訪問日:2006/05/14
千本釈迦堂に始まって千本えんま堂、釘抜地蔵と西陣の町をぶらぶらと歩いていたら、いつの間にか堀川通りまでやってきました。ちょうど、妙蓮寺だとか妙顕寺だとか日蓮宗のお寺が密集する辺りです。西陣を東に向かってまっすぐ横切ったような形になるのでしょうか。
そうなると、僕の足は自然と本法寺に向かいます。なにしろ、ここにはお気に入りの光悦の庭があります。まったくの予定外の訪問でしたが、気ままな一人旅です。少し寄ってみることにしました。
本法寺は建築の宝庫です。本堂、楼門、開山堂、どれもじっくりと時間をかけて眺めていたい名建築ばかり。
でも、なんといっても圧巻は多宝塔でしょう。こと、青空の下で見る本法寺の多宝塔は飛びぬけて素晴らしい。日の光を浴びて育つ草木のように生き生きとした勇姿に、いつも明るい元気をもらう僕です。
この美麗な多宝塔を毎日飽きずに眺め続けているのが、本堂のすぐ前に立つ長谷川等伯の銅像です。頭にかぶった笠を右手で少し上げて、まぶしそうに多宝塔を見上げています。
どれだけ見ててもまだ足りないんだよ。雨の日も晴れの日も、夏も冬も、この多宝塔はいつだって美しいんだよ。そんな等伯の嬉しそうな言葉が聞こえてきそうです。
その等伯が描いたでっかい涅槃図が、宝物館に展示されています。僕はふかふかの絨毯の上に立って、先ほどの等伯の銅像よろしくじっくりとこの絵を見上げます。
もっぱら涅槃図というのは悲しいもので、お釈迦さまのもとに駆けつけた動物たち羅漢たち仏さまたち、みな悲嘆にくれています。
でも、広々とした空間にぎっしりとひしめき合う彼らの姿を見ていると、その賑やかな有り様はなんだか泣き上戸の集まった宴会のようでもあり、ちょっとした楽しさもあります。真ん中で永遠の眠りにつこうと横たわっているお釈迦さまも、多くの仲間に囲まれ慕われ、幸せをかみ締めるように和やかなお顔をされています。
いつも最後に訪れるのが、光悦の庭です。奇抜な形の池があったり奥の見えないようなところに豪快な枯滝が造ってあったり大胆不敵な造形に目を奪われる一方で、不思議な落ち着きと品格を携えた魅力的な名庭です。
中央の池では、黄色い花ショウブが可憐な花をつけていました。ひょっこり顔を出したところがなんだかへんてこな池の中で、“あれれ、なんだかおかしなことになっちゃったぞ”と狼狽している様子にも見えたけど、それでも明るく清楚な彩はまさしく春の色。こんな小さなスペースにも、ちゃんと春はやってきます。
今日の本法寺の庭は、ほのぼのと美しかった。誰もやってこない静けさがとても心地よい、夕刻前のひと時でした。
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