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■ 単調亭日常
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| 第五回 「納豆ワーク思考」ねばねばです |

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わたしの趣味の一つは自転車に乗って家の近所をあっちこっち散策することだ。
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路地裏探検はわたしに多くのことを教えてくれる。岡山市には旭川からの水路が縦横に張りめぐらされていること、水路は季節に応じて表情を変えること、自然はいつでもつぎの準備をしていること、たとえば冬にも枇杷の花が咲いていること、などだ。
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ところでわたしの探検範囲にすごい豪邸がある。誰が住んでいるのか知らないこの家の前を通りすぎるとき思うことがある。この世界の富の分配はけっして公平になされていない。統計上の平均年収や平均資産額なるものが、こういう人たちも勘定に入れているのならどれほどの意味を持つのだろうか。
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| A・L・バラバシ著「新ネットワーク思考」NHK出版を読んだ。 |
ネットワークについての考察は1920年代に「史上最高の頭脳をもった宇宙一おかしな」数学者エルデシュがランダム・ネットワーク理論を確立して以来
90年代までほとんど進展がなかった。
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これは近年になってようやくブレイクスルーがなされたネットワークについての物語である。
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いまやインターネットには数十億のドキュメントが存在するといわれている。
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Web上にはたくさんのリンクをもつノード(頻繁にアクセスされるページ)があるかと思えば「ウチのニャンコ見てみて」的なHP(リンクは少ない)が共存している。数からいえば後者のほうが圧倒的に多い。
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つまり分布を見ると、きわめて少数のハブ(中心的なノード:Yahoo!Japanみたいなもの)が突出したリンクを持ち、次に優勢なハブがつづき、それ以外はお話にならないほど小さなリンクしかもたないノードが大部分を占めている。民主主義ではないのだ。当然といえば当然だが、なぜこのような不公平が起きるのだろうか。
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Web上のリンク数の分布は釣り鐘型にならずベキ法則にしたがう。
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ベキホーソク!?なんのこっちゃ!とお思いのあなた!もうちょっとで終わりますからね。
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釣り鐘型分布はヒトの身長の分布をプロットしたものを考えてみれば分かりやすい。だいたい160センチ前後をピークに釣り鐘型のカーブを描くにちがいな
い。横軸に身長をとればだいたい230センチあたりで分布がゼロになるだろう。下も同様ですね。
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いっぽうWeb上のサイトのリンク数や金持ちの資産高などは上限がない点で「スケールフリー」とよばれる。この分布は釣り鐘型にならない。上限がないこ とと下限に近づくほど分布が増えるからだ。これを数学の言葉で記述するとベキ法則になる(なぜなのかわたしもよく分からんのですが、そう書いてある)。
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スケールフリー・ネットワークはすべてベキ法則にしたがう。
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散歩中のわたしのギモンはもっともだった。富の分配もベキ法則が当てはまるのだ。
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Webの話だけではない、エイズの感染や遺伝子のネットワーク、アルカイダのテロリストネットワーク、経済活動のネットワーク、みんなそうなのだった。
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わが家のモモちんは納豆がだいすきだ。いぜんから納豆とネットワークの類似性に思いをはせていたわたしはある日、納豆を食べるモモを中心にべたべた糸を
引いているようすを見て、もうすこしで「ヨーレイカ!」と叫びそうになった。
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まちがいない。納豆はなっとうワークだ。
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この世紀の発見を「ネイチャー」に寄稿したいが、残念なことに英文の入稿しかみとめてもらえない。
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