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■ 耽読の時
第21回 鈴木道彦『越境の時』(集英社新書)

 私の目下の個人的な懸念は、東日本大震災を受け、「非常時」という言葉の下、有無を言わせぬ形で大規模な国民統合が行われるのではないか、ということである。関東大震災において日本社会は「治安のため」に朝鮮人や社会主義者を虐殺した。物理的でなくても、心性上の破壊行為がこの社会で再び生じない可能性は残念ながら少ない。大いなる破壊の予兆としての抑圧は既にどこかで始まってはいないか、そして自分自身知らず知らずそれに加担する立場に立ってはいないか、と自問を繰り返している。
 鈴木道彦のこの書は震災前に書かれたものであるが、こうした私の懸念に大きなヒントを与えてくれる。「戦前の植民地帝国日本の歴史が残したものにどう向き合うのかということは、戦後日本の果たすべき最重要な課題である。」(『異郷の季節』みすず書房)とする著者にとって、「日本人を写す鏡」とは「在日」という言葉である。「この語によって差別を繰り返してきた過去の日本人の醜さなどが浮かび上がるからだ」という理由は尤もだ。そもそも国民ではなく、時に住民からも排除される在日の存在は、確かに日本社会の毒に敏感に反応するカナリアのような存在であり、日本社会の自由度を示すリトマス紙的な意味を持つものと言える。
 その鈴木氏を私たちは11月26日「永住外国人地方参政権シンポジウム」に迎える(鳥取市さざんか会館13:30〜)。「3.11以降、なお在日であることは可能か?」というこのシンポジウムのテーマは「アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である。」というアドルノの言葉を下敷きにしたものであり、戦後ドイツ社会のあり方と比較し、今後の日本社会のあり方を厳しく問うているものである。日本社会に対する警鐘という歌を在日というカナリアがどれだけ歌い続けることが出来るのであろうか。繰り返すが、このことは日本人が答えるべき課題である。

                                

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澤 弘一
(さわ こういち)
 地方公務員。思想的出自は浜崎洋三。現在という時空において、関係とは、存在とは、美とは、といったことについて 思考を巡らせている。


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