安楽椅子探検家のプロフィール
このホームページを作ったウェブマスターの正体と探検の経歴です。
本名・田中淳夫。1959年大阪生まれ。子供の頃から探検に憧れ、怪しげなところばかり潜っていた。小学生時代には、隣の中学校の校舎の軒下に秘密基地を作ったり、古墳の玄室にもぐり込んだこともある。またカブスカウトとボーイスカウトにも属していた。
また中学生時代には、当時の山にあった砲台跡や弾薬庫跡を掘り出して潜っていた。高校時代は山岳部。ただし山だけではなく、真冬に九州の北端・門司から大分県別府まで歩く旅「ニコニコ行軍130キロ」を敢行。歩き旅と野宿などに味を占める。
そして熱帯のジャングルに憧れ、静岡大学探検部に。ここでも伊豆半島先端まで今度は歩きとヒッチハイクの旅を行った。探検部時代は、主にケイビングを行い、富士山周辺の火山洞窟のほか岐阜や広島の鍾乳洞などで活動する。また在学中は、ハンググライダーや熱気球の製作に関わったり、ラフティングもかじる。ところがボルネオや小笠原諸島に遠征したことから南洋地域にはまるとともに、一人で行動するだけでなく組織づくりと目的完遂のためのノウハウを学ぶ。また必然的に「秘境」「辺境」からの視点に目覚めた。
卒業後もボルネオのほかソロモン・ニューギニアに巨大洞窟の発見と、湖に隠れる未知動物を探しに行ったり、当時独立戦争を続けていたチモール島に潜入するなど熱帯地域を探訪する。おかげで嵐の海をボートで漂流したり、軍に捕まったり、若気の至り(^^;)をくり返した。
ちなみにソロモン・ニューギニアの旅は「不思議の国のメラネシア」、チモールでの体験を元にした「チモール知られざる虐殺の島」というルポにまとめて出版している。
ただし、現在では何もやっていないロートルと化してしまった。ボルネオに行っても、できればリゾートホテルに泊まりたいと考え、道程も楽な道を選んでしまう。いや、最近では出歩くことさえ減ってしまい、せいぜい生駒の夜の街を探訪したり、森で焚火をするくらいか(^^;)。運動不足で足もなえ、安楽椅子から立ち上がれない有り様になってしまった。せめて頭の中くらいは“探検”しないとボケる、と「安楽椅子探検家宣言」をした次第である。
仕事はフリーランスのジャーナリスト。探検や冒険についてはなかなか書かせてもらえないから、仕方なしに森林や田舎のことを書いている(ウソ。真面目な仕事です)。詳しいことは田中淳夫の仕事館へ。