檀林寺(京都市右京区)

訪問日:2006/04/15

つくづく嵯峨野は奥が深い

檀林寺のようなお寺を訪ねると、つくづく嵯峨野は奥が深いと思います。建物も新しけりゃ、庭も新しい。どこに目を向けても、歴史的に価値のありそうなものは見つかりません。
ただ、檀林寺というお寺に居つく歴史の残り香とでもいうべきものがそこかしこに散らばっていて、ここにいるとその美しさがほのかに心の中に届いてくるんです。それは、例えば清楚で明るい佇まいの庭だったり、しっとりとした静謐の中にある門前の様子だったり。ほんの些細なことが、思いのほか深みのある美しさを見せてくれます。そこに気がつけば、このお寺に対する愛着が自然と湧いてきます。
本堂の愉快な有様がことさら話題に上がるお寺ですが、僕にはこのお寺の持つ美しい本質が、ちゃんとわかるような気がするのです。

B級寺宝大博覧会

本堂の中に入ると、目がまん丸になります。隙間という隙間を埋めるように、とにかくたくさん置かれた寺宝の数々。通路にも平気で置かれていたりするので、油断すると足で引っ掛けてしまいそうになります。
それも飛鳥時代の壁画だとか、東大寺大仏の試作品だとか、ホントだったらこんな無造作に置いてていいのかなと思うようなものが、とにかく置いてあります。「日本最初!」だとか「世界最初の」とかやたら書かれているのも、なんだか嬉しくなってきます。
そう、嬉しいんですよね、そんなハッタリ精神が。たぶん、これって昔の見世物小屋と同じ楽しさなんだと思います。すぐ傍で見ているお寺の人に悪いかなと思いつつ、自然と顔がにやけてくるのをなかなか抑えることができませんでした。

おじさんの自慢の桜

僕は基本的にお寺の中ではなるべく目立たないようにして、お寺の人ともめったにお話しないのが常です。けど、檀林寺のおじさんは黙って帰してくれそうにはありませんでした。とにかく、おしゃべり好きな方なんです。
長々とおしゃべりしているうちに、境内のはずれにある一本の桜の木を見せてくれました。“この雨でもう全部落ちとると思うたんやけどな”そう言って見せてくれたのは、とっても背の高い大きな大きな桜の木でした。花も全然落ちてない。満開です。
おじさんは、ほとんど一人で広い庭を管理されているそうです。だから、この桜も当然おじさんが手入れしているのでしょう、自慢の息子のように嬉しそうに僕に話してくださるのが、とても印象的でした。

モリアオガエルの楽園

檀林寺にはもう一つ、面白いものがあります。それは梅雨頃になると、いっせいにモリアオガエルがやってきて境内の木の枝に卵を産みつけることです。この話も、おじさんにとっては自慢の種です。とっても嬉しそうに話してくださいます。
同じ嵯峨野の常寂光寺や化野念仏寺にも卵を産みつけるそうですが、檀林寺ほどたくさんの卵は見られないそうです。時期が来れば、境内の川をおたまじゃくしが埋め尽くすそうですよ。
目につく寺宝はないけれど、心から気持ちのいいお寺です。つくづく、嵯峨野は奥が深いと思います。

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