少子化、人口減少問題と社会保証、年金、医療、介護、生活保護を考えるページ
Tanimura sakaei
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福祉大国日本の崩壊

こうして福祉国家日本は崩壊していく。
日本再生は福祉国家を乗り越えたところから始まる。
21世紀はこうして幕が開ける。

                                                                
著者   Tanimura sakaei
                                     
(2001/12/21更新)
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良く見てほしい。 
経済は資本主義、しかし社会生活面のかんじんな所が社会主義なのです。 
この社会主義の部分の矛盾の影響で日本全体が腐り始めているのです。 
ここをキッパリと改革することで社会は健全になります。

とくに『老後の生活保障政策』を注目してください。
日本のような福祉国家では『みんなや社会で連帯して扶養する世代間扶養制度』により『ユートピアのような状態が実現』しています。

しかしここに大きな問題があります。
旧厚生省の予測では、今世紀末に日本の人口は半減しさらに減って行くのです。
老人人口は高止まりするのに対して、少子化により、支える人口が減少するのです。
このグラフでもわかるように、支える人口のほうから先に減っていき、年々老人人口と支える人のギャップは拡大します。
合計特殊出生率が2,08以下と言う状態は人口が減少し続けると言う事です。
みんなや社会で連帯して支える制度でありながら、かんじんの支える人が減って行ってどうして維持できるのですか?

福祉制度は財政赤字が積みあがり維持できずスエーデンのように破綻するか、破綻を逃れるために、その保障水準を毎年の様に切り下げていって実質破綻と同じレベルまで下げざるを得ません。
もしくはそれを見越して政府が政策転換し事実上破綻状態になるかいずれかです。

つまり福祉国家崩壊と言うことになるわけです。


1、福祉国家は世代間扶養制度によりユートピアが実現している。

ここで問題にするのは老後の保障政策です。
いわゆる障害者救済などの弱者救済を問題にしているわけではありません。
日本の社会問題の根源になり、経済発展の障害の根本的問題は老後の保障政策にこそあるのです。
これらは峻別して論じる必要があります。

老後の生活保障手段には
『1、国が提供する、世代間扶養型の安心して暮らせる老後の生活保証政策』
『2、貯金(401K貯蓄型年金など自助努力型年金を含む)、資産形成(民間保険を含む)、民間健康保険』
『3、子供、家族、兄弟親戚、隣近所知人、』
『4、宗教ボランティア、地域の有志によるボランティア』
があります。

そのうち、1の国が提供する、世代間扶養型老後の生活保証政策として、
『1、暮らせる年金政策』、
『2、無料に近い老人医療医療』、
『3、安い料金で誰でも利用できる、豪華な施設介護型の老人介護施設の充実』、
『4、長期にわたる暮らせる生活保護政策』
を実施しています。

これらの政策は『みんなで社会で連帯して支え合いそれを国が保証する』ことによって可能になっているものです。
その結果、年金で老後の生活費は保証され、
ほとんど無料に近い老人医療で『いつでもどこでも平等な良い医療』が受けられます。
老人介護施設もホテル並に豪華なものがあります。
又、年金の金額が不足していたり、年金に加入していなくても生活保護で困りません。

このように、1の『みんなや社会で連帯して扶養する世代間扶養制度』が機能している福祉国家では自分の老後をみんなや社会で連帯して支えてくれるため、ユートピアのような状態になっています。
1の『老後の保障政策』さえあれば、2,3,4、は必要ありません。
この制度は国の保証の元にみんなや社会で連帯して支えあって自分の老後の生活を支えてくれますから、自前で子育てをすることも必要なくなっています。家族さえ要りません。
資産だってそここあれば良いと言うことになります。『楽だし手軽で絶対安心確実な制度』です。

不安定で不確実な『家族や子供、あるいはインフレなど心配のある資産に頼った保証』に代わり、『人類の英知が産んだ理想的な老後の生活保証制度』なのです。
まさに『ユートピア』と言って良いでしょう。

このように、日本など世界の福祉国家では 『みんなや社会が連帯して老後を支え合う』理想的な老後の生活保証制度の『社会主義ユートピアが実現』しているわけです。


2、しかし、支える人口が半減し、さらに減少するため維持不可能となる。

しかしここに大きな問題があります。
老人人口は、
現在約2200万人が2020年には3300万人になり、その後予測されている25年間ほぼ3200万人〜3300万人そのレベルを維持します。
それに対して、少子化による人口減少により、『今世紀末で人口は半減するのです

老人人口は増大し高止まりするのに、若者中心に人口は減少を続けるのです。
みんなや社会で連帯して支える制度でありながら、かんじんの支える人が半減し、さらに減って行ってどうして維持できるのですか?
つまり人口減少の続く、今世紀末まで社会保証の切り下げは続くことになります。

と言うことは、 このまま『保証水準を下げながら』続けていくと
支えきれなくなって破綻するか、将来 結局、『理想とはかけ離れた程遠いもの』になるのではないですか?
結果として『理想やユートプアとは程遠い』国の保護やセーフティネットではとてもじゃないが『老後の保証にはならない』と言うようなことになるのです。
もしくは、そうなることを見越して政府が方針転換し実質破綻するかいずれかになります。

そうです将来遅かれ早かれ。
『みんなが社会が連帯して支え合う』理想的な老後の生活保証制度の『社会主義ユートピア』はシャボン玉のように消えてなくなるのです。

まさに福祉帝国日本の崩壊と言う様相を呈することになるわけです。


3、維持できない制度を続ける事によって将来長期にデフレが続き社会問題で混乱する。

現在福祉国家大国として手に入れている『人類の英知が生んだ理想社会のユートピア』は破綻すると言うことです。
結果が『破綻』か、『理想とはかけ離れたもの』にしかならないのですから、 このまま『世代間扶養型老後の生活保障制度』を続けて行くことは全く意味のないことだと言えます。

このように将来なるにもかかわらず。
このまま続けて行くと、現在年金、医療、介護などにかかっている60兆円が2025年には208兆円にもなるのです。
この膨張する社会保証費を支払うために、2007年ごろから始まる『人口減少と言うデフレ状態』の中で『無理』『増税と保険料負担 アップを続け』ていこうとしているのです。

この無益な政策を続けて行くことにより(1)、『人口減少』と、(2)、負担が上がってる中の『更なる無理な増税、負担増』と言う『ダブルパンチ』に見まわれ、将来 も、『不景気続き 』とならざるを得ません。
このように、国民は『実現できない理想』のために『重税』で苦しみ『不景気の嵐の中にまきこまれよう』としています。

この政策を続ける限り、将来こうなることがわかっていては景気など『本格的に回復するわけがない』のです。

また、この理想的制度があるため、『従来の老後の保証手段である、子供や家族』がすっかり『必要なくなって 』います。
ここにも注目すべきです。
子供の必要なくなる傾向が引き起こす社会問題として、
少子化ばかりか、幼児虐待、青少年非行、離婚の増加など『世界の福祉国家共通に社会問題』が見られます。
スエーデンなどの惨状を見てください。
長年にわたって子育て努力を怠った結果が現れています。

こんなにも問題がいっぱいある制度をこのまま続けるのですか?


4、世代間扶養制度は即刻現状凍結すべきだ。

 この『社会主義のもたらしているユートピア』は人口減少で維持不可能なのです。
維持可能なら、予想される不景気も、社会問題も我慢できます。
しかし将来『破綻』したり、また、『破綻を逃れるため』に、結局は『うんと保証水準を切り下げ、理想とは程遠いもの 』になってしまうと言うことでは、全く納得は行きません

このようなことになるのならば勇気を持って即刻方針転換すべきです。
『福祉帝国の崩壊』と言う自体まで我慢して待つべきではありません。

増税に苦しみ、不景気に苦しんでまで続ける値打ちは全くないと言うことができます。
世代間扶養制度は即刻現状凍結すべきです。
い ますぐに『政治哲学』を切りかえるべきです。

人類にとってユートピアはなかったと即刻認めるべきです。
『みんなで社会の責任で』実現すると考えられた『社会主義ユートピア』と言う理想的社会は夢でしかなかったと認めるべきです。

『社会で責任を持つことによる理想社会』が実現できない以上『自己責任と自助努力中心社会』で行くしかありません。
『対象者をしっかり絞り、最小限のものしかできません。
国が企業経営の保証から手を引いたように、国民の生活保証からも手を引かざるを得ない。』
このように、はっきりと政治哲学の変更を宣言すべきです。

いくら夢を語ってもできないものは『できないと言うしか』しかたがありません。
実現不可能なことを語っても誇大広告になるだけです。
現実をしっかり見つめ事実を正直に語るべきです。


5、国の政策が頼りなくなれば資産形勢か子供や家族かその両方かと言うことになる。

では、社会主義ユートピアを実現していた“福祉帝国“が“崩壊した“あとの老後の生活設計はどのようになるのでしょうか。

夢から覚めた現実的なものとはそのようなものでしょうか。
みんなや社会で連帯して支え合う事ができるうちは自前の子育てや資産形成は必要ありません。
しかし、できなくなれば、自前で資産形成をするか、しっかり子育てをし教育に励み家族を養っていかなければなりません。

老後の生活保障の
『1、年金、健康保険、老人福祉施設、生活保護など、国が官僚システムで提供する、安心して暮らせる老後の保証政策』
『2、貯金(401K貯蓄型年金など自助努力型年金を含む)、資産形成、民間の健康保険』
『3、子供、家族、兄弟親戚、隣近所知人、』
『4、宗教ボランティア、地域の有志によるボランティア』
のうち、

1、は国の保証があり『みんなで社会で責任を持つ』ことによって実現するものです。
2,3,4、は国の保証はなくあくまでも個人の責任で行うものです。
自己責任自助努力が必要なものです。

1は2,3,4、に代わる理想的なシステムだったわけですが、これは将来続けられません。
したがって、『1、年金、健康保険、老人福祉施設、生活保護など、国が官僚システムで提供する、安心して暮らせる老後の保証政策』 の役割が小さくなり、2,3,4、の自助努力中心社会と言うことになるわけです。
『4、宗教ボランティア、地域の有志によるボランティア』については消極的な保証なのでここでは除外します。

もし『国が官僚システムで提供する、安心して暮らせる老後の保証政策』を現在のレベルで凍結するか、うんと縮小すれば、これから膨張する部分は1の『公助』、『共助』ではなく 、2,3、の『自助努力』と言うことになれば、 『貯金(貯蓄型年金を含む)、資産形成(民間保険を含む)、民間の健康保険』か,『子供、家族、兄弟親戚、隣近所知人』、に頼るということになります。

要するに資産か、子供や家族かその両方かと言うことになるわけです。
『一生困らないほどの、資産を作ることはこれも人類不滅の夢』ですね。
資産を貯めることができるエリートはそうするでしょう。
そうやって、その夢をかなえられる人もいるでしょうが、ほとんどの庶民にとっては夢でしかないことの方が多い。
したがって、子供も重要だと言う人も増えるでしょう。

実際には、『3、子供、家族、』の保証を中心にして、『2、貯金(貯蓄型年金を含む)、資産形成、民間の健康保険』と『現状の約3分の1になって小遣い程度の国の年金や健康保険など。』を補助に使い、『兄弟親戚、隣近所知人』、のサポートも得ると言う人がほとんどとなるでしょう。

このように、
『官僚計画型の“社会”保証』に頼り切った社会から、『自助努力中心社会』にする必要があります。

いくら良いシステムも,維持できなければ止めるしかないではないですか?
人類の英知がうんだ夢のシステムも実施不可能ならしかたありません。

そうして、 予想される無益な増税路線にストップをかける必要があります。
『社会保証に頼りきった老後の保証』を『家族や子供をもっと大事にする社会』にきりかえる必要があります。
社会保証を自由化』して、 年金健康保険や病院設立など規制緩和し『景気を良くし雇用も増える民間の力をフルに利用して』民間活力に任せるべきです。

いますべき事は世代間扶養でなりたっている、社会保障制度を現状凍結する事です。
支える人が減って行き維持が無理なのですから早く踏み切るべきなのです。

そうして、企業減税で国際競争力を高め、景気を良くしてください。
貿易立国ではこれが大切です。
若者の負担を少なくしてください。
景気は良くなっていきます。

子供や家庭を大事に育てる雰囲気を醸成していってください。
幼児虐待、青少年非行、離婚の増加、教育水準の低下など社会問題はだんだん解決し
ていきます。

国民にできもしない『ユートピアでの生活を続ける』と言う夢を見させないこと。
これによりすべてが解決して行くのです。


6、『自己責任にもとづく自助努力を中心にした自由主義社会』こそ『正しい選択である』

私達は、今の『理想的ユートピア社会』の『継続不可能な制度をどうするか』しっかり考えるときに来ています。

『官僚主導でみんなが,支える型』の『社会に責任を持たせた』”社会”保証は維持できないと言うことです。

つまり『国が官僚システムで提供する、安心して暮らせる老後の保証政策』の維持は無理だと言うことですね。
公助〔税金〕、共助〔官僚計画型の保険〕に頼った老後の生活保証は成立しないと言う事です。
この『人類の理想とも思える制度』は夢でしかなかった。
『ユートピアは存在しなかった』と言う事です。

国は公助〔税金〕と共助〔官僚計画型の保険料〕で『老後安心して暮らせる事』を『約束し実現しようとする事は無理だと言う事です。
『みんであるいは社会で連帯して責任を持つ』と言う考え方自体に無理があると言うことであるわけです。

『みんなでとか社会で責任を持つ』という『社会主義』は成立しないと言う事ですね。
社会主義はシステムとして成立しない。社会主義は間違っている、ということです。

このことはとりもなおさず、好むと好まないにかかわらず、『自分のことは自分でしないと行けない』ということでもあります。
自助努力を『中心にして行く必要がある』と言う事ですね。

『自己責任の自助努力社会』を『選択せざるを得ない』と言う事です。

『自助努力社会が正しい』しそれに移行するしかない。
つまり、『自己責任にもとづく自助努力を中心にした自由主義社会』こそ『正しい選択である』と言う事ですね


このように社会保証は維持できないのですから、一刻も早くそれを明らかにし、政治哲学自体を大転換すべきです。


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