坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2003.12.23)

   ( 石鎚連峰の朝焼け ・2003年12月撮影)

 

1.詩 国 1 月 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会のご案内 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(近代文化功労者賞授賞式・祝う会)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、以後毎月、一回も休むことなく発

刊し1200部を無償で配布している。また詩の愛好者によっ

て建てられる真民詩碑は日本全国47都道府県に分布し、

その数は現在,海外の20基と合わせると約657基となる。

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(熊本県近代文化功労者賞受賞式にて(15.11.5撮影)

                                                                


1.詩 国  1 月 号 第 四 十 三 巻 1 月 号
             
                                     
母念第一号碑

美しい
七福宝塔の
前に建つ
母念の碑
碑石は
中国産
母念の字の
彫りも絶妙
本堂の屋根には
九羽の鳩が並び
快晴
読経が始まると
数羽のとんびが
飛び舞うという
天からの祝福
まことに良い
除幕入魂式で
あった
  

   淡  路  島

  母念の碑が建つので
  淡路島に渡ってきた
  九十の齢(よわい)を
  過ぎているから
  遠出は体にこたえる
  でも二度と行くことも
  ないだろう
  阪神大震災中心地に
  念ずれば花ひらく碑が
  建立されているが
  その碑を見るのも
  二度とないだろう
  淡路島との縁結びが
  わたしを興奮させる

   淡路島はいい

  淡路島はいい
  島の感じがまったくしない
  車で走っていても
  終わりがないほど広い
  いくつ山を越したであろうか
  車は海を見ず
  山を見て走る
  若いなら
  この島に住みたくなるほど
  いい島だ  

    愛

  四国は愛竣県の砥部町から
  出発して
  淡路島に渡る
  旅人らしい思いがしてくる
  わたしは島が好きだ

    車

 車は鳴門の渦潮(うずしお)にかかる
 橋を通り過ぎてゆく
 一度見たかった海だ
 海は産む
 すべてが生まれるところ
 毎にかこまれた
 祖国日本よ

   八 浄 寺

 淡路島八浄寺に
 母念第一号碑が
 建立される
 ありがたいことだ
 お大師さまのお寺だから
 母もどんなにか
 嬉しいことだろう
 空は雲ひとつない
 快晴
 読経が始まると
 天に鳥たちが
 飛ぶではないか
 母が鳥になって
 来たのであろう
 わたしの心も躍る

   飛んでいる鳥たちに

  飛んでいる鳥たちに
  語り伝えたいことがある
  とり年生まれの
  わたしだから
  わたしは転々として
  生きてきた
  長女は朝鮮
  次女は九州
  三女は四国
  雲が飛ぶ
  星が光る
  生きることは
  輪廻(りんね)だ
  しっかりと
  生きてゆけ
  三人の子らよ

   甘  酒

  高野の山で修行する
  わが子へ
  甘酒を作って
  持ってゆかれる
  お母さんの話は
  どんな高僧伝より
  感動した
  母よ
  母よ
  母ありて
  我れあり
  ああ
  淡路島八浄寺の
  母念の碑の
  ありがたさよ

  

  瑜祇七福宝塔

  瑜祇七福宝塔(ゆぎしちふくほうとう)の
  中に
  入れていただく
  極楽とは
  こういう処であろうか
  飛天さまも居られ
  なつかしかった

  翌日は雨

  翌日は雨
  翌々日も雨
  その日だけ快晴
  なんという
  ありがたい
  天のおん守りであろう
  信仰は大事だと
  しんから天に感謝する

  一月六日

  一月六日
  満九十五歳
  弱い体のわたしが
  生かされている
  奇跡
  それは
  杉村春苔尼先生の
  枕元に立たれた
  観世音菩薩さまの
  おん守りの
  おかげであろう
  また『詩国』賦算を始めてから
  読者の方々の
  心からなる
  おん祈りの
  おかげであろう
  淡路島に
  母念の碑が建ったりして
  母への思いが
  一層深まったりする
  お互い
  命を大事にして
  生きてゆきましょう

   わせとおくて

  わたしは
  おくて型の
  人間である
  すべてが
  おくておくてと
  動いてゆく
  身長も
  母が心配するほど
  伸びなかったが
  中学(旧制)を出ると
  一人前の身長になった
  生命線も
  運命線も
  すべておくておくてと
  やってきた
  九十歳を越えて
  ふと
  そんなことを思った
  このたび熊本県から
  近代文化功労者賞を頂いたが
  九十四歳で貰った人は
  一人も居ない
  お米でも
  本当においしいのは
  おくてのお米である
  賞を頂くため
  ふるさと熊本に帰り
  おくてのお米を
  食べながら
  そんなことを思った

  人生二度なし

 人生二度なし
 森信三先生にお会いして
 この言葉が
 気海丹田の中に
 焼きつき
 わたしは新しく
 スタートした
 そして賦算誌『詩国』を発行し
 平成十六年二月号で
 五百号になる
 この間一回も休むこともなく
 刊行できたのは
 先生の励ましの
 おかげである
 先生の霊よ
 永久(とわ)なれ

                   後        記
                           
             1  母念第一号碑のこと

 母念第一号碑ができたことは、わたくしの長い人生において、特記すべきことで、発願して下さった石川洋様に

衷心からお札を申しあげます。
 
母はお大師さまの信仰者でして仏壇にも、お大師さまの像を特別置いていましたので、高野山ゆかりの八浄寺に、

母念の碑ができたのを、どんなに喜んだだろうと、快晴だったことや、鳥たちまでも喜び舞ったことなど、その現れ

ではないかとまで思い、仏縁の探さ、その不思議さを、しみじみと胸熱く碑を見つめていました。
 
母念の碑は、念ずれば花ひらく碑とちがって、根源的なものを持って居り、命のつながりを教え知らせてくれる碑です。

 八浄寺さま、ありがとうございました。碑は瑜祇七福宝塔の前に設置され、千代に八千代に母を念う碑として栄え

ゆくでしょう。

                  2 二千四年、平成十六年 元旦

 明けましておめでとうと、言えるかどうか、母なる星地球は、暗雲が立ち込めています。

 明治、大正、昭和、平成と生き続けてきたわたしには、今年は特別意義あるように思えます。どうしてかと言わ

れると、一口には言えませんが、わたしは自分を作りあげるために詩を作ってきました。

詩人として名をなすためではなく、芭蕉のように、あるいはわたしが尊崇する一遍さんのように、捨身することに

よって、底辺に生きる人たちの救いの詩を一篇でも多く残したい念に燃えての詩精進でした。だから九十五歳

は一番大切な年齢です。
 
 国の運命も大事だが、それよりもわたし自身の腹の決め方が大事です。

 人間として何が一番大事か、それは晩節です。晩年をどう生きるかです。

 今のところ「念に生きる」という五字にしています。万里一条鉄の生き方です。

                  3 タンポポ堂の観音さま

 わたしは旅に出る時は必ず、タンポポ堂の観音さまの写真を胸のポケットに入れて行きます。 この観音さまは、

わたしが一番苦しんだ時、杉村春苔尼先生の枕元にお立ちになり、これから四国の坂村真民さんの処に行って

きますと言われた若い観音さまです。

 先生は、よろしくお頼みしますと言って、すぐにお描(か)きになり、送って下さった観音さまです。

いつもは机の上に置いているが、旅に出る時は服の胸のポケットに入れ持って行き、飛行機に乗るときは飛び立

つ時、観音経を唱え、乗客の無事を祈ることにしています。

 淡路島に行く時も胸に入れて行きました。お年は十六、七歳ぐらいであろうか、宝瓶をお持ちの観音さまです。

 わたしは毎朝、妙法蓮華経観世音菩薩普門品世尊偈を唱えます。

 これは道元禅師が小さい時、お母さんと一緒に唱えられたお経です。「念被観音力」が十三回も出てくるお経です。

よかったらどうか皆さんも唱えてください。

 生きる喜びが生まれてくるお経です。

                 4 お 知 ら せ

一月の朴庵例会は、一月四日は会場の都合で行わず、十一日(第二日曜日)に行います。また二月の例会も、

二月一日の全国朴の大会を兼ね、愛竣県県民文化会館に於て行いますので、朴庵での開催はありません。まちが

いのないように願います。

                 5 第八回全国朴の大会

 全国朴の大会も、これが最後になるでしょう。もともと気勢を挙げる会ではなくて、地球上に一本でも多く朴の

木を植えようと呼びかける会なので、その精神さえ承け継いで貰えば良いのです。

                 6 前月号より

 一位 「三姉妹」。 二位 「いいでしょう」。 三位 「鳩寿歳の生き方」。 四位 「写真」。

五位 「マザーテレサの記念メダル」でした。

 
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