| T 伝説の黒皇竜 南オフェーリアには宗教上の対立はない。教義が違えど、皆同じ光の神々なので、そこに対立が生まれる事はなく、せいぜい個人間のいざこざ程度である。しかし、闇の者に創られた民に対しての差別意識はもちろん存在しており、彼らを排除しようとする動きは日常的であった。 闇に創られた種族・・・・ひとくくりにそれらを定義する事は容易ではない。今日では「人でない容貌をした」人間型の生き物を、人は“異端者”と呼ぶようになっている。光の神々が創り給うた器以外のものに魂を宿す者の意である。 ここはドルフの海を越えて北東に位置する「黒皇竜の谷」と呼ばれる場所。領土的にイスハーンに属してはいるが、闇の手に落ちる以前からその特異な地形は命あるもの全ての進入を阻むかのようであった。ほぼ地面と垂直に切り立った崖のそのまた遙か上に黒皇竜と呼ばれる伝説の“竜”が住んでいるという。もちろんそれを見たものは誰もいない。 その黒皇竜の谷に住むのは人ではない。しかし、人に住む場所を追われた異端者とも少し異なっていた。 「ねえねえフォルテ、マスターはぁ?」 猫を思わせる風体のそれは人間の女の子のようでもあった。しかし彼女の耳は人間のそれではなく、しっぽを振りながらフォルテと呼んだ男に話しかける。その男もまた見た目は人間のようであるが、どこか野性的でやはりしっぽが生えている。しかし彼のものは猫ではなく狐を思わせるものではあるが、体はがっしりとした巨体で狐というより熊のようだ。 「クレスと書庫にいたぞ。」 聞かれた事を簡潔に答えると、フォルテは再び拳を振り上げた。自己鍛練の最中であり、汗がそこらに飛び散っている。聞いた通りに書庫に向かおうとする彼女に、フォルテが一言声をかけた。 「ピアノ、マスターの邪魔をしちゃいかんぞ。」 ピアノは振り向くと、つまらなさそうにフォルテを見る。 「じゃあフォルテが遊んでよぉ。」 体中毛むくじゃらで汗びっしょりのフォルテ。それを嫌がるでもなく、ピアノはフォルテに詰め寄った。ふきだした汗を拭いながらフォルテは彼女を諫める。 この黒皇竜の谷は、人間はおろか異端者と呼ばれる者が住める環境にはない。異端者には、昔の戦争で闇の者が戯れに生み出したミュータント、主に動物と人間が掛け合わされて出来た者の子孫という形態が多い。フォルテもピアノも、風体からいって何も知らない人間が見たらおそらく“異端”と括られるであろう。しかし彼らの造物主は「闇の者」ではなかった。 「ねえクレス、これどう思う?」 書庫の一角で、水晶玉に映る景色を指差し、一人の女が言った。彼女こそ、フォルテとピアノを造った「造物主」であった。耳が尖っているところを除けば見た目は人間そのものである。年齢は二十そこそこの若い女性にしか見えず、彼女に魔法生物を造り出す知識があるなどとはおそらく誰もが想像さえし得ないであろう。しかしその外見は彼女本来の姿なのかは分からないが。 「ふむ、どこかの城のようで砂。」 クレスと呼ばれた中年の男、彼もやはり人間のように見えるがそうではない。先の2人と比べると若干見た目に気を使っているらしく、貴族風に伸ばしたあごひげとシルクハットで身を飾っているが、場所柄それはよけいに滑稽であった。“執事っぽい”という理由で造物主である横の「マスター」がそうさせているに過ぎないのであるが。つまり、彼女のセンスが問題なのだ。 「誰がそんな事聞いたのよ、周りのオーラを見なさいよ!」 口調も二十歳前後の少女そのもの、マスターと呼ばれるのには甚だふさわしくない存在である事は確かである。一つ、多少高圧的な言い回しを除けば。 「どこかの廃墟のようで砂。」 「また植物に戻されたいの、アンタ?漫才やってんじゃないのよ。」 マスターの瞳の色が変わるとクレスは急に態度を一変させ、生体コンピューターのごとく一瞬で結論をはじき出した。 「ローラン地方に位置するサイナスという名の廃墟でございます。何やら邪なオーラと不釣り合いな精霊力が入り混じっている、妙な感覚がいたしますな。」 クレス(クレシェンド)は、マスターが自分で考える手間を省くため、千年樹という木の枝から造り出した魔法生物である。千年樹とは、この世界の魔力の源とされ、賢者や魔法使いがその所在を巡って日夜情報交換を行なっている伝説の大樹である。その存在を確認した者は皆無と伝えられている中で、彼女がどこでそれを手に入れたかは不明である。が、噂通りの魔力が備わった千年樹の枝は、生を与えた時からその知識は尋常ではなく、マスターの知恵袋の役割を十分に備えていた。世の賢者から見ると、その知識に飲み込まれることなく正気を保っていられる事のほうが尋常ではないらしいが。しかし、その叡智の塊を、「ただの執事オヤジ」に見せかけているところはこのマスターと称される女、賢いのかバカなのか分からない。 先程のクレスの発言を、しばらく考えた後納得が行ったかのように問い返すマスター。 「やっぱりアンタもそう思う?どちらも人間界にはふさわしくないオーラよね。特に・・・・アンタの言う、邪って奴がさ。」 「ネクロノミコンに関係しているかも知れませんが?」 クレスが意味深にこう付け加えると、マスターのつりあがった眉がぴくりと反応した。 「悪い冗談ね。」 何やら動揺を隠すマスター。クレスがチラリと目をやると、その面持ちは意外に真剣である。 「確認したほうが良いのでは?」 マスターはもう結論を出していたかのようで、クレスの問いかけに対し、間髪入れずに返す。 「いや、もう少し様子を見ましょう。見たとこ人間が2人ほど向かってるみたいだし。何かあったとして、下手に動いて事が公になるとまずいわ。」 「その人間たち、妙な事に巻き込まれるかも知れませんな。」 マスターはまったく表情を変えず、何事もないように吐き捨てる。 「良い機会だわ、彼らの様子を見て事態を判断する事にしましょう。クレス、しばらく現場を監視しておいて。」 クレスはうなずく。マスターはひと仕事終えたといった表情で、外の空気を吸いに書庫の階段を上がる。最も外には満足に吸うほどの空気はないのであるが。 「マスター、マスター!!」 外にはピアノが待っていた。この少女は3人の魔法生物の中で一番幼い。造られた時期はクレスより早いのだが、如何せん性格を幼く造りすぎた事をマスター自身後悔していた。初めに造ったフォルテが淡泊すぎたという理由で、少々濃くしてしまったようである。マスターとクレスはいろいろと忙しく、ピアノの相手はフォルテに任せてあったのだが、彼はこの遊び盛りの少女の扱いを多少持て余していた。 「マスター、ピアノ、お外へ行きたいの。」 マスターとしては、造った以上面倒を見る義務がある。それより何より、彼女は多少手のかかるピアノの事が可愛くて仕方がなかったのであるが、こういう時はやはり少し鬱陶しい。 「どうしたの、どこに行きたいの?」 ピアノはマスターを見上げて、大きな瞳を輝かせながら言った。 「ドルフの街!あそこに行けば欲しいもの何でも手に入るってクレスから聞いたよ!!」 あのバカまた余計な事を・・・マスターはそう言いたげにため息をついた。人間と関わる事は生態そのものが違う魔法生物にとってあまり良い事ではないとマスターは思っていた。その人間が群生するような場所に自分が造った可愛い「娘」を行かせたくはなかったし、興味を持ってさえ欲しくなかった。 「人間は恐いんだぞ、ピアノなんか食べられちゃうかも。」 ジェスチャーまで使って脅してみるがピアノにはこたえない。 「クレスが人間は恐くなんかないって言ってたよ。」 またクレスか・・・奴には事実を伝えるだけでなく、その時に応じた答えの導き方を教えておかないといけないわね・・・マスターは思った。 「まあ、一度人間の街を見ておくのもいいか。ドルフならオルファンから近いし。」 マスターは遙かにそびえる山の頂から見えるその港街を見下ろしながら言った。 ドルフの街の東には、異端者が隠れ住む「オルファン」と呼ばれる集落があった。かつては他の人間と同じように異端者を排除していたドルフの民であったが、オルファン砂漠から取れる良質の砂鉄の存在をドルフの鍛冶屋が嗅ぎつけて、それからこの二つの街の交流が始まったと言われる。今では、他の街と異なり、ドルフの街では異端者と人間が交流を持つに至っている。しかしこれは大きな目で見た時の話で、住民レベルで見るとまだまだ問題は山積している。 「準備は良い?私の着替えは持ったでしょうね。」 何やら意味不明な問いかけをするマスター、ピアノは得意気にうなずいてみせた。その瞬間、一陣の風があたりを吹き抜けたと思うと、大きな咆吼と共に一匹の巨大な「竜」が姿を現した。その背中には、ピアノが吹き飛ばされないように必死にしがみついている。 「マスター、どこに行かれるのですか?」 慌てて駆けつけたフォルテが竜に問う。代わりに答えたのはピアノだった。 「ドルフの街だよ!ピアノが行きたいって言ったの!!」 フォルテが何か言おうとした矢先、ピアノを乗せた一匹の竜が大空へと飛翔した。それはあっという間にフォルテの視界から遠ざかり、見えなくなった。 「ピアノ、まさか・・・・」 呆然と空を眺めるフォルテ。彼はとても悪い予感がしていた。 |