訪問日:2005/07/22
大徳寺というと白砂の庭の印象がとても強いので、僕はいつもモノクロームのイメージを抱いています。他の禅寺と比べて、静かでストイックな雰囲気に包まれているのも、そんな印象をことさら強めてくれるのかも知れません。
でも高桐院は別です。いつ訪ねても、カラフルでポップ。夏は木々の深緑、秋は紅葉の深紅、冬は雪の白と、どの季節においても目を見張るような鮮やかな色彩に包まれています。
ネイチャー・パレット。そんな言葉が頭の中に浮かんできます。この日は梅雨の合間を縫って訪れる初夏の一日。パレットに緑の絵の具をたくさん用意して、高桐院はどんな鮮やかな光景を見せてくれるのでしょうか。
高桐院の初夏は、サワー・グリーン・シー。地には一面コケの絨毯、空には陽光さえぎる楓の緑葉、緑、緑、緑。どこに目を向けても、明るい緑に包まれています。
そんな美しい緑の海の中、一際目を惹くのが真ん中にぽつんと立つ石燈籠。小さいけれど、やけに堂々としていて、それでいて周囲にうまく溶け込んでいます。
なんというか、僕にはこの石燈籠が高桐院のネジのように思えるんです。引っこ抜いたらそこから緑がずずずーと全部吸い込まれて、後には何にもなくなっちゃう。だから、地面にしっかりと足踏ん張って、力強く立っている。柔和なこの庭をぐっと引き締める、頼もしいアクセントです。
庭に下りて散策することも出来ます。緑の間からのぞく建物の姿に趣があって、“うん、京都の風情ってまさにこういうことなんだよなあ”というしっとりと美しい光景が、ふんだんに楽しめます。
庭掃除のおじさんが“こんにちは”の挨拶を皮切りに、お寺の説明をしてくださいました。昔はあれほど苦痛だったお寺の人のお話が、最近はなんだか楽しみになってきました。それは、こういうお話を聞いていると、お寺に対する人の愛情がひしひしと伝わってくるような気がするからなんですね。
高桐院のおじさんも、熱心に庭の見どころや、お寺の由緒などを語ってくださいました。話の内容もさることながら、おじさんの熱心な口ぶりがとってもいいなと思ったんですよ。
思えば大徳寺に数ある塔頭寺院の中で、一番多く訪れているのが高桐院ということになります。
散紅葉で有名なお寺だけど、秋に訪れたのはほんの一度きり。後は冬の寒い日だったり夏の暑い日だったり。総じて、バランスよく四季折々の高桐院を見てきたような気がします。それだけに、このお寺に一層カラフルなイメージを持っているのかもしれません。
贅沢に色を使って、美しい風景を描く高桐院。ネイチャー・パレットの力は偉大です。