乙訓寺(京都府乙訓郡)

訪問日:2006/05/28

“なにもなさ”がありがたい

もう3年位前の話になるでしょうか、まだ会社勤めをしていた頃、あまりの仕事の忙しさに嫌気が差して、ふと会社を抜け出して訪ねたのがこの乙訓寺でした。
それは花の季節でもなく緑の季節でもなく、ただでさえ寂しげな境内が一層閑散としている時期でしたが、繁忙な時の流れから解放された僕にとって、この“なにもなさ”は何よりもありがたく思えたものです。
この日は、それ以来の乙訓寺訪問です。会社勤めとフリーランスという立場の違いはあれど、相変わらずの忙しい身です。今回も、乙訓寺は僕に心地よい安息を与えてくれるでしょうか。

眠り姫のお寺

もう二週間も前に訪ねていたならば、さぞかしぼたんもきれいだったのでしょうが、生憎とこの日はすべて花が落ちてしまった後でした。だけど、宴の後の余韻もなお美しい、そういうお寺です。
本堂の前に置いてあるベンチで一休み。別段何が起こるわけでもなく、さざ波に聞き耳を立てているときのような緩やかな時間が過ぎていきます。
いつも穏やかな眠りの中にいる眠り姫みたいなお寺だな、とふと思いました。

脇役が集う調和

鐘楼だとか石塔だとか、お堂にしてもそうなのですが、さほど歴史的に重要でも美術的に優れているというわけでもありません。でも、どれもがあるべき場所にぴたっと収まっています。鐘楼に新緑が絡む美しさ、山門とまっすぐ一本道でつながる石塔、本堂の紡ぎだすのどかな空間、どれもほんのささやかな美しさですが、見ていて心和む素晴らしい光景です。
言うなれば、全体で保つ調和が美しいお寺といったところでしょうか。どれもこれもが脇役であり、その脇役たちが集うことによって一つの大きな美を紡ぎだしているのです。

叫ぶモチノキ

総じて、乙訓寺はおとなしいお寺だと思います。でも、油断していると写真のようなでっかい木に行き当たったりするからビックリします。満身の力をこめて枝をばあっと拡げているこの木、モチノキだそうです。
なんだか、僕にはこの木が力いっぱい叫んでいるように見えます。木には声がないから枝で表現するんです。

何を叫んでいるかは、まるでわかりませんが
元気があって、嬉しくなってきます

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