スウェーデン・ドイツ・イギリス・アメリカにおける最近の年金改革
第I部 高齢化先進国における福祉財政の動向-年金改革と日本の課題
高齢化先進国における福祉財政の動向-年金改革と日本の課題
は じ め に
欧米の主要国では近年、社会保障の構造改革が大胆に進められている。公的年金改革もその一つである。主要国のなかで公的負担増を今後予定しているのは日本政府のみであり、他はおしなべて公的負担率の据えおき、ないし、その引き下げすらも考慮中である。いきおい各種給付の切り下げという難事業にとりくまざるをえない。過剰ぎみの給付を一部切り下げるのであれば問題はないが、給付切り下げは総じて新たな別の問題(貧困者層の増大、所得格差の拡大等)を引きおこしかねない選択である。本稿では諸外国における最近の典型的なとりくみについて、主として公的年金に焦点をあて、そのいくつかを具体的に紹介する。そして日本の社会保障制度とくに年金制度を中心とした今後の課題を論じることにしたい。
第1節 スウェーデン・ドイツ・イギリス・アメリカにおける最近の年金改革
OECD加盟国は人口高齢化が進んだ国が少なくない。増大する高齢者を社会的にサポートしつづけることは決して容易でないが、各国ともその国力に応じてそれなりのサポートを継続している。苦い経験から導き出されたOECD諸国の教訓は「社会保障は自国の社会経済の体力にあわせて給付・負担両面の調整をしていかざるをえない」というものである。現役組の生活水準が上昇しなくなると、かれらの肩にかかる公的負担(社会保険料負担を含む)を引き上げる余地はほとんどない。そうした状況では給付面での調整しか選択肢は残らない。一方、現役組の生活水準が着実に上昇しつづけるかぎり公的負担を実質的にふやす余地が生じる。その場合、現に公的負担増は受けいれられている。社会保険料の引き上げは企業や現役組の懐具合と相談しながらやっていかざるをえない。
以下、典型的だと思われる事例をいくつかとりあげることにする。
1.1 スウェーデンの年金改革
スウェーデンは1960年以降、高福祉のモデル国として称賛されてきた。高邁な社会保障哲学のもとに世界をリードする役割を長年にわたってはたしてきた。年金の分野においてもイギリス・北欧タイプの典型を示し、ドイツ・フランス等とは異なる制度のなかで高い給付水準を実現してきたのである。
そのスウェーデンが最近、変わりつつある。1991年以降、スウェーデン経済は3年連続で実質マイナス成長を記録した(91年マイナス1.1%、92年マイナス1.4%、93年マイナス2.2%)。国民の享受しうるパイの大きさが年々小さくなったのである。現役労働者は生活水準の切り下げを余儀なくされた。失業率(失業対策事業従事者を除く)は1993年時点ぞ8.2%と高く、かつてのスウェーデンとはまったく異なる様相を示している。
そうした中で1994年に年金改革の基本的枠組みが与野党合意のもとで決められた注1)。その内容は以下で紹介するように、きわめてドラスティックである。平等主義思想は大幅に後退し、「これが本当にスウェーデンなのか」と思わせるような方向に進もうとしている。
年金はその国の社会経済の産物である。かつてのスウェーデンは経済の高度成長を亨受し失業率もきわめて低い、経済の優等生であった。その経済が変調をきたしているのである。年金も変わらざるをえない。
1]掛金建て制度への切りかえ
周知のようにスウェーデンの公的年金は1階が定額、2階が所得比例の2階建てであった。それを所得比例型に一本化する。いわばドイツ・フランス流の大陸型への変更である。それも給付建てから掛金建てへの切りかえという形で断行しようとしている。
欧米諸国の公的年金は従来、給付建て(確定給付型)であった。典型的には拠出1年で月給のX%に相当する年金給付(または定額の給付)を支給するというものである。1年の拠出で月給の0.75%に相当する年金給付を約束している日本の厚生年金もそうである。どれだけ拠出したか、運用利回りはどの程度であったかは給付決定のさい考慮されない。これが給付建ての基本的考え方である。
他方、掛金建て(確定拠出型)は次のように考える。給付はどれだけ保険料(掛金)を拠出したか(金額ベース)、および運用利回りが実際にいくらであったかによって決まる。事前に給付はなに一つ確定しない。確定しているのは掛金率(保険料率)だけである注2)。
スウェーデンの新制度では保険料は賃金の18.5%に定められ、将来にわたって不変である。このうち16.5%は賦課方式で運営され、積立金とならない。ただし各人の拠出額は個人別の年金勘定に記録され、それには「みなし運用利回り」がつく。みなし運用利回りは賃金の上昇率(名目値、税込み)に等しい。残りの2%は積立方式で運営され、積立金は市場で実際に運用される。その運用成果も個人年金勘定に記録され、自分の年金クレジット(それまでの保険料拠出累計額、運用利回り込み、みなし運用利回りつき)が毎年いくらになっているかを知らされる注3半、4)。
なお新制度は一見「積立方式の年金」にみえるが、これは誤解である。年金制度の基本線は依然として「世代と世代の助けあい」にある。
年金の受給開始は61歳以上70歳までの間のいつでもよい。平均余命に応じて、それぞれ年々の年金額が決まることになる。平均余命が伸びれば年々の給付額はその分だけ少なくなる。
掛金建てに切りかえ、給付を所得比例の1本にすれば拠出と給付の結びつきはストレートになる。制度改革の第1のねらいはこの点にある。
ただし、この点において例外をいっさい認めないというわけではない。ちなみに次のような規定が設けられている。
1)年金額には最低保障額がある。拠出分がそれに満たないときは全額国庫負担で、その差分をうめる。
2)公的年令対象の賃金には上限がある。上限を超える賃金部分に対する事業主負担分(青天井)は給付にはいっさい反映されない。
3)育児・兵役期間は保険料拠出がないものの、あたかも拠出したかのようにみなして給付を計算する。そのための財源は国庫が負担する。
4)2%保険料拠出分(プレミアム・リザーブ分)に男女差を設けない(平均余命には男女間で違いがある)。
2]公的年金保険料の引き上げは今後いっさい考えない
この点はすでに説明したので、ここでは繰り返さない。欧米ではすでに社会保険料の引き上げは事実上不可能に近い。その引き上げは企業経営をさらに圧迫し、成長のための「金のタマゴ」を台無しにしてしまうという意識が強いからである。スウェーデンの人間高齢化は21世紀になるとさらに進むと見込まれているが、年金保険料の引き上げは予定していない。
なおスウェーデンでは、かつて保険料は全額事業主負担であった。これが将来、徐々に労使折半に変わる。事業主負担分を減らせば、賃上げの余地が生じる。賃上げ分を本人負担分にまわせば被用者本人の手取り賃金に変わりはない。ちなみに医療保険では1992年に本人1%負担を導入し、1995年時点には本人負担が2.95%になっている。年金保険料も1995年から本人負担1%が導入されている。
3]「選択の自由」の最大限尊重
受給開始年齢は61歳以上であれば何歳でもよい(70歳まで)ことになった。状況は人によって異なる。その違いを重く受けとめ、何歳からでも可能とした。ただし早くから受給すれば、その分だけ毎月の給付額は少ない(保険数理に基づいて減額される)。ちなみに65歳受給開始時の給付額を100とすると、61歳開始の場合70、62歳77、63歳83、64歳91である(現行の減額率は1歳あたり6%であるので、減額率は拡大された)。他方、70歳支給開始の場合は162となる(現行では144であるので、増額率も拡大された)。なおフレキシブルな年金受給開始とするので、従来の部分年金制度は廃止される。いずれにせよ掛金建てへの移行によりスウェーデンは年金支給開始年齢問題から解放されることになった。
さらにプレミアムリザーブ分(積立部分)については終身受給方式だけでなく、5年間受給、10年間受給のオプションつきである。
くわえて年金の「所得分割」も希望すれば認められることになった(1954年生まれ以降の者のみ)。これは夫婦の間で婚姻期間中にかぎって賃金を合算し、その2分の1ずつにたいして、それぞれが年金請求権をもつ方法である。カーター政権時代のアメリカで提案されたものであるが、アメリカでは今のところ認められていない。カナダ、スイス、ドイツ等で部分的に採用されている。日本でも1995年4月から遺族年金に第3の選択肢が加えられたが、その基底にある考え方は所得分割案に限りなく近い。
なおスウェーデンは遺族年金を事実上、廃止した国として有名である。年金は完全に個人単位化された(結婚の有無や配偶者の有無に関係なく年金給付は決まる)が、男女間の賃金格差は今もってなお歴然としている。賃金が相対的に低い女性に強い不満が残っていたが、所得分割の容認で、この不満は解消されるだろう。
4]物価スライドから賃金スライドヘの切りかえ
スウェーデンの公的年金はこれまで物価スライドが原則であった(ただし現実には物価スライドが完全には実施されず部分実施されることが少なくなかった)。物価上昇率以上に賃金が上昇すれば、年金受給者の生活水準は相対的に低下していく。経済成長による果実を高齢者にも分けあたえるためには物価スライドでは不十分である。そこで賃金スライドヘ切りかえることになった。ただし賃金が毎年1.5%(実質)ずつ上昇していくとあらかじめ仮定し、その分だけ新規裁定時の年金給付を高めに設定する。そして毎年物価スライドで走るという特殊な方法を採用する。このため見かけは物価スライドのままである。物価スライドに慣れた国民には、この方がわかりやすいのだろうか注5)。
5]強制貯蓄の制度化
既述のように2%の保険料は完全積立となる。現行制度は資金ショートに陥らない程度にバッファーストックをもつだけであった。完全積立分は民間の年金保険スキームヘの加入を原則とする模様である。なぜ完全積立としたか。それはスウェーデン経済が貯蓄不足に苦悩しており、投資のための財源調達がむずかしいからである。将来の日本はともかく、貯蓄超過となっている現在の日本には参考とならない。
6]国庫負担率の引き下げと給付課税の強化
現在、スウェーデンの国庫負担は年金総費用(定額年金+所得比例年金+部分年金)の20%前後である。制度改革により国庫負担は徐々に減っていく可能性がある。国庫負担は最低保障年金(差額分)や育児・兵役期間分の費用に充当される。国庫負担は特別の理由のある事項だけに限定する。これがスウェーデン流の考え方にほかならない。国民すべてに一律に国庫負担をつける日本とは随分と違う発想法である。
なお年金給付はこれまで定額部分(1階)が非課税、所得比例部分(2階)が課税となっていたが、今後はすべて課税所得扱いになる。
7]年金総費用の抑制
年金給付費は現在すでに賃金総額の30%に達している。改革により、その割合は2010年には27.6%まで下がると予測されている。年金受給者は増大するものの、総費用はむしろ相対的に減少する。これが、今回の改革によって期待されている財源節約分である。
当然のことながら1人ひとりの給付額は実質的に切り下げられる。現在の経済状況ではこの切り下げも仕方がない、というのがスウェーデン国民の考え方である。なお40年加入のモデル年金の場合、現行のリプレースメント・レート(給付率)は58%となっている。これが2010年には53%まで下がる。
8]血育児と年金、その他
4歳までの育児期間については育児に専念しても同居を条件に両親のいずれか1人に対して年金権を保障することになった。この間に休職・離職した場合、本人の前年賃金(100%)ないし全被保険者平均賃金の75%に相当する賃金収入があったものとみなして年金クレジットが与えられる。
この間の保険料は国庫が負担する。育児期間については兵役期間とならんで保険原則を適用しないという特別措置を講じた。年令制度にとって育児は兵役とならんで特別例外扱いに値するほど重大なことなのである。
なお傷病手当や失業給付を受給中のサラリーマンについても年金権が保障される。それぞれの手当・給付が年金対象賃金とみなされ、それぞれの保険者が年金保険料を納付することになる。生涯賃金ベースの年金という考え方を徹底させると、こうなるのだろうか。
このほかに、いわゆる15年ルールも廃止される(年金給付は生涯賃金に基づく形に変更し、高賃金期間15年ベースの年金裁定をやめる)。
改革は2001年から20年の経過期間をもうけて段階的に進められる。なお今回の改革には障害年金は含まれていない。障害年金は老齢年金制度から分離され、傷病手当金制度との統合が計画されている。
1994年時点と今日のスウェーデンで大きく違うのは、実質経済成長率がプラスに転じたこと、および出生率が予想外に低下してしまったこと(1996年の合計特殊出生率は1.6弱)、の2点である。1998年は総選挙の年であり、1994年時点における年金改革の合意内容は今後一部変更される可能性がある。
スウェーデンは人口870万人の小国であるものの、「外科手術」をいとわない、きわめて進取の気性に富んだ国民性をもっている。そのチャレンジ精神には見習うべき点も少なくない。
1.2 ドイツの年金改革-1996年改革/中高年失業者の再雇用問題との関連
ドイツをはじめとするヨーロッパの主要国におけるもっとも深刻な政策課題は今日、失業問題であるといっても過言ではないだろう注6)。ドイツの失業者数は1996年に400万人を越え、失業率は10%超となった。ドイツ政府は1996年に「2000年までに現在の失業者数を半減させる」という目標をかかげ、「経済成長と雇用拡大のためのアクション・プログラム」を決定した。そのなかで公的年金制度の見直しも行われることになった注7、8)。
ここではドイツにおける中高年失業者の再雇用問題から述べることにしたい。
中高年になってから失業すると、再雇用される可能性はきわめて乏しい。この点はとくにドイツにおいて顕著である。中高年齢者は総じて賃金水準が高いため事業主サイドに首切りのインセンティブはあっても、再雇用への意欲はきわめて弱い。また中高年齢者本人が再就職をそれほど強く希望しないという点も無視することができない。50歳以上になると失業給付の受給要件が寛大になる(58歳以上では再就職の意思がなくても受給可能である)。
高齢化先進国における福祉財政の動向
また失業給付が切れても失業扶助(一種の生活保護給付)でつなぐことができるからである。いきおい中高年齢者の失業期間は長くなる。
ドイツ政府は長期失業の高齢者に対して補助金つきの雇用を促進しようとした。高年齢の長期失業者を雇用した場合、通常3年間(最長で8年間)賃金の50〜75%を補助するとしたのである(ただし若年者の首切りをした場合は適用しない)。1995年6月にはこの補助金を受給する者が3万2000人に達したという。あるいは長期失業者(年齢制限なし。ただし中高年齢者が実質的には多い)を雇用する場合、1年間に限って賃金の40〜80%を補助するという別の事業もある(最初の6ヶ月分は補助率が高く、後半は補助率が低い)。
高齢者のパートタイム就労も促進しようとしている。すなわち55歳を超えた労働者は所定労働時間の半分を働くパートタイム労働を選択することができる。そして、その見返りとして若年労働者が補充されると、55歳超のパートタイム労働には従来賃金の70%が支払われる(うち20%分は失業保険から給付される)。
ドイツは失業者の増大に頭を悩ましているが、この背景には企業による社会保険の悪用(社会保険へのツケまわし)があることも否定できない。企業行動の典型としていわれているのは次のパターンである。まず55歳で退職させ、失業給付(そして失業扶助)で60歳までつなぐ。ただし55歳退職直前における手取り賃金の90%所得保障を約束し、失業給付・失業扶助ぞ足りない分(差額)は企業が企業年金給付の形で補う。60歳からは長期失業者用の早期退職年金に給付が切りかわる。
1992年段階では60歳から早期退職年金を受給しはじめる者の割合(老齢年金受給開始者総数に対する割合)は20%にとどまっていた。ところが、この割合は1994年には40%に急上昇し、1995年には45%に達している。
55歳〜59歳の失業者向けに連邦雇用庁は最近では年間250億マルクの負担をしている一方、60〜64歳の早期退職年金負担は350億マルク(1995年)に及んだ。総額ぞ600億マルク(1マルク=75円換算で4兆5000億円)の負担となっていた。
ドイツでは1992年年金改正法により、早期退職年金の支給開始年齢を2001年より少しずつ遅らせることになっていた。しかし、もはや2001年まで待てなくなった。ドイツ政府は失業対策とワンセットの形でこの問題への新たな対応を迫られた。
ドイツにおける年金制度は基本的には1989年11月9日に連邦議会で可決された1992年午金改正法(実施が1992年からであったため、このように呼ばれている)に基づいている。この法案が連邦議会ぞ可決された日の夜、たまたま「ベルリンの壁」が崩壊し、ドイツ分断に終止符がうたれた。この日は2重の意味で記念すべき日となっている。1992年年金改正法は画期的な内容をもっていたからである。ネットスライド制への切りかえ(自動調整メカニズムの導入)、支給開始年齢の原則65歳化(弾力的取扱いの段階的廃止)と62歳からの繰上げ受給容認、部分年金制度の創設、国庫負担の増額と保険料率の自動的調整(国会の議決を不要とした)等々注9)。
1992年年金改正法では早期退職年金を2001年から段階的に廃止することになっていた。2017年末には原則65歳支給となり、代わりに62歳からの繰上げ受給が認められるはずであった(減額つき。減額率は繰上げ1ヶ月につき0.3%である。62歳受給開始者は10.8%減額つきとなる)。
1996年に決められた早期退職年金の改革内容は次のとおりである。すなわち支給開始年齢を1997年1月から3ヶ年の経過措置つきで原則63歳とする一方、60歳からの繰上げ受給を認める。繰上げ受給は減額つきであり、3年繰り上げて60歳から受給する場合には10.8%減額する(1ヶ月につき0.3%減額)。1996年の改革はこの1992年年金改正法の内容を部分的に修正したことになる。すなわち早期退職年金に限って原則63歳支給とする。ただし調整開始を4年前倒しし、調整スピードも加速させることにしたのである(受給開始年齢を毎月1ヶ月ずつ引き上げる)。
あわせて女性の年金(現行では60歳受給開始となっている)についても受給開始年齢引き上げを1年前倒しして2000年1月にスタートさせ、2009年末までに65歳受給とすることにした(1992年年金法では2017年末に完了させる予定だった)。調整スピードは女性の受給開始年齢引き上げについても速められたのである。
また長期被保険者(35年以上加入者)についても原則63歳受給開始を2000年1月から徐々に調整し、2003年末には原則65歳受給開始とすることにした(1992年年金法では2001年1月調整開始、2008年末に調整修了となっていた)。
1.3 ドイツの1999年年金改革法案
ドイツでも公的年金は若者に不人気である。その若者たちをどう納得させるか。また世界規模の激しい経済競争にも対応していかざるを得ない。公的年金の保険料率を過度に高めることは、この二つの観点からみて得策ではない。
年金受給期間も平均余命の伸長によって長くなっている。今後とも平均余命はさらに伸びる。それに伴って必要となる年金負担を、これまでどおり、すべて現役世代に担わせてよいのか。この点も改めて検討する必要がある。
上述のような問題意識に基づいて1996年7月5日に年金改革委員会が連邦政府により設置された。年金改革委員会は10回の会合を経て1997年1月27日に年金改革に関する新提案をとりまとめた。その主要内容は以下のとおりである。
まず改革の基本線は次の四つである。すなわち1]年金給付と年金保険料負担(賃金)との関連性を今後とも維持する(税を財源とする基礎年金への一部切りかえはしない)。
2]保険主義(事前負担と反対給付の原則)の強化。3]賦課方式の維持。4]積立金を早期に積みますことはしない。1]に関連して、年金制度の枠内では最低所得を保障しない。最低所得は生活保護制度で保障する。
3]に関連して言うと、積立方式の切りかえには10兆マルク(GDPの3.3倍)の資金が追加的に必要となる(いわゆる「二重の負担」)。このような大規模の資金を高利で市場運用できる保証は必ずしもない(むしろ市場金利を引き下げるおそれが強い)。また民営化と規制緩和という今日の流れからみて、このような大規模な資金を政府部門に蓄積することにも問題がある。積立金の使途について政治的介入はさけられず、財政赤字の削減も遅々として進まなくなるだろう。賦課方式を維持することにしたのは、このような理由によっている。なお4]については積立金の早期積み増しが雇用にマイナスの影響を与えるからにほかならない。
改革案の第1の柱は、給付算定式に人口要因を新たに導入することである。平均余命伸長による年金負担増を現役世代と受給世代が等しく分かちあう。これが新しいルールである。1992年65歳時の平均余命を基点とし、性別の違いを考慮しない。ちなみに1983年からの10年間ぞ65歳時平均余命は1.4歳ほど伸長した(1年間で1.7ヶ月分の伸長に相当している)。この傾向は今後とも継続すると見込まれている。
給付算式に人口要因を導入すると、年金保険料(1997年時点で20.3%)は2030年時点において22.9%に抑えることができる(人口要因を導入しない場合には25.9%に達してしまう)。モデル年金額(手取り賃金比)は現在70%であるものの、これが徐々に下がって2030年には64%になる。連邦補助金(国庫負担)も2030年時点で853億マルクが754億マルクに抑えられる。
長生きができるようになったことは本来、喜ぶべきことである。ただし、それに伴う年金負担増をすべて現役世代に押しつけることは今日もはや妥当だとはいえない。OBのすべてが経済的弱者では必ずしもないからである。現役組とOBは一つの財布を分けあっていくしかないのである。若者が負担増を受けいれるからには、お年寄りも給付について多少の遠慮をする。負担増は若者もお年寄りも等分に分かちあう。それが公平というものではないか。1997年1月の新提案における基本的考え方はこのようなものである。
なお平均余命の伸長に対して支給開始年齢をさらに引き上げるという対応も考えられるが、近い将来についてはその必要性を認めない。これが年金改革委員会の結論である。
改革案の第2の柱は、税を財源とする家族ファンドを年金制度の枠内に設け、育児手当財源および育児期間保険料相当分の財源にあてることである。なお子供の数で年金保険料に差を設けることは1997年1月提案では見送られた。改革の基本原則1]2]に反すると考えられたからである。子供の養育にかかわる私的負担の軽減は税を財源とした制度で対応するのが筋だという考え方である。
第3。パートタイマーの社会保険加入を促進させる。また副業による賃金収入も社会保険料賦課の対象とする。従来、月額610マルク未満の賃金収入を得ている者(パ―トタイマーや副業等に従事している者)には公的年金は適用されなかった。1995年時点において、このような短時間労働者は640万人に達していた。雇用の流動化に伴い、このような危短時間労働者は今後とも増大すると予想される。そこで、たとえば社会保険の対象となる賃金月額の限度を100マルクまで下げることが検討されている。なお自営業者のなかにも賃金と見なすことのできる所得を稼いでいる者が907万人いる。これらの者を社会保険へ強制加入させることもあわせて提案されている。
第4。年金保険料の毎年改定をやめ、積立金が給付総額の1〜1.5ヶ月分の範囲内にあるかぎり料率変更はしない。従来は1ヶ月分の給付に相当する積立金を毎年末に保有するように料率を改定していた。年金保険料は1992年が17.7%、93年17.5%、94年19.2%、95年18.6%、96年19.2%、97年20.3%と毎年変わってきた。保険料の引き上げや引き下げを頻繁に繰り返すことは年金不安をかえって高める結果となる。そこで保険料率を中期的に安定させる方向を選んだのである。
第5。障害年金の改善。健康面の障害と失業のリスクを切りはなし、障害年金は被保険者の健康状態のみを基準として給付する仕組みに改める。従来、中高年失業者の生活保障を障学年金制度が分担してきた(ちなみに1995年に傷害年金の新規裁定を受けた者のうち3分の1は失業を理由とした者であった)。これを失業保険および生活保護制度が全国的に引きうける方向に改める。障害年金給付も障害の程度に応じて2段階(100%給付、および50%給付)のみに変更する。
第6。遺族年金の改善、企業年金・個人年金の強化等。遺族年金については遺族の収入や生活状況を現在、調査中である。その結果がまとまりしだい改革案の具体的内容を決める予定である。一方、私的年金をさらに発展させるためには税制面のインセンティブを強化することが不可欠である。
以上の内容を持つ政府の年金改革委員会報告をうけて、連立与党最大のキリスト教民主同盟は1997年3月に「年金改革'99」と題する基本的な考え方を決定した。その内容は大半が政府年金改革委員会の報告を踏襲している。ただし重要な変更点もある。それは年金負担増について「保険料負担者と年金生活者が正当に分担する」という考え方を新たに打ち出したことである。政府の年金改革委員会報告では負担増は「等分に分かちあう」ことになっていた。「正当に」という形に内容を改めることにより、保険料の引き上げに否定的なスタンスを公式に打ち出し、その代わりに付加価値税を増税して年金への国庫負担を特別に増額する方向を明言した。
失業率を引き下げるためには企業経営を圧迫している年金保険料をむしろ引き下げ、「目に見える形で」負担減を実現する必要があったからである(政府・連立与党は1996年の「経済成長と雇用拡大のためのアクション・プログラム」のなかで2000年までに医療保険料・失業保険料等を含む社会保険料を全体として40%未満に抑えるという目標を提示していた)。
連立与党は、このようなキリスト教民主同盟の決定を踏まえて「1999年年金改革要綱」を1997年4月にとりまとめた。そして同年6月に年金改革法案が閣議決定され、同年10月に連邦議会下院を通過した。それによると、まず現行20.3%の年金保険料を1999年から1%引き下げ、今後20年間にわたってそれを現行水準より低い20%以下に抑え込む。その見返りに付加価値税の税率を1999年から1%引き上げて16%とする注10)。一方、モデル年金給付の水準を当初の予定どおり(年金改革委員会の提案にそって)現行の70%から64%に徐々に切り下げる注11)。年金保険料は2010年時点で19.1%、2020年時点ぞ20.0%となる見込みである(2030年には22.4%)。付加価値税1%アップによる年全国庫負担増(特別枠分)は2000年時点で約150億マルクと推計されている。
障害年金の改善、被保険者の適用範囲拡大、年金保険料毎年改定の取りやめ等は年金改革委員会の報告どおりである。また重度障害者に対する老齢年金(現行60歳受給開始)も受給開始年齢を2000年から徐々に遅らせ63歳とすることになった。さらに育児期間中の「みなし賃金」は現行では平均賃金の75%となっているが、これを1998年7月から85%へ、1999年7月から90%へ、そして2000年7月から100%へと、それぞれ水準アッフ°していく。
1999年年金改革法案のうち付加価値税にかかわる部分は(したがって結果的には年金保険料の引き下げも)野党民主社会党(SPD)が多数を占める連邦参議院の同意を必要としていたが、1997年12月議会の両院協議会はその1%アッフ°の前倒し実施(1998年4月から)で合意した。SPDは、今回の改正法案が大半の年金受給者、とくに8割に達する女性の年金給付を生活保護基準またはそれ以下の給付水準に追いやるものだと強く反発していた。
いずれにせよヨーロッパ主要国の中でドイツのみが今後とも年金保険料を引き上げていくと従来、考えられていた。そのドイツも、ついに方向転換を迫られることになった。世界の先進工業国の中で将来における年金保険料の引き上げを予定している政府は日本だけとなったのである。
1.4 イギリスの年金改革
イギリスは1986年の年金改革により、将来の年金負担を実質的に軽減させることに成功した。公的年金負担問題はイギリスにはもはやない。
イギリスでは1980年以降、基礎年金(1階部分)は物価スライドしかしていない。その結果、対賃金比でみた基礎年金の実質的水準は低下しつづけている。1994年時点における基礎年金1人分の給付率(対平均賃金比)は約16%であったが、このまま推移していくと2050年には7%になる(実質賃金は年率1.5%で上昇していくと仮定する)。賃金比例年金(2階部分)も当初の標準給付率(20年以上拠出)は25%であったが、1986年改革により長期的に20%に引き下げられることになった。それも49年拠出が条件である。40年弱の拠出だと長期的には15%程度の給付率にしかならない。しかも、いわゆる20年ルールは廃止され、生涯平均給与が算定ベースとなった。2階部分も長期的には実質的にほぼ半減すると予想されている注12)。
女性の年金受給開始年齢(現行では原則60歳)も1995年改革注13)で長期的に65歳に引き上げられることになった。2010年から10年かけて調整する手はずとなっており、これぞ男女平等の取り扱いになる。この措置も将来の年金負担を軽減することに貢献する。
公的年金給付支払総額の対GNP比も1985年がピークで5.47%、1993年には4.47%まで低下している。年金保険料は1996年時点で18.25%であったが、2001年には17.7%、2021年16.8%、2051年14.0%と徐々に下がっていく見通しである。
このようにイギリスでは年金の負担増問題はすでに解決済みである。結果的に公的年金だけでは手元不如意になってしまう高齢者も少なくない。すでに午金受給者の15%は貧困線以下の所得に甘んじており、年金受給者の3分の1は何らかの形でミーンズテストつきの給付を受けている。年金問題は解決したが、その代わりに年金受給者間の所得格差が拡大し、生活保護予算も増大しているのである。
1997年春の総選挙直前に保守党政権は公的年金制度の全廃(1階を含む)および強制積立制度への切りかえを打ち出した。この提案は直ちにに英エコノミスト誌から「政治的自殺行為」と称された。事実、同年5月の総選挙で保守党は惨敗した。
代わりに労働党が政権を担当することになった。労働党は元来、2階部分の代行制度(適用除外制度)に反対である注14)。ブレア政権は早ければ1998年春にも年金改革案を発表する予定である。「21世紀のモデル国家」を目指すというブレア政権がどのような年金改革案を提案するのか、注目したい。
1.5 アメリカにおける年金改革(論議)
アメリカで年金大改革が行われたのはレーガン政権時代の1983年であった。アメリカでは1970年以降、すでに25年余が経過しているが、この間、一人ひとりのサラリーマンに着目すると総じて「成長感なき社会」がつづいている。賃金の実質アップを手にしたのはサラリーマンの2割にすぎない。残りの8割は賃金の実質ダウンないし賃金の実質的据えおきを余儀なくされた。「親の世代より豊かになれない」という思いが支配的であり、増税や社会保険料の引き上げは国民の多数派が拒否しつづけてきた。年金の世界では給付面の調整しか選択肢はなく、支給開始年齢を将来67歳に引き上げること、給付水準を引き下げること、年金保険料は12.4%(労使込み)で長期的に固定すること、などを1983年改革で決めている。
1983年改革後、アメリカでは年金制度にかかわる大改革をしていない。1996年の大統領選挙においても争点の一つとはならなかった。民主党・共和党とも年金改革を争点としないことで事前に合意していたからである。
ただしアメリカの公的年金に問題がないわけではない。消費者物価指数には技術的難点がある(とくに過大評価となっている)と指摘されており、それを年金スライドの指標とすることを疑問視する意見が多い。また年金積立金は全額が国債の引きうけに回されている。連邦財政の赤字を尻拭いするために使用されており、アメリカ経済の成長を促進させる財源とはなっていない。株式等への投資を含め、積立金の運用形態を変更すべきだという意見も多い注15)。
近年、アメリカでもっとも活発に議論されている年金問題は公的年金の民営化である。公的年金を民営化した最初の国は軍事政権下のチリであり、1981年のことであった注16)。またオーストラリアでは1986年に企業年金の設立を全企業に強制した注17)。スウェーデンでも掛金2%分の強制積立制度を2001年に創設することがすでに決められている。シンガポールでも強制積立制度(プロビデント・ファンド)が大成功をおさめた。さらに世界銀行も最近のレポートで賃金比例年金の民営化を推奨している注18)。最近におけるアメリカの公的年金民営化論は、このような海外の動きに触発された面が少なくない。
周知のようにアメリカの貯蓄率は近年、極端に低い。この貯蓄率を上昇させないかぎりアメリカの将来は暗い。貯蓄率を上昇させるためには何が必要か。公的年金民営化論者は、ここで次のように考える。すなわち現行の公的年金制度は賦課方式で運営されており、それがアメリカの貯蓄率を低下させた有力な一因である。したがって、この公的年金制度を徐々に「安楽死」させる方向を明確に打ち出す一方、強制貯蓄型の民間年金を創設すれば、貯蓄率を上昇させることができる。あわせて現行の公的年金制度における不公平・非効率もすべて解消することができる、等々注19)。
これに対して公的年金を民営化しても当分の間は貯蓄率がほとんど上昇しないだろうという批判もある。現行の年金制度を「安楽死」させるためには制度移行時に(現行制度が約束してきた年金給付を支払うため)国債を追加的に発行する必要があり、それが強制貯蓄分を事実上相殺してしまうというのである注20)。
くわえて制度移行に伴って様々な問題が新たに発生する。それらを解決することも容易ではない注21)。公的年金の民営化を疑問視する意見もアメリカでは少なくないのである。
公的年金の民営化に反対している論者は、消費者物価指数を適正化すること、支給開始年齢を徐々に70歳まで引き上げること、積立金の一部を株式で運用すること、年金保険料を2015年から1%引き上げること等、でアメリカの公的年金財政は将来とも長期間にわたって安定すると主張しており、論争は今もホットな形でつづいている。
なおアメリカにおける公的年金民営化論は世界で「年金革命」として広く紹介され、それぞれの国で最近、公的年金民営化の議論(具体案の作成と問題点の克服)を促している。
付論 諸外国における年金と医療給付の調整および医療改革の試み
社会保障改革は年金改革だけにとどまらない。ここでは医療改革、年金と医療給付の調整、年金と介護給付の調整、の三つについて簡単に触れることにする。
OECD加盟国ではどこでも公的医療に対する厳しい見直しに着手している。いわゆるキャップ制度の導入(公的医療支出総額に限度額を設けること)、市場メカニズムの活用(「選択と競争」原理を導入したマネジド・ケアヘの切りかえ)、定額払い(いわゆるマルメ)、ゲートキーパーとしてのホームドクター制、患者窓口負担の引き上げ、診療磁気カードの導入(重複検査防止、診療記録の被保険者保)、歯科診療の社会保険給付からの分離・私費診療化等々、見直しの内容はきわめて広範囲に及んでいる。
つぎに病院に入院中の年金受給者に対する生活費の「二重払い」を避ける措置を講じている国がないわけではない。ここではイギリスの例を紹介しよう。
イギリスでは公的医療が対象としている病院に入院すると、年金受給者の年金給付は6週間後から20%減額となる。さらに1年後にいたっても入院をつづけていると年金給付の80%がカットされる。ちなみに受刑中の年金受給者の年金給付も80%カットであり、「刑務所レート」と呼ばれている。
スウェーデンでも老齢年金の受給者が病院に入院すると、年金給付の3分の1(上限は日額80クローネ)が患者自己負担金として自動的に控除される。
なお欧米では介護施設に入所すると、費用をめいっぱい高齢者が負担する例が少なくない。食費や家賃相当分は当然のことながら自己負担である。ケアの費用の一部のみが共同負担の対象となっている注22)。
第2節 日本における社会保障の構造改革
2.1 三つの基本的論点および政策優先順位の変更
諸外国における最近の動向をふまえつつ日本の社会保障制度を改革するとすれば、以下の二つのポイントが重要となるだろう。
まず第1に、社会保障と経済の調和を図る必要がある。経済の基礎体力との間でバランスを欠く社会保障はかえって有害である。現役組や企業の懐具合と相談しながら社会保険料負担を今後どうするかを決めていく。社会保障の論理だけで公的負担増を求めても、現役組や企業の拒否にあう公算が強い。結果的に社会保障給付とくに年金と医療はさらにスリムにせざるをえない。
第2に、高齢者の位置づけを変更する必要がある。従来、高齢者は「みこし」に乗り、そのみこしを現役組がかつぐという格好で走ってきた。しかし高齢者が総人口の3分の1ないしそれ以上になると予想されている社会では従来の構図を変えないわけにはいかない。高齢者も能力に応じて「みこし」をかつぐ側にまわるのである。負担の公平を議論するさいには「世代間の公平」を最優先で考慮しなければならない。高齢者も応分の公負担をする仕組みを整える一方、各種の社会保障給付を受けるさいにも然るべき利用者負担を引きうける必要がある。ちなみに高齢者の経済状況は従来とくらべると随分変わってきた注23)。ただし手元不如意の者も少数派となったとはいえ残されている。言うまでもないが、このような高齢者に対する特別の配慮を今後とも怠ってはならない。
第3に、現役組の生活水準が今後とも着実に上昇するよう最大限に配慮することが望ましい。これは今後の社会保障給付を円滑に支給しつづけるための必要条件である。社会保障の財源調達にあたっても、この点に対する配慮(成長阻害度に対する気くばり)が欠かせない。負担の公平論だけでは足りないのである注24)。
日本の社会保障は今後、政策優先順位を変える必要がある。高齢者の基本的生活を社会的に支えることを怠ってはならない。しかし、それ以上に重要なことは出産・子育て支援であり、人口減少プロセスを可能なかぎり緩慢なものにする必要がある(この点は節を改め、3.7節でとりあげる)。
したがって年金や医療は肥満ぎみの給付をさらに削ぎ落とす努力をつづけざるをえない。ただし高齢者向けの公的介護サービスは当面、大幅な拡充が求められている。
社会保障給付の相互調整も今後は本格的に進めざるを得ない。「生活費の二重どり」はもはや止める必要がある。病院入院中の年金受給者あるいは介護施設入所中の年金受給者の生活費は本人の受給している年金によって賄われるべき費目である。食事代や家賃相当は社会保険給付の対象からはずし、原則として全額自己負担とする方向を打ち出す必要がある。それによって社会保障負担の一部がカットされることになる。共同負担の対象とすべき部分はキュアやケアに要する費用に限定すべきである。
行政コストにも節約すべき部分が少なくない。年金の支払い通知は年1回でよい(現行では年6同)。また国民年金の第1号被保険者(非サラリーマン)の保険料は事実上、自主納付となっているため、保険料徴収に多大なコストがかかっている(保険料収入の10%程度)。国民健康保険料との一体徴収など工夫すべき余地がある。あるいは各地にある社会保険事務所・税務署および地方自治体の税務・社会保険担当部局には相互に事務の重複がある。エージェント化して人員を削減すべきだろう。
なお公共事業や農業予算も間接的に社会保障的機能をはたしている。しかし社会保障的見地からすると、そのコストパフォーマンスはきわめて低い。
2.2 年金危機の原因
周知のように日本の公的年金は現在、多くの問題をかかえている。給付が肥満気味なこと、世代間の負担格差が大きいこと、年金の将来負担が企業経営に悪影響を及ぼすおそれがあること、雇用・医療・介護・子育て支援・税制等を含めて総合的かつ整合的な観点から再検討する余地が多いこと等。
長い年月の間には当初ほとんど予想できなかった事態が生じうる。それにもかかわらず、いったん決めた給付水準は変えられないとして、それを絶対視すべきだろうか。長寿化と少子化の思わぬ進行で「将来の公的年金保険料を現在の2倍程度まで引き上げる必要がある」という話がある(厚生省試算)。しかし、それは現行給付水準不変を仮定しての話だ。
「年金危機」が叫ばれるのは、この仮定を絶対視するからにほかならない。この仮定を見直し、諸情勢の変化に適合するように給付水準も負担も変えていくとすれば、どうか。公的年金とはそもそもどういうものなのか。老後の生活安定を図るために国民すべてが青年時から強制的に資金積立をする。制度創設時(1942年)における厚生年金の制度目的は確かにこのとおりであった。しかし当時、実際に年老いた両親を各家庭内で私的に扶養していた青壮年層に向かって「自分の老後は子供や孫をたよってはいけない」といっても、彼らには資金的余裕があまりなかった。制度創設時の青壮年層だけに限定して老後の準備を2回させること(年老いた両親の扶養および自分の老後準備)は事実上できなかったのである(いわゆる「二重の負担」問題)。いきおい厚生年金の保険料は3%という低水準時代が戦後長くつづいた。国民年金も創設時(1961年)の保険料は1人月額100円であった。
低い年金保険料を長期間納めたところで「老後の安心」を確保することができるほどの年金給付は本来、手にし得なかったはずである。しかし「食える年金を支給せよ」という国民多数派の政治的要請が強く、それを受けいれないかぎり公的年金に対する国民の信頼をつなぎとめることは事実上できなかった。結果的に各人の年金負担とは切りはなした形で年金給付が決められ、給付水準の大幅引き上げが何回となく実施されたのである。各人の納付した年金保険料は直ちに年金受給者の給付財源として支出され、その後に残った保険料だけが積立にまわされた。こうして公的年金は「世代と世代の助けあい」の制度、いわば社会的親孝行の制度となったのである注25)。
このような公的年金の基本性格は、なにも日本のみに固有のものではない。欧米の先進工業国における公的年金制度はおしなべて共通の性格を有している。
さて、この社会的親孝行の制度をどうするか。年金は天から降ってこない。年金受給者が手にしている給付を賄うのに必要となる財源を負担しているのは実は受給者の子供であり孫である。国の制度であるからといって「給付は高ければ高いほど良い」などという甘えは本来、許されない。それは結果的に自分の子供や孫を重い年金負担で苦しめることになるからである。
普通の親子であれば、年老いた親には品位のある生活を期待する一方、子供には親の世話で苦労をかけたくないと願う。諸事情が変わっても普通の親子なら、その事態に適時適切に対応することができる。
普通の親子にできることが公的年金となると、どうしてできないのか。国の制度だからといって低負担と高給付の双方を両立させる魔法など、あるはずはない。諸事情が変わり、現在すぞに子供や孫の世代は公的年金のために重い負担で苦しんでいる。実際、所得税や住民税よりも高額の年金保険料を徴収されている人びとが圧倒的に多い。
現に給付水準の下方調整(切り下げ)がすでに1985年と1994年の2回にわたって断行された。苦い選択ではあったものの、国民の多数派がそれを受けいれたのである。給付水準を時代の要請にあわせて変えていくかぎり年金危機は生じないだろう。
2.3 年金民営化案(2階部分)への疑問
給付水準の調整は肥満気味の年金給付をスリムにするものである。そして、その代わりに私的年金の守備範囲を拡大するための措置を積極的に講じる。これは事実上、公的年金の一部民営化を意味している。
ところで日本では社会保障構造改革に関連して所得比例年金の民営化(いわゆる2階部分の廃止)を提案する例が1996年には目立ったように思われる。産業構造審議会、経団連、経済企画庁の研究会等から発表された意見書や報告はいずれも2階部分の廃止を求めており、さながら大合唱の感があった。1997年4月2日に三塚蔵相も同じ提案をしている。
これらの意見(以下「2階民営化案」と呼ぶ)に対する疑問は主として五つある。
第1。実施にあたり「二重の負担」問題(両親の面倒はみるが、自分の老後は子供や孫にはたよらないことによる負担問題)が発生する。すでに年金受給者となっている人の年金は今後とも政府が払いつづける必要がある。定年退職直前にある人や中年齢者が過去の拠出をつうじて積み上げた年金給付に対する期待権にも政府は可能なかぎり誠実に応えていかざるをえない。その費用は手持ちの積立金だけでは賄えない。未積立分は巨額に達しており、米国で12兆ドル(GDPの1.8倍)、ドイツで10兆マルク(GDPの3.3倍)と試算されている。日本でもGDPの2倍前後の未積立債務がある注26)。
制度切りかえ時点の青壮年層は、この未積立債務の一部を返済しながら(今までとほぼ同程度の年金負担をしながら)、みずからの老後に備えた積立を別途、迫られる。全体として年金負担は制度の切りかえ時には必ず上がり、現役世代の生活を圧迫する一方、企業に追加負担を強いることになる。
仮に未積立債務を国債に置きかえると政府赤字は一挙に増大(あるいは未積立債務の利子相当分を税でまかなうと財政規模は一挙に拡大)する。これは日本政府が進めようとしている財政構造改革に逆行する内容である。
第2。民営化された年金は掛金建てで運用される。給付は事前には確定しない。老後生活の安定(従前生活水準の維持)は必ずしも保障されず、運用リスクや物価変動リスク等はすべて本人が負うことになる。また掛金建て民間年金の場合、給付は男女で差がつく。女性の方が男性より総じて長命だからである。掛金が同じであれば年々の給付は女性の方が少ない(厚生年金の場合には、こうならない)。
公的年金は「老後生活の安定」を図るための制度であったはずである。この目的を仮に「最低生活の保障」のみに切りかえるとしたら、それにふさわしい手段を組み合わせることが求められる。たとえば1階を含めて民間年金保険スキームヘの加入を全国民に強制し、生活保護制度で補完するというのも一つの方法である。この場合、国は公的年金の制度運営からはいっさい手を引くことになる。ただ民間保険への加入を強制するだけである。そしてミーンズテスト(資力審査)つきの生活保護制度で最低生活を保障する。
あるいは高齢者・障害者・遺族に対しては生活保護給付とは別建ての差額給付(最低生活費との差額)を「公的年金」として支給することも考えられないわけではない。この場合、公的年金は制度として残るものの、現在の1階部分とは考え方も制度内容も基本的に異なることになる。
賦課方式の公的年金(「世代と世代の助けあい」の制度)に問題が多いとすれば、なぜ中途半端に1階だけを残すのか。なぜオールジャパンで大がかりな定額の公的年金を賦課方式のもとで運営しなければならないのか。
第3。2階部分の民営化で巨額資金が金融市場に一挙に流れこむ。金あまりで国内金利はさらなる低迷を余儀なくされ、金利収入を生活費の一部にあてている人(年金受給者)を脅かしつづけるだろう。高利運用は国内では期待できず、積立のメリットを活かすには為替リスクを伴う国際投資に積立資金の多くは向かわざるをえない。また貯蓄超過は対外収支黒字を継続させ、貿易摩擦をさらにヒートアップさせるだろう。2階部分の民営化はタイミングの選択問題とも無縁でない。
積立のメリットは長期間にわたる高利運用によってはじめて得られる。厚生年金基金の年間運用利回りは1996年度実績で名目2.7%にまで下がった。積立方式の厚生年金基金も現在、苦しみにあえいでいる。賦課方式の年金も問題を抱えているが、積立方式に切りかえても新たな別のリスクに直面せざるを得ず、それで「老後は安泰」というわけにはいかない。これが現実である注27)。
第4。民常化の狙いは貯蓄増強を通じて国内実物資本を増やし経済成長を促進することである。欧米の民営化論者に共通しているのは、まさにこの点にほかならない。しかるに日本のマクロ経済は今のところ貯蓄超過に悩まされており、貯蓄増強の必要性は現在きわめて乏しい。このとき積立資金の大半がマネーゲームに向かい、実物資本の形成につながらないというおそれはないのか。
第5。管理費用の増大。厚生年金の事務管理費は現在、保険料収入の1%前後にとどまっている。年金を民営化すると事務管理費は最低でも10%を上回るだろう(軍事政権下で年金民営化を強行したチリでは20%強の管理費用がかかっている)。
この問題は、とくに低所得の人にとって深刻となる。低所得の人は掛金の絶対額が元々少ない(月給10万円の人が月々5%の掛金を個人年金勘定に拠出する場合、掛金は月額5000円にすぎない)。管理費用は小口の積立資金ほど高くなるのが通例である。管理費用控除後の実質利回りは低所得の人ほど低くならざるを得ない(チリでは所得の高低により実質利回りに3%の差がついた)。
どのような改革であれ、それによって利益を受ける人がいる一方、不利益を被る人も必ず出る。不利益を被る人が出ない改革など、まずない。
2階民営化案は移行時における現役組(とくに中年以上)の年金負担を重くし、その生活を圧迫するおそれがきわめて大きい。企業も移行時に追加負担を強いられよう。国の財政もさらに悪化するおそれが強い。低賃金労働者や女性も割をくうだろう。そして移行のタイミングにもよるが、年金受給者も低金利の継続でダメージを受けつづけるおそれがある。
他方、将来世代の年金負担は賦課方式の場合よりも軽くなる可能性が大きい。ただし、彼らの年金給付は積立金の運用利回り次第であり、低額年金となるおそれがないとはいえない、(労働力人口の減少で国内資本は相対的に過剰となり、国内の資本収益率は今後とも低迷するだろう)。
いずれにせよ更地に家を建てるようなわけにはいかない。今、住んでいる古い家をたよりにしている人びとがすでに多いのである。ほころびが目だつからといって、その家の半分をこわし代替家屋を用意することは、コスト面でペイせず、また多数の人びとに不自由を強いるだろう。
2.4 年金給付のさらなるスリム化
「二重の負担」問題を回避しながら現行制度の主要な問題点を解決する方法は本当にないのだろうか。世界各国の年金問題当事者の最近における主要な関心の一つはこの点にあった。そして既述のようにスウェーデンで新たな解決策が1994年に提案され、その実施がすでに決められた。
その解決策のポイントは、年金給付の決め方(権利の確定)と財政方式の選択問題(積立方式か賦課方式か)を分離したことにある。すなわち現行制度がかかえる諸問題の大半(世代間の負担格差、給付と負担が1対1に対応していないこと、貯蓄と労働供給への悪影響等)は給付算式を給付建てから掛金建てに切りかえることで解決する。他方、年金財政は今後とも賦課方式を維持する。賦課方式を維持していくかぎり「二重の負担」問題は生じない。各人が老後の準備をするのは1回限りですむからである。
スウェーデン方式の知的イノベーションは「みなし運用利回り」の考案にある。
日本の場合、仮にスウェーデン方式を導入し、年金保険料の引き上げを今後いっさいしないとすれば、将来の年金給付水準(実額)は現行の半額程度となるだろう。
ドイツでも既述のように当面、年金保険料の引き上げは考えていない。そして給付の一層のスリム化に向けて様々な具体策が講じられることになった。
仮に日本もドイツの例にならって年金給付をさらに下方調整する場合、既裁定年金の物価スライド化(賃金スライドはしない)、年金受給開始年齢引き上げのスピードアップ、2階部分の受給開始年齢引き上げ(原則65歳へ)、満額年金受給要件の40年拠出から45年拠出(あるいは英国にならって49年拠出)への変更、標準年金モデルの専業主婦世帯から夫婦共働き世帯への切りかえ、給付課税の強化、介護保険料・健康保険料の年金給付からの天引き、高所得者の年金額カット等、残されている具体策は多い。
2.5 国民年金の空洞化対策
年金はいわば空気のようなものである。年金のない老後はもはや考えられなくなった。
就業者のいない60歳以上の夫婦世帯を例にとってみよう。1989年時点において公的年金額が年間収入に占める比率(「年金・年収比率」という)は、この世帯グループの場合、全体として84%に達していた。年金・年収比率80%以上という世帯が大多数を占めていた(ほぼ4分の3)。就業していない60歳以上の1人暮らし世帯でも状況はほぼ同じであり、9割弱の圧倒的多数が年金・年収比率50%以上であった(いずれも総務庁統計局『全国消費実態調査』による)。
その公的年金を老後に受けられない人びと、ないし、ごく少額の公的年金しか受けられない人びとが今、増えている。「国民皆年金」制度の空洞化が静かに進行中である。
公的年金は強制加入の制度であるといわれている。誰もがいずれかの公的年金に加入する「国民皆年金」体制が1961年に実現したと日本の政府はこれまで誇らしげに語ってきた。たしかにサラリーマンの場合、年金保険料は月給から自動的に天引きされており、制度加入を拒否しようとしても、それはできない。ところが非サラリーマン(自営業者・自由業者・無職者・学生等)の場合、国民年金への強制加入は建前にすぎない。保険料が事実上、自主納付の形となっているからである。
保険料の強制徴収は法律には規定されている。この点で保険料は税金と変わりがない。しかし強制徴収をしようとすると、それなりの手間と時間そして経費が必要となる。強制徴収の対象者が300万人もいるとなると徴収費用は莫大な金額にならざるをえない。徴収に必要となる経費の方が取り立てる保険料よりも多くかかるという場合も少なくないだろう。現に国民年金の場合、保険料の強制徴収という事例はこれまでほとんどないに等しかった。
20歳以上60歳未満の非サラリーマンは国民年金に加入することになっている。
そのうちサラリーマンの配偶者(被扶養者のみ)を除く者は第1号被保険者と呼ばれ、国民年金の保険料を納付しなければならない。第1号被保険者は1997年時点で約1900万人いた。そのうち保険料を滞納している者が16%前後(約300万人)、低所得等を理由に保険料免除となっている者が18%弱(約330万人)いた。さらに住民票未登録等で国民年金に加入していない者が95年10月時点で158万人いたと社会保険庁は推計している。滞納者・免除者・未加入者をあわせると800万人近くになる。本来、第1号被保険者となるべき者の4割近くが国民年金の保険料を納付していない。これが最近の実態にほかならない。
このドロップアウト「4割近く」という割合は全国レベルの計数である。沖縄県では滞納者の割合がすでに30%に達しており、免除者・未加入者をあわせると実に62%に相当する人びとが国民年金保険料を納めていない(96年度)。
なお免除率は91年度以降、徐々に上昇している。これは学生を同年度以降、強制加入としたからである。滞納率はかつては5%未満であった。それが86年度に17.5%に急上昇した主な理由は、それまで任意加入だったサラリーマンの配偶者(滞納者はほとんどいなかった)が制度改正により第3号被保険者となり第1号被保険者グループから切り離されたからである。滞納率はその後、やや低下気味に推移していたが、92年度を境にして再び上昇基調に転じている。
国民年金の保険料は97年度が月額1人1万2800円、98年度は1万3300円となる。その後も毎年、少しずつ引き上げられる予定である。それにあわせて免除率や滞納率は今後とも上昇し、「皆年金」の空洞化はさらに進むおそれが強い。
国民年金の場合、保険料免除となったり保険料を滞納したりしても、その分の保険料を追納することができる。したがって前述した800万人弱のすべてが無年金となったり、ごく少額(生涯免除の場合、60歳受給の年金額は月額1万3000円程度)の年金受給者となったりするわけではない。現に保険料免除者の4割強は保険料を追納する意思があるといっている。学生の大半は卒業と同時に年金保険料を自動天引されるサラリーマンとなるだろう。また滞納者であっても低所得者ではない人が少なくない。本人所得を見るかぎり国民年金の保険料を納付している人の所得分布とそれを滞納している人の所得分布に大差はない。滞納者の少なからぬ部分が固い年金不信を胸に秘め、いわば確信犯的に保険料納付をサボタージュしているのである。現に滞納者のうち30〜44歳層の5割強が「国民年金をあてにしていない」といっており、滞納者の約3分の2が民間の生命保険に加入(さらに滞納者の2割は民間の個人年金に加入)している。無年金になったからといって、それが生活保護に直結するわけでは必ずしもない。
ただし主たる滞納理由は「保険料が高く経済的に払うのが困難である」にある(回答の半数強。96年調査)。この点を軽視すべきでない。生活保護をうける高齢者数は将来100万人近くになるおそれがある。
「国民皆年金」という年金ロマンは年金行政担当者の悲願であった。ただし、これまでのところ、その悲願は日本では一瞬たりとも実現したことがない。むしろ現実は、その悲願をさらに遠いものにしつつある。
年老いてから生活保護を頼りにする人が多数に及ぶ。これが「皆年金」の空洞化によってもたらされる一つの帰結である。もう一つ、(年金不信による政府への信頼感低下が「皆年金」空洞化の一因となっていると同時に)空洞化の進行が年金不信とりわけ若者の年金不信をさらに強めてしまう。非サラリーマンは公的年金の保険料を払いたくないと思えばペナルティーなしにその支払いを拒否することができる。サラリーマンは自動天引制度の故に支払い拒否ができない。同じ国の制度でありながら、このような取扱いは不公平ではないかという疑念が若いサラリーマンの脳裏につきまとって離れない。
日本の政府関係者はこの点を熟知しており、未加入者の解消促進に涙ぐましいまでの努力を試み、滞納保険料の納付督励を懸命になってつづけてきた。仮に、そのような努力や督励が全くされなかったとしたら国民年金の適用状況は今日、もっと惨めなものになっていたに違いない。
今もなお、そのような努力や督励が続けられている。20歳到達者の加入徹底、国民健康保険との連携(届出書・窓口の一体化)、口座振替による自動納付促進、一括前払いの奨励(年利5.5%の割引)、電話催告・戸別訪間の実施、選任徴収員・未納保険料整理月間の設置、事務担当者等への研修実施、各種広報の実施等々。このような対策は国民年金の未加入者・滞納者が集中している都市部で重点的に実施されている。
未加入者・滞納者の解消策として新たに検討されているものもいくつかある。その1つは国民健康保険料(税)との一体徴収である。国民年金未加入者のほぼ7割が国民健康保険に加入しており、年金保険料滞納者のうち6割強が国民健康保険料を納付しているからに他ならない。都道府県民税と市区町村民税は現に一体徴収されており、国民年金保険料と国民健康保険料(税)の一体徴収が実現するか否かは政治家のトップ判断にかかっている。
もう一つ、現行の国民年金制度では保険料を全額納付して満額の年金に結びつけるか、それとも納付免除となり3分の1の年金を受給するか、の二つしか選択肢がない。国民健康保険料には保険料の軽減(2〜7割軽減)制度がある。それにならって田民年金にも保険料の軽減制度を導入したらどうかという提案もある。保険主義を厳格につらぬくかぎり軽減保険料を納付した人の年金額は満額年金よりも低くなる。低額年金は「皆年金」の思想(年をとったら生活保護に頼らず、年金で最低生活費を賄う)とは必ずしも合致しないものの、現状を放置するよりはましだと考えられるからである。
学生の加入問題も依然として残っている。もともと20歳以上の学生が交通事故等で障害者になっても国民年金未加入故に障害年金を受給することができないということが問題の発端であった。そうであれば障害年金だけに部分加入させるという選択肢もあったはずである。障害年金分の保険料だけであれば月額1000円前後で足りるだろう。あわせて自動車免許の取得にさいして学生の場合は国民年金の保険料納付(障害年金分のみ)を不可欠の条件とするのである。
その他、税制における生命保険料控除・個人年金保険料控除は公的年金の保険料を納付した人のみに限るという提案もある。
なおサラリーマンの妻で無業の者(いわゆる専業主婦)は国民年金では第3号被保険者と呼ばれている。第3号被保険者としての届出を役所に提出すれば国民年金の保険料を直接納付しなくても年金権が保障される。ところが、この届出を出していない人が今でも100万人前後いるといわれており、無年金となるおそれが強い。紙1枚の届出を提出したか否かで一方は生涯通算で平均1600〜1800万円の基礎年金給付を手にする一方、他方では無年金となる。このような取り扱いも問題が多い。サラリーマンの配偶者(ただし被扶養者のみ)であったことが確認されれば、いつでも過去にさかのぼって第3号被保険者として認定する必要がある。
未加入者の解消や滞納保険料の納付督励には多大な行政費用がかかっている。総理府社会保障制度審議会事務局『社会保障統計年報』によると94年度の国民年金事務費は1817億円、国民年金保険料収入は1兆7296億円であった。徴収や給付に伴う行政費用は保険料収入の10.5%に相当していた。この行政費用には地方自治体が別途負担していた費用は含まれていない。実際には保険料収入の10数%に相当する税金が国民年金制度を管理運営するために投入されていたことになる。
これほどまでに高い行政費用は異常である。ちなみに厚生年金の行政費用は同年度においてわずか0.56%にすぎない。年金行政費用の世界相場は保険料収入の1%前後であり、国民年金の無理がすでに限界に達していることはこの点でも明らかである。これほどまでに高額の行政費用を負担してもドロップアウトが4割近くに達してしまう現状は「政府の失敗」以外の何物でもない。
現に地方自治体は国民年金の事務取扱いに少なからぬ不満を抱いており、97年9月に提出された地方分権推進委員会第二次勧告では国民年金にかかわる市区町村の事務負担を軽減するため未加入・滞納対策は国が直接執行するよう求めている。
なぜ未加入や滞納が国民年金には多いのか。
その理由は主として二つある。第1に国民年金保険料は定額制である。定額保険料は逆進性がもっとも強い人頭税の一種にほかならない。定額保険料は低所得階層には負担感が強く、保険料引き上げがつづくと無理が生じてしまう。他方、高所得階層にとって定額負担は必ずしも困難ではないものの、定額給付(基礎年金)の必要性はそれほど大きくない。とくに個人年金の方が国民年金よりもメリットが大きいと考えるようになると、その者が国民年金の保険料納付を拒否しても決して不思議ではない。
第2。保険料の強制徴収が事実上きわめて困難であり自主納付の形となっている。この点はすでに述べた。
未加入や滞納を解消しようとすれば、行政費用を最小限に抑えながら、この二つの問題をどうしても解決する必要がある。それは可能だろうか。
定額保険料制が早晩、壁に突きあたることは61年の制度発足当初からすでに知られていた。所得比例の年金保険料とならなかったのはクロヨンがあったからである。非サラリーマンの所得を正確に把握することは今でも容易でない。この点はどの国でも同じである。
保険主義にこだわるかぎり国民皆年金の夢は実現しない。これが今日における世界の常識である。保険主義に執着するのであれば、国民皆年金という旗は降ろさざるをえない。
世界の主要国は、いずれも保険主義の考え方を捨てて国民皆年金(定額年金)を実現している。皆年金の空洞化を議論している国は今日、日本以外にない。
皆年金は税方式を採用すれば実現可能である。日本の現実を踏まえるとどうなるか。
能力に応じた年金負担は所得をベースとしなくとも可能である。消費支出をベースにすればよい。年金消費税(仮称)の創設である。定額保険料よりも年金消費税の方が逆進性は、はるかに少ない。消費税率は現在5%であるが、そのうちの1%分は地方消費税であり地方自治体財源としてヒモつきになっている。年金財源としてヒモつきの消費税(年金消費税)を考えることは決して非現実的ではない。
消費税は国内に居住するかぎり納付する。自動徴収体制はすでに確立されており、支払い拒否はできない。年金消費税としての追加徴収費用はほとんど無視しうる。しかも消費税にはクロヨンがない。国内居住期間のみを受給要件とすれば、国民皆年金がいずれ実現する。
現行の保険システムからの切りかえはどう進めるか。一案として基礎年金財源のすべてを直ちに年金消費税に切りかえる一方、給付は40年かけて段階的に移行する(従来の拠出記録を最大限に尊重する)改革を考えてみよう。消費税として増税が必要となるのは97年度で8.1兆円、税率にして約3.3%である。ただし同額だけ年金保険料負担を減らすことができるので、年金消費税込みの年金負担は全体として変わらない。変わるのは個々人の年金負担である。
消費税は子供も年金受給者も負担するので現役組の年金負担(年金消費税込み)は総じて軽くなるだろう。消費月額30万円とすると3.3%の年金消費税は1万円弱である。これは1人分の国民年金保険料(1万2800円)より少ない。高額所得者や高額資産保有者で贅沢な消費生活をしている場合はネットで負担増となる。年金受給者もネットで負担が増える。現時点における現役・OB間の所得バランスを考えると、この負担増はやむを得ないのではないのか。年金受給者となっても、年金制度へ応分の貢献をしつづける。全体として青壮年期における過度の負担が緩和され、ライフステージごとの負担が従来より平準化される。
97年度において民間サラリーマン加入の厚生年金は基礎年金用に5兆1500億円を保険料収入から拠出していた。保険料率にして約4%に相当する負担である。基礎年金財源を年金消費税に切り替えると、厚生年金の保険料は約4%引き下げることができたはずである。結果として民間企業事業主の年金負担は約2兆5700億円減る。これは同規模の法人事業税減税と同じ効果を持つ。
年金消費税率はピーク時にはどの程度になるか。現行給付を維持する場合、2025年度の所要額は20.1兆円であり8.2%に相当する(97年度価格)。ただし給付水準を見直し、スライド方法を変え、富裕テストつきとすれば、所要額は減る。ピーク時5〜6%の年金消費税でも皆年金の名に恥じない給付を賄うことができるだろう。
いずれにせよ財源切りかえは、その気にさえなれば実現可能である。
スペイン・ポルトガル・ドイツでは最近あいついで年金保険料を引き下げ、その代わりに付加価値税(日本の消費税に相当)の税率を引き上げた。フランスもCSG(社会保障目的税)を導入して年金保険料を引き下げている。消費税への年金財源シフトは、このような世界の潮流にも合致している。
2.6 医療保険改革
日本では「マーケットメカニズムを医療分野で活用することはよくないことだ」と考える者がこれまで多かった。生命にかかわる分野と私的利益の追求は相いれないとはじめから決めつけていたためである。しかしマーケットメカニズムは資源の効率的配分に資することが知られている。そのマイナス面に留意しながらマーケットメカニズムを医療分野でも活用することを前向きに検討する必要があるのではないか。
たとえば今日、日本では保険者は財源調達機関と化しており、保険者の有すべき他の機能をほとんどはたしていない。国や都道府県知事の指定する保険医や保険医療機関がレセプ卜を送ってきても、それをチェックし評価する能力を通常、有していない。
ただし保険者(ないしその連合体)がみずから専門家(医師集団)を擁して技術評価能力を高めることができれば保険医や病院の選別も可能となる。保険者に保険医自由選択権を認め、診療報酬にかかわる保険契約も自由化する。そうすると保険医・保険医療機関として指定してもらっても、保険者から選択され契約を結ばないと診療や治療は事実上できなくなる。保険医や保険医療機関の間ぞ医療サービス競争が起こり、質の向上やコストの引き下げが行われるようになる。無論、保険契約を自由化すると、いわゆるハンドリングコストは現状より増大するだろう。その増大を償って余りがあれば保険医自由選択制や保険契約の自由化は試みるに値する検討課題である。
究極的には被保険者が保険者を選択できるところまで進むことが望ましい。ただし保険者自身は被保険者を自由に選択できないこと、強制加入制度を残すこと、保険者内では均一の保険料負担体系を保持すべきことなど、日本における従来の仕組み(の1部)はメリットも少なくない。したがって、その廃止には慎重にならざるをえないだろう。
社会保険医療の守備範囲も見直すべき部分がある。入院に伴う食事代の一部は近年、社会保険医療の対象外となったが、食事代はすべて社会保険医療の対象外とすることを引きつづき検討してよい。また入院に伴う家賃相当分も生活費であり、社会保険医療の対象からはずしてはどうか。
社会保険医療費の節約のためには患者の窓口負担をさらに引き上げる必要がある。とくに高齢者を従来特別扱いしてきたが、その必要性は今日、乏しい。非高齢者と同様とした上で、高額療養費還付金制度を活用すればよいと思われる。また薬剤費については別枠の低い給付率(高い自己負担)を検討する必要がある。
日本の薬剤比率は欧米諸国とくらべると高い。その抑制のためには需要サイドヘの働きかけだけでなく、診療報酬のマルメ化(定額制)や総枠規制を一部の診療行為に適用するなど供給サイドヘの働きかけも有効だと思われる。
高齢者医療も見直すべき余地が大きい。いわゆる介護相当分は分離独立させて新設の公的介護保険に吸収することになるだろう。そのさい公的介護保険における基本的考え方、すなわち高齢者については個人単位の加入とし各自保険料を負担する(年金給付からの天引きが原則)ことを高齢者医療についても検討する必要がある。
2.7 出産・子育て支援
日本では出生率低下の動きが急である。日本の合計特殊出生率(女性が一生の間に平均して何人の子供を生むかを推計した値)は1949年まで4.0〜5.0の水準をほぼ維持していた。
その後、その値は急激に低下し、1957年以降2.1前後で安定していた。「子供は2人の時代」がしばらく続いたのである。そして1975年以降、ふたたび低下しはじめた。1989年のそれは1.57となり、戦後最低となった。その後も下げどまる気配をみせず、1993年には1.46まで低下した。1994年には1.50までもち直したものの、1995年は1.42を記録しており、下げどまる気配をみせていない。1996年には1.43となった。ただ、この1996年は「うるう年」であり、その補正をすると1.42である。都道府県別にみると、東京都のそれは1996年において1.07であった。大都市圏や北海道の出生率が総じて低い。
出生率が低下している背景には次のような事情がある。1975年以降、男女の賃金格差は急速に縮小した。ちなみに20歳代後半の女性賃金を1とすると、同世代の男性賃金は1970年には1.8であった。それが1990年には1.3まで縮小している。その結果、今日では出産を契機に妻(あるいは夫)が勤めを辞めると生活水準は低下してしまう。これが一般である。
生活水準の低下を避けようとすれば、勤めをつづけながら子育てをしていかざるをえない。家事と違い、子育ては手抜きができないので、働きながら子育てにあたる夫婦にとって育児にかかわるエネルギーや時間の分担は大きな悩みの種になる。父親の育児参加は傾向的にふえてはいるものの、依然として育児は母親の肩に重くのしかかっている。
育児は親の体力・時間を奪う側面を持っている。さらに育児にはそれなりに費用がかかる。1994年本の厚生白書によると、1人の子供が大学を卒業するまでに平均して2000万円の私的費用がかかるという。
子供を産まなければ、お金も時間も体力もすべて自分のものになる。勤めつづけるかぎり生活水準が低下する心配はまずない。それに年をとっても年金や医療は社会制度として整備されている。介護サービスも社会的に整備されつつある。自分の子供がいなくてもなんとかなる。
子供は自分では産まず(つくらず)、他人に産んで育ててもらう。そして年をとったら他人が産んで育てた子供に年金等で面倒をみてもらう。結果的に、これが今もっともラクでありトクな選択である。
出産や子育てに伴うディスインセンティブが今かつてないほど大きくなっている。それにもかかわらず、そのディスインセンティブは放置されている。今の若者は世の中に楽しいことがいっぱいあることを知っている。その若者のなかに「子供ができたら地獄だ」とささやく者がいる。苦難な道を避け、「易きにつく」人びとがふえていても不思議ではない。そうしたなかで出生率が徐々に低下しており、回復するめどは立っていない。
明治以降、日本では富国強兵のため「産めよ殖やせよ」路線をつっぱしってきた。日本の総人口は明治初年には3400万人であったが、終戦の年には7200万人に達していた。80年たらずの間に人口は2.1倍にふくれあがったのである。国内におけるこのように急激な人口膨張は結果的に対外圧力を生みだし、近隣諸国の人びとに癒しがたい苦痛を与える一因となった。その反動から戦後、出産や子育てに対するきわめて消極的な政府のスタンスが生みだされ、それが今日にいたってもなおつづいている。
政府の基本姿勢は戦後に大転換した。それにもかかわらず日本の人口騰勢は衰えなかった。1975年における日本の総人口は1億1000万人となった。戦後の30年間で4000万人弱の人口増をみたのである。
その後、人間騰勢はにぶりはじめ、1996年時点で日本の総人口は1億2600万人となっている。この総人口が、ほぼ10年後に1億2800万人前後に達してピークアウトし、その後は一転して減りはじめる。減り方には複数のシナリオが予想されるものの、1997年1月に国立社会保障・人口問題研究所から発表された新推計の「低位推計」(合計特殊出生率は2005年の1.28まで低下した後、反転すると仮定している)によると2100年における日本の総人口は5100万人弱になる。今後100年で日本の総人口は半減する、あるいはそれ以下になるというのである。
人口が減少しても構わないではないかという意見もある。現に小国でありながらも豊かさを享受している国がスイスをはじめとしていくつかある。問題は豊かさを維持したまま、現在の日本を相似縮小化した姿に移行できるかという点にある。
人口が減ると、日本の社会経済はどうなるか。まず人口減少社会では労働力人間も減少する。特に30歳未満の若年労働力が激減する。労働者総数が減少する中で労働力は中高年組が主体となる。
若年労働力は新技術の中心的な担い手である。中高年組は総じて新技術への適応力が弱い。投資マインドも徐々に減退していくおそれがある。貯蓄率も低下し、人口減少で国内市場も伸び悩むことになるだろう。こうしたなかで日本経済は徐々に衰退していくおそれが強い。
女性や高齢者の労働力に期待する声もある。あるいは外国人労働力を本格的に国内に入れたらどうかという意見もある。たしかに女性労働力にはこれからも期待できるものの、高齢者に多くを期待できるだろうか。外国人労働力への期待が大きいことも確かだが、それはそれでまた別の問題を発生させる。
日本経済が衰退すると、現役世代の生活水準は低下するだろう。子供のいない社会は実は日本にもすでにある。それは過疎地である。若者がいないために子供がいない。子供の声が聞こえない。そのような社会で何が起こっているかを想像してみたらいかがだろうか。
出産や子育ては基本的に個人や夫婦の選択問題である。この原則は今日においても尊重されなければならない。「子供を産まない自由」を保障することは依然として人間の基本的人権の一部であると考えられるからである。
個人レベルにおける自由が謳歌され、それによって社会全体もハッピーになれば、何も問題はない。ただし世の中は必ずしもそううまくいかない。個人の自由にまかせた結果、子供をつくらない人がふえていく。そして社会経済が衰退するというのである。
しかし、そうだからといって社会が出産や子育てに対する支援をさぼってよいとはいえない。ディスインセンティブが大きくなり、出生率の低下が社会全体として由々しい問題につながるとすれば、社会はそのディスインセンティブをできるかぎり取りのぞく努力をする必要がある。あるいは出産や子育てにプラスのインセンティプを与える必要さえあるかもしれない。いずれにせよ出産や子育てに対して社会全体が敬意を払い感謝をする仕組みを早急につくる必要がある。
日本は戦後50年にわたって出産や子育てに対する積極的な支援を怠ってきた。「子供は勝手に産んで育てなさい」といわんばかりの社会であったのである。
お年寄りに対する社会全体としての敬意と感謝とくらべてみよう。まず敬老の日は国の祝日であるが、母の日や父の日は国の祝日でない。シルバーシートはあるが、マタニティシートやベイビーシートはない。お年寄りを公営住宅に優先入居させる制度を有する地方自治体は少なくないが、出産直後の若者世帯を公常住宅に優先入居させたり家賃補助をしたりする仕組みを有する自治体は皆無に近い。敬老金制度はほとんどどこの自治体にもある。一方、出産祝金を制度化している例はきわめて少ない。
年金制度は「世代と世代の助けあい」の制度である。子供は将来の年金を支える役割をはたす。それにもかかわらず年金は出産や子育てに対して少しもインセンティブを与えていない。月給が40万円であれば子供の人数にかかわりなく支払う保険料も同じであり、将来受給する年金額も同じである。子供を何人産んで育てたかは年金制度のなかではほとんど考慮されていない。
育てている子供の人数に応じて年金保険料額を変えることも検討に値する。子供を3人や4人も育てている人には年金保険料負担を軽くする。他方、子供を産まない人(あるいは子育てをしない人)、1人しか子供を産まない人には、その選択を尊重しながらも然るべき年金負担をしていただく。そして年をとったら同じ年金を支給するのである。
あるいは年金制度のなかに社会全体としての敬意と感謝をこめた出生手当を新設することも検討に値する。出産祝金を社会化するのである。児童手当も年金制度のなかに組みいれて給付額や支給期間・支給要件を抜本的に見直す。所得税・住民税の児童に対する扶養控除を廃止し、それぞ増収となる税金は一括して児童手当の増額に振りむける。
奨学金制度も大幅に見直す。現在、高等教育サービスの供給機関に流されている公費(いわゆる機関補助)のつけ方も変える。原則として供給サイドではなく需要サイドに一括して奨学金として流し、消費者重視に方向転換するのである。
さらに保育所の位置づけを「児童に対する支援施設」から「子育て中の女性就業を支援する施設」に変えたり、保育費控除を所得税制のなかに導入したりすることも検討してよいだろう。無論、保育所設立規制を大幅に緩和することも必要になる。乳幼児の医療費についても窓口負担の低料化を図る必要がある。
ことはお金の話だけにとどまらない。母親の肩にかかる育児負担を軽減するためには、父親が育児に積極的に参加できる環境づくりをする必要がある。会社への長すぎる拘束時間をどう減らすか、従来の仕事の仕方、会議の仕方を改め、仕事自体の時間密度を上げる必要がある。デスクワーカーの勤務時間・勤務場所もフレックスにしなければならない。
通信メディアの発達で、この点は容易になりつつある。個室育ちの従業員が多数派になりつつある今、大部屋オフィスを改め、企画部門や研究部門には電話に邪魔されないプライベート空間を用意することも必要となるだろう。
会社への長すぎる拘束時間を減らすためには、時間外労働の賃金を通常の1.5倍(ないし2倍)に引き上げるというのも一つの方法である。経営者サイドは時間外労働の管理を従来より厳しくせざるを得なくなる。そしてその分、通常の時間帯にもう少しきちんと働くことが促される。勤務時間の長さを基本にした業績評価システムも時代の要請にあわせて実績ベースに変えていかざるを得ない。
さらに男女間の雇用平等に向けた取りくみをさらに推進していく(たとえば育児休暇を父親が最低1ヶ月はとる、あるいは育児休業期間中に週のうち半日でも出勤して仕事の継続を容易にする等)必要がある。くわえて子供の「熱だし休暇」や「誕生日休暇」を新たに親に認める(子供も学校等を休む)ことも検討に値する。
その昔、日本に徴兵制があった時代において徴兵された従業員は復帰後いっさい処遇面で不利益を受けなかったという。子育てのために、しばらくの間だけ企業を離れることは、今日、この「徴兵」に近いといえないだろうか。
人口減少社会対策は20年30年先の日本をみすえた大戦略であり、厚生省や労働省・文部省だけにまかせておけば良いという問題ではない。官邸主導のもとに、行政(国と地方)も企業関係者も今から総力をあげて取りくまないと手遅れになるおそれが強い。
2.8 高まる民間部門の役割
社会保障の守備範囲を今後、徐々に狭めていくとすれば、代わりに民間部門の役割が高まっていく。ただし民間部門の持てる力を十分に発揮させるためには各種の規制緩和や税制面の支援が欠かせない。
日本の税制は従来、社会保障に対して優遇措置を講じる一方、民間スキームを冷遇してきた。今後、社会保障給付をスリムにしていくのであれば、今まで社会保障で面倒をみてきた部分の一部が民間スキームに振りかわることになる。この部分は従来と同様に税制面でも優遇する必要性が新たに生じる。
なお日本の社会保障制度は分立しているため、給付内容・給付水準は制度ごとに違いが少なくない。社会保障給付に対するアクセスは人によって違いがあるのである。税制面のメリットも、このアクセスの違いが反映し、すべて同じとはなっていない。
税制面の特典に対するアクセス可能性を公平にするための方法はなにか。それは公私のスキームを問わず、ある一定限度まで平等に税制上の特典を与えるという方法である。民間保険に対するスキームを含めた私的な営為に対する税制は、この点からも見直すべき余地が大きい。
規制緩和も大胆に進める必要がある。日本では従来、民に対する官の不信感は強く、とくに社会保障関連分野では官が民の活動をしばったり強力な指導をしたりすることが少なくなかった。民間部門はすでに相当の力を有している一方、大競争時代を迎え変化と進歩の激しいなかで官はかつての神通力を失っている。官が民間に対して余分な「教育ママ」的おせっかいをやくことはやめ、民間のことは基本的に民間にまかす時代に移行したのである。官は競争ルールの設定およびレフェリー役にその役割を限定する。こうした観点から社会保障関連分野における諸規制を大胆に撤廃したり見直したりする必要性が大きい。
注
1. スウェーデンの年金改革については主としてMinistry of Hcalth and Social Affairs,Sweden(1994)(1995)を参照した。井上(1996)も有用である。
2. 掛金建てと給付建ての違いを論じた基本的論文にBodie et al.(1988)がある。
3. みなし運用利回りを実際どう決めるかについては現在も検討中である。一国全体の賃金支払、総額の伸び率とする案が有力視されているが、労働者1人あたり賃金の伸び率とする案も依然として残されている。
4. イタリアも、このスウェーデン方式(給付算式を掛金建てに切りかえる一方、賦課方式は維持する)を採用することになった。Raynaud-Hege(1996)参照。
5. 年々の給付スライド率は[(物価上昇率)+(賃金上昇率-1.5%)]に等しく設定される。この1.5%は1970年以降における生産上昇率の実績を勘案した数値である。
6. 例外はイギリスのみである。イギリスはサッチャー政権時代に最低賃金法を廃止し、低賃金労働者に対する社会保険料負担を軽減するなど、雇用拡大に向けて大胆な措置を積極的に講じた。近年、イギリス経済が比較的好調なこともあり、イギリスの失業率は低下気味に推移している。
7. 1990年に東西ドイツは統合された。公的年金も旧西ドイツの制度が旧東ドイツの労働者にも適用されることになり、年金制度を通じた大規模の所得移転が東西ドイツ間で行われるようになった(ちなみに1995年の所得移転額は159億マルクであり、年金保険料1%超に相当していた)。年金保険料の引き上げが失業率上昇の一因になったともいわれている。下和田(1995)参照。
8. この間の事情は松本(1996)、田中(1997)が詳しく報告している。
9. 詳細はSchmahl(1993)を参照。
10. 年金保険料を引き上げ、その代わりに付加価値税を増税するという形の年金財源シフトはすでにスペイン・ボルトガルで実施済みである。
11. もっともドイツ政府は今回の給付調整を「切り下げ」とはいっていない。「平均余命が伸びた分だけ、より長期の年金受給期間に分配される」と述べている。
12. イギリスの1986年年金改革は高山(1992)を参照。
13. イギリスの1995年年金改革ではマックスウェル事件をうけて企業年金に関する受給権者保護措置の具体化、適用除外年金の物価スライド義務強化(3%以下を5%以下ヘ)、拠出建て年金にかかわる免除料率の年齢改装別設定等も行われた。詳しくはDepartment of Social Security,the UK(1995)参照。なおイギリスにおける最近の年金問題についてはDilnot,A.et al.(1994),Johnson,P.et al.(1996),Government Actuary's Department,the UK(1995)も有益である。
14. サッチャー政権が企業年金・個人年金による適用除外を積極的に推進した結果、政府管掌の賃金比例年金(いわゆるSERPS)に加入している賃金労働者は全体の20%(1991年)にすぎない。ほかはすべて政管制度から適用除外となっている。なお賃金比例年金は制度実施が1978年と遅かったこともあり、公的年金給付総額の6%強を(1994年度)を占めているにすぎない。この点は日本と大きく違う点である。
15. Peterson(1996),Diamond et al.(1996),Advisory Council on Social Security,the US(1997)など参照。
16. チリの年金改革についてはDiamond-Valdes-Prieto(1994),Myers(1996)など参照。
17. オーストラリアの年金改革についてはEdey-Simon(1996)参照。
18. World Bank(1994)参照。世界銀行の提言は公的年金の専門家から「危険な戦略」という批判を浴び、大論争を巻き起こした。Beattie-McGillivray(1995)(1996),James(1996)参照。
19. たとえばFeldstein(1996)(1997),Feldstein‐Samwick(1997),Kotlikoff(1996),Peterson(1996)準を参照。フェルドスタイン教授の場合、は年金積立金の運用収益に法人税や事業税を賦課しないことをまず想定し、年金の実質運用利回りを年間9%と仮定する。この運用利回りは過去35年間のアメリカの実績に基づくものである。この利回りが今後とも長期間にわたって実現すると仮定すると、移行に伴う負担の増分は当初、月給の2%ですますことができ(現行12.4%の「2倍の負担」にはならない)、長期的には年金保険料そのものを2%の低水準にまで引き上げることが可能だと主張している。ただ移行時40歳以上の現役組は年金負担増となる。このことを指摘することも忘れてはいない。また投資収益に伴うリスクをどうすれば軽減できるか、低賃金労働者等についても不利益が生じない方策を具体的に提案している。
フェルドスタイン教授の提案に批判がないわけではない。9%の年間実質利回りはいくらなんでも高すぎる、積立令の運用収益を非課税とすることで穴のあく法人税・事業税の税収を別途どう確保するか、等々。
20. たとえばDiamond(1996)を参照。
21. この点でもっとも要領を得た解説をしているのはMyers(1996)である。なお後述するように日本でも最近、賃金比例年金の民営化を求める声が急速に強くなっている。ただし、その民営化はアメリカの公的年金民営化に伴う問題とほぼ同様の問題を生じさせる。民営化に伴う問題点は本稿3.3節で述べる。
22. ドイツの年金保険と介護保険の関係は以下のとおりである(現行の取扱い)。まず年金給付は介護が必要な状況が発生しても増額されない。また介護サービスをうけるさいに生活保護の適用をうけると、年金受給額はすべて収入認定の対象となる。
年金受給者の介護保険料は半分を本人が負担し、残りの半分は年金保険者が負担している。一方、介護サービス提供のために休職した従業員の年金保険料は介護保険の保険者が負担する。これは年金受給資格をつなぐための処置であり、生涯平均給与の75%相当が「みなし賃金」として扱われている。
23. 高山・有田(1996)を参照。
24. この点は社会保障財源の選択問題を議論するさいにも留意する必要がある。所得課税・社会保険料(賃金税)・消費課税のうち成長阻害度がもっとも低いのはどれか。それは実は消費課税である。消費課税は貯蓄・投資に課税しないからにほかならない。社会保障財源を拡充する必要がある場合、消費税の税率アップ(ないし消費税の一部を社会保険特別税とし、それのみの税率アップ)を図ることを検討すべきだろう。スペイン・ポルトガル・ドイツではすでにこの方向への転換が試みられた。
25. 高山(1992)参照。
26. この金額は割引率の設定次第で異なる。なお「未積立債務」は年金が積立方式で運営されていたり積立方式に運営を切りかえたりするさいに生じる。年金が「世代と世代の助けあい」の制度に基づいて運営されつづけるかぎり「積立債務」は生じない。子供が年老いた両親を世話するさいに必要となるお金を「積立債務」というだろうか。
27. 積立方式への切りかえを主張する論者はどういうわけか厚生年金をはじめとする企業年金や各種個人年金の苦しみに対して目を閉ざしている。
参照文献
井上誠一(1996)「スウェーデンの年金改革」『季刊年金と雇用』15(3)。
下和田功(1995)『ドイツ年金保険論』千倉書房。
高山憲之(1992)『年金改革の構想』日本経済新聞社。
高山憲之・有田冨美子(1996)『貯蓄と資産形成』岩波書店。
田中耕太郎(1997)「ドイツの経済構造改革の中での年金制度改革をめぐる動向とその将来像」「山口県立大学社会福祉学部紀要』3号。
松本勝明(1996)「経済成長と雇用拡大のための年金制度改革」『季刊年金と雇用』15(3)。
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Beattie,R.and McGillivrey,W.(1995),"A Risky Strategy:Reflections on the World Bank Report Averting the
Old-Age Crisis,"lnternational Social Security Review,48(3/4).
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