坂 村 真  民  の  世  界

よ う こ そ タ ン ポ ポ 堂 ヘ(最終更新2005.1.29)

   ( 愛媛県長浜町今坊・クヌギ林のやまがら:16.12.23撮影 )

 

1.鳩  寿  第 11 号 2. タ ン ポ ポ 堂 か ら 
3.朴庵(ほうあん)例会・終了のお知らせ 4.坂村真民全著作一覧 
5.詩国バックナンバー 6.タンポポ堂ライブラリー(長浜町今坊のやまがら)
7.作成者からのご挨拶 8.坂村真民関連HPリンク集
9.メッセージボード  

     あなたは  人目の来訪者です。 


坂村真民さんの略歴

明治42年1月6日  熊本県に生まれる。8歳の時に、父親

の急逝によりどん底の生活に落ちる。5人兄弟の長男とし

て母親を助け、幾多の困難と立ち向かう。昭和6年 神宮皇

学館(現皇學館大學)を卒業。25歳の時、朝鮮にて教職につ

き、36歳全州師範学校勤務中に終戦を迎える。昭和21年

から愛媛県で高校の国語教師を勤め、65歳で退職、以後詩

作に専念する。始めは短歌を志し、昭和12年『与謝野寛

評伝』を著している。四国に移住後,一遍上人の信仰に随

順して仏教精神を基調とした詩の創作に転じる。昭和37年、

月刊詩誌「詩国」を創刊、16年3月からは「鳩寿」と改題し、

以後毎月、一回も休むことなく発刊し1200部を無償で配布

 している。また詩の愛好者によって建てられる真民詩碑は

日本全国47都道府県に分布し、その数は現在,海外の

35基と合わせると約730基となる。         

主な著書は、4.「坂村真民全著作一覧」に載せてます。

(愛媛県県民文化会館にて(16.2.1撮影)

                                                                


 鳩  寿  第 11  平成 17 年 2 月 1 日 発 行
             
  旅  烏

  宇宙を
  平和にする
  旅烏(たびがらす)に
  なる
  それが
  わたしの夢

  そのために
  わたしは
   一日でも
  長く生きたい

   (九十六歳になった一月六日作る)


 
  この一年

 平成十六年は
 長かった
 果して
 十七年を
 迎えることができるか
 不安でならなかった
 体の弱りから
 心も弱り
 ひどい乾皮症に
 負けそうになった
 生きるのが
 わたしの信仰


 生きるのだ
 しっかと生きるのだと
 観音経を唱え
 危機を乗り越えた
 ああ
 酉年(とりどし)となり
 鳥たちに守られ
 生きてゆくわたし
 重信川に群れ遊ぶ
 鳥たちよ
 わたしを守ってくれ
 わたしを励ましてくれ


 
鳥に守られ

 鳥たちに守られ
 生きてゆく真民よ 
 チベットから
 来られた
 鳥たちを守る
 菩薩さまよ
 わたしも
 守ってください

  一月六日

  わたしは
  明治四十二年一月六日生まれ
  その年は酉年(とりどし)だったので
  母の話によると
  鳥たちが一ばい来たと言う
  最初に来たのは
  みそさざいだったとのこと
  みそさざいは小さい鳥だ
  目だたない鳥だ
  わたしが詩をかくようになったのも
  みそさざいに会ったせいかも知れない


 
鳥との縁

 鳥との縁は
 人間との縁より
 深いものがある
 念ずれば花ひらく碑が
 建立される時
 必ず飛んでくる鳥たちの
 ありがたさよ
 うれしさよ


 

 

             後          記

   念願かなって一月六日を迎えることができた。

  九十五歳を果して越えることができるか。それは不安でならなかった。

  乾皮症は猛威をふるい、夜は殆ど眠れなかった。ああ平成十六年よ早く去ってくれ

  と祈る日が多くなったが、この一年は長かった。ふすま一つへだてて寝たきりの妻が、

  唸っている。生きることへの戦いに負けそうになる。

   でも、新しい年を迎え、九十六歳になることができた。「生きるのがわたしの信仰だ」

  この祈りが成就したのである。

   どうか皆さん、「人生二度なし」の森信三先生のように生きてゆきましょう。

  いま日本には、早く死にたいと言う人がふえている。どうか生きることを信仰とするわたし

  のように、生きてください。

  一月六日、九十六歳になった日、沢山の方から御心のこもった祝電や花束など頂きましたが、

 老齢の上、体調も良くなく、お礼状も書くことができず失礼申しました。御寛容ください。


             

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