうぞごゆっくり。


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仙台市・畠山朱美
2003年1月22日
一杯の珈琲を飲むためだけに。

こんにちは。
ものすごくお久しぶりです。

仙台で『一杯の珈琲を飲むためだけに行きたくなる札幌・小樽カフェ喫茶店案内』を見つけまして、「おぉーっ!」と、即購入し、読みました。
各喫茶店の写真も、コラムも、「札幌喫茶界昭和史」も、とてもステキで、良かった。
もう、小樽に行きたくて、うずうずしています。
ワタシは仕事を辞めてしまったので、北海道への出張もなくなってしまい、その点だけは寂しく思います。

こちら仙台も、こじゃれたカフェブーム(ほとんどがチェーン店)で、「喫茶店」たるものが、どんどん少なくなってきており、哀しい限り。
この本を読みながら、やっぱり喫茶店がいい!という気持ちを再確認しつつ、古ぼけた喫茶店に足を運んでいます。

この本に巡りあって、小樽文学館でのんびりしたひと時を思いだし、メールをしてしまいました。
それでは、また。


タマガワ(店主)
2003年1月22日
ゆるやかに、時は流れ。

いらっしゃいませ、朱美さん。
喫茶本、買ってくださってありがとうございます。
そうね、こじゃれたカフェは、あと数年のイノチ、かつてのカフェバー(恥)の命運をたどること、火を見るより明らか。それはなぜか。やっている人たちが、お店を愛していないから。ブームに便乗しているだけだから。
喫茶店は、はなから世相と無縁。時の流れが違う空間。昭和5、6年あたりから街に流れる時間がズレはじめたらしい小樽に、喫茶店が似合うのは当然のこと。ウチも同じね。一日ゆっくりすごしましょう。出てみたら、世の中10年進んでたって、それはそれでいいじゃない。

とつぜんですが、久しぶりにお題、出させていただきます。お客様が、いちばん泣いた小説、泣いた映画。

では、まず私から。「突然、嵐のように」。トリュフォーじゃありませんよー。
1977年松竹作品。監督山根成之、主演郷ひろみ!秋吉久美子。
准看護婦の学校に通っている秋吉久美子が、ちんぴらの郷ひろみに、「人生には資格が必要なのよ!」って説教するのね。いろいろあって、その秋吉久美子が身を持ち崩していきます。逆に堅気になった郷ひろみは秋吉久美子を忘れられない。時が流れ、二人が再会するラストシーンは同じ中島丈博脚本作品「祭りの準備」の焼き直しなんだけど、泣いた泣いた。声上げて泣いちゃいました。
忘れもしない池袋文芸坐地下。お客さん、若い女の子ばっかりで、体裁悪かったなー。


仙台市・畠山朱美
2003年1月24日
泣いた小説、泣いた映画。

こちらは雪が少ないのですが、昨日から雪がのこのこと降り積もっております。
久々に雪かきまでしてしまいました。寒いですねェ。

さっそくお題を考えてみました。
一番泣いた小説、泣いた映画って、ハイハイ、ありますよ、って思ったのですけど、あら、出てこない。あるよね、泣いた小説や映画って…

で、ひとつだけぱっ、と思い出したもの、『津軽』です。ハイ、太宰の、アレです。
たけとの再会の場面で、なんだか泣けてきちゃって仕方がなかったのを覚えています。太宰の作品のなかで『津軽』が一番好きですね。やさしいんです。

他に思い出せないってことは、ワタシにとって一番泣けたのはやっぱり『津軽』ってことなのかな。
最近、ほろっときたのは、DVDなんですけど『六月の勝利の歌を忘れない』というワールドカップサッカー日本代表のドキュメントを岩井俊二が撮ったもの。感動しました。泣けました。

インフルエンザが流行っています。捕まらぬよう逃げぬきましょう。


タマガワ(店主)
2003年1月22日
貴乃花の「暴言」。

朱美さん、こんばんは。さっそく、「泣いた話」ありがとうございます。
『津軽』読みましたよー、金木に向かう列車のなかで(単純)。太宰は私も好きだけど、泣いた記憶はないなー。
だいたい小説で泣いた記憶があんまりないんですよ。やっぱり向いてないのかな、文学館の学芸員(え?)。
ひとつ思い出した。「くまのプーさん」(え?)。続編の「プー横町にたった家」のほうね、あれのラスト、クリストファーロビンがプーたちに別れを告げるところ。

スポーツといえば、日本中が泣いた貴乃花引退。でもね、ワタシはこの人のセリフでいちばん気に入ってるのは、5年ほど前の話なの。もうみんなすっかり忘れてしまってるようだけど、この人がヒール(悪役)だった時期があるのね、負けたときに場内から拍手が起こった時期があるの(もう、ウッソー、ってゆわれそうだな、みんなほんとに忘れるの早いから)。へんな、マッサージだか新興宗教だかに凝ってさ、お兄ちゃんとも口きかない、「誰よりも尊敬する」はずの親父さんである親方のいうこともきかない。そのころのセリフだ。ワタシもこないだの朝日新聞読んで思い出したんですけどね。
「暴れて暴れて暴れまくってやる。楽しくやろうぜ」。これね。また「え、ウソでしょ」、っていわれそうだけど、ほんとうね。ワタシはこれが好き、ってゆうか、これがなかったらこの横綱、さいごまで好きになれなかったと思う。

私、松本大洋のマンガ「ピンポン」で、不敗の鬼神、あのドラゴンがさ、天才ペコに翻弄されたあげくに、思わずチームメートに発した暴言「がたがたうるせえ!じゃますんな!」を連想しました。そのときドラゴンが笑みを浮かべてたのをチームメートがみとめてビックリするのね。だって笑ったことないストイックの権化みたいな勝負師だったから。

この「ピンポン」にも泣かされたなあ。ペコの決めゼリフ、「スマイルが、待ってんよ」とか。

何だ、私が泣くのはマンガに童話に、郷ひろみの映画か。そういや、さくらももこの「コジコジ」にも泣かされたな。これこそ「えーッ!」ですね。その話は、またいずれ。ちょっと、しゃべりすぎちゃった。


こんちゃん
2003年1月25日
もしかして、

こんにちは。ちょっとお久しぶりですね。ご無沙汰してました(^^ゞ
さて、何やら私信めいた話で申し訳ないのですが、最近投稿なさった仙台の畠山さんって、もしかして去年、文学館からの帰り道で一緒になった方ではないでしょうか?(当方20代後半の女です)お互い特に名乗らなかったのですが、小樽駅から札幌駅まで隣の席でいろいろお喋りをしましたので(喫茶店の話とか)投稿の内容からその時の記憶が蘇りました。仙台から出張で北海道に来られたとか仰ってましたし…
もしもその方でしたら、あの時はお話できて楽しかったですとお伝えしたくて投稿しました。また文学館でお会いできたらいいですねぇ…(と、ここまで書いて、もし人違いでしたらごめんなさい(^^;))

ついでに追伸(?)ヴァンローゼってもしかして閉店してしまったのでしょうか?
今月お店の前を2回通りがかったのですが、いずれも閉まっていたので気になっています。以前、怪しい外観だなぁとつい入るのを躊躇ってしまったのが悔やまれます(^^;)思い切って入ってみればよかったですわ。本当に閉店に至ってしまったのか確認したわけではないのですが。どなたか情報ご存知でしたらお寄せ下さいませ。

この前、久々に「カフェ」ではなく、ごく普通の喫茶店に入りました。大通り駅そばの「高級茶房ひので」です。そして久々にボリュームたっぷりのパフェを食べて大満足です(^^)こういう由緒正しき(?)パフェ、数年振りに食べました。いわゆるオシャレカフェのパフェって、ちんまりとしか入ってないんですもの(笑)

それから…そうそう、お題が出てましたね(^^ゞ泣いた映画や小説ですか…
映画は今ちょっと思いつかないんですが、小説では実にベタかもしれませんが「アルジャーノンに花束を」で泣きました。最高潮にまで達した知能が次第に後退していくのと同時に主人公が苦悩し、そして図らずも人としての優しさを取り戻すというところが非常に切なく、泣けました。

あとは、テレビドラマですが「世紀末の詩」を観て毎週泣きました。視聴率は今ひとつ振るわなかったらしいのですが、毎回秀作揃いでした。愛とは何かという重いテーマを深く取り上げた作品でした。再放送して欲しいものです…
(毎回、最後に出てくる四行詩もまた良いのですよ…)

なんだかとりとめなくなってしまいましたが、この辺で…
それでは、また☆


タマガワ(店主)
2003年1月25日
「ヴァンローゼ」

こんちゃんさん、おひさしぶりです。こんにちは。
きっと、そのかたですよ。いいですね、じっさいの文学館てゆうか、JJ's Cafeで会ったかも知れない人と、電脳喫茶(アナログっぽいけど)「ちょっとお茶して」で、再会なさったわけですねー。

「ヴァンローゼ」、私もこないだ前を通りかかりましたが、おりてましたね、シャッター。そこが、もと何であったのかもわからない風になっておりました。
そうか、こんちゃんさんの世代では、すでに「怪しげな店」になっていたんだ。
私らのころは、ごく普通に待ち合わせたりする店。だって「別れのヴァンローゼ」だからね。そうね、基本的なテイストは「光」です。ただし、あれほど強烈なオーラが満ちていたわけではないけれど。

シャッターおりてるお店、って悲しいですね。私もこないだ久しぶりに実家に帰りまして、もうとっくに主(私の父親ですが)を失った家はボロボロ、シャッターもボロボロ、むりやり開けたら、サビがドサッと落ちてきて。
リップ・ヴァン・ウィンクルとか浦島太郎のお話、とっても悲しいと思いませんか。


SH
2003年1月29日
アシモフと「スタートレック」

こんにちは,新たなお題で投稿してみたいと思います。

まず,泣けた小説はいろいろありますが,ナンバーワンはアイザック・アシモフの「停滞空間」です。早川文庫の同名短編集に含まれています。
内容は,過去からネアンデルタール人の赤ちゃんを連れてきて,看護婦さんが育てるというSFですが,これがまたいい話なんです。アシモフは比較的理知の人というイメージが強いですが,情感のある話も上手いです。

映画では「スタートレック ジェネレーションズ」にやられました。
この映画自身はとても評価できないところも多いのですが,何しろあのカーク艦長が死んでしまうのです。
小学生のころから「スタートレック」というよりは「宇宙大作戦」として「カーク艦長」というよりは「カーク船長」として,ずっと見続けて来たものですから。

ちなみに映画館で私,私の妻,同年輩の知らない人の順番に座っていたのですが,その見知らぬ人も滂沱の涙を流しており,泣くオッサン二人に挟まれて困ったと妻が申しておりました。


タマガワ(店主)
2003年1月29日
「ゼビウス」と「メトロイド」

いらっしゃいませ、SHさん。

前から思っていたのですが、女性と男性の泣きどころ、何となく違うようですね。
ちょっとマニアックな泣かせ話になってきましたので、私も負けじと(?)、泣いたゲーム。

まずは初期のアーケードゲームの一大金字塔、天才遠藤雅伸作品「ゼビウス」。これで、なぜ泣く?と聞かれても困りますが、後にも先にもない神秘的なシューティングゲーム。BGMも効果音もむろんありながら、無音、無人の世界での孤独な戦いの印象。破壊不可能の金属板バキュラの大群、ゼビ語で「死」を意味するというゾシー、そして轟音とともにあらわれる巨大なアンドアジェネシスの恐怖、も、あれですが、何面かに不意に登場するシオナイトね。これが何とも不思議キャラ。2体現れ、ソルバルウの両側にすっと近づく。一瞬慌てるわけですが、1対のシオナイトは、そのまま静かにしばらくソルバルウと飛行をともにし、やがてまたすっと離れていく。実は、これは遠藤雅伸氏が用意した「隠れストーリー」と深い関係があるわけですが、そんなことを知らないでも、なぜか思わず感動してしまうのね。孤独な終わりのない戦いを続けるソルバルウの、世界でたった一人いや一対の理解者、援護者。静かに寄り添い、静かにさっていくシオナイト。

もう一個、これはファミコンのディスクシステムで始まった「メトロイド」。主人公サムス・アランが女性だったというのはね、これはゲームのへたな私は、何とかクリアは出来たものの、彼女のヘルメットを脱いだ勇姿を確かめることはできませんでしたが、その設定を聞いただけで泣いてしまいました。2作目の「スーパーメトロイド」は、私の腕ではもうクリアできなくなり、当時小学生の娘がクリアするところを脇で観戦(情けな)。ストーリーの展開、みえてはいたものの、ラスト絶体絶命に陥ったサムス・アランを「彼」が助けにあらわれるところ。やっぱり涙、涙でした。

あらら、みんな引いていきますねー、やっぱりどなたか小説の話に戻してくださいな。


SH
2003年2月1日
「侍」と「ラリーX」

こんにちは,SHです。
玉川さんがゲームの話をすると,みるみる皆が引いていくではありませんか。
私はアーケードゲームを始めたのは約30年前(変なカーレース)で,実はゼビウスは新しすぎてよく分かりません。

私の好きなゲームと言えば,「侍」。
実に日本的なコンセプトのゲーム。鐘の音がゴーンと鳴る中、下方からは足を絡め取ろうとする忍者の取り綱。その中で侍が上段・中断・下段の構えを駆使して敵の侍と戦うのです。
敵を斬った時の「ズバッ」という効果音もリアルでしたが、何といってもいいのが、自キャラが死んだ時に画面に「ムネン、アトヲタノム」って言う文字がでるんですね。なんかかっこいいでしょう。

それから,「ラリーX」
これが初めて画面スクロールが実現されたゲームでしょう。今でこそ画面スクロールしないゲームなどほとんどありませんが、初めて見た時は驚いたもんでした。
画面の右下隅に全体地図が表示されているのも、当時ならではです。
ゲームはスクロールされる画面の中で車を走らせ、フラッグをゲットしていくものです。敵をかわしてフラッグを取る面と、敵が止まっているボーナス面が存在するのも斬新。軽快なテーマ音楽もよかったです。

何か「泣けた」とずれてしまいましたが・・・
懐かしさは涙モノ,ということでご勘弁下さい。


タマガワ(店主)
2003年2月1日
デザイナーの気迫

いらっしゃい、SH様。

「侍」、うーむ、ビミョーな。足もと狙うニンジャ、「ムネン、アトヲタノム」って……。
「ラリーX」、さすがに私は「ナムコ・ビデオゲーム・ミュージック」で、その名とテーマミュージックを知るだけ。恐れ入りました。
私思いますに、そのころのゲーム、レコードでテーマを聞き直したり画面を脳裡に浮かべたりするだけで涙してしまうのは、懐かしさだけじゃあないんじゃないかと。
あのころのゲームには、ゲーム(含ミュージック)デザイナーの気迫みたいなもの、ひしひし感じるんですよねー。
ハードの限界をデザイナーは超えようとしていたし、その結果、ハードの限界そのものをまったく未知の表現に変化させる「奇跡」を起こしたのではないか、「ゼビウス」が、そのひとつのピークではなかったかと。
あとユーモアね。「ムネン、アトヲタノム」みたいな。最近のゲーム、やってないからよくわかりませんが、任天堂がそうした感覚は今も大事にしてくれてるように思います。
小樽つながり、「お茶」つながりで、むりやりに振れば、こんどの『札幌・小樽カフェ喫茶店案内』に原稿くださった精神科医の香山リカさん(小樽の病院のお嬢さんです)は、かつて歌舞伎町のゲーセンの女王として怖れられたというウワサ。いまテレビのワイドショーでボンヨウなコメント繰り出してるさまからは想像もできませんが。人をナメたペンネームに、辛うじて往時の面影を留めておられるのか。

当店がSHさんと私だけの「ゲーム喫茶」になってしまっても何ですので、この話題はこの辺で。ところで知る人ぞ知る、小樽ブンガクカンにはホンモノのレトロ・アーケードゲーム機が目立たぬところに置かれてるのですよ。そんでハイスコアを叩きだしたのは、SHさんらしい(また、ひきずってるじゃないか)。


小鈴
2003年2月1日
賢治、北野、西原

泣ける小説・泣ける映画について。
小説は、もともと読んでる数も少ないことからなかなかないのですが、
玉川さんの文を読んで思い出したのが
小学校時代に読んだ宮沢賢治の「よだかの星」があります。
これを読んで号泣した記憶があります。
当時繰返し読んでいたはずなのに、今は内容をあまり覚えていません。
不思議ですね。
映画では、最近映画館で見たものでは北野武監督の「Dolls」で泣きましたね。
しかもアイドルのふかきょんとそのオタクのところで泣きました。
北野映画はこれが初めてだったけど好きな映画です。
漫画では、西原理恵子の「ぼくんち」です。
これは何度読んでも泣いてしまいます。
私の小樽に対する心象風景はこの漫画の世界観に近い気がします。


タマガワ(店主)
2003年2月1日
サイバラは、最高。

小鈴さん、ひさしぶり。お店開店してからは、初めてですねー。

こんどの「泣ける」は、みんな私とかぶる。

賢治はねー、やっぱ泣きます。号泣です。ケッってゆう向きもあろうが。
「よだかの星」「虔十公園林」もちろん「銀河鉄道の夜」、そして、これはラスト、主人公の土神といっしょに大泣き「土神と狐」。
たまに文学館らしく、出色にして感動的、涙せずにいられない希有の賢治論を一冊。
吉田美和子著『宮沢賢治─天上のジョバンニ・地上のゴーシュ』。以下、恥ずかしながら、私の推薦文。

「われわれに要求されるものは、つねに動き、ぶれてゆくその悲しみの残像の奥になにかをかいま見る、『動体視力』なのである」(著者あとがきより)。

〈吉田美和子〉こそ、遁走する(青白い幽霊の複合体)宮沢賢治の後姿を捉え得た、天才イチローをも凌ぐ「動体視力」をもつ、百一年に一度の彗星なのです。私はこの本の原稿を読ませてもらい、数回声を上げて笑い、何度も泣きました。ああ、賢治はだからこんなに面白く、こんなに悲しかったんだ。空ろに過熱する賢治ブームを苦い思いで眺めていた人たちにも、ぜひ読んでいただきたい。読後静かな深い痕跡があなたに残るはずです。小樽文学館絶対のお勧めです。(T.K.)

この本、版元の小沢書店が倒産してしまったから、今は実は小樽文学館でしか手に入りません。2800円(+消費税)ね、一応。

たけしはどれもいいけど、この一本、なら、私は二作目「3-4x 10月」。タイトルの読み方は、ネットで確認して、いまようやく分かった。映画はいいけど、なんぼなんでもこのタイトル、人に説明できませんが。

サイバラねー、いいですよねー。私は『晴れた日は学校を休んで』。表題作も良かったけど、題名忘れた、町はずれに住んでた小さなオジサンの話。
私が西原理恵子を知ったのは、恥ずかしながら遅まきながら、いしかわじゅんの『マンガの時間』。いしかわじゅんは、昔、西原理恵子をヘッタクソなマンガ家だなー、って書いたことがあったらしくて、それをこの本で全面撤回してるのね。自分は見る眼がなかった、サイバラの絵はものすごくうまい、って。私、潔いなー、って感心しちゃった。
前にもチラと書いたけど、サイバラは、社会評論家としても、ナンシー関亡き後、私がシンから信用する唯一の人。
西原理恵子は、私よりだいぶ若いはずだし、小鈴さんは遙かに若い。サイバラは高知出身で、私は福井、小鈴さんは小樽。不思議ですね、郷愁って。深いところで、通底しちゃうんだな。


柏市・山田優子
2003年2月13日
梅田佳声さん。

紙芝居の梅田佳声さん、御存知ですか?
ぜひ、文学館でもどうですか!?(おまつりの時期にうってつけ)
私は、浅草木馬亭の落語会で見ることができました。
見世物小屋とか覗きからくり等で見た、日本のおどろおどろしい
怪しい風情が残っていて嬉しくなりました。


タマガワ(店主)
2003年2月25日
紙芝居。

いらっしゃい、山田優子さん。って、お店にいらして、10日経ってしまっているじゃないか。ごめんなさいね。
梅田佳声さん、おもしろそうですねー。こういうの、やっていきたいですよ。話芸ね、語り手がはっきりしてる。目の前で語ってくれるのだもの。活字メディア、電子メディアとの決定的な違い、重大な違いですね。
電子メディアの普及で、ミュージシャンの著作権保護がずいぶん強調されてるみたいで、こないだも新聞に有名どころがずらりと署名を並べて全面広告出してましたが、それに対して、ミュージシャンも投げ銭ライブの原点に戻るべし、という「暴論」もありまして、私などは、この「暴論」に、やや傾く。
紙芝居って、著作権だのオリジナルだのの議論からもっとも遠いところにある芸術。私は子供のころ、飴も買わないで只見してた。そんなんで生きていける、ってもう郷愁の世界にしかあり得ないのかな。何か、新しい可能性もあるような気もするんですけどね。


CHUMMY
2003年2月22日
も少し明るく。

文学館の内部の雰囲気,ちょっと暗く陰気な感じがします。
建物が老朽なのか,照明のせいなのか解りませんが,もう少し明るい感じを出した方が良いように思います,如何ですか?


タマガワ(店主)
2003年2月25日
そうねえ。

CHUMMYさん、いらっしゃいませ。
そうね、暗いかな。照明が暗いのは、いちおう展示物保護のためです。もっとも、どんなに薄暗くしても、退色は避けられないんですけどね。
照明あかるくして、陽気になるかどうかは何ともいえず。私も陰気より陽気がずっと好き。ただ明るい、暗いも人によってニュアンスの違いがありまして、一概には何ともいえないな。


米花
2003年3月29日
3軒ハシゴ。

「エトワール」後(via文学館)、「つどい」へ行き、しめは「米華堂」と、結局3軒ハシゴした私達。
結論としては、「米華堂」のコーヒーが一番旨かった気がする。(もちろん、「米華堂」といえばで、ケーキも食)
でも、雰囲気点でいえば、「つどい」がいい。なんとなく「エンゼル」に似てて。


タマガワ(店主)
2003年3月29日
喫茶はチープでクラシック。

しばらく開店休業してました。米花さん、いらっしゃい。エンゼル、とっても残念でしたね。米花さんは以前まったくコーヒーだめで、どうゆうわけか一念発起、JJ's Cafe にマイ・カップ持参でコーヒー修業。いまはすっかりカフェマニア?
米華堂は最近店移りましたからね、前の雰囲気できるだけ残したみたいだけど。
「つどい」いいですね。このチープ・クラシック。これが喫茶の神髄ね。



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