知恩院2(京都市東山区)

訪問日:2006/08/06

幼い日の記憶から

僕の寺社めぐりの記憶の中で、最も古いものの一つが、知恩院に関するものです。
恐らく小学校の低学年くらいじゃないでしょうか、でっかい三門の裏側に座って一心に砂をいじくって遊んでいた記憶。子供心にも三門のスケールの大きさは強い印象を残したと見えて、その時見た丸い大きな柱がダイナミックに立ち並ぶ光景を、今でもハッキリと思い浮かべることが出来ます。
今見ても、化け物のように巨大な建築物です。大人になった今も、知恩院のスケールは僕をとらえて離しません。

読経の声で極楽気分

大きな大きな御影堂の中では、いつだって大きな大きな読経の声が流れています。これが、結構気持ちいい。子守唄みたいで、なんだかうとうとしてきたりします。
きんきらの花がたくさん咲いているような豪華な堂内も、極楽気分を後押しします。こういうときは難しいことを何も考えずに、ぼーっとしているのがひたすら心地いいですね。お経の意味なんてまるでわかんないんだけど、仏教の持つ“ありがたさ”の意味が身に沁みてわかる瞬間です。東西の本願寺なんかもそうなんだけど、御影堂の中にいるといつも感じる庶民的な宗教の匂い。大好きです。

心涼む

長らく行われていた方丈の修理も去年の春に終わり、ようやく美しい白砂の印象的な庭を散歩できるようになりました。この日のような濃い青空の下で見ると、いかにも爽やかでとても清清しい。暑い一日だったけど、気持ちが涼みます。たぶん、昔の人にはクーラーなんてなかったけど、こんな風に気持ちから涼しくしていったんだろうなと想像します。
風鈴なんかもそうなんだけど、昔の人には心を涼ませる素晴らしい知恵があったんですよね。

気は優しくて力持ち

普段はあまり訪れないのですが、この日は石段を上がって鐘楼を見に行きました。何もかもスケールの大きな知恩院ですが、鐘だって負けていません。なにしろ10人くらいでがんばっていっせいに撞く風景が、大晦日の風物詩になっているくらいです。並大抵の大きさではないのです。
僕は間近でこの鐘の音を聴いたことはないのですが、きっといかにもこのお寺らしい力強い音がするんだろうなと思います。普段は境内のはずれでおとなしくしているこの鐘ですが、いざというときの気合の一声。頼れる知恩院の最終兵器といったところでしょうか。

・知恩院(2005/06/26)

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