
|
■ やっぱり、定有堂で朝食を
|
第27回 死ぬな!ヤスケン
|

|
『実は、2年前より「肺癌」と診断され、手術を強く薦められたが拒否し、「死ぬまで仕事を」と願ってやってきたが、
1年以上前から癌からくるのか両肩の激痛、両手の腫れなどが出てうんざりしていた。
ところが、今日のレントゲンで「肺は真っ白!」。
医者は、余命1か月以内なので、聖路加病院の「ホスピス」に入ったらどうかと勧めるが、命ある限り、自宅で仕事をしたいので、とりあえず部屋に酸素ボンベを設置してもらう。
小生の3冊の単行本の刊行が先か、命の終わりが先か、競争になってきた。
何だか話が暗くてごめん!……』
|
天才ヤスケン(安原顯さん)に、肺癌とはよく似合っている。かっこいい人は、病気までもがかっこいい!
小生のように、糖尿病だなんて、いかにも食にいやしくて、サマにならない。
|
bk1の「ヤスケンの編集長日記!10月29日(火)晴」から引用させていただいた。
|
パソコンを買ったものの、なにも使えないことを知っている鈴木書店の社員だったS君が、安原さんが余命1か月だとメールに書いていると、小生のところにFAXで送ってくれたのだった。(いつまでも、イイやつだ)
|
FAXを受け取ってすぐに、安原さん宅に電話を入れたが、コールがむなしく呼び続けるばかりだった。ひょっとして、家族が倒れたヤスケンを「ホスピス」に運んだのか……
|
『この「日記」も死ぬまで続けるので、読んでもらえたら嬉しいです!』
|
あこがれてしまうぞ!ヤスケン!この死に方……
|
ヤスケンは、なぜ手術を強く薦められたのに拒否したのか?手術の結果、不自由(?)なカラダでありつづけ、おめおめと生き長らえようと思わなかったのではないか。
みんな必ず死ぬのだ。長いか短いかであるだけだ。死ぬのが知らされたのなら、それまで仕事をしたい、と考えられたのではないか。
|
小生も、そんな死期を迎えらたら、少しでも生き延びようなどと思わずに、好きなことをして死んでいこう。数少ない友人には、それと知らさずに、お別れの挨拶をしにいこう。
|
天才ヤスケンと初めて会ったのは、筑摩書房の「言語生活」という、今は無い雑誌の座談会でであった。会場で、会うなり「あなたは小説を書きなさい!」といわれ、宙に舞う思いがしたのをおぼえている。
|
その後、パーティー会場などで、お会いするたびに、ひじで突っつきながら、あのいたずらっぽい声で、「ねー、小説書いてる?」と催促してくれるのだった。
|
小生は、ヤスケンと会うたびに幸せだった。そのヤスケンに、死がおとずれている。
|
たぶん、ヤスケンは、死など怖れていないだろう。青空のかなたに、旅行するくらいの気安さだろう。
ヤスケンのことを、松村友視さんが、あるパーティー会場で、「誰かが助けてやらないと、一人ではなにもできない人」といったことを覚えている。 誰かヤスケンを助けてください!
|
あと1ヵ月。ヤスケンがこの世を去ることがあったら、小生は、こんどこそ小説を書きはじめることができそうに思う。
|
天才ヤスケン、ありがとう!ヤスケンがいたからこそ、今の小生がある。 電話はできなかったけれど、生きているうちにこのページを読んでいただければうれしい。
|
天才、ヤスケン。死ぬな……
|
|
|
|
|
|
|

|