八坂の塔<法観寺>(京都市東山区)

訪問日:2004/10/10

父の棺を見て、ふと思った

父が亡くなったとき(2003年9月)、棺の中にまず入ったのはいつも登山に使っていた帽子と靴でした。次に、愛読していた種田山頭火の本。本当は、それで終わりにするはずでした。
だけど、ふと思いました。応接間に飾ってあった写真、あれを入れるべきではないだろうか。それは、まったく同じ角度から撮影された10枚ほどの八坂の塔の写真でした(このページの一番下の写真と同じ角度です)。なんで同じ角度ばかり何枚も撮ったんだろうと、いつも不思議で仕方がなかった写真。
その写真を応接間に飾ったのは父です。きっと気に入っていたんだろう。僕は、その写真を棺に入れようと家族に提案しました。こうして最後に八坂の塔は父の棺の中に納まったのです。

この日の塔は賑やかでした

この日八坂の塔を訪れた僕は、いつものように二層目まで上がってみました。窓から見える風景は、賑やかな八坂の町。時折、舞妓さんの姿も見受けられます。陽気な町の漣は塔の中にも十二分に行き渡っています。多くの人が狭い窓に向かって押し合いへし合い、楽しく賑わっていました。
そんな中、でっかいレンズを装着したものものしいカメラを構えたおじさんが正面の窓を占拠して外の風景を撮影し始めました。メガネに帽子、そして夢中になって撮影する物腰は、一瞬父親を見るような気がしました。父親もこの塔の中で同じように外の風景を撮影しただろうか? 家に帰ってから父親の撮った写真をくまなく捜してみようと思いました。

茶室は心落ち着く場所

法観寺の境内に茶室があることに気づく人は少ないのではないでしょうか。隅のほうに隠れるようにして建っているからです。
この茶室にいると、木々や塀の陰になって塔の姿は見えなくなってしまうのですが、日差しは気持ちいいし格式ばった部屋ではないしで、のんびりと過ごすことができます。
そうなると僕のすることは決まっています。読書です(思えば、この本好きも父の影響だ)。早速手持ちの文庫本を開いて読み始めたのですが、久しぶりに温かい一日となったこの日の陽気に誘い出されたものか、蚊が何匹も僕の周りを飛び回っているではありませんか! これにはかないません。のんびり読書は次回にお預けです。

父もきっと喜んでくれただろう

結局、八坂の塔が父と共に棺に納められたのはよかったんじゃないかなと思います。憎たらしいくらいに陽気な八坂の町の雰囲気に包まれて荼毘に付されたと考えれば、父も愉快な気持ちのままに成仏したのではないかと思います。
昔から何度も目にして当たり前のような光景になっていた八坂の塔でしたが、このことがあってからは特別な思いをもって眺める塔となったような気がします。

Copyright (C) hasegawa neco.All right reserved.