手負の獣


──額から、滴り落ちる血……

それが、彼自身のものだと気付いてはっとする。
よく見ると致命的なものではないが身体のあちこちに傷を負っている。
ただ、返り血に紛れて、目立たないだけで……。

つい、彼に目を奪われた、その隙に敵兵が私に切りかかってくる。
次の瞬間、私を庇うように間に入り、敵兵を切りつける彼の姿が目に入った。

──彼の傷がまたひとつ増える。

「レイヴァン様……」

肉を切らせて骨を断つ。
彼の戦い方は、正にその言葉通りと言ってよかった。
だが、彼ほどの剣技の持ち主ならば、あれ程までに敵の攻撃を受けるであろうか?

──まるで、避ける気がないような……

「かなりの……、お怪我なのでは、ないのですか?」

彼は、私の声など聞こえていないかのように、横を向きトルバドールであり
彼の妹に話しかける。

「プリシラ、ライブを頼む」
用件のみ、簡潔に。


傷を癒した後、すぐにまた前線へと向かうレイヴァンの後を、ルセアは慌てて
追従する。

「レイヴァン様、お待ち下さい……」
レイヴァンは、ふと立ち止まり、振り返る。どうやら聞く耳は持っていてくれそうだ。
「何故、あのような戦い方を…?
レイヴァン様ほどの剣技があれば、攻撃をかわして対処出来た相手のはず……。
なのに……まるで……」
「まるで……何だ?」
「……わざと、相手の攻撃を受け止めていらっしゃるように、思えます。
受け止めた上で、流してはいらっしゃるようですが、それでも……」

──先ほどの、血に塗れたレイヴァンの姿が脳裏によぎる。

「それが俺の、戦い方……だからな」

一瞬、間を置いて、言い直す。

「──いや、違うな。
俺は……そういう風にしか、戦えない……。
……悪いな」
「いえ、迷惑だとか、そう言う訳ではないのです。
……ただ、心配なのです。
いつか、いつ……か」
「何時か、何だ?」
「いえ、何でも……ありません」

「……命を落とす……とでも言いたいか?」

ルセアは俯きかけた顔を上げ、その碧眼をレイヴァンに向ける。

「お前は、俺に復讐を諦めて欲しいと……、言ったな。
俺も、お前の言いたい事は、分かる。
──だが……」
レイヴァンは、そこでひとつ深い溜息を吐いた。
「このどうにもならない復讐心を抱えて生きていくのと、
戦場で命を落とすのと、どちらがましだろうな……。
……お前は、どっちが良いと思う?」

「レイモンド様……」
ルセアは思わず息を呑んだ。
「私は、私は、レイモンド様には、復讐の事など忘れて……生きて……
生きて欲しいと……」

レイヴァンは無言で軽く頭を振るとその身をくるりと回して、再び戦列へと
戻って行く。

「──レイモンド様!」

今度は、二度と振り返らずに……──。




その日もエリウッド達の軍勢は、戦火の渦中にあった。

前線で、眩しいほどの閃光が炸裂する。
ルセアの光魔法の光であった。
近くにいたレイヴァンがふとそちらを見ると、ルセアは膝をつき、肩で息を
している。

「ルセア、あまり無理をするな。
それでなくてもお前は、身体が弱いんだぞ?」
「……大丈夫、です。」
「何故それほどまでに無茶をする?
最近やたらと前線に出ているだろう……お前らしくもない」

「……私は、まだ修道士です。もっと経験を積んで、司祭になりたいのです。
その為には、戦わなくては……」

「──司祭……に?」
ルセアは左手で自分の胸を押さえながら、キッとレイヴァンの顔を見上げる。
「司祭になれば、杖が……回復魔法が使えるようになります。
私は、レイモンド様を癒せる存在になりたいのです。

レイモンド様──あなたが御自分の身を守る気がないのなら、私が守ります。
あなたがどれだけ傷付こうと、私が癒して差し上げます。

……死なせは……しません!」

レイヴァンは、暫し、あっけに取られた様な表情を見せてから、くるりと背を向けた。


──あなたはまたそうやって、私に背を向けるのですか……


「──全く、仕方がないやつだな……。
だったら、余計、あまり無茶はするな。
それで、無理をしてお前の方が死んだら元も子もないだろう?
第一、そんな事になったら、それこそ俺が……困る……」言って振り返り、ルセアに見せた
その表情は、困惑の表情こそ混ざっていたが、かすかに微笑んで……かつて
コンウェル家が幸せだった頃──その頃には、よく見た笑顔──を思わせた。

「だから、前線に出るのなら、あまり俺の側を離れるな。
お前が司祭になるまでは、俺が──守ってやる」
「は、はい、レイモンド様」


戦場を、一陣の風が吹き抜け、ルセアの長い金の髪がなびく。

──気持ちがいい……

戦場で、そのような感情を抱いている自分が、何だか不可思議だった。
だが、今は──レイヴァンが自分に背を向けず、側にいてくれる──それだけで
戦地に身を置いている事への不安は消えていた。知れずと笑みがこぼれる。

──レイモンド様は、やはり昔と変わっていらっしゃらない……ならば何時かは──

ルセアは穏やかな微笑を湛え、レイヴァンの復讐の炎がいつか消え行く事を、
再びあの頃の笑顔に戻ってくれる事を、神に祈った……──


end


2004/07/21



〜あとがき〜

レイヴァンメインの話を書きたいと思っていたはずなのに、気が付くとルセアメインっぽくなってしまいました。
そいういう訳で(?)、そのつもりは全然無かったんですけど、どうしてもと言うか、やはりと言うかナチュラルにレイルセっぽくなってしまいました。
男×男とか苦手なわけじゃないんですけど、寧ろ、うちのサイトで扱ってないだけで、全然平気(と言うか、 他所サイト様は、そういうところも含めて、見回っております)なんですけど、でも、実はレイルセは 苦手と言うか、自分ではどうもいまいち受け付けないんです。

でも、話を練っているとどうしてもレイルセっぽくなってしまって、某M様に相談した結果、レイルセっぽくなるのは 仕方が無い!という結論になりましたので、開き直って書いてしまいました。

以前イラストで描いた『手負いの獣』は、この話をイメージしつつ描いていたので、背景画も使い回しに なってしまいますが、そのイラストを使用しております。ちなみに、流血はかなり加筆してあったり……。