第一章 「トモコ」

あらすじ

 ラフに暮らす女性、それがトモコである。彼女は今では珍しい「探偵業」を生活の糧として日々暮らしていた。趣味は仕事に賭事(ドックレース)、それに酒と言いきれるほどシンプルで、お金が入れば、まずそれ以外の使い道は考えられなかった。あるとしても、生活費と宇宙船の維持費位なものである。そんな彼女のもとへ、一人の若い女性が現れるのだった。もちろん仕事の依頼である。

ドックレース

 ハズレ券が舞うレース場のコンコースに、トモコは立っていた。今、見たものが現実なのだ。
そして目が点になったトモコはつぶやいた。
「また・・・はずした」
 トモコは日が陰りはじめたレース場を出ると、広い空を仰いだ。目を移すと、高台にあるレース場からは、夜の灯がともりはじめた、アントンズの街並みが見えた。

「明日はシゴト・・・かぁ」
 そうつぶやくと、トモコはレース場を後にして、いつもの酒場へと向かった。

居酒屋オールドアントンズ
 海が見える酒場、それがトモコお気に入りの居酒屋オールドアントンズだ。その外観は多少寂れている、特に最近は看板のネオンサインを修理していないので、「ようこそ!」の部分がチカチカ点滅していた。

「何?」と、この店のマスター、マリオはその特徴的なヒゲを動かした。
「だからァ、ビール!」
 トモコは、空のジョッキを振りながら、マリオの顔を見た。トモコの目は、すわっている。

 マリオはあきれた目を、トモコに向けた。
「ナニヨ、その目は?」
「いや・・言いたかないんだけどね・・・」
呼出音
 すわっていたトモコの目が、ますますマリオに向けられる。
「わかってますゥ!ツケがたまってるって言いたいんでしょ!」

 マリオは目をつむり、その厚い眉毛をグイッと上に上げ、呆れ顔をすると、グラスを磨きはじめた。

 その時、トモコの腰についていたキーフォルダーフォンの呼出音が鳴りはじめた。そして、トモコのすわっていた目が、一瞬シラフに戻った。マリオも、グラスを磨いていた手が止り、トモコを見る。目が合った。

「ホ〜ラ、お客さんだ!これでサッパリ清算よ!」
 そう言うと、トモコの表情には生気が戻り、店を飛び出すと暗闇へと消えていった。
 マリオは、その表情に微笑みを浮かべると、キイキイ鳴る、トモコの去った扉に向かって力強く言った。
「お勘定!!」
トモコの自宅
 水平線の見える、テラス付きの小さな家。それがトモコの自宅兼事務所である。海辺に近いせいか、小波の音が聞こえる。そんな家の前に一人の女性が立っていた。海風が若干あるので、長い髪がなびく。彼女はインターフォンの小型ディスプレイの指示に従って、かるく手をかざした。

 女性はインターフォンから、トモコの声が聞こえると、ホッとしたようにまぶたを閉じた。その女性の身なりは上品だったが、インターフォン越しのトモコの声は荒く、かすれている、奇妙なほどに釣り合っていない。
依頼人トモミ
「ちょっと、待っていてください・・・もう少しで行きますから」
 トモコは途中で、何度もキーフォルダーフォンに向かって話した。自宅の前に人が立ち、その人物がハッキリ見えるようになった。自分とは違う、上品さと身なりを見て取ったトモコは、そそくさと自分の身なりをただした。そしてその人物に近づく。

 上品な女性は、トモコに軽く会釈をすると、自己紹介を始めた。
走る宇宙犬
 走る宇宙犬、それは、トモコの事務所に貼られたポスターである。

 トモコはキッチンで、飲み物をこしらえると、トレーにのせて、リビングにあるテーブルに置き、トモミに勧めながら言った。
「・・・えっと、なんて言いましたっけ、その宇宙船」

 ソファーに座り、ポスターを見ていたトモミは、トモコの方を振り向くと答えた。
「アチチュードです」
観察眼
 トモコの家の、海側の出窓は大きく、そこからは夜の海が見渡せた。夜だったので、遠く水平線は、暗闇に隠れて見えなかった。

 トモコはさりげなく、依頼人であるトモミを見る。性格や言葉づかい、しぐさなど無意識のうちにトモコはトモミをチェックしていた。長年、探偵業を営んでいる彼女にとって、それはごく自然な事だった。

 だが、観察すればするほど、トモミが自分にそっくりな風貌をしている事に、トモコは内心驚いていた。

「探して下さい、アチチュードを・・・今、このヴィバに来ているはずなんです」
 トモミはそう言うと、トモコの勧めた飲物を一口飲んだ。

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