訪問日:2005/10/30
古知谷阿弥陀寺(こちだにあみだじ)。声に出して読んでみると、なんだか呪文みたいだなぁと思います。
けど、もしかするとそれは本当に素晴らしい魔法の呪文なのかもしれません。深い緑に閉ざされた静謐の中、透明な空気が楚々と流れ行く神秘の空間。現世から遮断されたような、美しくも摩訶不思議な世界です。
現実を遠くに放り投げ、時を忘れてのんびりと過ごしたい時に打ってつけのお寺です。心をリフレッシュして、再び現実に立ち向かう。やっぱり"古知谷阿弥陀寺"は、前向きな力を与えてくれる魔法の呪文なのだと思います。
本堂は田舎のおばあちゃん家に遊びに来たみたいな、少し懐かしい感じのする場所です。なんだか、お寺って気があまりしない。夏の暑い日にセミの声を聞きながら縁側でスイカなんか食べたら、さぞかし雰囲気が出ることだろうなぁ、なんて思います。
お堂の中心には、このお寺を開いた弾誓上人の像が安置されています。隣には、穏やかなお顔の阿弥陀如来坐像。どちらも比較的小さな像で、まるで二人して目立たないように静かに見守っていようと示し合わせているかのようです。
だから僕は調子に乗って、いつまでも本を開いて読書読書。
本堂を出て、少し奥に入ったところに、古墳の石室のような大きな岩窟があります。開祖の弾誓上人が入定して、即身仏になられた場所です。
中には大きな石棺が置かれていて、今でもその中に上人が眠っていらっしゃるそうです。水を打ったような静けさの中、ぽたぽたと水滴の落ちる音だけが響く、大変崇高な場所です。
この上人が遠い昔に描いた夢が、今阿弥陀寺という形になって美しい実を結んでいるわけです。それは、誰からも愛され敬われている素晴らしい実です。きっと、上人も満足して穏やかな眠りについていらっしゃるんじゃないかな。
帰りのバスに乗ると、10分も経たないうちに大原のバス停に到着します。すると、さすがは大原、たくさんの人が列を成して待っています。そこから先は賑やかな車内。なんだか先ほどまでの閑寂がまるっきり嘘みたいです。
やっぱり、本当に古知谷阿弥陀寺って魔法の呪文なんでしょうね。誰かが“行きたい!”と強く願った時にだけ、ぽんっと煙とともに現れるんですよ、きっと。
行けばわかるはず。だって、誰もが“魔法だ!”と思って当然の、素晴らしいお寺なのだから。