高源寺(兵庫県氷上郡)

訪問日:2005/09/25

そこは緑の迷宮

見渡せば、なだらかな山が幾重にも重なる閑寂の山里。バスも三時間に一本しかやってこない、そんなところに高源寺はひっそりと佇んでいました。
歩いても、歩いても、そこは深い緑の中。まさに、緑の迷宮(ラビリンス)です。
秋には紅葉で賑わうというこのお寺も、今はまだ初秋。境内には人の姿はまるでありませんでした。
境内に響くのは、僕の足音と何処からか聞こえてくる清々しい滝の音。その透明な静けさは、どこか現実味を欠くような幻想的な空間を創りだしているのでした。

美しい境内だったけど

苔むした石段の続く参道を、ところどころ立ち止まりながらゆっくりと歩きました。初めはその透き通るような美しい雰囲気を満喫していたのですが、そのうちにだんだん哀しいような寂しいような気持ちになってきました。あまりに静か過ぎるのも考えものです。
ただ、僕はお寺でブルーな気持ちになるのが嫌いではありません。寂しさは、物事を深く考えさせてくれるからです。
そんな寂しい気持ちを胸に、境内の一等高いところまでやってきました。そこに建っていたのが、一風変わった形の三重塔。ここがまた、深く思索するのに打ってつけの場所だったんですよ。

見渡す景色も、また寂しげだった

三重塔は“輪蔵”という特殊な方法で造られていて、なんだか縦にギュッと圧縮されたような面白い形をしていました。手っ取り早く言えば、ずんぐりむっくり。早いうちにダイエット始めたほうがいいかも、というような、まあそんなユニークな塔だったんですよ。
僕はこの塔の下に立って、眼下に広がる篠山の風景を眺めていました。篠山の風景は時間の概念など端から無かったかのように静かで、静かで、僕はどうしようもなく哀しくなってくるのでした。
こういう時、僕はさまざまなことに思いを巡らせます。随分長い間、ここでじっと考えていたと思います。もしかすると、自分は永遠にこのままここを動かないんじゃないかとさえ思ったくらいでした。

紅葉の頃には

この日は深い緑の中で寂しさばかりを感じた高源寺でしたが、おそらくはもう少し後、紅葉のシーズンを迎えると、また別の顔を見せてくれることなのでしょう。この境内一面の緑が燃えるような紅に変貌するのだから、それは素晴らしい光景が広がるんだろうなと思います。
ただ、どうしても見渡す限りの紅葉とたくさんの人で賑わう高源寺なんて、あまりイメージが湧いてこないのです。それは、深い緑にひとり包まれていたこの日の印象があまりにも強烈だったせいかも知れません。だから僕にとっての高源寺は、この日の寂しげなイメージのまま置いておいてもいいかな、なんて思います。

うん、今度来るときも、シーズンオフの寂しい高源寺にしよう。

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