(2)ジャングル上空の悪夢
〜クラビツ族の村1〜
序章
これは、1998年にマレーシアのサラワク州奥地、ロングセリダンという村を訪れた記録です。その村は、少数民族のケラビット族(クラビツ族)が住んでいる地域にあり、かつて森林伐採反対運動で騒がれたバラム川上流域にあります。メンバーは4人ですが、全員が合流しそろったのは、ブルネイ国に挟まれたリンバンの町でした。その経緯などは順番に読んでいただくとわかります。なにぶん長いので6回に分けて掲載します。
その日、私はミリの空港に昼頃から待機していた。ここからリンバンに飛び、今回 一緒に旅するメンバーと合流する予定だからだ。ところが、外は豪雨。まさに滝のよ うな雨が間断なく降り続けている。この中を飛行機が飛ぶのは、気分悪い。
実は前日、ミリ近郊のランビルを訪れて、熱帯雨林を研究している人々に逢って来ている。ランビルは日本の熱帯雨林研究の最前線ともいうべきところだが、それをリードしたのは、1997年9月に亡くなった井上民二京大教授である。私が逢ったのはその弟子たちということになる。井上教授はブルネイからミリへ小型飛行機で飛ぶ途中、ランビルに墜落したのだった。その残骸はまだ残っているという。彼らと思い出話をして、少しセンチメンタルになった所で、教授の遺作となった「生命の宝庫・熱帯雨林」(NHKライブラリー)を夜読み返していた。おかげで、頭の中に教授の飛行機事故がこびりついている。
搭乗は、大幅に遅れた。やはり雨のためらしい。そして、ようやく到着した機体は、19人乗りー双発ツインオッターだった。おいおい、井上教授が落ちたのと同機種かよ。またまた気分が落ち込んだ。
それでも機は順調に離陸し、リンバンに近づくと雨も止んだ。雲に機体の影が写り虹がかかる。ブロッケン現象か。機内には若い男女のグループが乗っていた。みんな賑やかで、お互い写真をとりあって盛り上がり、不吉な予感は消えていた。
ところが、いよいよリンバンに近づくと、何かおかしい。機は旋回を続け、丘すれすれに降下する。それが尋常ではない。丘の木々の葉までよく見える高度。ほんの数メートルしか離れていない。そして滑走路に入ったかと思うと、急上昇した。思わず悲鳴が出る。
「空のジャランジャラン(散歩)だ」
そう隣の若い男は笑った。
しかし、再び旋回して着陸体制に入ったものの、また急上昇。機長が何か説明するがマライ語なのでわからない。どうやら風向きが悪いらしい。そしてまたまた旋回。 が、またもや丘をすれすれに掠って急上昇。こうなると笑っていた連中も顔が引き締まる。近くの若い女性がゲーゲー吐き出した。前の若夫婦が赤ん坊をヒシと抱きしめ る。隣の男も「非常脱出用のパンフ」に目を通しだした。
私もおだやかではない。井上教授の悲劇が心にこびりついている。多分、私の心の揺れは、機体の揺れより大きかっただろう。つい、手元のバックの中の本に目をやった。井上教授の本と、もう一冊。荒俣宏の「南方に死す」(集英社)。縁起の悪い本持って来たなあ。
何度かの悪戦苦闘の後、機長は着陸を諦め、比較的近くのラブアン島の空港に向かうことを告げた…。
夕刻、ようやく風向きが変わってから、我々一行は再び飛んで無事リンバンに到着した。着陸成功時は、みんなで拍手をして、降りてからもみんなで喜びあった。何か生死を共にした気分。名前を告げ合い、別れた。
私は、その後予定通りに旅のメンバー3人と合流することができた。明日から、ちょっときつい旅路だ。その日は豪華な晩餐を行うことになった。シーフードを山ほど頼み、その後は生バンドのあるラウンジに繰り出した。
「おお、タナカが来たぞ」
いきなり演奏中のバンドメンバーがマイクで叫んだ。私は何のことだかわからない。日本人だと思って、よくある名を口にしたのか?
が、ステージを見ると、歌っている4人の女性も、バックの演奏者も、みんな覚えのある顔ではないか。あ、一番端の子は、機内でゲーゲー吐いていた子だ。ドラムは隣席の男だ。あの一行じゃないか。
演奏に一区切り付くと、メンバーが挨拶に来た。何やら「生死を共にした」仲間気分で、一気に盛り上がった。そして、その夜は痛飲したのである…。
以上、笑話でした(^^;)。
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