南米パラグアイのアスンシオンに在勤中のことである。休暇を利用し1週間ほどの旅に出た。メーンはフエゴ島とアンデス山脈からアルヘンチナ湖に落ちる氷河を見ることであったが、その一齣である。
12月31日大晦日に飛行機はでマゼラン海峡を越え、フエゴ島のウシュアイア(USHUAIA)ヘ飛んだ。船であれば1年中荒れ狂うという魔の海も何のこともなく飛び越えたことになる。機内放送で間もなく着陸が告げられたが、下を見ると今は真夏なのに残雪が見える。間もなく急降下し着地すると急ブレーキがかかり、前の座席につんのめるようにして停止した。窓から見るとあと僅かでビーグル海峡であった。短い滑走路着陸するには最高の技術であったかもしれないが、とにかく怖かった。
この南米大陸最南端の小さなフエゴ島はチリとアルゼンチンに分割されている。ここ港町ウシュアイアは南緯56度にあり、南極の観測基地を除くと人間が定住する南限であるという。海岸から僅か数百メートルしかない町のようで背後の山は残雪でリフトが見えたので冬にはスキーで楽しんでいるのがわかる。しかし真夏なのに緑はなく荒涼たる褐色の世界で、地の果ての厳しさを感ずる静かな町であった。ここには海軍の施設があり約800キロ離れた南極のアルゼンチン観測基地まで物資を運ぶらしい。1982年のフォクランド(マルビーナス)戦争には、重要な港であったという。冬の寒さは想像を絶するものがあろう。かつてここがアルゼンチンの政治犯の流刑地であったのも頷ける。
レストランを貸し切っての夕食は午後9時から始まったが、外はまだ日中のように明るい。ツアーの客ばかりではなく南米各国をはじめ、ヨーロッパなど多くの国の人たちが集まり和やかな会食になった。今夜はどのテーブルも「サルー(乾杯)」「サルー」が続き酔いの回りが早いようだ。そのうちピアノ、ギターの伴奏で各国自慢の歌が披露され、雰囲気はいっそう盛りあがってきて、いよいよ今年の最後の夜はふけていく。
そのうち電灯が消され静かになった、しかしラジオの午前零時の時報とともに雰囲気は一変し、全員期せずして立ちあがり、各国それぞれの言葉で新年を祝い、すぐに国、男女、老若をとわず、あふれるような熱気の中で歌やダンスが続いた。
午前1時過ぎ太陽が沈んだがまだ明るさが残っていた。そして間もなく再びビーグル海峡の朝やけの雲から、真っ赤な「初日」が鮮やかに地平線から上がった。しばらくしてホテルに戻ったが白夜であるウシュアイアの空気はやはり冷たかった
いつもこの時期になると地の果てで経験した真夏の『初日の出』を思い出す。