国民皆年金制度の創設の構想昭和31年厚生白書←クリック資料集へ


 

序章 わが国の人口問題と社会保障

社会保障制度の役割

 以上あげた三つの問題点、つまり過剰人口の重圧が低所得階層を沈澱させつつあるという問題、人口の老令化がもたらすいわゆる老人問題、さらに母子世帯の生活問題は、いずれも人口問題から見たわが国の社会のゆがみといってよいものであり、このゆがみは、具体的には国民の各階層間の所得のひらきという点に、ひいてはまた、生活水準のひらきという点にあらわれているわけである。

 このゆがみを少なくし、除去するため国家の手による方策としては、(1)経済政策、農業政策、あるいは労働政策などによって、低位の所得階層がより高い所得を得る機会を与えられるように援助すること、(2)社会保障制度による所得の再分配によって、低位の所得階層に対して所得の補給を行い、その所得水準・生活水準を引き上げること、の二つが考えられる。

 この両者は、いずれもそれぞれ限界があって、お互に補い助けあうことによって、はじめて充分な効果を収めることが期待できるのであって、例えば、前者については、稼働能力を失ったり、あるいは制限されている老令者、母子、身体障害者などについては、はじめから効果が期待できないし、また、過剰人口の重圧のもとにおいては、稼働能力のある者についてすら、なかなか手が回りかねるというのが現実の姿である。

 一方、社会保障制度についても、それが所得の「再分配」による施策である以上、国民所得の大きさとの均衡ということから、おのずからその規模と範囲を限定されることは否定できない。

 しかし、いずれにせよ、われわれの生活する社会のこのゆがみには、このまま放置すれば容易ならぬ事態を招来する危険も予想されるのであって、一つには、戦後の経済復興のための資本蓄積という至上命令のもとで今日まで重ねられてきた無理が、このゆがみを相当に大きくしてきたことも争えないであろう。経済復興が一応軌道に乗り、「戦後は終った」というかけ声さえある今日、真剣に社会保障制度の本格的拡充という課題と取り組まなければならない時期が到来したというべきである。

 そこで、われわれは、社会保障制度の今日までの成果、現状および問題点を、次の本論において眺めることとするが、叙述の便宜の上から、広範な社会保障制度の全領域を、(1)国民の生活を貧困から守り、国民の福祉をたかめて行こうとする分野と、(2)国民の健康を疾病から守り、保健衛生の増進をはかろうとする分野の二つに大別する方法によって述べて行くこととしよう。

終章

母子・老令者の福祉対策

 そのほか低所得階層の問題と密接に関連するものとして、母子・老令者の福祉問題がある。この問題の根本的な解決策としては、社会保障制度が高度の完成を見ている英国などの例にならい、「国民全部を対象とする年金制度を確立し、老令者や遺族などの所得保障を行うべきものである」とする意見は、すでに一般の常識的な要望となっていると考えられる。

 年金制度は、被用者を対象とする厚生年金保険など、国民の一部についてはすでに実施を見ているが、これをいかに国民全部に拡大普及するかという具体的な方策について、いまや検討に着手すべき時期が到来していることを肯定しなければならない。

 ただ、年金制度は財源的にもきわめて膨大な制度であり、したがって一定の準備期間を必要とし、また明日からでもすぐ給付を開始するというようなわけには行かないものだけに、実施の段階にいたるまでの間、当面の対策として母子・老令者の福祉施策の拡充強化を取り上げなければなるまい。


医療保障の推進

 本論に述べたとおり、わが国における医療保障については、二、九〇〇万人の疾病保険未適用者があるという問題のほか、現在いくつかの困難な問題点が未解決のまま残されている。もともと医療の問題は、国民生活のすべての問題のなかでも、最も緊急度の高い、つまり、何をおいてもまっさきに手配されなければならない問題である。言ってみれば、これは国民生活の上にあけられている最も大きな傷穴であり、まずもってこの傷穴から緊急に埋めなければならない性質のものである。

 この点については、昭和三五年度実施を目標として、おおむね国民皆保険の形において医療保障の達成を図るため目下その具体策の検討を行っているが、特にその重要性にかんがみ、本年七月、厚生大臣の顧問として医療保障委員が設置されてこの検討に参画することとなった。医療保障計画の最終案の発表までには、なお相当の時日を要するであろうが、去る八月二四日、医療保障委員は、中間報告として、昭和三二年度予算との関連において、とりあえず、(1)国民健康保険を中心とする疾病保険の普及強化、(2)無医地区対策の推進、(3)結核対策の強化、の三点を当局に要望した。


 

厚生年金保険

 厚生年金保険は、すでに述べたように、労働者が老令になったり、不具廃疾になったりして労働ができなくなった場合に、老令年金や障害年金を支給してその生活安定を図るとともに、一家の働き手である労働者が死亡した場合にも遺族年金を支給して、その遺族の生活を保障して行こうとする保険制度である。

 その適用事業所数は、昭和三一年二月末現在で二六万三、六二八を数え、被保険者数は、同月末現在で八一五万六、四一六人であり、全産業労働者に対する被保険者数の割合は、二六年度四九・五%、二七年度五二・六%、二八年度五一・九%、三〇年度五一・一%となっており、大体全産業労働者数の五割前後が厚生年金保険の被保険者であることになる。もちろん、この数字は、必ずしも満足できるものではなく、近い将来において、国民年金保険制度への第一歩として、残りの労働者をも厚生年金保険の被保険者に包含するための措置が講ぜられなければならないものと考えられる。

(1) 老令年金

 厚生年金保険法は、昭和一七年六月一日から施行されたので、法施行当初から被保険者になったものでも昭和三二年六月にならなければ最低一五年の資格期間を満たさないから、それまでは老令年金の本格的発生はない。しかし、坑内夫については被保険者期間の加算(被保険者であった期間の実数に三分の一を加える、また戦時中はさらに加算された時期もある)があるので、坑内夫関係では、すでに昭和二八年度から発生をみている。受給者をみると、昭和二八年度は四人、二九年度は一、三一三人であり、昭和三一年二月末現在では三、二四五人が老令年金を受けており、今後は累増する傾向にある。老令年金の一件当り平均金額は、年額四万二、三五四円となっている。

 次に老令年金について問題になるのは、人口の老令化傾向との関運において、将来の老令人口に対してどの程度のものが老令年金支給の対象になるかということである。「老令者福祉」のところで詳しく見たように、六〇歳以上の老令人口は年を追って増加する傾向にある。すなわち、昭和三〇年においては約七二三万、四〇年には九四〇万、五〇年には一、一八八万、六〇年には一、四三〇万という増加傾向が予想されている。これに対して、老令年金受給者数の増加予想は、昭和三〇年においては一万一、〇〇〇、四〇年には二四万、五〇年には六四万、六〇年には一六六万、七〇年には二四三万と、同じく漸増の傾向が看取される。後者の前者に対する比率は、昭和三〇年には〇・一五%にすぎないが、昭和七〇年には一二・八五%となり、全老令者の一割をこえる人数が老令年金の対象となることとなる。さらに、男子老令者だけをとってみると、昭和七〇年においては、二九・五%のものが老令年金の支給を受けることになる。

 昭和七〇年以後の比率は、老令人口の逓増傾向にひきかえ、老令年金受給権者の数はそれ程の伸びが予想されないため、徐々に減少してゆくことになる。