星一(ほし はじめ)

(明治6).12.25〜1951(昭和26).1.19

 

福島県生まれの実業家。星製薬株式会社社長

若くして、アメリカに渡り、苦学しながらコロンビア大学を卒業。

帰国後、星製薬株式会社をおこし、モルヒネやコカインといったアルカロイドの国産化を行う。

若い時分に師事した、杉山茂丸の紹介で、後藤新平、伊藤博文らの知遇を得る。

会社は当初順調に発展するが、後藤新平の政敵、加藤高明が政権に付くと後藤の資金源と見なされ、

官憲による妨害工作を受け、事実上破産するに至る。

政権交代後、台湾にてマラリアの特効薬キニーネの原料であるキナの樹の植林事業に情熱を

燃やすが、敗戦により台湾の領有権は失われ、挫折。

なおも、新しい事業を興そうとしてアメリカに渡り、そこで客死

アメリカ時代に知り合った野口英世親友。有名な野口の帰国の費用は、すべて星が持っている。

ショートショートで有名な、作家の星新一氏は彼の長男。

 

注目理由

 戦後生まれの日本人なら、誰もが一度は読んだことがあるであろう作家、星新一氏の父親ってのが

まず気になる。しかも、野口英世の親友ってのが謎。

非常にアメリカナイズされた合理的な行動様式と、自分の信じた道をためらわずに真っ直ぐ進む

生き方が凄い。めちゃめちゃ直球だ。それ故に、悲劇もまた大きく感じられるのだが・・。

政治的謀略に巻き込まれ、常人では耐えがたい苦しみを味わいながらも、元気と情熱を失うことなく、

口笛を吹いて生涯を渡った」人生は、やはり爽快。

 

参考文献

(1)明治・父・アメリカ 星新一著 新潮文庫

星一のアメリカ青春記。福島の田舎から東京に出て文明開化にふれた少年が、

志を抱いてアメリカに渡り、苦労しながらも真っ直ぐに成長していく過程を、

息子である著者が愛情を込めて描いている。現在、絶版。おいらは、古本屋で

見つけた。表紙がアメリカの国旗だということに、ずっと気付いてなかった

ことは、秘密だ。(^^))てへっ

 

(2)人民は弱し 官吏は強し 星新一著 新潮文庫

アメリカからの帰国から製薬会社が官憲の謀略によって、事実上の破産に追い込ま

れるまでを描く。国家的規模の妨害による星一の苦闘と、それに対する著者の憤り

の強さがよくわかる本。著者としては書きたかったのではなく、書かねばならなか

った本であり、これを書くことの辛さが伝わってくる、超シリアスな本。

鶴見俊輔氏(後藤新平の孫)の書くあとがきは非常に出来がよく、必読。著者が、

匿名で描いている星一の妨害者の実名を三原作太郎(塩原又策)と、さりげなく記してますね。

 

(3)明治の人物誌 星新一著 新潮文庫

星一を支え、手助けしてくれた人々を、息子である著者が愛情と感謝を込めて書い

た好作品。星一関連としては最初に読むことをお薦めする。(2)の「人民は〜」から

読み始めると、辛くて途中で投げ出す可能性大。(^^;

著者の、「エッセンスだけを要領よくまとめる」という文才が大いに発揮されていて、

言わずもがなであるが非常に読みやすい本である。

 

(4)大東亜科学綺譚 荒俣宏著 ちくま文庫

今は忘れ去られた破天荒な科学者達の列伝。星一は第1部の3人目として登場。

彼が実現しようとした冷凍技術の事業化とキナの植林について多く書かれている。

星一の業績は跡形もなく消え去ったかのように思っていたが、学校(現在の星薬科

大学)と他人の手に渡った星製薬が今なお残っており、活動を続けているという事

実は、何か救いのようなものを感じさせてくれる。137pに野口英世とのツーショッ

ト写真あり。必見!

 

(5)気まぐれ体験旅行 星新一著 講談社文庫

著者の海外旅行のエッセイ集。どうということのない本だが、その中の「香港・台湾

占い旅行」に注目。まだ日本で流行る前の四柱推名占いを体験しに、香港と台湾を回

るというもの。最後に台湾で出会った占い師に「かぞえ26歳の頃やりたいことが

たくさんあったが、やれずに終わった。大きな夢だったがそれは実現しなかった。」

といわれ、これは父の死去と傾きかけていた会社を建て直そうと苦心惨憺した時期の

ことと思い至り、驚愕するシーンがある。この時のことを「私の人生の一大変動」と呼び「実現しな

かった大きな夢」と捉えていることに、著者の昇華しきれていない思いが感じられ、胸に残る。

 

(6)祖父・小金井良精の記 星新一著 河出書房新社 

星一の義父(妻の父)の生涯を孫である著者が、本人の日記をもとに再構成した本。

「日本民族は先住民たるアイノ人、南方の民族、大陸より渡来せる広義のモンゴロ

イドから成立している。」と唱えた人物として知られる。この説を解剖学的見地から

骨格の統計データーの積み重ねにより構成しており、その基礎科学的手法は現在でも

高く評価されている。(アテルイ参照)

 「研究一徹」の夫と「芯は強いがのんびり屋さん」の妻の家に、52歳になってもまだ「全身火の玉

のような星一が娘の旦那さんとして転がり込んできたわけだから、さぞビックリしたことでしょう。

しかも星の会社はすでに火の車。この結婚の紹介者が誰かは不明だが、よく紹介したな・・。(^^;

もっとも、良精も奥さんも、星一の仕事への打ち込み方と家族への心配りに感心してるようですね。

良精が最古参の東大医学部教授と言うこともあって交友関係は広く、清国人捕虜の骨格調査の項では

柴五郎中佐も登場します。なお、小泉首相の引用した「米百俵」の小林虎三郎は良精の伯父です。

 

(7)鴎外の思い出 小金井喜美子著 岩波文庫 

良精の奥さんにして、軍医森林太郎こと森鴎外の妹「小金井喜美子」が兄の思い出

を書いた本。鴎外の妹ってことは、星新一氏は森鴎外の妹と小金井良精、星一の血

を引いているわけだ。これって結構凄いよね。新一氏はこれら3人(特に父)と比べ

て自分を卑下することもあるが、専門分野での業績に関して言えば、決して引けを取

ってないんじゃないかなぁ。性格的には父や祖父よりも、この本の著者である祖母の

影響が強い気がしますね。かなーり「ブラコン」入った本ですが、育った環境のことを考えると無

理ないか・・。

 

(8)壮絶壮遊【天狗倶楽部】 横田順彌 教育出版 

著者がお気に入りの作家兼編集者「押川春波」を取り巻く人物達を通して、明治と

いう元気だった時代を俯瞰しようとした本。実に多くの人物が登場し、著者はそ

の交流の複雑さを楽しんでいるのだろうが、正直、煩雑で読みにくい。(^^;

一章を設けて、星一を薬品会社の社長としてではなく、「30年後」という空想未来小

説の原案者として紹介。晩年の星一の写真が2枚載っている。(4)の本の野口英世と

の写真は全盛期の物で、エネルギッシュで自信に満ちているが、この本の写真では白髪はぼさぼさ

で経済、精神両面の困窮ぶりが伺え、痛々しい。

 

(9)努力と信念の世界人−星一評伝 大山恵佐 共和書房 

星製薬のチェーン店加盟者による星一の伝記。作者はもちろん星一の信奉者だが、

幼年期から最晩年まで網羅してあり、星一についての基本資料とも云うべき本。

(1)(2)の本の元ネタでもある。写真も多数有り、若い頃の写真はこの本でしか

見られない。星一を偉大なる失敗者希有な教育家と捉えており、読んでいて

楽しい本。死の2年前の出版にもかかわらず、元気溌剌な姿が伺え、死の直前ま

猛烈に働いていたことが良くわかる。この時点で移民を含む大規模な構想の下、ペルーに31

万町歩(奈良県と同じくらい)の土地を所有して居たようで、こんなビッグプロジェクトを残し

たまま死なれた星新一氏の苦労は並大抵じゃなかったでしょうね。

 

(10)夢野久作の日記 杉山龍丸 葦書房 (→ 杉山龍丸杉山茂丸

杉山茂丸の弟子として、昭和4年と10年に登場。昭和10年は、星一主催による

茂丸と頭山満の交友50年記念の金菊の会茂丸の葬儀があった。当時会社は、

かろうじて破産を免れたが、社会的信用を失い潰れたも同然の時期であり、「そん

な時期に会を主催したり、葬儀委員に名を連ねたりして大丈夫か?」と思ったら

葬儀委員の持ち出し費用2000円が一人だけ払えず、やっぱ大丈夫じゃ無い。(^^;

それでも恩人茂丸の葬儀を盛大に飾ってあげずにいられない処に、星一の誠意が感じられるが、

あくまで身内での簡素な葬儀との願いを父から託されていた久作にとっては、父の最後の意志

を無視する、実に困った人物の一人であったつーのが、もの悲しい。(-_-)ウムー

 

(11)聖勅−大東亜戦争 星一著 非売品  

衆議院議員だった星一が戦時中の昭和17年に両院議員と政府各位に配った小冊子。

意外にも星は太平洋戦争に賛成で、戦争推進のため天皇陛下の上海事変以降の聖勅

をまとめ、さらに太平洋戦争推進のために米欧、アジア、南洋諸国の歴史と産物を

統計的に紹介した内容。ヨーロッパ人にはアフリカがあるんだから、オーストラリア

はアジア(=日本)によこせとか、かなり滅茶苦茶言ってます。戦争協力については

星新一さんも(9)の本でも一言も語ってないので、同姓同名の別人かと思いましたが、著者の住所

が本郷曙町なので星一に間違い無いです。

アメリカ生活の長い星なら戦争に勝てっこ無いのはわかっていそうなものですが、そうでもなく、

ここは茂丸を介した玄洋社系の思想との繋がり、及び日本人の海外移住の推進者だったという

ポジションで、星を見ないといけないようです。周りがイケイケの時に、正確な判断力を保つのが

いかに難しいかを感じさせられましたね。

 

(12)雲に立つ−頭山満の「場所」 松本健一著 文芸春秋 

いきなり「玄洋社的思想」とかいわれてもわからないという方は玄洋社の象徴たる

頭山満について書いたこの本を参照のこと。当時の星一の思想は、この本の巻末で語

られる、文官唯一のA級戦犯処刑者「広田弘毅」の考え方にかなり近いのでしょう。

実際、星と広田は茂丸経由でかなり親しい関係ですからね。広田は城山三郎の「落日

燃ゆ」で書かれているのと異なり、正式な玄洋社社員で、城山氏の書いたような単

純な人物ではないようです。昭和天皇も広田を外交官と言うより玄洋社系として捉えてるようです。

茂丸は日中戦争にも反対してたくらい先を見る能力のあった人ですが、その直接の影響下にあった

二人が、周りの影響を受けて、この戦争に勝機がないことを認識できなかったのは、残念ですな。

 

(13)三十年後 星一著 

日本SF隆盛の立て役者星新一氏の父親が、実はSFを書いてたってので一部で有名

な本。SFマガジン68年10月号掲載のため、全文ではなくて新一氏が半分くらいに短

くしてます。奥さんを失って、世の中が嫌になって、無人島で暮らしてた大物政治家

(後藤新平)が30年ぶりに日本に帰ってくると、日本はある製薬会社(星製薬)の作っ

た薬の力で「健康の平等」が実現し、平和な理想社会を建設しているというもの。

その製薬会社の本社は「聖地」となりみんなが拝みにきてるとか、この社会を実現した大発明家(星

一本人)は利益よりも社会の充足を願っている、実に奥ゆかしい男の中の男だとか、よく45にもなって

こんな事臆面もなく書けるな〜といった記述満載です。特にラストシーンの図々しさは特筆もの。

星の政敵達はこれ読んで本気で怒ったろうなぁ。(^^;

すでに官憲による攻撃が始まっていたにもかかわらず、能天気ともいえる楽観的未来予想を連発する

所に、星一が死ぬまで失わなかったパワーを感じますね。

 

(14)野口英世 G・エクスタイン著 内田清之助 野口英世博士伝記刊行会 

野口英世の伝記に星一が出てこないとお嘆きのあなた。他の伝記に星がでてこない理由

については(3)の本に書かれてますが、この本なら大丈夫。背表紙題字序文も米国人

である著者を日本に呼んで関係者に紹介して資料収集を助けたのも星一ですから。

特に序文は野口への愛情に満ちた良い文章で、読んでおく価値ありです。

米国人医学者の作品のため、偉人伝というより「ある細菌学者の伝記」といった趣。

野口のアメリカでの働きっぷりや業績も面白いが、若いときのダメ人間ぷりがまた楽しい。あれほど

お金に困っている母と姉を持ちながら死ぬまでお金には超ルーズ。渡米直前の豪遊による散財は有名

ですが、同じ様なことは何十回と有るの。師(血脇氏)が奥さんの新婚衣装を売ってまで無理矢理

捻出したお金を、数日で遊びに使い切るかぁ? しかもこの金銭感覚は死ぬまで直らないし・・。(^^;

しかし、年長者に「この男は見所がある。」と思わせずに入られない魅力も伺い知ることが出来ます。

長年謎だった、野口の研究過程やその歴史的評価もすっきりして良い本読んだなって思いましたね。

 

(15)篤志の明治人−星一 サライ2002年3月号 小学館 

星一が雑誌の特集に!!なんでも、時代は星一らしいです。(^^) 記事は「明治・父・

アメリカ」からの抜粋がほとんどですが、雑誌だけあって映像資料が豊富。野口との

ツーショット、奥さんの精子さんと子供達(親一、協一、鳩子さん)との家族写真も

載ってます。また、星一が考案し本人もよく着ていた「星式制服(背広と軍服の中間

みたいな変な服)」や、マッカーサーに向けた「広田弘毅」への助命嘆願書等もあり

興味深いですねぇ。これらは星薬科大学内にある星一資料室の所蔵品とのことで、ぜひ一度は行か

ねばなるまいと、新たな野望を燃やしております〜。

 

(16)百魔 杉山茂丸 大日本雄弁会 

相互リンク先の坂上さんが「百魔」の初版を貸してくださいました。(^O^)/

ようやく「百魔」の星一を読めたわけです。茂丸との深く強い師弟関係が「明治、父、

アメリカ」などを読んでるだけでは、わからないところでしょうか。これを読んでないと、

茂丸の葬式で星のとった行動を理解できないでしょうね。茂丸の星評は「絶賛」としか

いいようがないもので、自分が眼をかけた若者の中でもブッチ切りNO.1だそうです。

その分なんだか偉人伝みたいで、星に続く「後藤猛太郎」とかと比べると、魔人っぽさがちと弱いですな。

あと、星新一さんがよく取り上げる、雇い主である夫人に「お前をこんなに立派に育てたお母さんはさぞ

立派な人なんだろうね。」と誉められて、感激して涙するエピソードが、この本では「両親」と書かれて

おり、あえて変更していたであろうことが、ちょっと意外でした。

 

(17)遠き落日 渡辺淳一 角川文庫 

映画化もされた、野口英世の伝記。星一は、フィラデルフィア時代と、野口の帰国時に

ちらりとだけ登場。ここで取り上げた本の中ではもっともメジャーであり、もっと出て

くると思ってたので、ちとガッカリ。ちなみに、映画は見てないんですが、星は出てくる

んでしょうかねぇ。何か、出てきて無さそうな気が・・・。

野口の伝記としては、奥村鶴吉の「野口英世」とエクスタインの本を足して2で割った

ような内容だが、読みやすく、ろくでなしっぷりも、きっちり描いてあるので偉人として描かれた野口

しか知らない人にとっては良い意味で衝撃的な内容でしょうね。

 

(18)西国立志編 サミュエル・スマイル図 中村正直 講談社学術文庫 

星一が生涯、座右の書とした明治期のスパーベストセラー。維新後、世界がひっくり

返った中で、どのように生きるべきかを探しあぐねていた多くの青年達に「逆境に挫け

ず、志を持って努力しなさい」と示唆し、将来への希望を与えた書。茂丸の教えと共に、

星の人生を貫く「自助努力」の信念の根幹となった書であり、この本を「明治の人物誌

の巻頭に持ってきた、星新一氏の父への深い理解にも感心する。星一だけでなく、明治期

以降の日本人の勤勉を美徳とする社会風潮に与えた影響も大きい。よく言われる「頑張って」という言

葉は、この本辺りからきているのかな?

 

(19)生命の延長 ホシの製品 星製薬株式会社(画像クリックで中身が見れます)

官憲の妨害工作を受ける前、アルカロイド開発に成功し、薬だけでなく、化粧品、石鹸、

絵の具、粉ミルク、お茶(世界初の真空包装)まで手がけ、まさに東洋一の規模を誇っ

た星製薬全盛期のカタログ。大正12年頃の発行かと思われる。イケイケ、ゴーゴーで、

10年後にはフォードをも凌ぐとか、言ってるくらい強気です。140種以上の商品が

掲載されており、カタログの上段1/5は、星製薬の歴史や販売システム等を紹介。妙に

科学的で教訓的、星の思想がぎっしり詰まった、かな〜り不思議なカタログです。

 

(20)支那の歴史 星一 星同窓会 

日本軍の南京入城直前に、始めて中国を訪れたことを契機に書かれた「聖勅」と同じライ

ンの本。星一の著作というより、彼の編集本。前半は、中国史を経済統計学を学び、出版

に従事した経験を持つ星らしく、それなりにわかりやすくまとめています。後半は、風習

や中国の人のものの考え方などを日本国の一部として中国を支配(ここまであからさま

には、言ってないけど)するために、知っておいたほうが良い内容を列記してます。

なんつーか、右翼的というよりも、当時ってみんなこんな感じだったんだろうなぁと・・。茂丸も中国出

兵には反対してたけど、朝鮮は日本のものと考えていたとすると、侵略主義に反対とは到底言えず、五十

歩百歩なんでしょうし。「やっぱし時代の枠ってのがあって、そこを超えると世捨て人だからねぇ。

という、旅の相方の意見が一番的を射てるような気がしました。大会社の経営者ですから、社会の風潮から

ひどく外れてると商売にならないでしょうしねぇ。あと、星一にとって茂丸塾の兄弟子とも言える広田弘毅

内閣が中国への移住推進を七大政策の一つに挙げていたことも関係しているのかも。

 

(21)経営原理 星一 星製薬商業学校(非売品) 

大正13年発行。星製薬星製薬チェーン店傘下の店主達への講習会(特約大会)で教科書

として用いたと思われる本。装丁とかは「聖勅」と同じ。下段2/3はノート代わりの無地、

ページの上段1/3に、星一の経営哲学が28pに渡って綴られている。内容は星の根幹思想

といえるスマイルズの西国立志編からの引用が多く、経営テクニックについての記載は殆ど

無いですな。「諸君は自己発見をしなければならぬ。自己を発見し得たる者にして初めて

地方第一流の人格者たり、地方第一流の資産家たり得るのであって、延いては人類社会に於ける第一流

の人物として恥ずかしからぬ者となり得るのだ。」と地方の資産家等に自覚と教育の重要性を訴えてます。

星の教育者としての一面が良くわかる本ですね。

 

(22)一心 大谷米太郎 大谷米太郎追想録刊行委員会 ダイヤモンド社 

星新一さんが星製薬を手放した過程が、ようやくわかってきました。キーパーソンは大谷

米太郎。富山から身一つで上京し、相撲取り、酒屋経営、鋼板用ロール製造で財をなした、

立志伝中の人物。ホテルニューオータニに今もその名を残しています。戦後、いくつかの

大企業の再建を行い、その中に星一の死と星新一さんの退陣、星製薬の再建が語られてい

ます。(→整理過程はここ

結論から言うと、星一が経理情報を開示していなかったので、皆がまだ大丈夫と思ってただけで、資産の

十倍以上の返済不可能な借金があり、完全に死んでます。金を借りた先も、社員も、重役もろくでなし

ばかりで、資本も頭脳も行動力もあった叩き上げの経営者である大谷ですら、苦しみ抜いて何とか整理

できた、ひどい状況を思うと、星新一さんが自殺せずに済んだのは、本当に良かったなぁと思います。

星製薬跡地に東京卸売りセンター(TOC)を建てたため、今も星製薬はTOCの子会社として残っているわけ

なんですね。ちなみにTOCの初代社長は甘粕の盟友でもあった古海忠之さんで、この本にもべた褒めする

だけではない、良い回想録を載せています。

 

(23)星薬科大学八十年史 星薬科大学史編纂委員会 学校法人星薬科大学 

私学として創立者の理念を後世に正確に伝えたいとの信念から十年余の歳月をかけて、

まとめ上げられた星薬科大学史。星一に関する資料としては最大、最良のものであり、

写真、年表、著作目録、嘆願書、関係者のインタビュー等1400ページにも及ぶ資料を

有す。星薬大が創立者としての星一の生き様と信念を後世に継承していこうとして

いることが、ひしひしと伝わってきて、大学関係者だけではなく、星一に興味のある人

にとっても、十二分にその欲求を満たしてくれる本である。その膨大かつ緻密な内容について、編纂

者の方々の苦労を思うと、ただただ頭が下がる。値段も「稲造」位と、内容に対して非常にお得です。

でも、凄まじく巨大な本なので、いきなり持って帰ると、家族が驚愕すること間違い無しですわ〜。

 

(24)星薬科大学史写真集 星薬科大学史編纂委員会 学校法人星薬科大学 

大学史として、「八十年史」よりも先に出された写真集。掲載された内容は、殆ど全て

「八十年史」に含まれるが、大判の写真が楽しい。表紙にも使われている本館正面に立つ

星一の胸像は、星の死後、当時の理事長が大学名から「星」を外そうとしたり、自分が創

立者のごとく沿革史を書き換えようとした流れに反対するために建てられたそうです。

死後もいろいろ大変だったんですねぇ。

 

(25)マツモトキヨシ伝 すぐやる課を作った男 樹林ゆう子 DIMEBOOKS 

日本最大規模を誇るディスカウントドラッグストアー「マツモトキヨシ」。社名は薬局

店の創業者にして「すぐやる課」を創設し、僅か1期の間に数多くの業績を残した松戸の

名物市長「松本清」から。小作人だった父を幼くして失い、貧乏の底に居た彼が、なぜ

薬局を持てたか?そう、彼は星製薬商業学校の卒業生。丁稚先の薬屋の旦那が、星一の

信奉者だったので、仕事が終わってから、夜学に通わせて貰えたのです。店名が個人名

なのは「県議会選挙の時、名前を覚えて貰う手間が省けるから。」とか。努力とアイデアと反骨で、売薬

業だけでなく、超一流の地方政治家として、星一の理想を体現するかのように活躍した、非常に面白い

人物です。我々のすぐそばにも、星一の精神の一部は、ひっそりと残ってたりするんですねぇ。

 

(26)甘粕正彦の生涯 武藤富男 西北商事 

一見見関係なさそうに見えますが、星一が甘粕正彦と関係があり、戦後、借りを返すため

伝記を出そうと持ちかけるシーンがあります。終戦直前の8月12日、満州から東京へ

向かう最後の飛行機に乗り込もうと空港へ急ぐ、星一の馬車を甘粕が止めて、冨永中将

に「お先に失敬甘粕」と書いた紙を巻き付けたウイスキーを託すのです。

甘粕と星の関係、借りとは何か?星は満州で何をやっていたのかなど、新たな謎が浮

かんできました。ちなみに八十年史にも、満州行きは記されていますが、内容は謎です。星一が岳父

小金井良精の筋から海軍(山本五十六は良精と同郷で遠い親族、息子の良一は海軍軍医少将)との

関係が深いことは知っていましたが、甘粕や冨永など東条系の陸軍軍人との関係は知りませんでした。

満鉄(後藤新平が創設)がらみか、はたまた新一氏は断固否定しているが阿片がらみか、さらなる

調査が必要なようですな。

 

(27)静電三法 楢崎皐月 電子物性総合研究所 

著者は、電子水(活性水素を多く含み、抗酸化作用や免疫力を向上させる)研究の

草分けで、独自の農法(植物派農法)や「カタカムナ文字」等古代文字の研究家

として一部で有名。「天才科学者」と賞されることが多いが、科学(少なくとも数学)

のレベルはそれほどでもなく、直感と経験、実証に基づく、超個性的な技術者

いった人物。戦時中、石原完爾等の推挙で吉林省河北の陸軍製鉄技術試験場所長で

あったが、戦後、星一の懇願を受け、星製薬で「食糧問題の解決」の研究に従事した。

「農学+電気学+風水」といった感の、純科学的手法とは異なるアプローチを取ったため、星一の

死後、星製薬から追われた。その後、研究の成果をまとめたのがこの本で、彼の唯一の著作と言って

良い。星一が戦後の食糧問題解決に憂慮していたこと、石原完爾ら、満州国設立グループとの関連

があったことを伺わせる人物である。

なお、楢崎氏の研究のうち、電子水、植物波農法についてはここ、カタカムナ文字については

ここを参照のこと。なんつーか、日本版ニコラ・テスラって感じの人ですな。

 

(28)Dr.Noguchi むつ利之 少年マガジンコミックス 

星一が漫画、それもメジャー誌に出てました。元は売れないギャグ漫画家でしたが、

「名門第三野球部」以降、感動路線の作品を多く描いているむつ利之氏の野口英世伝。

英世の好人物ぶりのみを描いており、ちと綺麗事過ぎる内容ではあるが、幼少期から

北欧留学(このネタはレア)を含め、アフリカでの死まで描ききったところは偉い。

星一は9巻でのフィラデルフィアでの出会いと小金井良精を思わせる帝大教授を連れて

くるシーンで登場。英世を心配し勇気づける、アメリカ生活の先輩として描かれるが、正直ちょい役。

この本での英世は勤勉でネジも外れてないので、星一に帰国資金を出して貰ったことや、しかもそれ

を落とす(笑)といったエピソードは一切無しで、ちと残念。漫画のネタとしては面白いと思うのになぁ。

むつ氏の他の作品では「名門!源五郎丸厩舎」がお薦めです。

 

(29)戦争と日本阿片史−阿片王二反長音蔵の生涯 二反長半 すばる書房 

ほとんど知られていないことですが、戦前、日本でも大々的に阿片を生産していました。

これは台湾領有後、台湾島民の吸飲阿片の購入のために多額の国費流出する事を憂いた、

大阪府茨木市の篤農「二反長音蔵(にたんちょうおとぞう)」が、後藤新平に建白し、

国内でのケシ栽培を認めさせたことに始まります。音蔵は阿片王と呼ばれてはいますが、

阿片の売買で巨万の富を得たわけではなく、麦より儲かる米の裏作作物として、また外貨

流出を防ぐために、家財を傾けてまでケシ栽培の普及に務めた人物です。この本は次男がまとめた音蔵の

伝記ですが、日本の阿片政策史としても非常に貴重。

後藤新平の縁もあり、音蔵の友人で、アメリカ帰りの新進気鋭の実業家として星一が登場。星新一氏が

人民は〜」で描かなかった、星製薬阿片事件前史ともいうべき、婦人慈善会疑惑が記載されてている。

これは、大正八年に台湾総督府から阿片の独占払い下げを受けていた、星製薬株の過半が台湾専売局高等

官婦人達によって組織された婦人慈善会の所有になっていることが、国会で取り上げられた事件で、取り

上げたのは当然、加藤高明率いる憲政会の土屋清三郎代議士。構図はのちの「リクルート事件」と同じで、

新興企業がその事業の円滑な発展を図るために、直接関係のある官僚らに株による利益配当を提供してい

たもの。この事件が国会で問題になったことが、星の信用を低下させ、その後、憲政会が政権を奪取した

ことで、星製薬への阿片払い下げの停止、阿片事件での星一の起訴とそれに伴う星製薬瓦解を容易にした。

心情は判るが、やはり星新一氏は「人民は〜」で、婦人慈善会の件について、きちんと記すべきであった

と思う。他にも、再起をめざす星一が、音蔵の努力の成果たる内地でのケシ栽培の普及を、自分の業績かの

ように喧伝した件や、星製薬の医療用モルヒネが品質の高さから、闇で最も高値で取り引きされていたこと

など、貴重な記載を多く含む。音蔵も星一も、単に利益だけではなく、常に「国益」というものを念頭に

置いて活動してきた同志であったが、時代の流れにより次第に離れていき、戦後には敗者として忘れ去られ

てしまった事実に、切ないものを感じる。

 

(30)茨木とケシ栽培−知られざる日本のアヘン政策 茨城市民の会(略称:ピースあい) 

現在の大阪府茨木市福井は二反長音蔵の家があり、日本だけでなく朝鮮、満州を含む、アジア

ケシ栽培のセンターと言ってもよい場所でした。五月になると真っ白なケシの花が咲き