訪問日:2005/12/30
毎年、最後の最後に訪れる常照寺。別段、何かあるというわけでもない、ささやかなお寺。
けれども、お寺の雰囲気もとてもあったかいし、人も温かい。ここには市井のお寺としての理想の形があると思います。
境内にいると、お寺の人が気さくに話しかけてくれます。受付でおばちゃんと話し、書院でご住職と話し、そして本堂でもお寺の人とお話します。普段の生活でほとんど人と口を利かない僕が、たくさんおしゃべりして帰ります。
あったかい気持ちで一年を締めくくるのに、こんなにふさわしいお寺は他にないような気がします。
書院ではいつでもストーブが点けられていて、室内はぬくぬくとしています。
机の上には数冊のアルバム。中を開くと、数々の美しい常照寺の四季。毎年、このアルバムを眺めるのを楽しみにしています。そこには、僕の知らない常照寺がたくさん詰まっています。
僕がいい気分でアルバムを眺めていると、ご住職が入ってこられました。「どっから来たんですか」「大阪です」こういう時、遠方から来たって言えば喜ばれるのになあ、なんて少し複雑な気持ちになります。
「ご住職、お元気そうですがおいくつになられたんですか」「75です」75! 見えない。とってもお元気だ。
常照寺で交わされるのは、いつも何気ない会話。けれども、そこにあるほのぼのとした幸福感は、僕にとって大切な大切な宝物になります。
常照寺の庭を、のんびりと時間をかけて歩きました。お堂ではたくさんの人に出会うのに、ここでは誰にも会いません。
けれども、終始明るい日が射す爽やかな散歩道です。別に目を見張るような何かがあるわけでもないのに、“もう一周してみよっかな”という気持ちになります。
二周目、墓地にお参りに来られているおばあさんの姿を見かけました。右手に水の入ったバケツ、左手に花。バランスをとりながら、ゆっくりと歩いています。年末のよくある光景。
でも、なぜだかわからないけれど、そのおばあさんの姿が、僕の心に強く沁みたのです。その何気なさが、とても美しいと思いました。
こういう何気ない日常の繰り返しが、今日の常照寺を造り上げたんだ。そう思うと、なんとなく納得するものがありました。
最後に、本堂に上がらせていただきました。
堂内の床にはお餅やお米などが置かれていて、新年を迎える準備に大忙しな様子が伺われました。
小さなご本尊にお参りした後、壁に掲げられた写真を見せていただきます。その中に、ご住職を真ん中にたくさんの人が整列した記念写真がありました。畏まった顔をしてる人、にこやかな人、いろんな人が集まってる。
そうそう、これなんだよ。人。人が美しいお寺、常照寺。この写真の中に、美しい常照寺のエッセンスがギュッと詰まっているような気がしました。
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