「忘却の譜」

    1933年 多色木版拓摺り 20.7×30.7cm

     町田市立国際版画美術館 所蔵

 孤独な幻想の版画家、安規のとらえどころのない物語を秘めているらしく、見る人をとらえて離さない作品の一つ。

不正形に切られた紙をその形のままに使って、木版と拓摺りでつくられている。安規特有のイメージを組み合わせて彫った版木に、黒と薄茶色をさして摺り、つぎに引っ掻いた跡をもつ版木にのせて墨で拓摺りしたようである。

交差する線かベルトでつながれた二つの円か空虚な穴と、空中につるされた輪をなめらかに通貨する女体が目を引く。二つの穴はこの世とあの世を往来できる通い路で、一つはプロペラ飛行機の胴体にあり、もう一つは正面を向いた怪物の口となっている。この版画の右側には、この世の終わりのようなドーナツ型きのこの形象を花をつけた折れ枝が貫いている。

とはいっても、これらのモチーフは何を表現しているのか。安規は奇想天外な物語をひとりで紡いでいて、織りあがった画面は繭の光沢を持っている。織られた物語絵には安規の夢幻世界がゆるぎなくあらわされている。