訪問日:2004/08/22
仁王門は、常寂光寺のプリンセスです。純白の門に茅葺の屋根をちょこんと乗せて、清楚な香りを辺りに振り撒いています。
門の左右には仁王像も立っていますが、こんな可愛らしい建物の中ではその威厳もまったくの形無し。どれだけ怖い形相をして見せても、精一杯の強がりにしか見えてこないからおかしなものです。
だけど、柔らかさ和やかさこそが常寂光寺。この優しげな仁王門が、お寺のスタンスをよく表しているような気がします。
常寂光寺というお寺は、どこに目を向けても絵葉書のように美しい光景が広がっています。
その光景は多宝塔から望む遠景だったり、紅葉に包まれる仁王門だったり、木洩れ日差す小さな庭園だったりと、非常にバラエティに富んでいます。僕は常寂光寺を、嵯峨野で最も普遍的な美しさを持つお寺だと思っています。
実際、難しそうな顔した人がほとんどいません。今風のカップルや陽気なおばちゃん五人組、小さな子供を連れた家族連れ、みんなただただ目の前の光景を素直に受け入れて楽しんでしまおうという人たちばかりです。
このわかりやすさが常寂光寺の魅力です。世の中のお寺がみんなこんな風だったら、どれだけ楽しいことだろう!
庭園は上から下まで深い緑に覆われていて、密林のようだなぁと思います。小さな庭園ですが、じっと見ていると緑の深さに吸い込まれてしまいそうになります。他の庭園とは一線を画した不思議な魅力を持っています。
と、このように書くと神秘的な庭園のように思われるかもしれませんが、実際のところ庭の周辺はとっても賑やか。みんな庭の前にある本堂の縁側に座って、ぺちゃくちゃおしゃべりタイムに突入しています。
どのグループも庭の感想を語り合っているのは最初のうちだけで、次第に世間話に花を咲かせていきます。美しい庭を前にしての世間話というのは確かに贅沢な楽しみがあるような気がします。
そして、一人旅の僕はちょっとだけつまんない思いになります。
さて、多宝塔です。
多宝塔から臨む町並みは、京都で最も美しい景色の一つだと僕は思っています。
そして、多宝塔自身も美しい町並みを眺めるためにわざわざこの高台に立っているのです。そこは京都が一番美しく見えるベストポジション。多宝塔は、ここから毎日飽きることなく京都の町を静かに見守っています。
一人高台に立つ孤高の存在でありながら寂しい感じはまったくなく、むしろ鼻歌なんか唄ってそうな楽しげな様子なのです。