訪問日:2004/09/26
上賀茂神社から大田神社に向かう途中の社家町に西村家別邸は静かに佇んでいます。ここを訪れる楽しみは、いいとこの坊ちゃんになったような気になれるところにあります。お寺でも神社でもない普通の家なので、一人きりでいると普段からここで過ごしているような錯覚に陥るのです。僕は格式のある社家に住む一人息子。さて、今日は本でも読んで過ごしますかと、こうなるわけです。
だから、ここを訪れる時には大概一冊本を持っていきます。この日は川端の『雪国』を鞄に入れて行きました。
『雪国』は激しい感情の揺れが描かれているけれども、不思議と静かな印象を残す物語です。音を拒絶するように静かな西村家で読むには最適の一冊。その日たまたま本棚で目に留まったので持っていっただけなのだけれども、西村家との組み合わせは絶妙でした。
それで、時を忘れてずっと読み耽っていたのだけれども、その間にも訪れる老年のご夫婦や受付のおじさんと話したり、思いついたように庭の写真を撮影したり、随分楽しい時間を過ごしたのです。
庭園を見ていると、一見どこにでもありそうな庭だなぁと思うと同時に、衒いのない作風が安堵感へと導いてくれるような気がします。部屋に敷かれた深い青色の敷物も落ちついた雰囲気を作り出しています。
つまり、西村家別邸がここで提供してくれているのは、直球勝負の安らぎだと思うのです。少なくとも僕はほとんどそれだけを求めてこのお屋敷を訪れます。
お屋敷を出て裏に回ると、小さな池を巡る庭園が開けています。紅葉の頃に訪れたら、また格別の美しさを披露してくれるのかもしれませんが、今はまだ秋の足音すら聞こえない晩夏であり、庭園はのんびりとした緑に包まれていました。
けど、この何もなさこそ西村家にふさわしいと思います。ここに目を見張るような紅葉が出現したら、僕の安堵の気持ちはどこか遠くへ吹き飛んでしまうような気がするのです。