訪問日:2004/09/12
化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)は、八千体の無縁仏・石塔があることからおどろおどろしい印象を持たれがちですが、とっても楽しいお寺です。ここに来ると、いつも心がわくわくしてきます。
まず、境内が明るい。竹林の道を除くと日差しを遮るものがほとんどないので、墓地ですら陽気な雰囲気が漂っています。ここのお墓に眠る人は毎日気持ちのいい思いをしているに違いありません。
そして、ひしめき合う石仏石塔(賽の河原)。楽し過ぎます。毎日ここで繰り広げられるのは、石仏たちの大集会なのだ。
よくこの石仏石塔を無常感という言葉で表現する人がいるけれども、僕はそんなこと思ったこと一度もないです。だって、見るからに楽しそうだもの。「僕たち大所帯で仲良くやっています」って感じだもの。
これらの石仏石塔はもともとバラバラになっていたものを一箇所に集めてきたものなのだけれども、立派なことだと思います。一度は忘れ去られた石仏たちが、ここで再び命を吹き返す。どの石仏も石塔も僕の目には生き生きと輝いているように見えるのです。
小ぢんまりとした本堂は、いかにも「わしゃあ脇役でいいよ」と言わんばかりの佇まい。けれども中のご本尊は、すぐ前に広がる賽の河原を静かな眼差しでしっかりと見守っています。
家でパンフレットを読んで初めて知ったのですが、このご本尊は湛慶という人が彫った由緒ある仏像だったのです。鮮やかな金色に輝くその姿を見て、すっかり近年作られた仏像とばかり思っていました。まあ、その辺りはどちらでもいいことです。とにかく、明るい雰囲気のこのお寺によく似合う、陽気なご本尊なのです。
やっぱり明るい化野念仏寺が大好きです。嵐山の駅から随分離れたところにあるのだけれども、楽しげな賽の河原の様子を思うと長い道のりも全然苦になりません。お寺の周辺にもみやげ物を売るお店が賑やかしく建っていて、陽気な雰囲気を盛り上げています。
無縁仏と言うけれども、明るい境内の中で八千もの仲間がいつも一緒にいてくれる。寂寥や無常の気持ちはもう無いと思う。