Birth Day


短めの緑の髪を揺らして少女が駆けて行く。と言っても手にはコワレモノ注意な物を抱えているのでそれなりに速度を抑えて、でも気持ち的には最速で。
彼女の仕事は連絡係。唯一与えられている仕事だった。今も仕事の為にある場所に向かっている──が、両手で大事に抱えているそれは仕事とは何も関係がなかった。まだ幼い彼女は仕事と私事を分けていない。
目指しているのは山の麓にぽつんと建っている、家と言うよりは小屋と言った方がいいような建物。

こん、こここん

特徴的なノックをしてから、そっとドアを開ける。すぐには中へ入らず、まずドアの隙間からちょっと中を伺い見る。小屋の中には先客がいた。
「ジャファル」
弾むような声で、先客の名を呼ぶ。ちょっと声が大きすぎたかと思って、慌てて片手で口を押さえる。大丈夫かな?と、問うような瞳で先客の顔を見ながら静かにドアの内側に身を滑らせる。。先客──ジャファルは特に何も言わずに座ったままこちらを見ていたので、ニノはテーブルの上にちょこんと荷物を置くと、慌ててとって返してこれまたそっとドアを閉める。
「ごめんね、待った?」
「……大丈夫だ」
彼を知らない人ならば、やはり怒っているのではないのかと思うような低く感情を抑えた声。
ニノも今でこそそうではないと分かっているが、最初のうちは自分が何かへまをして怒らせてしまったのではないかと心配になったものだ。

「──それは、一体何なんだ?」
ニノがテーブルに置いた荷物を一瞥し、恐らく仕事とは関係のなさそうな物だと思いつつ、一応訊いてみる。
「これはね、ジャファルへのお裾分け」
えへへと笑みを浮かべながら、慎重に箱の中身を取り出す。意味が分からずきょとんとしているジャファルの前に差し出されたのは、表面にバタークリームを塗っただけのシンプルなケーキであった。一応スポンジの間にはイチゴやオレンジなどのフルーツが挟んであるようだ。
「昨日、誕生日プレゼントだって兄ちゃんたちに貰ったんだ。ジャファルにも分けてあげようと思って持ってきたの」
ニノは、確かこの辺に……とか呟きながら戸棚の引き出しを漁ってフォークを取り出し、ジャファルに差し出した。ケーキは一切れしかない。ニノが取り出したフォークも一つ。
「俺一人で食べるのか?」
「だって、あたしは昨日食べたもん。その一切れは、何とか兄ちゃんたちから死守したの」
正直甘いものは苦手なので逡巡したが、こちらに向けられたニノの嬉しそうな顔を見ると嫌とは言えない。覚悟を決めて食する事にする。まずは一口。
うん、それ程甘くない。これなら何とか食べられそうだ。
「そんなに甘くないでしょ?」
ジャファルの気持ちを察したかのようにニノが訊く。
「ああ、うまいな」
ニノは、ちょっとはしたないかな?とか思いながらも、テーブルの上に腰掛ける。こうした方が、ジャファルと目線を合わせて話せるから。ケーキを口に運ぶジャファルを見ていて、スカートの裾を必死に押さえながらふと思い立ったかのようにニノが質問をする。
「そう言えば、ジャファルの誕生日っていつなの?」
「さあな……」
「分からないの?」
「俺は、赤ん坊の頃に捨てられたからな。親が誰だったかも分からないし、いつ生まれたのかも知らない」
それをネルガルに拾われたのだが、そこまでは話す必要はないと思って言わなかった。いや、今までだってこんな風に自分の生い立ちなどを誰かに話した事はなかったのだが、どうもこの少女の前だと調子が狂う。
「じゃあ、今日がジャファルの誕生日って事にしない?」

ニノの突拍子もない提案に、ジャファルは思わず目を丸くする。ケーキが喉に詰まるかと思った。何を……と言い掛けたが言葉にならない。
「あのね、あたしも自分の誕生日、分からないんだ」
それまで曇りのなかった少女の表情に僅かにかげりが生じる。
「母さんに聞いても……教えてくれなくて……」
ニノは多くを語らなかったが、あのソーニャの事だ、ニノが傷付くようなことを言ったのは間違いない。
「そしたらね、兄ちゃんたちが『じゃあ、今日がニノの誕生日だ』って言って、それから毎年祝ってくれるようになったの」
ニノはようやく笑顔を取り戻すと、だからね、と言葉を続けた。
「今日がジャファルの誕生日、そうしない?」

ここでニノの提案を却下すれば、再び彼女の表情は曇るだろう。全く、この少女と居ると調子が狂う。
「お前がそうしたいなら、そうしろ。俺はどうでもいい」
ぶっきらぼうにそう答えると、ジャファルは残りのケーキを食い尽くした。

end