
蓄音機のそばで、安規がうたっている。
一生懸命に口を大きくあけてうたっている。
仕事もせずに昨日も今日も街を放浪して歩いた。
そして安規はいつも飢えていたが、貧にくじけもしないし、悩みもしなかった。
安規はいつも楽しい夢を追っていた版画家である。
谷中安規・・・たになか やすのり(本人はヤナカの墓のアンキですと名乗っていた。)
1897年奈良県桜井市に生まれる。生前の版画活動は評価に恵まれず。内田百聞や佐藤春夫等の作家から愛され援助を受けるも、戦後の東京の焼け跡地で栄養失調のため死去する。
その後再評価され、美術書に作品は数多く掲載されている。


左写真(滝野川に住んでいた頃で安規44〜45歳か)
右写真(左:安規22歳、中央:恩地孝四郎)
雑感 日々の何気に思った事を書いています。