笑顔の行方 -3-


エリウッドの右腕が、小刻みに震える。
デュランダルを握る、その腕が。
そして、その刀身に流れる血は──。

家族でもなく、友人でもなく、
初めて守りたいと思った人の、
……尊い血。

人──ではなく竜であったその身体は、
最後の力を振り絞るように、身を捩っている。

「ほら、見るがいい。
最後の力をふりしぼって
もう一度だけ、
人の姿に戻ろうとしているぞ。
今なら別れの言葉でも
かけてやれるのではないか?
もっとも、
もう助からんがな。」
ネルガルの声が、冷たくその場に響く。

「ネルガルッ!!
貴様ぁっ!!」
エリウッドの身体は、怒りにより更に震える。
剣を握り、ネルガルに降りかかろうとするが、腕の震えが
それを許さない。

「私ではない。
お前だよ、エリウッド
お前が死なせたのだ。
お前がな…」

ネルガルが、去り際に放った言葉が、エリウッドを追い詰める。

「う…ああああっ!」

「落ち着けっ!
しっかりしろエリウッド!」
ヘクトルは、友人のこのような姿を見るのは、初めてであった。
友人は、悲しいのか苦しいのか、顔を歪ませる。
「僕は…!
僕は……!」
その瞳は、微かに潤んで、ヘクトルは友人の顔をまともに見る事が
出来なかった。

竜の姿は、いつしかエリウッドの良く知る見慣れた姿、
長くて美しい淡緑の髪、紅の瞳の姿に変わっていた。

「エリ…
ウッドさま…」
か細い、絞り出すような声。

「…ニニアン!?」
エリウッドは、硬直してデュランダルを握り締めたままの右手を、
左手でその指を引き剥がすようにして、漸く剣を離すと
ニニアンの側に駆け寄る。
リンとヘクトルもそれに倣うように駆け寄ってきた。

ニニアンは、エリウッドの呼びかけに答えようとしたが、
僅かに身を捩っただけで、身体に激痛が走る。
「…ぁ…」
と、小さな悲鳴を上げ、苦痛に耐えるように、瞳を伏せる。

「ニニアン! ニニアン!」
ニニアンを苦しませる、その痛みを与えたのが自分なのだと思うと、
エリウッドの身体の底から、ざわざわとしたものが駆け上がり、
身体中から汗が噴出す。

取り返しのつかない事をした。
ただ、それだけは、はっきりと判る。
だが、自分がした事を頭で理解する事はまだ出来なかった。

ニニアンの目が、うっすらと開き、エリウッドの顔を見つめる。
「エリウッド…さま」

「ニニアン…
死なないでくれ…
僕は…
僕はなんてことを…」
エリウッドは、必死にニニアンの身体を抱きかかえる。
今にも、その指の隙間から零れ落ちてしまいそうな命を、
掬い取ろうとでもするかのように。

ニニアンは、ゆっくりとその右腕を伸ばし、エリウッドの頬に触れる。
「良かった…」
「え…?」
何故か安堵に満ちた声に、エリウッドは、ニニアンの顔を見つめ返す。

「エリウッドさまが無事で…
良かった…」
今まで見た、彼女のどの笑顔よりも、柔らかく自愛に満ちた笑顔で、
ただ本当に、エリウッドの無事だけを、喜んでいる。

彼女の笑顔を見たいと思った。
彼女の笑顔を守りたいと思った。

──違う……ニニアン!!

僕が見たいと思った笑顔は、
僕が守りたいと思った笑顔は、
こんな悲しい笑顔じゃない──!

ニニアンは、安堵の笑みを残したまま、再びその目を閉じる。
エリウッドは、その両腕に掻き抱いた細い身体から、
急速に力が抜けていくのを感じた。

脳髄の奥で、何かがきしりとずれる。
全ての感覚が失われたかのように、周りの風景がぼやけ、
音が途絶え……。

「…ニニ…アン
ニニアン?」
嗚咽混じりの声は、自分の声ではないようであった。

何故、自分の声が嗚咽混じりなのかと考えてから、
漸くその原因を理解する。

「うそだ…
返事をしてくれ…」

先程まで、微かに聞こえていた吐息が、もう聞こえない。
口唇も、伏せた睫も、微かに震える事すらない。
腕の中の身体から、徐々に体温が失われていくのが分かる。

「ニニアンーーーーっ!!!!」

エリウッドの咆哮が、空に響く。

フェレの若き公子は、その日初めて後悔という感情を知った。
いや、今迄、悔いた事がない訳では無かった。
だが、今日覚えた感情に比べたら、今まで感じたものは後悔であるとは
言えない気がした。

それとも、この感情は後悔ではないのか。
悲しみ、挫折、絶望、
色々な感情がない交ぜになり、まともな思考が出来なくなる。


ぼんやりとした思考の中で、ニニアンの笑顔が
水面に映る月のように、優しく揺らいだ……──


end

2003/11/10

〜あとがき〜
サイト開設3周年企画として描いた&書いた『エリ×ニニ劇場』。
これは、小説といっていいのかどうか……。
作中に出てくるセリフは全てゲーム内で出てくるセリフと全く同じです。
セリフ以外の部分は全て私の創作……なので企画ものとさせて頂きました。

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