笑顔の行方 -1-


「ニニアンを、置いて行くっていうの!?」
船上に、リンの怒声が響く。

ファーガスが、ニニアンは疫病神かもしれないと言い、
ヘクトルもニニアンを魔の島に連れて行く事には難色を示した。

「……それでも、連れて行くわ!」

「リンディス?」
エリウッドは、どこか、核心めいた表情を見せるリンを見て、
ただ闇雲に連れて行くと言っている訳ではないと、判じた。

「…彼女を見て、思い出したことがあるの。
以前、ニニアンに会った時…
彼女とその弟は、
黒衣の一団に追われていた。」
先程までとは違い、静かな口調でそう告げる。
「黒衣の…?
まさか…!」
ヘクトルも漸くリンの意図を察する。
「そう、多分『黒い牙』よ。
あの時は気付かなかったけど…
今なら、はっきり分かる。」
「どうして?」
「なんて言えばいいのか…
彼らのまとう風には、
独特の”匂い”があるの。」
草原で、風を見て育った少女。
彼女には分かる確かな何かがあった、という事か。
「…それが事実だとすれば、
彼女は今も追われているのか?」
「…かもしれない。
だから、ここに置いていけない。
私が守ってみせるから、
彼女も一緒に…。」
エリウッドは、リンを見てから、ちらりとニニアンの方を窺う。
「…そうだな。
確かに、僕らがそばにいて
守ってあげた方がいいだろう。」
「ありがとう。」
リンは、これから厄介事に巻き込まれるであろうと言うのに、
安堵の表情を見せた。

ニニアンは、恐らくは今迄の会話を聞いていた筈なのだが、自分の事に付いて
議論がなされていたというのに、まるで無表情でそこに立っていた。
記憶が朧げとは言え、自分の名は分かっている筈なのに……。

──怯えているのかもしれない。

エリウッドはそう判断し、彼女を驚かさないように、静かに近付く。

リンは、連れて行くと言い切ったけれど、一応本人の意思も確認するべきで
あろう。エリウッドは、そっと彼女の手を取ると、出来うる限り優しい声を出す
ように努めて、訊いた。
「僕らは、今から
あの島に行くけれど…
君も来るかい?」
「はい…
どうか、いっしょに
お連れください…。」
か細い声で返事をする。

手を握った感触で、少しは気を許してくれているのではないかと思う。
だが、その瞳には決してエリウッドを映そうとはしない。
どこか、遠くを見るような目。
不確かな記憶のまま、
それでも、離れ離れになってしまった弟の身を案じているのか。

エリウッドは、ふと、彼女の笑顔を見たことがないな……と、思った。

以前に出会った時も、終ぞ笑顔を見せた事がなかった。
笑ったら、きっと可愛いだろうに、彼女から笑顔を奪っているのは、
やはり『黒い牙』なのか……。

彼女の笑顔が見たい。

そんな、ささやかな願望がエリウッドの内に産まれる。
彼女の憂いを晴らしてやれば、彼女の笑顔が見られるだろうか。

その為には、まず魔の島へ向かうしかない。
魔の島へ、父を探す以外に、もう一つの目的が増えた。
エリウッドは、その碧い瞳をニニアンと同じく魔の島の方角へと向けた。


continue

2003/10/27

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