うさ10 2001年1月1日〜2001年1月15日




2001年1月15日(月)

約1ヵ月ぶり(!)にバイト。

さっそく寝坊。しかしほんとにどうしてこうバイトの日に限って早く起きられないのかな。ゆうべも早めに寝たし、このところちゃんと朝8時半辺りには目醒めてたのにな。

よっぽど嫌なのかな、やっぱり。ついこないだ「やるしかねぇ!」と思ったのも束の間、もう新世紀の初日バイトから「イヤイヤモード」炸裂。我ながら腹立たしいやら情けないやら、とにかく行きたくないのよ・・・はぁ、ガックシ。

また以前の毎日のように、「来月の予定を出してね」と言われるたびに「今月で辞めよう」と思っている私。でも3月までは続けたい。だってさ、3月の舞台、見に来たいって言ってくれてる人がいるから忘れられない為にも。でも・・・どうなることやら。

ともあれ、今日もいつものように頭もこころも空にしながら電車に乗り、なんとかバイト先に到着。しかし、当り前だけどこんなに間があくと忘れていることも多い。「情報ファイル」に新しい情報も増えている。ひえ〜付いてけね〜。

幸いあまり忙しくなかったのが良かった。マニュアルや「情報ファイル」を読み、自分のノートに書き込んだりする時間が取れた。1時間半くらいはお勉強タイムにすることができた。

勉強かぁ・・・

久々に中学生と話したけど、「実力テストがあるんですけどどうやって勉強したらいいでしょう」なんて質問される。こっちは商売、そして私は教師ではないのでマニュアル通り、自社の商品の「ここを活用してね」といったことを言う。

しかしあんなアドバイス程度で彼らの不安は解消されているのかな。で、実際役に立っているんだろうか。

自分が中学生だった時のことを思い返して見ると、子どものくせに先生の言動などを見て、その人となりをすでにわかっていたようなフシもあれば、全くもって子どもじみたことも同時にしていたような覚えがある。

子どもじみたことをやってしまう、というのは今思えばやはりひとえに、経験がなければわからないことに対しての戸惑いからだったのだろうと思う。

勉強のやり方だって、今だって一体どんな勉強が自分の為に必要なのかよくわからない。まして中学生の時なんて、それ以前に、国語算数理科社会の勉強に限らず、部活動なども含めて、体験しないとわからないことが多かったような気がする。ことにテストで0点取ったとか、大会の日にすごいプレッシャーで走れなかったこととか、ようするに失敗したことから奮起したり学習することが多かった気がする。

でも、私は元々勉強が好きな子どもではなかったのだろうと思うけど、勉強を楽しむ勉強、も身につけることができなかった。それが身についていたら、所謂受験勉強に必要な科目は苦手でも、なにかしらの勉強を無理なく楽しく、でも一生懸命頑張ることができる癖がついたかもしれないのに。

そうねぇ。きっとせっかく失敗してせっかく「悔しいから頑張ろう」と思ってもそれは誰かを見返す為だったり、誰かに誉められたい為だったり、誰かに認めてもらいたかった為でしかなくて、純粋に「自分だけの満足」の為ではなかったのかもしれないな。

まぁ、誰かに認めてもらえれば嬉しいから、っていう動機でも構わないんだろうけど、それだけじゃ、いつまでたっても赤子と同じではないかいな。

Tさん、「自分でちゃんと自分を愛してあげること」っていう話をしてくれたね。うん、私はどうも愛されたいということにばかり執心してきたのかもしれないね。

なんだか無理やりな展開だけど、ここんとこ考えていたんだ。私ってなにもちゃんと勉強してきてないし、これからも何かに一生懸命頑張れるのか疑問だな、って。勉強すること嫌いなのね、自分が今まで思っていた以上に。それはやっぱり何かを自分の為に知ることや身につけることの喜びの価値がわかっていないからかもしれない。

芝居のことですら、いつも、お前ほんとにそれで精一杯か?って思うんだ。

あ、だから完璧主義って言われるのかな?完璧どころかこんなに飽きっぽいのに。矛盾してるなぁ。

で、どうしたもんだか。

こんな、さ迷える大きな子どもがお仕事で悩める思春期の中学生と話している。笑っちゃう。




2001年1月13日(土)

歳を重ねると、見えてくることも多いけど、その分わからなくなることもまた多し。
脳の細胞は日に日に減っていくというのに、贅肉だけはついていくような。

と、日記には書いておこう。

つい先日は「世の中全て金」と思ったが、それよりもっと大事なのはやはり「体力」である。
何度も自分に言い聞かせていることだが、まずは規則正しい生活。三度の食事。何事も最も基本的なことが一番大切でまた、一番難しい。つまりは初心に帰るということだ。

と、心と体に言い続け刷り込みませう。

遅まきながら、今年のいや、今後の抱負。

おやすみなさい。




2001年1月11日(木)

近頃話題の「語尾上げ」。

言語学や文化人類学のエライ人などに言わせるとあれは、自分にとって確信がないことを相手に伝える時に曖昧なまま発語している現象だそうだ。

誰でも話をしていて「あれ?これ正しい情報だっけ?」と思うことはある。でも今までは語尾に「と言うか」や「って言うのかな」などと言っていたと思う。

だから語尾上げも所謂前世紀(!)の流行り、「省略」のひとつの形なのかもしれない。言葉の文化は歴史的に見ても確かに時代背景によって変化してきたものだろうと思う。

変化自体はある程度仕方がないようにも思う。むしろ文化は変化しないとつまらない、という側面も持つと思うので。

でも私は個人的にはあの「語尾上げ」は嫌いだ。

曖昧なまま発語してしまえる相手との親しさなどを甘受したとしても、自分の持つ「情報」について確信が持てないということよりもっと重大だと思うのは「自分の気持ち」にすら確信が持てないまま発語し、さらに「私よくわかんないからあなた同意してよ」という無意識の強制を感じるからだ。時には馬鹿にされているのかと感じることすらある。

さらに、他のさまざまな誇張された情報垂れ流しにも言えることだけど、マスコミがあまりに無神経にそれを公共の電波で流すことには、怒りさえ覚える。

例えば街頭インタビューなどで全くの通りすがりの人が発語した時に出てしまった「語尾上げ」を、語尾上げだからという理由だけでその発言内容を無視して放送しないという程敏感になれ、とは言わない。それこそ情報操作になりかねない。

(情報操作と言えば、街頭インタビューなどの場合のもっと大きな問題は「こういう内容の発言をこういう人にさせたい」といった、最初から予定しているかのように誘導尋問しているのではないか、と思わせられることがあったり、「こうでなくては思惑通りのニュースにならない」という作為的な編集がされているのではないか、という方が問題だと思うが。それは今回はさておき。)

私が「語尾上げ」をテレビなどで聞く時に最も「嘆かわしい!」と思うのは時々、アナウンサーや役者が平気で使うことがあるということ。

役者、と言ってもマスコミで活躍している人が皆発語の訓練を受けているとは限らない。しかしいくら例えばフリートークの時でももう少し気をつけて欲しいと私は思う。

アナウンサーに至っては言うのもばかばかしい。発語の教育を受けているはずだからだ。

なぜ、文化としては仕方ないと思ってもそれを平気で使う「専門家」が許せないか、というと、それは「意識していないで使っているから」である。

これは発語することを職業として扱う、しかもそれを不特定多数に送る電波に乗せる作業をする人間にとっては致命的な欠点と言っても過言ではないと思う。

なぜなら意識していない、できないということは、自分の発語が自分の耳で聞けていない、ということだからだ。そういった細かい感覚に意識が行っていないということは、他の細かい事象にも無意識で接している可能性が高いからだ。

そういう人間に、ドラマ造りなどの創造や、事実を正確に伝える報道の作業ができるだろうか。

もちろん発語の教育や訓練を受けていない一般の人であっても、無意識に使っているというのは危険なことだ、と思う。理由は同じ。他のことにも鈍感になっている可能性があるから。

さらにさらにもっと嫌なのは最近のCM。

私みたいなほとんど顔の売れていない役者がさも役者じゃなくて一主婦です、みたいな顔して「とっくりの↑セーターが↑好きだと↑思われていた↑みたいなんですよお」とか言ったりするやつ。何のCMかとは言わんが。(確信犯)

あれをどの程度の割合の視聴者が「あれはほんとの一般の主婦の人だ」と思って聞いているんだろうか。騙されちゃいけませんぜ、奥さん。あれはみんな役者よ。

私はあのCM、強烈にムカつく。いかに「普通に」「ナチュラルに」見せようとする作為的行為が滑稽であることか、ってのもあるけど、それにしても作り方がヘタ、ドヘタ。

だったらほんとにほんとの主婦の人にお願いして言葉がはっきりしなかったり小さかったりしてもいいから、百歩譲って語尾上げしてもいいから、「ほんとにアレを使ったら良かったのよ」って言ってもらえばいいじゃない。その方が拙くたってよっぽど説得力がある。

それにさっき言ったけど、きっと視聴者にはわかっているはずだ。あれが役者だということが。ということは役者でもCMというフィクションの仕事の演技の中でああいうしゃべり方をしてもいいんだ、と思われてしまうっていう危険だってある。

もしあんなにヘタクソなツクリごと(ヤラセともいう)がまかり通ると制作会社やクライアントがへーきで信じて造っているとしたら、ほんまもんのバカだし、視聴者を馬鹿にするのもたいがいにせい!である。

でもね、役者の私としてはやってる女優さんたちがなんだかかわいそうな気がしてしまう。

私はああいう「普通にしゃべってください、台本はないですがこんな内容で適当に」って要求されてカメラの前でしゃべるのがとっても苦手。(それが得意な女優はそれはそれでスゴイのかもしれんが、他にもっとむいている職業があるかもね)

でも「お仕事」なのだ。もし私がそういうオーディションに行って受かってしまったら「語尾上げは嫌なので」なんて言って断わることは許されない。じゃオーディションに行くなと言われそうだが、行ってみないと何を要求されるかわからないということもあるし、オーディションの段階で「ヘアヌードはNG」とでもいうわかりやすい「断わる理由」がなくて断わったりした日にゃ、ほんと即日クビだから。

ちなみに、先日ぼっかめろんの打ち合わせで話し言葉の中で語尾上げを多用する女優がみんなにからかわれた。「とうとう本格的に言ってることがヘンだぞ、こいつ」ってな具合。本人もすぐに察知して笑いながら修正しようと努めつつしゃべっていたが。

役者が語尾上げを平気で使って話す、なんてことはこんなふうに屈辱的で、笑いのネタにしかならないというのが正常、だと私も思う。




2001年1月10日(水)

一週間、実家。家族会議紛糾。

感情の凝縮された濃ーい一週間。話し、泣き、聞き、見、考えた。気付き、落胆し、心配し、痛感し、悲しくなり、押し黙り、また饒舌になった。鼓舞され、胆が座りまた揺らぎ、すね、呆れ、怒り、大笑いしたかと思えば落ち込み。私の人生で一番長くつきあっている家族との間の空間が軋んだ。

頭の中も、気持ちも表情もあっち行ったりこっち行ったりてんてこ舞い。あ〜忙しかった。仕方ないんだけどさ、うちの家族の歴史に残る大会議、大事件の起きる嵐の前の静けさならぬ嵐の前の予行練習だな、と年末から予想もしてたし。避難訓練はこっちでやっとくべきだったかな、今さらだが。ふっ。

まぁ、予想以上に現実はチビシイってことがよーーーくわかった。

私は、自分が路頭に迷って行き倒れになっても全然いいんだけど、いや実際そうなったらたぶんオタオタするんだけど、そうなってもしょーがない生き方してるのは事実だからね、ってことを親は『親なので』わかってくれっこない。

私だって、親にはてきとーに幸せな余生を送って欲しいからな。結論としては究極、私が路頭に迷いたいと自ら志願してもそれは許してもらえないということだ。親子のアイとかギムとかジョウとかそういったものには抗えないんだな、たぶん、きっと。

しかし往生際の悪い私は喉元まで出かかった。「自分が男の子なら『勘当してくれ』と言いたいくらいだ」と。男の子なら、か、はは、ほんとハンパな奴。

『あんたが普通に暮らしてくれてれば』こんなことは言わない、みたいなことを言われ、ほらとうとう本音が出た、と思った。今さら何をか言わんや。私は物心ついた頃からあなたたちの言う『普通』ではなかったではないか。

別にケッコンしたくない訳じゃないし、好きでビョーキやってる訳でもないんだけどね。そりゃスター女優になれる才能はなかったかもしれないが、やっぱサイシュー的に世の中は金なのね〜。

父も母もきっとどっか不本意なのかもしれないが、金がないと話にならんのじゃよね。その事実の厳しさを私はこれからの人生で心底体験するのであろうな、ときっとやっとわかりかけているところなのだよ。今までそれこそ怖くて避けてきたことをさ。避けてこられたんだな、親に守られて。

しっかしビューキ持ちでしかもこの歳からかぁ〜と思うとやっぱかな〜りヘビーだな。

とは言え一応、帰りのモノレールの中で頬づえつきながらぼんやり思った。やんないと。やっぱりなんだかんだ口ばっか言ってないでやんないと。決意とか元気が湧いてきた、とかいうんじゃないけど。ただ、ただただぼんやりそう感じた。

東京の狭い狭い自室に戻ったらホッとした。すぐSの字くんに電話した。私にしては珍しく「チミに早く会いたくてもう帰ってきたよ」と正直に素直に言ったりなんかして。

Sの字くん、親のことを思うと涙が出てくるね、って前に話をしたね。親とつきあう時に何かを変えないとならないとしたら、親はもう老人になりかかっているからこっちが大人になって譲歩して行くしかないようだ、ってなことSの字くん、言っていたね。今回の帰省でそれを実感したような気がしたよちょっとだけだけど。

親離れできずにいた私は、もしかしたらやっと独りになれる、今こそ、そのチャンスなのかもしれない。親はいつまでも親で彼らにとって私はいつまでも子どもであることに変わりはないのだが、行方不明になったり行き倒れになったりすることがどうやら許されないとあっては、逆に私は強くならないといかんようだよ。でもこの泣き虫はなかなか治らないと思うけど。

どうやらこれからは、Sの字くん。あなたとやっていくしかないですね。と、思っているのは私だけだったりして。人の気持ちなんかどうなるかわかんないしな、くらいにしとくか。はっはっは。

しかしまだ始まったばかりだ。心は混乱しまくりだ。

実家での最後の夜、まだ肝心の話は終わっていないのに、私を泣かすまいとして父や母は逆に私に気を遣う。私が聞きたいことをふたりでだけ話していて、私に話してくれようとしなかった。それが私には歯がゆかった。今日の出来事を明るく報告なんかしてくれなくていい、パパのお友達が新年会でどんなだったとか、そんなことは私にはどうでもいいことだ!

他の親戚や他人をおもんばかる余裕があるなら、その笑顔で一言私に言って欲しかった。

「よしよし」って。

言わなくてもわかっているだろう?と言うだろうけど、私は特別なのかもしれないけど幼児に言うように猫なで声で言って欲しいと思っている自分が確かにいたのだよ。頭掻きむしってねじ切りたいくらい悔しいけど。

でも、親にあんなにせつない想いをさせるような悪態ついて暴言吐いたことを「ごめんなさい」と言えない私もいる訳だから、おあいこか。

・・・「勘当してくれ」って言わないで良かった。

ただ、こんなにできの悪いムスメでも思っているのだよ。願わくば、やはり父と母にはこれからも安心して暮らして欲しいってほんとにね。楽しく元気にゆったりと暮らして欲しいってね。それには。

その為には。私が。私と妹がそういう、暮らしを、しなくては、ならない、の、だろうな、やっぱり。

妹よ。お前にも苦労かけるよ。こんなでき損ないの猪突猛進な姉を持ってさぞ我慢もしてるだろう。私でさえまだ親に言い足りなくてムカつくこともあるってのにそれでもギリギリのことまで言ってしまうから、あんたは親に言いたいこといっぱい飲みこんでいるだろう。今回は現場にいなくて良かったよ。・・・いろいろごめんよ。

しかし泣いたもん勝ちだね。Sの字くんと話している時もそうだけどたいてい泣くのは私だけ。誰かが先に泣くと他の人はなかなか泣けないもんらしい。でも最後は母も泣いた。父は隠れちまったけどね。ふふ。やだな、安い涙がこうしてまた出てくるのさ。

なんだか一生懸命生きようとしているみたいだ。なんでだろうね。ほんとこればっかしは考えてもわかんない。って言うかもう考えるのそろそろ飽きたしどーでもよくなってきた。いや、いい意味で。




2001年1月2日(火)

あードキドキ。これから飛行機&車を含む長旅だわ。

「 「 「 お知らせ

これから10日間くらい実家に帰ります。
実家ではパソコン通信はできませんので寂しいけど日記更新もその間止まってしまいます。
よろしかったら、さいきん日記過去日記でも読んでください。
正月からユメとチボウにあふれたセカイに行けるかも?

しばらく待っててね〜。待ってて欲しいの。

では、行ってきまーす。




2001年1月1日(月)その2

「 「 「 雑

まだ新年の手帳もカレンダーも買ってない。値段やデザインや使い勝手にこだわりなかなか決められないんだ。まぁ、例年のことだけど。

年賀状届く。半分くらいは私が出さなかった人からのもので、恐縮。明日実家に帰る為、あさって以降に届くであろう第2弾年賀状(私が送ったのもその頃届くのかな)がしばらく見られない。

ともあれ今日届いた年賀状の私が出さなかった人への返事、メールアドレスを書いてくれた人にはメール年賀状を出すことができたが、手元に年賀葉書やそれに類する葉書、用紙の余りがなく、絵葉書はあるけど、切手がなく、今日書くことは諦める。そうなると返事は帰京する12日以降。あ、実家で書けばいいのか。

しまった。実家に帰る荷造り何にもしてない。10日もいるので下着などはもちろんそれ相応の数を持って行くけど、寝間着とかどうしよう。今まで実家に帰るたびにヨレヨレになったジャージなどを借りてそのまま奪って来ていたので、実家にはもうないかもしれない、そういうジャージ。引っ越しの準備してるから古い服などは捨ててそうだなぁ。困った。

土産。空港で買お。父は人形焼(餡入り)が好き。東京への土産。バイト先には福岡限定販売ビッグポッキーめんたいこ味。事務所にはかわら煎餅。あ、去年と同じか、芸がないな、めんたいこは分けて持ち帰るの大変だろうし・・・八女茶はたくさん買うと高いし。ま、いいや、あっちで考えよ。

たくさん年賀状メールをもらう。個別に返事仕切れず、ごめんなさい。下に年賀状もどき書いてます。ひとまずこれで勘弁してください。

そんな訳で10日くらいwebと無関係に暮らすことに。iモードもノートパソコンもないから。実家にもまだパソコンはない。ちょっと寂しいけどきっと菓子バクバク食いながら母とくっちゃべり喧嘩しながら引っ越し手伝いをして10日間なんてあっと言う間だろうな。

時々『笑う犬』のはっぱ隊の歌を思い出す。♪生きてることがラッキーさ/はっぱ一枚あればいい♪・・・うーん、深い。

BGMは中島みゆき『短篇集』より「地上の星」及び「ヘッドライト・テールライト」どっちもNHK総合の『プロジェクトX』の主題曲。豊田商事の債権者の戦い、男女雇用機会均等法などについて戦った人たちの「プロジェクト」を追った番組。最近NHKをよく見るようになった。

芝居の公演も一回一回「プロジェクト」だ。その時の何かの為に、自分も含めた誰かの為に、何かをやり通す。

同じ何かに向かって、しかしまた違う意見を持った人間同士が寝食を忘れて本気で戦い、ぶつかり、伝えあい、傷つけ合い理解しあう。その過程で一言では言い現わせないくらい深い繋がりが生まれ、目標の全部もしくは一部が立ち上がる。

創造というのはフィクションを造ることだと言い切ることはできない。むしろ限りなく真実、本質に近くなければ、現実の毎日を必死で生きる人々には何も届かない。

簡単に「命がけ」と言うなかれ、うさき。今度それを口にする時はもっとお前が今、世界に何をどう伝えたいかを強く強く感じた時だ。その時になって初めてその言葉を使うことを許される。胆に命じておけ。

小さな小さな無名の個人は皆、きっと何かを動かせる力を持っていることを信じて。




2001年1月1日(月)

迎春


昨年中は大変お世話になりました



悩み多き三十路も半ばを過ぎて

勇気を持ってようやっと

本格派不良中年女優を目ざし

本当のスタートラインに立てそうな

そんな予感の新年です



今年もよろしくお見守りくださいませ



皆さんのご健康とご多幸をお祈りして




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