恋の鞘当
マギ・ヴァル大陸全土を巻き込んだ大きな戦争もようやく終結を迎え、ジスト傭兵団は相変わらず傭兵稼業を続けていた。
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マリカは腕も立つし常に冷静で傭兵としては申し分ない。だが、隊長である自分に盲信的すぎるところがジストの悩みの種だった。
マリカに慕われているという事自体は正直嫌ではなかった。だが、傭兵という仕事は何があるか分からない。もし万が一自分の身に何かあったらアイツはどうするだろう。例えば自分に恋人が出来たら……。
そこまで考えて、いや、マリカは俺に恋人が出来たって顔色一つ変えることはないだろう。アイツはそういう奴だ。寧ろ変に気を回して俺と距離を置こうとするかもしれない。
そう思うとジストはそれはそれで何だか寂しいものを感じた。
マリカの真っ直ぐな自分への想い。それが恋心なのだと流石にジストも気が付いていた。
あの想いが自分に向けられなくなる日が来るのと、一生向けられるのとどちらがいいだろうと考えて、ジストの気持ちは固まった。
──あの真っ直ぐな気持ちを受け止め続ける方が良い。
さて、そうと決めたら善は急げと行きたいところだが、何しろ相手はあのマリカだ。正攻法で行っていいものかどうか悩むところだ。いや、それ以前にそれっぽい会話に持ち込む事が出来るのかどうか──。
//*//
マリカは、相変わらず剣の鍛錬に余念がない。この日も朝からずっと剣を振るっているようだった。
「よう、マリカ。相変わらず、精が出るな」
まずは何気なく近づいてみる。探り探りだ。
「隊長」
即座に訓練の手を休めて、ジストの次の言葉を待つ。マリカは、わざわざ訓練中に自分に声を掛けてくるのは当然仕事に関する話があるからだと思っている。
「ちょっと一休みしたらどうだ?」
「心配ない、さっき休んだ」
いきなり挫けそうになる。
「いや、でも、その……あ、あれだ。昼飯は食ったのか?」
「だから、さっき食べた。その為の休憩だ。」
「なんだ、もう食っちまったのか。一緒に食べようかと思ったんだが……」
「隊長が一緒に食べろというなら、もう一度食べてもいい」
「いや、そこまでしなくても……」
さて、どうしようかと頭を掻く。
「じゃあ、そうだな、夕飯を一緒に食べるっていうのはどうだ?」
「隊長、今日は何かあったのか?いつもは一緒に食べていない」
傭兵団の中では、休憩は時間差でとる。団員の少ないジスト傭兵団では特に一緒に休憩をとることは滅多にない。例外は他の軍や傭兵団と合同で動いていて人員に余裕がある時くらいだ。
「ん……だからな、たまには一緒に食べるのもいいと思わないか?」
「どうして?」
「その、味が違うって言うか……」
「隊長の言っている意味がよく分からない。一人で食べようと大勢で食べようと味は同じだ」
ジストは思わず、ため息を吐いた。
──ダメだ、全然色っぽい会話にならねぇ……。
本当に自分がマリカに好かれているのかさえ、不安になってくる。
「隊長」今度はマリカの方から口を開いた。
「それより仕事の話があるんじゃないのか?」
「……仕事?」
「訓練中なのに、わざわざ声を掛けてきた」
「うーん、仕事に関係なくても話したい事がある、と言ったら?お前、俺と話すのが好きだって言ってたろ」
「す、好きとは言ってない。嫌いじゃないって言っただけ」
「同じ事だろうが」
あまり表情が変わらないので分かりにくいが、マリカはうっすらと頬を染めている──様な気がする。
お、なんか、形勢逆転ぽい。
「お前、照れてるんだろう?」
「て、照れてなんかいない。今日の隊長は、なんかおかしい。意地悪だ」
言ってマリカは、すたすたと歩き始めた。
「どうしたんだよ、マリカ。怒ってるのか?」
慌ててジストはマリカに追従する。
「もう、知らない」
こちらを振り向こうともしないマリカを、肩を掴んで引き止める。
そのまま後ろから覆いかぶさるようにして、ジストはマリカに口付けた。
「えっと、怒った時はこうしたら機嫌直してくれるんだったか?」
「き、聞こえてたのか?あの時……!」
ジストはマリカが逃げ出さないように、後ろから抱きしめている。
「いや、聞こえてた訳じゃない。今、俺がそうしたかったから、しただけだ」
「どうして?」
ここまでやって、どうしてこの女は分からないのかと、心の中で呟きながら、ジストはマリカの耳元に口を近づけて、囁いた。
──ストレートな、愛の言葉を。
マリカは、耳まで真っ赤になって、固まった。
end