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山下由美子の山森(やまもり)ばなし



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2012年5月28日
 「退院後初の山荘」
 土日、山荘へ行って来ました。病気になってから初めてです。行きは交代で運転して、水上の共同浴場に浸かってから苗場に向かいました。久しぶりに水上から猿ヶ京に抜ける山道を通りました。今から17年ほど前、この道を「きのこの先生」Mさんを案内して通ったことを思い出します。Mさんは葉留日野山荘が開催したきのこツアーの先生でした。フクシマと私は「この人を私達の山荘にお連れして先生になってもらおう・・・」という魂胆のもと、食堂で席を隣にして楽しく会食をしていました。朝になって、「実は・・・・・・、」と切り出し、午後から一緒に苗場にいってくれないかと頼みました。Mさんは快く引き受けて下さり、水上から猿ヶ京に通じる山道を私達のシャリオのあとをついてきてくれました。猿ヶ京あたりで休憩しているMさんの顔を見ると、実に心細そうでした。これではいけないと思い、励ましながら「みんなが待ってます」といいつつ、山荘まで案内しました。
 Mさんは待っていた山荘のメンバーが全員若かった(小学生からせいぜい30台後半まで)ので、驚いていました。「わしはこんな若い人ときのこ採るなんて思いもしなかった・・・。嬉しいよ。」それから24時間はMさんの一人ステージでした。それ以来、毎年春は山菜、秋はきのこの指導に山荘まで来て下さいました。いろいろな事情でツアーは昨年度で一区切り、各自の自由なツアーに任せることになりました。おりしもフクシマの闘病と重なって、いい潮時だったのかなと感じます。

 さて、山荘。ほんの少し残雪があり、虫が出てくる前、山菜は、やっとふきのとうが終わり、細い山うどが目立つ頃でした。歩くのに快適な時期。ヤマシタは山荘内でスミレを摘みました。あとは二人で落ちたサクラやななかまどの枝を持ち帰りように束ね、我が愛車に積みました。ラウムは後部座席をフラットにして荷物満載です。ハイエースの時代は終わり、二人で近場に出かけるラウムの時代になりました。山荘の遊び方も新しくなりました。夜はフクシマは早めに就寝。ヤマシタはリビングで遅くまでミシンをかけていました。新調した電子ミシンは持ち運びができるのです。山荘で好きなだけ、好きなことをやって、日曜の午後は再び、猿ヶ京の共同浴場で一風呂浴びて帰路につきました。
ことしはスミレジャムを作りましたが、ちょっと煮詰めすぎました。紅茶に入れて甘みの代わりにすると、液の中でスミレが揺れます。 フキです。実はこれが一番の山菜かも。今から、冷凍庫の実山椒と一緒に煮る予定。 今年の実山椒は収穫が送れているとか。これは去年の冷凍。一年をかけて、実山椒を料理に使いえる幸せ。

2012年5月18日
 「ブランド山菜」
  もう今年は山菜が食べられないと諦めていたら、事務所の若者が北海道からクール便で送ってくれました。帰省して山に入ったようです。
 山ウド、タラの芽、行者ニンニク、ふき。
 山ウドの穂先とタラの芽は早速天ぷらに、行者ニンニクは醤油漬けと挽肉味噌炒めに、ふきは山椒と煮てきゃらぶきもどきに。山ウドの本体は少し湯通しして、水につけてあります。本日フクシマが何かと炒めて行者ニンニク醤油漬けで仕上げる予定。

 北の大地の山菜はきれいです。クールで送ってくれたこともあり、傷みもなく、山にあるようにやってきました。ブランド山菜を味わって大満足しています。

 先日の外来の結果は○。数値が良いので少し、薬が減りました。フクシマの食養生のたまものです。
根っこの赤い部分をとって、下処理します。 どんなお肉とも相性が良い行者ニンニクです。味噌味にしました。餃子の具にしてもいいね。 左は大根とたけのこの煮物にたっぷり木の芽。右は農園レタスの上に行者ニンニク炒めをかけたところ。もちろん一杯やります。

2012年5月15日
 「病膏肓に入る(やまいこうこうにいる)」
 セイダカアワダチソウは花粉症を引き起こす悪者ではありませんでした。それはブタクサと混同されることから、そして花粉を飛ばす様からの勝手な人間の思いこみでした。とちらかというと煮汁はアトピーによく効くそうです。ただ、繁茂状態が激しいので、虫が他の花の花粉を運ばなくなる弊害はあるようで、いいことばかりの「いい子ちゃん」の草ではないのも事実です。
 しかし、植物染めの世界では貴重なグリーンを難なく染められる「いい子ちゃん」なのです。

 その後、友人知人から「どうしても・・・」と頼まれたストールを染めました。1番煎じ〜3番煎じの染め液に3〜4回染め→媒染を繰り返し、好きなグリーンが出たところで止めました。できは上々、5月中にもう一回、夏のパンツを染めて終了にしようかと思っています。染材料は隣の空き地にわんさかあります。虫の出る前に、まだ若葉のうちに、様々なグリーンを染めて、次の植物にいきたいです。

 農園は葉物の収穫を終え、トマト、キュウリ、ナスなどの夏野菜の植え付け、支柱立てを終えました。今は野菜管理という段階です。フクシマはキャベツにいた青虫を家で飼っています。わたしが踏みつぶそうとすると、「ちょっと待って、家に持って帰るから・・・・・」と葉っぱに包んで袋に入れていました。

 遠くの温泉に行くこともなく、夜遅くまで仕事することもなく、早寝早起き、塾で明るいうちに2日ほどお手伝いをして、病院に検査と外来にきちんと通い、部屋を掃除し、紫外線をさけて図書館や買い物に行き、夕食を準備する・・・・。そんな日常の中でフクシマはゆっくり体調を回復していっているように思えます。

 今週は日赤の外来。いい数値が出て、薬が少しでも減ることが、我が家の一番の願いです。

2012年5月6日
 「GW後半・・・植物染めは楽し・・・」
 GW後半は納骨と農園、植物染めで終わりました。お天気が安定せず、晴れたり、荒れたり・・・・。トマトやキュウリのヒモかけが大変でした。

 セイダカアワダチ草を再度チャレンジして、工夫の結果、下の画像のような抹茶色を得ることができました。花粉がトラブルを起こすこの外来種の雑草ですが、染めの分野では貴重なグリーンを出す植物なのです。本日、友人宅へ成功した抹茶色を見せに行って来ました。彼女はハスのハチノスで可愛いピンクを出していました。我々の無手勝流の染色生活はただいま、勢いづいて、「もう、どうにも止まらない」状態です。

 納骨は初めて「お骨ルーム」を見ることができました。霊園使用者の名義変更により、東京都より改めて埋葬者のリストを知らされました。フクシマの亡き父から始まって、血縁以外の、縁深い方も眠っていることを知り、その決定をした祖母や母の気持ちを初めて知る機会になりました。納骨は紫外線を考え、短く決行。大きな、大きなイベントを終えた感じがして、その後の会食は大変軽やかに終始しました。移動がすべて息子の車というのも、生まれて初めての経験で「なんと楽」というのが、フクシマとの感想でした。会食場所は大多摩ハム直営のレストランでした。レーベンブロイとソーセージ、東京エックスの料理が好評でした。

 そして、染め。初めに報告したように、「準確定申告」という書類仕事の合間に、グリーンを出すことにリベンジ。煮たり、計算したり、媒染したり、書類に記入したり。いつものように、2系統のアタマで仕事が進みました。結果、うまく行きました。干している絹ストールを見て、フクシマが「いいね、この色でのれんを染めると蕎麦屋だね」と。
真蔵院からいただいた大賀ハス。染め物の材料にもハチノスも使っています。発芽して水槽に定植したあと。葉っぱが広がり、浮いています。 息子の車で霊園へ。画像はお骨を持つ娘。小平霊園に納めて一つの区切りへ。 本物は渋い抹茶色。画像は外からの光を受けて白けています。外の柿の新芽に負けないくらいグリーン。

2012年5月2日
 「GWいかが、お過ごしですか」
 ヤマシタはカレンダー通りのGWを過ごしています。塾は間を休みとさせていただいて、貴重な充電期間をいただいています。

 さて、前半は天気が良かったので、久々にギャラリーしおさいで染め物をしました。材料は真蔵院さんからいただいた大賀蓮のハチノスやギャラリーの庭の雑草です。ハチノスを細かくして、湯にかけ、1番〜3番の煎汁をとりました。なぜかお寺のような薫りが漂います。庭の草はドクダミとオニノゲシです。ハチノスは炭酸カリウム、ミョウバン、鉄の3つの媒染を試しました。蓮は媒染による違いもはっきり、おもしろく染まりましたが、草はもっと、グリーンがでるのかと思っていました。理由をいろいろ考え、友人は翌日シロヤマブキで挑戦。私は隣の空き地のセイダカアワダチ草で挑戦しました。やっぱり思ったようなグリーンにはなりませんでした。今後の課題がいろいろ見えてきました。

 農園は収穫が始まっています。まず、ラデッシュ、小松菜、サニーレタスです。とりたて新鮮を味わっています。クワをふるう作業は終了して、あとは野菜管理という段階に入るそうです。2日に1回は収穫に行きたいねと話しています。フクシマは紫外線を気にしつつ、収穫を楽しんでいます。

 GW後半は法事です。小平霊園に母を納め、今後の生活の仕切り直しとなるはずです。お世話になるお茶屋さんは卒業生。そしてお経は蓮のハチノスをいただいた真蔵院のご住職です。姉がよく言います。「あなたたちは人脈が財産ね。」と。長いおつきあいのできる幸運を感じます。

 みなさま、楽しいGW後半をお過ごし下さい。
オニノゲシを細かくしているところ。綺麗なグリーンが途中で変化・・・・。 わが農園。一番手前がじゃがいも。次がキャベツ、その次が葉物。向こうのマルチにはトウモロコシ、えだまめ。鳥よけにマルチをかけています。

2012年4月26日
 「長いおつきあい」
 我が屋に娘が生まれたのが約24年前。その時、友人二人からお祝いでいただいたのが、スパティフィラムという植物です。今ごろ白い花を咲かせ、室内にあう観葉植物です。田無の団地、上石神井の古屋、そして今はその隣のアパートの2階へと引っ越しの度に一緒に引っ越した植物です。途中、株分けをどんどんして、友人知人に差し上げた時期もありました。でも、ちっとも他家では続きません。枯れてしまうというのです。私の家でほったらかしにするのがいいのか、元気にずっと育ってきました。最近は株分けをしないで、1つの鉢で楽しむだけです。そのスパティフィラムが「お祝いの主」がいない我が家で立派に咲いています。「お祝いの主」とはもちろん、娘のことです。花は4つめを確認しました。この植物とともに娘は育って来たと思うと深い感慨があります。
 さて、次の画像は一気に芽吹いた柿です。紅葉はさくらより柿が好きだとフクシマは言います。柿の芽吹きはスピードとボリュームに圧倒されます。みるみるうちに我が家のベランダからの視界が変化していきました。空き地を隔てた隣家が見えなくなり、窓を開けても、柿のカーテンができています。
 そして、ミント。14日に紹介したミントの乾燥ザルは今は一番小さいザルのものです。左のは2番に摘んだミント。手前は本日摘んだミント。プランターじゃなく、直に発芽した穂先なので、ボリュームもあり、量もあるので、梅干しを干すザルを出してきました。乾燥を2週間もさせると、本当に少なくなります。それを再びお茶にすると、香り高く、アップルミントの甘く、しゃっきとしたお茶になります。しそが成長するのに邪魔だと、例年ばさばさ刈り取っていたミントですが、今年からは「お茶」として活用したいと思います。

 今はしその発芽の時期です。半端なく出てきています。本当に苗の欲しい方、声をかけて下さい。
娘と同い年のスパティフィラム 柿のカーテン 梅干しのザルで干しています

2012年4月14日
 「わさびのツンツン漬け」
 例年、4月には沢を歩いた時に野生のわさびをみつけることがよくありました。根っこは細く、主に葉っぱや茎をいただきます。切り口が黒ずみ、いたみが早いので、ほんの2〜3株ほどで充分です。以前は知り合いに醤油漬けにして差し上げていましたが、ここ近年は自家分のみ加工して楽しんでいました。山を歩いて帰ってきてから、台所で作業する体力がなくなってきたからです。
 今年は沢をあるく機会もないだろうと、初めてネットでわさびの茎を買いました。どうせ送料をかけるならと、わさび漬けのセットも頼みました。
 業者さんの栽培したわさびは野生の何倍も立派です。茎の断面がすごい太くてびっくりします。それを「ツンツン漬け」と「わさび漬け」に料理しました。「ツンツン漬け」を成功させるには、タッパーに密封したわさびを激しく揺することが大切です。こうして、わさびを怒らせて、ツンツンを倍増させるのです。一晩寝かせると、ツンツンした美味しいわさびの醤油漬けができあがります。ネット業者のレシピ通りに作ると、ちょっと私には甘めにできあがります。ほとんど甘くしない醤油漬けが好きなのです。下にグリーンの画像を紹介。
←洗って、塩をして寝かせ、刻んで酒粕を混ぜる。根っこのみじん切りも加えて混ぜると刺激に富むわさび漬けに。 ←密封して冷蔵庫に寝かせる時間が大切。ツンツン力が増す。

キープの食堂で習ったミントティーづくり。穂先のみを干しています。→

2012年4月10日
 「体験農園その後」
 やってます。マルチを張ったり、畝を作ったり、初めてのことにワクワクものです。
 先日はサトイモを植え付けました。深く耕すのが一苦労でしたが、身体がなれてきたようです。小松菜、ほうれん草、ラディシュの発芽が見られ、可愛いです。余った種を家に持ち帰り、ベランダのプランターにもまきました。こちらはマルチ、カンレイシャなしです。毎日見ることができる楽しみがあります。

 塾は通常授業がスタートしたようです。フクセンは本日からちょっとお手伝い程度に顔を出す予定。NPOの体験活動の年間予定を4月中にお届けしますので、是非ご参加下さいね。こちらの活動はヤマシタが従来通り、運営することになっています。今年は染色と科学教室がたくさん登場します。こうご期待!
ガンバレ、キャベツ。 カンレイシャの中をデジカメでのぞくと・・・。 ベランダに引っかけたプランター。手前がほうれん草、むこうが小松菜。間引きが必要か。

2012年4月5日
 「春合宿終わりました」
 去年は震災後で涙をのんで中止した春合宿を今年は無事終えることができました。
 場所は約束の地「清里のキープ自然学校」。空間といい、食事といい、私達のために用意された場所でした。

 プログラムはのりとくんとななこむらやーまによる「光画」の授業。光で画かれたものが「光画」で、写真といわないところから話は始まりました。進行役ののりとくんの軽妙なテンポに助けられ、ななこの目論見がどんどん子どもたちの中に落ちていきました。彼女の手ほどきにより、カメラの世界に入った幸運を何年か後には感謝する子どもたちは多いでしょう。
 ななこはまず、シャッタースピードを教えます。夜景モードにして動くものを撮らせたり、動きながらシャッターを押すとどんな画像になるか、実験させます。子どもたちは言われたとおりにすると、今まで知らなかった世界を目にして時間を忘れて、シャッターを押し続けます。
 次は「絞り」です。ピンホールからのぞかせたり、ぼける画像の撮り方を手ほどきしました。おもしろいほど子どもたちはどんどん習得して自在にぼかすことができるようになります。「ピントがくる」という表現が定着していきました。
 シャッタースピードと絞りの存在をしった子どもたちは外に出かけて、清里の自然を、仲間を、とり続けました。自前のデジカメを駆使して挑戦する子、塾のデジカメを友だちと融通しあって撮影する子。どの子も最後には2枚の自信作を提示して、発表会に臨みました。なぜこの画像を選んだかを一人一人発表します。その時の顔の晴れがましいこと。

 よく練られた完成度の高い、圧倒的に心揺さぶられる授業でした。

 本日は青梅に梅を観に行って来ました。練馬区ではサクラもどんどん開花していますが、フクシマとヤマシタは梅派なのです。梅にあってサクラにないものは何かご存じですか?それは香りです。花粉症のヤマシタも車のウインドウを開けて、梅の香の中をドライブしました。最高のアロマテラピーでした。

 春合宿の画像はのりとくんのブログでいち早く紹介されています。フォトパーティーと言われるジャンプの画像を是非ご覧下さい。ヤマシタは本日の梅を。香りがお届けできないのが残念。
梅のグラデーションは最高。サクラにはないでしょう? 紅梅より白梅の方が香るみたいです。 我がラウムに舞い降りた紅梅。

2012年3月26日
 「体験農園」
 新しいことを一つ。
 練馬区の企画で農業を体験できるものがあります。区内の農家さんの協力により、1年間、農業指導つき農地の貸し出しです。有料ですが、区民には練馬区から助成がつきます。農地は3メートル×10メートル。昨日までに2回の指導日があり、1回目はキャベツとじゃがいもの植え付け。昨日はほうれん草、小松菜、ラディッシュ、ねぎ、レタスの種まきや植え付けでした。クワを使って農地を耕すだけで汗が出ます。フクシマは農作業はちょっと負担なので、マルチを張るなどのお手伝いくらい。カンレイシャも張りました。
 暖かい日に2時間ほどの農作業・・・・。いい運動というより、重労働です。

 収穫は全部、我が家のものとなり、苗や肥料、器具などはすべて農家さんが準備して待っていてくれます。素人がたくさん日曜日に集まってきて、互いに教えあい、コミュニティーが広がります。練馬区では今年で15年目の企画で、1年に1軒ずつ協力農家が増えてきて、今年新たに15軒目の協力農家となった、Tさんが私達のお師匠さんなのです。
この区画が我が家に与えられたもの。手前がじゃがいも、むこうがキャベツ。 可愛いでしょう。キャベツのライン。 カンレイシャをかけたところ。保温、保湿、鳥よけなどの効果があるとか。支柱の立て方がうまいとフクシマが自画自賛。

2012年3月17日
 「忘れない」
 震災から1年が過ぎました。この1年間、生活上でいろいろな変化があり、それは震災に原因していることだけではありませんでしたが、やはり2011年は震災を抜きにしては語れない1年でした。いつのまにか、そんな怖い経験もあったな・・・・と記憶の彼方になってしまうのでしょうか?
 
 震災の当日は確か、若い人と東京大空襲の話をしていたように覚えています。3月10日は10万人が犠牲になったと伝えられる、東京が大きな爆弾攻撃を受けた日です。私はうっかり、記憶違いをして12日と話して、10日と訂正されたように記憶しています。そう、1945年3月10日は東京大空襲の日なのです。

 話は変わって、フクシマの敬愛する人物に永六輔さんがいます。ラジオでお馴染みの彼の文章が毎日新聞に紹介されています。「永六輔その新世界」。ラジオのタイトルが新聞のコラムのタイトルでもあります。本日の内容はまさに、その東京大空襲と震災から1年の文章でした。

 彼はフクシマと同じく体調を崩して、その中でラジオの仕事を続けている様子。最近涙もろくなったと話し、東京大空襲のことを伝える際、泣き声だけの放送になってしまったという。リスナーは理解できなかったのではと心配している文章。続いて11日の震災1年のくだり。下に一部を紹介します。

     そして、当日3月11日僕は東北に向かっていた。町ごとに「慰霊祭」、「追悼の会」、「一周忌」という看板が目立った。向かった先の寺で東京     大空襲の話をした。本堂は遺族でいっぱいだったが、シンシンと冷えていた。
     「寒かった」と住職に言ったら、「永さん、1年前のあの日、私達は津波の水の中にいたんですよ」。
     ゴメンナサイ、語り伝えます。

 
 いたく心を動かされたフクシマが今朝切り取ってコラムを見せてくれました。

 本日17日は長い塾生活に一区切りの日です。ヤマシタは最後のパーソナルクラスで塾のクラス担当を離れます。もちろん会計などは担当しますが、「今、見てる子がね、」という表現はなくなります。淋しいような、ほっとしたような・・・・。フクシマの体調を見て、私が出した結論です。今夜は「お互い、ごくろうさん」の意味をこめて、彼イチオシのリクエスト「とんかつ」の予定。

2012年3月7日
 「忌中と喪中」
 忌中と書いて「きちゅう」と読みます。よく忌引き(きびき)という言葉を使いますが、忌中はあまり日常的には使いませんね。どちらかというと喪中、たとえば、喪中はがきなどと喪中という言葉がよく使われます。今回の母の送りごとでこの言葉の違いを始めて知りました。知ったかぶりして、ここに披露しましょう。そんなこと常識とヤマシタの不見識をお笑いなる方も多いかと覚悟しつつ・・・・。
 
 「忌中」とは近親者の死亡に際し、遺族がこもって弔いに専念する期間を言い、通常死後49日間を指します。この間に閻魔様の評価を受けるのです。遺族は慶事への参加や神社への参拝を控え、大きな社会的な行為も控えます。死を穢れと受け止めるのには少し抵抗がありますが、遺族の心情が穏やかならない時期なので大きな決定事を慎むという戒めはよく理解できます。
 一方「喪中」とは忌中を含め、故人に対する冥福を祈る期間であり、社会通念上は、一周忌までを指します。『喪中につき新年の挨拶を失礼します』とハガキが来るのはこのためです。

 フクシマは徐々に母の送りを完成させてきています。最初は近所の弔問の方、母を知る幼なじみの方々の弔問を受けるたびに、その時代に戻り(母の生きた時代)、不安定な自我で毎日を生きていました。そして胎児が羊水の中で系統発生を繰り返して成長してくるように、57歳のオッサンの時代まで、ほんの近くまで戻ってきています。精神的な混乱は毎日服薬している薬のせいばかりとは言い難く、最愛の肉親を送る心の振れも大きいと、そばで見ていて感じています。この土曜日に四十九日の法要を予定しています。白木の位牌から塗りの位牌にバトンタッチされるようです。お母さんの閻魔様の裁定はいかがなものでしょうかか?忌中によく供養をすると、閻魔様の覚えがよいと信じ、遺族は心を弔いに専心します。大いなる心の安定を白木の位牌を前に得ている期間です。

 いかがですか?ちょっと物知りになりましたか?

2012年2月26日
 「あなたが大切だ。」
 本日、確定申告にめどがたったので、のりとくんから頼まれていたホームページ(募集要項)の更新をしました。新年度は新しいクラスもあり、単科制を本格的に導入したこともあり、老眼をこらして、罫線と格闘しました。チラシの文章も入れました。お客様の部屋をごらん下さい。
 
 「あなたが大切だ。」・・・・・・子育ての原点です。
 食卓で、リビングで、玄関で、子ども部屋で・・・・。親はこれを伝え続けています。
 大切にするのは我が子だけではなく、結局、ご縁のある社会の方々も大切だとのりとくんは説きます。それは仕事を通して、みんなお互いを大切にしていると・・・。本当に良い仕事に触れると嬉しくなります。消費者としての私が大切にされているという嬉しさです。

 2012年度の新規募集はスタートしました。この小さな舟の行方を応援して下さると有り難いです。

2012年2月12日
 「3ヶ月待ったサクラ・・・」

 母を送って2週間。フクシマはご近所や知人の弔問をいただき、過去に生きていました。故人を思い、故人の生きた時代にしばし、タイプスリップ。そして、また日常にもどり2012年を2人で生き始めました。

 私は最近の趣味、植物染めに戻りました。今日は3ヶ月冷たい水に浸けていたサクラの落ち葉の出番となりました。紅葉の赤はすべて冷たい水の中、探り探り、染めました。温度は30度から50度で、シルクのストールや骨董市の正絹を染めました。媒染は炭酸カリウム、灰のアクの成分です。

 下に画像を紹介。活動場所は「ギャラリーしおさい」。今号の塾通信で報告したヤマシタの新しい活動拠点です。
ギャラリーの常滑瓶に保存した紅葉のサクラ 非常に濃い液が溜まっていました カリウムで媒染中の色は可愛いピンク この後、最終的には肌色に近いオレンジピンクに 娘からの誕生日プレゼント「カセクリ器」 こんな風に使います。カセ→毛糸玉

2012年2月1日
 「納棺師」

 ご報告になりますが、フクシマの母が先日亡くなりました。7年間の千葉での生活に終止符をうち、お骨になって我が家に帰ってきました。母の強い希望で、家族だけの密葬で、社会的な行いを一切しませんでした。今はご近所の親しいかたの弔問を受ける時期になりました。夕べもお隣の老夫婦と娘さんが3人でお線香をあげにやってきて下さいました。30分ほど故人を偲んで昔話に花が咲いていました。幼なじみの娘さんはフクシマが子ども間のリーダーで近くのおじさんに「とんちんかん」という字(あざな)をつけていたことなどを懐かしく話していました。本人も忘れているエピソードです。

 フクシマと決めていたことは旧知のご住職にお世話になろうということです。小金井公園横の真蔵院のご住職がお子さんを通じて長くおつきあいしていただいています。田舎の父母の法事もお願いしたことがあります。その関係で葬儀社は「多摩式典」となりました。本当によい運営をして下さいました。セレモニーホールで全てまかなうという関西のやり方が東京でも普通になっていました。
 別
れの中で、一番印象に残っているのが「納棺のセレモニー」でした。送る気持ちを一つ一つ形に表し、その都度、丁寧に納棺師の方が説明してくれます。納得、納得の連続で形から遺族は故人を送る身体ができあがっていきます。故人の装いが整うと徐々に遺族の「送る身体」も整います。田舎の母の時にはなれなかった冷静な自分がいます。だから、ゆっくり納棺師の所作を観察できたのだと思います。彼女(美しい妙齢の女性)のもの言いは柔らかで温かく、てきぱきとしています。もの言い、所作のどれもが無駄なく、丁寧で、本当に関心しました。
 映画で一躍脚光をあびましたが、本来は地味な職業です。セレモニーの陰の担い手としての「納棺師」さんと始めて出会った母の葬儀でした。

 フクシマは寒さと別れのためか、少し体調が低下しています。しばらく、静かに過ごさせてあげたいと思っています。

2012年1月19日
 「ネズミモチ」
 植物で染めることに夢中です。染めたら、日用品をミシンがけして作っています。周りの人たちにうざがられない程度に差し上げています。箸入れの次は正方形の巾着。裏に絹っぽいものを使っておしゃれにしています。若い人の誕生日に差し上げました。

 実はこの2週間、ネズミモチに夢中でした。初めて耳にされる方もいると思いますので、少し説明しましょう。ネズミモチは庭や公園で見かける常緑樹。比較的暖かい所、主に太平洋岸に生育するそうです。葉は厚くて楕円形、初夏に白色の花がたくさん付き、秋に1cm弱の楕円形・紫黒色の果実を付けます。この果実を「ネズミの糞」に例え、葉の質感がモチノキの仲間に似ていることからネズミモチと和名が付いたのだといわれています。今時、ネズミの糞を見たことがある人も珍しいでしょうが、意外とネズミの害に悩まされている都会人も多いと言われています。何を隠そう、私たちも古屋を解体する際には悩まされました。
秋にはこんな風に実を付けてます。 今は結構、乾燥してカチカチです。 本当にネズミの糞みたいでしょう。 左が炭酸カリウム、右がミョウバン。(媒染のことです) 緑の色を残したくて、何度もチャレンジしました。 でも、干すとどんどん灰緑となっていきます。
 
 炭酸カリウム媒染の緑色を残したくて、書類仕事の合間に染めていました。今までは書類の仕事の合間は料理だったのですが、最近は染め物です。本日、3度目の挑戦。でも、やっぱり思ったような緑は出なくて、卒業しました。
 次は友人と採取して、冷水に浸しているサクラの落葉です。3ヶ月浸せとあるので、2月の中旬、トライする予定です。植物で染めるようになって、毎日、きょろきょろして歩いています。公園も人様の庭も気になって仕方ありません。花小金井駅前のサザンカは大変楽しませていただきました。2012年は植物染めの年となりそうです。

2012年1月8日
 「やっぱりうまい」「丹誠塾手芸部」
 今朝、フクシマが急に「久しくZOPFのパンを食べてないから、買いに行こう」と言うので、連休の中日、外環を三郷南へ走りました。約1時間で行列の並ぶ、「娘の勤務地」に到着。私たちも並びました。並んだのは約12分。店の中はたくさんのパンが焼き上がっていました。娘が食パンを並べにやってきたので、ご推奨のパンを尋ねながら買いました。きびきび働く娘にも安心。たくさんの自慢のパンを積んでお昼前には家に帰ってきました。ランチはコフィアのコーヒーに野菜スープとZOPFのパン。「やっぱりうまい、満足が違う・・・・・」これが二人の感想でした。

 昨日はUちゃんのお母さんと我が家でこんこんぞうりを編みました。彼女は早くから布の準備をしてくれていましたが、フクセンの入院でずっと待っていただいてました。昨日やっと約束が果たせてほっとしました。
 こんこんぞうりは半年ほど前、夢中になって「お年寄り」から手ほどきをうけたものです。でも、稲わらを調達するのが困難でPPロープで代用するのでミシンがけ作業が大変なのです。やっとこさ、3足ほどを自作して、そのままになっていたのです。彼女が編んでみたいと申し出てくれたので、布を準備する段階をお願いしていました。さっそく布をミシンがけして、待っていてくれただけあって、彼女は飲み込み早く、実にさっさと編み上げていきました。教える私がもたもたするので、時間は1時から始めて5時くらいまでかかりました。1足編み上げるのはなかなかの重労働です。彼女は配色を考えて、もう一度挑戦してみますと、帰って行きました。頼もしい限りです。今後は彼女にこんこんぞうり熱をバトンタッチして、私は別の道(草木染めなど)に行こうかと勝手に考えていました。
 でも、1月7日は2人で「丹誠塾手芸部」を旗揚げした記念の日となりました。

 そして、画像はZOPFのパンと続きます。噛んで噛んでアゴが鍛えられるくらいのパンが好きです。
まずつま先から編みます。洗濯はさみが便利。配色はやってみないと想像がつきません。 どうです?スリッパ状になるぞうりはこんこんぞうりくらいでしょう。最後にヒモを引く瞬間がいい。 レンコンがたくさんはいったパン。密度が濃くて、レンコンが香ばしい。 あんマーブルの食パンは人気でなかなか買えません。ほんとは抹茶が欲しい。週替わり。 名前は忘れましたが、ドライフルーツがどっさり入ったパン。比較的薄めにスライス。 これは芋のパン。どれも値段が安い割に満足感が最高。

2012年1月7日
 「今年もよろしくお願いします」
 
 昨年のコラムを古いフォルダにお蔵入りさせ、気持ちも新たに2012年のファイルを作りました。

 一年前の年始には想像もしなかった大災害が日本を襲い、原発事故に行く末を憂い、力なく暮らす日々が続きました。震災に前後して誕生した新しい命のエネルギーのおこぼれで、徐々に日常を取り戻して行きました。彼らはもう歩きはじめています。

 2012年は長年の課題を一気に仕上げる年になりそうです。塾の舵取り、山荘運営・・・、これからの生き方をクリアにする年にしたいと思います。これからもよろしくおつきあい下さいますよう、お願い申し上げます。

このコラムは2001年1月から続いています。過去の保存版を読みたい方はきのこをクリックして下さい。
    01/01/24〜01/09/15
    01/09/27〜01/12/27
    02/01/12〜02/07/16
    02/07/24〜03/03/06
    03/04/11〜04/03/19
    04/04/08〜04/12/16
    05/01/04〜06/03/30
    06/04/21〜07/11/26
    08/01.05〜08/12/29
    09/01/08〜09/12/27
    10/01/02〜10/12/28
    11/01/04〜11/12/30