ばんえい競馬は動物虐待か?ということについて

 ばんえい競馬で騎手が馬の尻を叩くシーン。馬にとっては痛くは感じず、肩を叩くくらいの刺激だと聞いたことがあります。しかしその激励の合図は見た目が悪いために虐待だと思われてしまいます。
 しかしそうではないということを、多くの方が胸をはって答えることができるように「虐待ではない」というコメントをまとめてみました。説明の参考にしていただければと思います。
 このことを語りついでいくことが、馬文化を守ることだと思います。
 わかりやすい説明が他にもございましたら教えてください。

まずは「つづけよう!ばんえい競馬」掲示板より引用させていただきました。
発起人の一人である矢野さん、谷調教師、馬術部にいたというよっちゃんさん、通りすがりの営業マンさんのコメントを紹介させて頂きます。


439. ばんえい競馬は動物虐待? 矢野吉彦  2006/12/04 (月) 21:34

これについての私の説明は以下の通りです。

一見すると、ばんえい競馬は、馬を無理矢理働かせているようにも見えます。ムチで叩いて、時には倒れるまで。実はムチは使っておらず、手綱をムチのようにして使っているのですが、叩いている、ということでは同じに見えるでしょう。

でも、例えば、犬や猫。しつけと称してひっぱたく人がいますね。すると、そうされた犬や猫は、叩かれるのがイヤなので、どういうことをすると叩かれるかを覚え、そういうことをしなくなるか、かえって反発して、人の言うことを聞かなくなる、と思うんです。

ところが馬は、毎回、調教やレースで叩かれているのに、人の言うことを聞いて重いソリを引いて前に進もうとする。イヤならやめちゃうんじゃないですか?
イヤな思いをしても、我慢してやれば賞金がもらえる、とか、旨い酒が飲める、旨いものが食える、っていうなら、無理をしているのかもしれませんが、そんなこと、馬にはないですよ。

で、ここからが問題。たとえレースや調教では叩いても、それ以外の時間は、厩舎のみなさんが愛情込めて馬の世話をしています。決して、馬はいつも手荒く扱われているわけではありません。運動選手をきたえるのと同じ。時に厳しく、あとは優しく。だから馬が、人を信頼して頑張ってくれるんです。

しかも、競走馬を叩いて叩いて、だめになるまで使ってすぐ捨てる、なんていうことはしません。厩舎の方々は、長く競走馬として活躍してもらうのが一番、ということで世話をしています。どなたかも書き込まれていましたが、競走生命ということでは、ばん馬のほうが息が長いですよね。

その、人と馬との関係が、動物虐待なのでしょうか。平地競馬に比べたら、よほど愛情豊かに見えるんですけど(そこまでは言わなくてもいいかな)。

ろくにえさも与えず、倒れるまで荷馬車を引かせていたような、哀れな馬の物語と競馬とは、全く別の世界のはずです。

ちなみに、重種のような皮下脂肪たっぷりの馬は、叩いてもそれほどの痛みを感じない、という話も聞いたことがあります。

以上です。ばんえい競馬を文化として多くの人に伝えていくには、こういう説明をする必要があると思われます。私の説明を補足、訂正していただければ幸いです。


440. ばんえい競馬は動物虐待? 谷あゆみ  2006/12/04 (月) 22:47

矢野さんの書かれている通り、厩舎では馬たちはとても平和です。
もし、機会があればバックヤードツアーに来て見て貰いたいですね。うちの馬は皆人を信頼してます。
レースや攻め馬で厳しくするのは騎手の役目。
疲れて帰ってきた馬をいたわるのは厩務員や調教師の役目なんです。
中には何故?と思うほど人に対して敵意を見せる馬もいるし、がみがみと小言ばかり馬に言ってる親父もいますが、そういう異端分子は人間社会の中にも沢山居ますよね。

私は馬に時々こっそり言います。
「うちの子でいる限りは私がお前を守ってあげるからね。」
信頼関係なくしてレースは成り立ちません。
また、レースが虐待であれば、何故馬たちはレースに出る時に張り切るんでしょう?
意気揚々とスタート地点に向かう馬の姿は皆さんもご存知ですよね。
虐められると思っている馬は怯えてしまって、レース前の馬のような気持ちが高揚した様子は見せません。

私は、ばんえい競走馬から仕事場を奪い、何のチャンスも無く食肉用馬にされることのほうがよっぽど虐待だと確信します。
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469. 馬の仕事 谷あゆみ  2006/12/05 (火) 07:40

馬は仕事をすることで人と共に栄えてきた家畜です。
その際たるものがサラブレッドです。
ガラスの足といわれるほどに品種改良されてきたその体と競走能力に対して、無理に走らせるのがかわいそうとか言うのは全く個人の感情論に過ぎません。
ばんえい競走馬も同じです。
年間生産頭数の中の、一部しか競走馬として日の目を見ないのは事実ですが、この生き残っていく馬たちこそが、ばんえい競走馬として品種改良されていくための血統を持っているのです。
解かりますか?
例えば100頭しか競走馬になれないから100頭しか生産しません、ということになれば、体格の小さすぎるもの、十分な力の無いもの、橇を引くことを拒絶するもの、産まれた後から怪我や病気で体に支障をきたすものなど、いろんな淘汰材料によって競走馬として通用するものが減っていきます。
サラブレッドとは規模が違いますが、ばんえい競走馬も開拓時代からずっと、品種改良がなされてきているわけです。
肉体的素質、精神的素質等、揃った馬だけがばんえい競走馬の未来をになった種畜としての切符をもてるのです。
だからこそ、馬の仕事を奪うことが馬という種に対する虐待だと、私は言いたいのです。

かつて私が担当したことにある、ヒカルオーという男馬。
北見開催の時に、朝からさらりと降った雪のせいで運動が出来ず、昼日中に運動をしたことがありました。
昼間に手入れをしてから馬具をつけて運動場へ向かいます。
左に曲がれば運動場、右に曲がれば装鞍所とパドック。
ヒカルオーは張り切り、勇んで右に曲がっていきました。
いかにも「俺に任せろ!」と言わんばかりに。

馬は自分の仕事をわかっています。
レースで負ければ悔しがります。
精一杯走ってもう動けない…と言うとき、大きくいななきます。

馬は仕事をすることで栄えてきた生き物なんです。
それを理解してください。
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776. 虐待だと言う誤解 谷あゆみ  2006/12/12 (火) 07:47

何処(web)に行っても動物虐待の文字が目に付く現状。
馬がレースに出る時張り切っているって事。
厩舎では大切にされているって事。
鞭ではなく手綱で叩くのは激励的意味であり、
痛さで強要している訳ではないこと。
これらを、初めてのお客さんやすでに誤解を持ってみている人達にどうやって分かってもらうかが必要ですよね。


446. 馬を動かすということ よっちゃん  2006/12/04 (月) 23:54

 本日帯広市役所に行かれた皆様ありがとうございました。
 私ばんえいの騎乗経験はありませんが大学時代に馬術部にいました、そこで馬に乗っていたのでその知識と経験から矢野さんのフォロー(になれば)させていただければと思います。
 競走馬と重種馬と付け加えれば競技馬は持っている能力または期待される能力の特徴がそもそも違うということです。競走馬はより早く走ることを求められますし、ばんばは力強さを求められます、また競技馬は障害をミスなく飛越するまたはあらかじめ決められた動きや動作を美しく騎手の指示に従って行うことが要求されます。
 それでは言葉が基本的に通じない馬にどうやって動いてもらうかですが、これは「扶助」と呼ぶ人間の馬に対するコンタクトによるもので動かします、たとえば競技馬では馬の重心に人間の体重の中心を置き、両足の太ももで馬の両脇バラを軽く圧迫すると「歩け」という指示になります。
 そのほかにも「キャンター」「ギャロップ」「停止」等言葉以外の体や手綱の動きで馬への指示は行います。
 つまり基本的に人間と馬のコンタクトは「接触」という行為によって成り立っているのです、そしてその接触の仕方は目的に応じて違うということなのです。ちなみに「馬は鞭でたたかれると痛いからより早く走る」と考えている人は大間違いです。
 馬は鞭を見せられると「痛そう」だから早く走るのです、本当に「痛い」鞭で叩いたら、馬は痛みに耐えかねてその場で立ち上がるか逃げようとして逸走するだけです。
 中央競馬のジョッキーが持っている鞭をよく見てください、先に画鋲でも付いていますか?付いていませんよね、彼らは鞭を使って馬を刺激し、その闘争心を引き出したり叩く音で馬の前に行かなきゃという気持ちを後押ししているのです。それがむちという形態をしているほうが扱いやすくて効果的でノウハウが蓄積されていて見栄えが良いから使っているのです。
 ばんえいだって一緒だと思います。その扶助は重い荷物を運ぶには反動が必要だから重心を後ろにずらすために一旦口を割るほど手綱を引くのです。そして手綱だけでは補えないコンタクトを取り続けるために後ろから手綱を接触させることにより馬の気持ちを途切れないように工夫しているのです。そればばんばと騎手の気持ちの通わせ方なのです。繰り返しになりますが本当に鞭が痛かったら馬は逃げようとして暴れるだけです。
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449. 446の続き よっちゃん  2006/12/05 (火) 00:12

 それから馬を無理やり働かせているというのにも反論しますが、馬は猫ではありません。猫なら一生部屋の中で寝てるのが幸せでしょうが、怪我も無い様な健康な馬を一週間以上部屋の中に閉じ込めたら下手したら精神状態がおかしくなります。
 彼らは草食動物なので「動き続ける」という行為が本能にインプットされています。じっとしていることは却ってストレスになるのです。
 それを人間との共同生活の中で解消しようとすると足が速いサラブレットは走るということになりますし、体格に優れたばんばは荷物を運ぶということになるのです。
 ばんばを動物園に入れたところで決して幸せにはなりません。人間に信頼され、騎手と共同でその「前進力」という能力を発揮し、「おつかれさん」とたてがみをなでてもらうことが彼らの幸せなのです。
 440で投稿されているのはばんえい競馬調教師の谷あゆみさんです。ぜひ一読してください。

533. 価値観の違い 通りすがりの営業マン  2006/12/07 (木) 00:24
「ばんえいは面白い!サラブレットの方が残酷だ、ばん馬はムチで打たれても肩たたき程度にしか感じていない」「明白な動物虐待だ!人間のエゴに馬は黙ってついていくしかない、かわいそうで見ていられない廃止賛成!」どれも誰も正解!としか感じないのは私だけでしょうか。
人による感じ方はなかなか理屈じゃひっくり返らないですよね。
ばんえい競馬を全ての人にわかってもらうのは難しいというか
無理だと思います。
ただし、この不思議な200m走に理屈抜き、説明抜き魅せられる人はまだまだ多くいるはず。
まだ本当の意味でこの競馬の賛否を論じるにはこの競馬の存在自体が知られ無さ過ぎるのが非常に残念です


以下、ブログの紹介です。

地方競馬に行こう!さんからの引用です。
 もちろん、レースで少しでも良い成績を得るため、手綱を使いお尻を叩きます。それは、軽種のレースより、派手に見えてしまうかもしれません。
 これについては、以前、良く知る方に、ネット上で、「2001年にフランスのペルシュロン大会(Cheval Percheron Francais)でばんえい競馬が招待された際、ムチの使用云々を取り沙汰されることが危惧されたのですが、現地の生産者は軽種の競馬との違いを感覚的に理解してくれ、全く苦情は出なかった。」 という話を聞いた事があります。
 重種馬の性質、皮膚の厚さ、それらを勘案すれば、残酷といえるようなものではないのではないかと思います。

PIYO牧場の日記・ばんえい競馬は虐待?!


12月26日のNew York Times の記事も印象に残りました。
A Horse-Racing Tradition Lumbers Into Its Final Stretch

Since he started working in horse racing at age 15, Mr. Abe said, he realized that people’s attitudes toward animals had changed, at least in the cities. In Sapporo, Hokkaido’s capital, Mr. Abe collected signatures in a campaign to save draft-horse racing.
“Instead, some people asked me to stop what I was doing ? that they felt sorry for the horses because we whip them,” he said.

安部憲二騎手へのインタビュー部分です。きれいに訳せないのでだいたいのことを。
安部騎手は15歳の時から競馬場で働いていたそうですが、少なくとも都市では、人々の動物に対しての態度が変わってきたと。
札幌での署名の時に何人かの人にこういわれたそうです。馬をムチで叩くのはかわいそうだ。署名するからそのかわりにそれをやめてくれ…

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