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 私事しながら仕事する
第32回 ある編集者の痕跡 その2

 五反田の古書展で買った、『高橋淑文君追悼集』の拾い読みは、さらに続く。ノンフィクション作家の岩川隆は、高橋のことを「直線一気」の人柄だったと いう。「急逝」する前に高橋がつくっていた本は、岩川の競馬に関するエッセイ集だった。
 「広島から帰ってきた私は、高橋氏が当日、中央競馬PRセンターの和田久氏に会い、さらに装幀をお願いする玉井ヒロテル氏を訪れ、その夜に自宅近くの路上で倒れたと聞いて強い衝撃を受けた。なんということだろう、高橋氏は最期となった日に私が書いた文を単行本にすべく、努力して、歩きまわっていたのである。私が死に追いやったのではないかというつらい思いに私は襲われた」
 ここを読んで、『追悼集』の装丁者が玉井ヒロテルだった理由が判った。二人は一緒に仕事をしていたのだ。岩川の文は、追悼文にしては異例に長く、高橋に対する心情が溢れるものである。立風書房の同僚によれば、高橋は自宅アパートまで数分の目黒の路上で倒れ、五反田の病院に運ばれた。そしてそのまま翌日に亡くなった。死因ははっきりとは書かれていないが、酒で体を壊していたらしいので、急性の心不全か何かだったのだろう。
 ……電車が市谷に着いた。仕事場に行き、この本のことを忘れて何時間か過ごしたあと、帰りの電車で、ぼくはまた『追悼集』を開く。さっきは読み飛ばしていた、立風書房の下野博社長の「弔辞」を読むと、次のような一文が目に突き刺さった。
 「三月、あなたの最後の仕事になった『黒鳥館戦後日記』のあとがきのことで、ちょっとトラブルが起きました。私はつい声を荒げてあなたに小言を言いました。そしてそれが、生前のあなたと私が交わした最後の言葉になりました。最後の会話が叱責であったことを、もう取り返しのつかない無念さの中で思い返します」
 なんと、高橋淑文は、優れた日記文学として評価されている中井英夫の『黒鳥館戦後日記』の担当編集者だったのだ。そして、その本のあとがきのことで「ちょっとトラブルが起き」たのだという。それは一体、ナンだったのか。
 電車が西日暮里駅に着いた。ぼくは急いでウチに帰った。『黒鳥館』の単行本は持っていないが、たしか、東京創元社の文庫版『中井英夫全集』に収められているハズだ。一度買った本が二度と見つからなくなってしまう魔窟のような部屋だが、日記本関係はいちおう棚に収めるようにしてある。幸いにも、目的の本をすぐに見つけることができた。
 (以下次号)


                

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南陀楼綾繁
(なんだろう あやしげ)
1967年島根県出雲市生。ライター。ミニコミ『物数奇』発行人。共著『ミニコミ魂』 (晶文社)。
本名(河上進)では、『季刊・本とコンピュータ』(トランスアート)編集デスク。


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